モアブ伯は語る
女王神殿でエルディー先生、エアボウド導師と、敵の首魁モアブ伯が対峙。
はたしてモアブ伯の真意とは?
「この大騒ぎが成り行きだと言うのか!?」
「ええ、大賢者殿がどこまでご存じかは知りませんが?」
「おぬしの屋敷に居たハイバンド道士から話は聞いたが…」
「でしたら、その通り…発端は父から受け継いだ古文書ですよ。」
学園卒の翻訳能力者を雇用したことで内容が事実であることを確認。
先代が隠蔽した遺跡の位置を知って調査したところ、軍用獣機や大量の史料を発見。
極秘裏に発掘を開始した。
「まあ、最初は王国の軍事力強化のために役立つと思って始めたんですが。」
「だったらなぜ秘密にした?」
芝居がかった仕草で肩をすくめて見せるモアブ伯。
「各都市間の軍事バランスを根本からひっくり返す代物ですよ?」
「そんな物の存在を、旧首都市や聖堂都市の公爵さまが黙って見てるわけがないでしょう。」
「以前、たった一人の引き寄せ能力者を手に入れただけで、彼らが何をしたか…」
「賢者殿だってご存知でしょう。」
「ああ、あの能力者…賢者殿のご紹介でしたね、そういえば。」
「それは……今でも悔やんでおる。」
先生もジジイ賢者も厳しい顔。
ハイエートが驚いたように二人を見る。
王軍にいたと言うエルフの引き寄せ能力者ハイファイさん。
ハイエートの兄貴分でイーディさん、ベータ君の種父。
タモン兄貴によると軍事的脅威と見なされ暗殺されたという。
敵ではなく…同盟都市によって暗殺されたのか!
「私費を投じ、鉱山を発見したと言う噂を流し…」
「隠蔽しながら発掘を続けましたが、いかんせん限界がある。」
「極秘に発掘予算を捻出するために国庫の一部に手を付ける羽目になりましてね。」
「ところが…」
性格に問題のある翻訳能力者が、重用されていることに驕って増長。
狂信的な人間至上主義者団体と結託して暴走。
獣機災害を引き起こしてしまう。
当人はそこで死亡。責任はモアブ伯に押し付けられた。
「ここでどう言い訳しても責任は免れませんしね。」
「と、言ってせっかくの魔道機軍団をあきらめるわけにもいかず…」
「結果として忌々しいことに問題の至上主義者と手を結ぶことに。」
「こいつらがまた、意外と根深くて…」
「ま、だまして利用するには良い相手でしたがね。」
「ただ、数が多い上に感情的で理屈が通用しない。ご機嫌取りは大変でしたよ。」
ため息をつくモアブ伯。
「それでバッソ侯の子息やイオニアに手を出したのか?」
エルディー先生がにらみつける。
「父の代からずっと、主に外交で王国を切り盛りしてきたんですよ。」
「そりゃ清廉な人間てわけじゃありませんよ。」
ここまで温厚そうで、ユーモラスとも言える語りをしていた伯爵。
ぎらりと冷酷さをむき出しにした。
「ま、イオニア様については別の事情もありますがね。」
「やはりな、ナビンの出自だな。」
これにはモアブ伯も驚いた様だ。
「ご存知でしたか? 父は自分しか知らないと言っていましたが。」
「ブレビーから聞いたわけじゃない、こっちはこっちで気づいただけだ。」
騎士団も聞いているから、二人ともあえて内容には触れない。
王国の創始者にしてカリスマ、ナビン勇王が実は無角の鬼人族であったことに。
角は母系によって発現する遺伝。
王族唯一の女子であるイオニアさんの子供は角を持って生まれる可能性がある。
人間至上主義者の支援を受け続けるために彼女の抹殺を謀った。
「失敗でしたね、あれは。」
「あなたを敵に回してしまった。」
この男……温和そうな外観は偽りなのか?
いや、演技をしているようには見えない。だが、根本的に何か違う。
目的のためには手段を選ばない。
かと言って「冷酷」とは違う気がする。
善悪の区別がついてない。
と言うと「悪人」かと言うとそうとも思えない。
他人…いや、自分も含めて人間に対する思い入れってものが希薄だ。
なんかこうひどく現実味に欠けるって言うか…
ゲーム? まるでゲームをやっているみたいな…
なんとなく、ミネルヴァと通じるところあるんじゃ?
ミネルヴァやヘルプ君はどうも「命」とか理解してない感ある。
現実世界を単に「外部入力信号」としか認識していない感じ。
「ほんとにブレビーの息子だなあ、お前。」
先生があきれたように言った。
「ブレビーもそうだった。必要となれば何でもやった。」
「話が通じる相手なら心を込めて説得し、貴族のくせに平民、農民にも頭を下げて回った。」
「そのくせ、必要となれば盗みもだまし討ちも平然とやってた。」
「あいつにしてみればナビンもプロフィルも…私らも便利な駒だったのかもしれん。」
人差し指を立てて頷くモアブ伯。
「あー、まさにそれ。それですよ、大導師。」
「父はですね、外交で公爵たちともめた時も平然と…いや、むしろ楽しそうでさえありましたよ。」
「要するにあの人、自分のやりたいことをやってただけなんですよ。」
「別に王国のためとか、国民のためとかって思ってたわけじゃなくて。」
「自分のゲームをやってただけ。」
「ま、私は自分も父と同じタイプだと思ってたんですが…」
「獣機災害の件で追い詰められて……ふと思ったんですよ。」
「私は父のゲームの続きをやってるだけじゃないか?って…」
「私ももう、けっこうな歳なわけですよ。」
「そろそろ、自分のゲームをやるべきなんじゃないかってね。」
な、何言い出すんだこのヒト? 人生とか生きる意味とかってそんな話?
「ところがずっと王国のために、とか思って生きてきたもんで…」
「自分が本当にやりたいこと、とかわからなくなっちゃってる自分に気が付きまして…」
「そこで、とりあえず成り行きに任せてみようということにしました。」
何だか人生を語り始めちゃったモアブ伯。
自分探しの旅?
思わず聞き入っちゃったよ。
「成り行きで魔力核を作動させるつもりか?」
先生が尋ねる。
「まあ、これについてはむしろ科学的興味…好奇心と言いますか…」
「ご存知ですか? 大街道の魔法的機能の事は?」
大街道の魔力ネットワーク機能。
エネルギー・情報・輸送を統合したインフラシステム。
先生たちの反応を見たバンカー・モアブ。
満足げにうなづく。
「どうやらご存知のようですね。」
「今回の遠征では軍用獣機の大街道上での動作確認が主目的の一つですよ。」
「驚くべき仕組みですよ! 素晴らしい!」
「だが、それも大元となる大出力魔力源が無ければ、絵に描いた餅。」
「この大迷宮で汲み上げた龍脈のエネルギーを魔力核で変換。」
「大街道を通じて遠征隊の軍用獣機に送る!」
「見てみたいと思いませんか?」
「魔道機文明よりもさらに古い、全大陸をカバーする超文明の遺産。」
「はるかな時を越えて今に蘇る超大規模システムの稼働を!」
いかんな。みんな魅了されたようにバンカーの話に引き込まれている。
生臭賢者もエルディ先生も、本質は研究者だ。
貴重な魔道機文明の遺物を前に、科学的な興味の方が優っている。
本当なら話など聞かず、魔力核の破壊を優先すべきところだった。
心のどこかに大街道ネットワークの起動を見てみたいと言う欲望がある。
それをバンカーに見透かされている。
ハイバンド学者道士の言葉を思い出す。
天性の詐欺師。
ここは問答無用ですべてを破壊する脊椎反射皆殺し女騎士を連れてくるべきだった。
ジリリリリーーーン!
再び、電話が鳴った!
うん、こんな音するんだな。こっちでも。
電話をとった連絡係らしい騎士が戸惑ったようにモアブ伯を見る。
「かまわん、報告しろ。」
「迷宮入口が突破されました! ギャザズ将軍、クラリオ騎士、魔道機1体が侵入した模様。」
「魔犬将機は先行してこちらに向かっています。」
「わかった。」
「どうやらギャザズ将軍はこちらへ向かっているようです。」
「まあ、ここまで降りてくるには時間がかかるはず…我々は3日かかりましたから…」
「ん? そういえば…あなた方どこから入って来たんです?」
「それに…将軍と示し合わせているとしたら…連携できないタイミングで仕掛けるわけがないですよね?」
おどけたようにぺちんと自分の額をたたく。
「やられたなあ。」
「なにか、他に通路があるんですな。」
「どうやらあまり時間はないようですね。」
先生たち同様、モアブ伯の話に聞き入っていた騎士団に動きがあった。
魔力核を起動するのか?
「いや、待った待った!」
組合長が大声を上げる。霧化を解いて姿を現す。
さすがにバンカーも驚いた。
「え? ええ? れ、レガシの組合長ですよね、あなた。今いったいどこから…」
「魔力核を起動しちゃいかんよ。」
「ここの魔力は恐ろしく強力だ。魔力酔いが起きるぞ。」
「【魔王】に取り憑かれるぞ。繋がったら正気は保てない。」
一瞬、唖然としたモアブ伯だが、すぐに冷静さを取り戻した。
「なるほど、この街を束ねるお人…見た目通りの人ではないと言うわけですな。」
「やはり魔力酔いが起こるんですね、核の作動では。」
納得したようにうなづく。知ってたのか?
「以前行った引き寄せ魔法実験で魔力酔いの危険は予想していました。」
引き寄せ魔法で高次元空間を経由した人間は高濃度の魔力に暴露して魔力酔いを起こす。
一週間ほどスーパーハイな状態が続くと言う。
魔力核の起動者にも同じことが起こるのだ。
だが、騎士団の魔道士たちはそれを予測していたと言う。
「ご心配なく、起動は彼女が行いますよ。」
女怪魔道機、ミネルヴァヘッドの対となる神代魔道機体。
頭部に据え付けられたのは自律CPUの一種を使ったダミーヘッド。
そのために連れて来たのか?
「残念だがそうはさせん!」
意を決したように先生が動いた。護符を取り出す。
遅延拘束護符。かつて将軍機を行動不可にしたやつだ。
女怪魔道機と騎士団が身構える。
だが、メドュウサの動きは兄エルフの矢を掴むほど素早い。
いかに先生でも通用するとは思えないが。
「今だ! ウェイナ!」
と、同時に姿を隠したままの女豹戦士が仕掛けた。
「促成栽培!」
ソープの樹の苗木、触手化した根っこを使った拘束。
俺本体でさえ引きはがすのに苦労した代物だ。
一時的にでも動きが止められれば、護符攻撃が当てられる。
二段構えか? さすが先生。
「反応促進!」
しかも先生から学んだ魔法でレベルアップしているぞ、女豹魔法戦士!
植物とは思えない高速成長!
触手がメドュウサの白い機体を捕らえる。
これ、けっこうエロいシーンだよね、ぬるぬる。
グロ頭部がぶち壊してるけどね。
「うひゃああーーー、何だあー!?」
魔道機が悲鳴を上げる! 悲鳴?
しかも野太い声。
「んほおおおおーーー!」
えええ? 男?
「な、何!?」
隠形を解いたウェイナさんが驚く。
触手に絡みつかれた機体がぼやけたように揺らぐ。
そこに居たのはモアブ騎士、鎧の下に潜り込んだ触手に責められて悶絶!
見苦しい! 大惨事。
「幻惑魔法!?」
「しまった!」
先生と生臭導師が振り返る。
女神神殿の祭壇上。
そこにはすでに女怪魔道機が立っていた。
やられた!
モアブ伯の演説の間に幻惑魔法で入れ替わり、準備を進めていたのだ。
「ジョーイ君!」
メドュウサに対抗できそうなのは将軍機だけ。
高周波振動剣を起動し祭壇へ駆けあがる。
だが、ぶつかった! 被甲身?
ぶつかって後方へ弾き返されると、今度は背中がぶつかる。
閉じ込められた?
祭壇に登る階段に魔法陣が設置されていたのか!?
魔王城山の地下で夢魔女王が使ったのと似た拘束陣。
「ちいいぃーー!」
先生とジジイが身構えるが、祭壇の周囲は騎士団と魔道士が固めている。
被甲身と対抗魔法を発動する。
さすがに精鋭の魔道士に防御に専念されるとキビしい。
そして、祭壇上のメドュウサが魔力核に護符を近づける。
組合長は「偶然」魔力核を起動したと言っていた。
起動自体は極めて容易だってことだ。
おかしくないか? これだけ重大な設備がそんな簡単に?
まるで魔力核自体が起動されたがっているみたいな…
さっき組合長が言ってた…
「【魔王】に取り付かれるぞ。」
ええ? そういうこと?
エネルギー自体が意思の方向性を持っているのか?
そして、魔力核が輝きだす。
その表面に複雑な魔法陣が次々に浮かび上がる。
それに呼応するように神殿坑内に明かりがつく!
殺風景なコンクリート打ちっぱなしみたいに見えた内壁や支柱に多くの魔法陣が浮かび上がる。
冥刻界の女王神殿! 大迷宮が起動した!!