迷宮侵入
エルディー先生たちは川べりの入り口から大迷宮に侵入する。
冥刻界の女王神殿への近道だという。
ん? 近道?
神殿は迷宮の中心、最重要地点だよね…
近道って、そんなのがあっていいのかな?
オレはタマちゃんとして同行。
「神殿の名前、冥刻界女王ってのは何でなんだ?」
先生の問いに組合長が顔を伏せて小さい声。
「いや、その場のノリで…、地下だから…」
中二ネーミングに、あんまり突っ込んじゃダメね。
「狭い、ホコリっぽい!」
デイエートが文句言う。
「あんまり弓が役に立ちませんねえ。」
「僕らは上のほうが良かったんじゃ?」
ハイエートお兄ちゃんのいうことはもっともだ。
通路が曲がっているだけじゃなく、天井が低い。
いかに強力な矢と言えども所詮は放物線軌道。
上方向に余裕がなくては遠くまで届かない。
「こんなだとわかってれば矢羽を調整してきたのに…」
「あたしもアイザックと一緒が良かったな。」
「えーい! うるさい!!」
ぶつぶつ文句言う兄妹に先生ぶち切れ!
「この通路って、何なんだ? 裏口?」
「私にもよくわかりませんね。後から付け足したような通路で…」
「お店の下、北遺跡連絡通路以外ではここだけですよ、出入り口は。」
「あの連絡通路、正確には迷宮の一部じゃないらしいぞ。」
「そうなんですか?」
「おやっさんの話じゃ、地下から掘ったんじゃなくて…」
「地上に溝を掘って、蓋をして埋めてある。後付の外付けだと。」
先生と組合長の話を聞いてたお兄ちゃんエルフがボソッと感想をもらした。
「まるで塹壕みたいですねえ。」
ハイエートお兄ちゃん、こう見えて傭兵経験もあるらしい。
塹壕? 何に対する塹壕なんだ? 北遺跡?
「なんかこの通路、深部に続いているにしちゃ、他に比べるとひどく無用心だな。」
「そうなんですよね…神殿からも近いし…」
「いかんせん私が作ったわけじゃないので理由とかはわかんないですよ。」
ごもっとも。
大迷宮を作ったのは誰なんだ?
魔道機とかが置かれていた事から、魔道機文明時代…【人間】がからんでいるらしい。
ジョーイ君、なんか知らない?
「いえ、私のデータには有りませんね。」
「いわゆる【協定】に関連するデータは意図的に整理されているようです。」
まあ、色々事情があったんでしょう。
「バンカーと鉢合わせになったら…向こうの戦力は騎士だけじゃあるまい。」
先生がつぶやくと、組合長もうなづいた。
「店から棺桶を二つ運び出して…何やらヒト型のものを入れて運んでましたよ。」
「ヒト型魔道機…ハイバンドの言ってた古文書の…」
「いや、それ、エロいヤツじゃ?」
「はあ?」「エロい?」
ハイバンド氏の話を聞いてない人はチンプンカンプン。
女性型、エロい魔道機かあ。
うん、何だか楽しみになって来たぞ。
「しかし、モアブ伯は…魔力核の魔力酔い対策とかあるんですかね?」
「あ!」
先生が声を上げて立ち止まった。
「しまった!」
「私らは話聞いてるし、今の組合長を見てるから…」
「魔力酔いがヤバいもんだってこと知ってるが…」
「バンカーは知らないだろ、そんなこと!」
みんな顔を見合わせた。
「知らずに魔力核を作動させたら…」
「王国一の実務派貴族で、優秀な官僚、そんな奴が魔力酔いになったら…」
いったいどんな事に…いや、全然想像つかないですけど?
「全然わからんな、どうなるのかな?」
「わかんないですねー。」
最後尾を守っていたミネルヴァ。
「ヒト型魔道機…」
んん? 何か気になることでも?
てくてく、狭い通路を進む。
前回、組合長と入った時の迷宮通路はもっと広かった。
ここは連絡通路と同じくらい…やっぱり後付なのか?
…結構歩いたな?
「ええ? まだ歩くの?」
先生が文句言う。
最近、馬獣機にばっかり乗って歩かないからー。
兄妹エルフ、鬼人剣士、女豹戦士らはさすが。
ベータ君も鍛えてるしね。
将軍機やミネルヴァ、U-69は元々疲れないし。
先生、生臭導師、組合長らエルダーな人たちがちょっとね。
「しー」
案内役の組合長が立ち止まった。
「この壁の隠し扉を開けると神殿のとなりの小部屋。」
「扉とか無い素通しだから…」
「よし、ウェイナ。」
女豹戦士の隠形魔法。
静電気を帯びた護符の薄紙が体を覆って身を隠す。
…のだが、通路が狭い。
「いつもはパッとばら撒いてから吸着するんですが…」
ばら撒く空間が無い。
一枚一枚貼り付ける感じに。
めんどくさ!
「私とエアボウドは自前で何とかする。」
先生の言葉に、ちょっと不満げな生臭導師。
貼ってもらいたかった、美人女豹戦士に。
わかるわかる、その気持ち。
「ほっほっほ! ここんところにも貼ってくれんかのう? うりうり。」
「いややわ、だんさん、えっち。うち、そんなとこ触れまへん。」
「いやいや、ここは大事なとこじゃぞ、見つかってちぎられたりしたら大変。」
耳無し芳一か!? そんな感じで。
でも、「耳だけ」書き忘れたって事は…書いたのかな? そこにも?
誰に書いてもらったの? 芳一さん。
てな事考えてると
「では妹さまに…」
貼りやすい、デイエート。凹凸が少ないからね。
「なんか言ったか!? タマ!」
いえいえ、何も言いませんよ、思っただけで。
「ハイエート様にも…」
兄へルフに貼り付ける。熱心だぞ、ウエイナさん。
「ここも貼っておかないと…大事なとこですし…」
「見つかってちぎられたりしたら大変。」
思考がオレと同じだな、女豹戦士。
それは正直どうかと思うぞ。
にらまれてるぞ、デイエートに。
なんと将軍機とU-69には護符がくっつかない!
「静電気防止加工されてますので…」
すまなそうなジョーイ君。あれ、俺より高機能?
「よし、アイワとお前らはここで待機だ。退路を確保しとけ。」
「ベータ君には僕が貼りましょう。」
お兄ちゃん…あんたは…
「ベータも待機だ。いざと言うときは…頼むぞ。」
「はい。」
ベータ君と先生、カナちゃんインカムを装着。
なにやら事前に相談してきたみたい。
そしてタマちゃんは自前の迷彩機能。
装甲表面を周囲の最大公約数的なテクスチャに変化させる。
「便利じゃなあ、俺も一つ欲しい、ドローン体。」
とか言いながら生臭導師。幻惑魔法。
「【光学迷彩】」
体を保護色が覆う。なるほどこれがノゾキ魔法。
ま、オレもヒトの事は言えないですが。
そして先生も幻惑魔法を発動。
全身を覆う魔法フィールド、そして色が、
…ショッキング蛍光ピンクですよ?
「あ、あれ?」
目が、目が痛い!
「いや、ずっと使ってなかったから…ちょ、ちょっと待て!」
目まぐるしく色が変わる。
何色ものペンキをかき混ぜたみたいなマーブル模様。
ああ、これ、あれ。
きーーー、がっしゃん! ん、じゃーん!
○ルトラマンのアバンタイトルのあれ。音は列車の連結器。
何とか発動した。
周囲の色が反映された保護色。
一見透明ゼリーみたいな見た目。
プ○デターのあれ。
「よし!」
「【隠形紙幣】」
ウェイナさんも発動!
こっちのは保護色とかじゃなくて…
何だろう? 黒いと言うか暗いと言うか…
キラすけの暗黒とはまた違う。
見えなくなるとか、透明化とかとじゃなくて。
視覚的に認識しづらくなるみたいな…
単に光学的なものだけじゃなく錯覚を誘発する何かが働いているんだろうか?
機会があったら詳しく聞きたい。
習得したい。
きっと役に立つ!
『お風呂でですか?』
おーっと、ミネルヴァ。…いや否定はしないですけどね。
「よし、開けるよ。」
組合長が扉の細工をいじると、そーっと押し開けた。
霧化して首だけ隙間から出して覗き込む。
「うわぁ…」
デイエートがうめき声。
ビジュアル的に、気味が悪い。
ちょうど首だけ伸びたみたいに見える。
妖怪ろくろ首ですよ。
あれ、もしかしてろくろ首ってそういう事?
ヴァンパイアとか、デュラハン的な?
「大丈夫。」
さらに扉を広げ、小部屋内にすべり出る。
お? 荷物置き場?
小部屋を倉庫代わりに使ってるのか。
食料や武具…棺桶? 葬儀屋から接収したというやつか。
中身は…空っぽ?
モアブ伯たちはすでに到着している。
かなり腰を落ち着けた感じだな。
冥刻界の女王神殿を覗き込む。
霧化した組合長始め、メンバー全員が隠形、幻惑魔法を使ってるので、すごく奇妙な状況だ。
となりにいる人が見えないので、距離感がつかめない。
立ち止まった前の人にぶつかる!
「う、ちょ!」
「痛た、踏んでる、足!」
「誰だ、さわってるの? エアボウドか?」
「お兄ぃどこ?」
しー! 見つかるって!
祭壇の下に転がっているのは、魔力核。
砕かれて機能を失った欠片が祭壇から降ろされている。
替わりに祭壇上にセットされているのは…
あれが魔力核のスペアか?
一回り小さいようだが…
いかん! すでに設置が終わっている?
核の両サイドで作業しているのは魔道士か?
騎士とは違う軽装の制服を着た男たち。
「準備完了です。モアブ伯。」
作業をしていた魔道士が声をかける。
進み出たのは…壮年の男性。
こいつがモアブ伯か!?
思っていたのと違うな?
もっと脂ぎった、野心満々な人物を想像していたけど…
背はそんなに高くない。中背。
ちょっと痩せ気味、ほんわかした笑みを浮かべた温厚そうな人物だ。
地味だがお高そうな服にこれまた地味なダークグレーのマントを羽織っている。
そこへ電話のベルが鳴った。
…は? 電話?
魔道士の一人が受話器を取って通話。
あー、この電話…黒いボックス型で右脇にクランク型ハンドルが付いてる。
手回し磁石式電話機、岩通41号M型?
ハンドルを回して発電し、その電気で相手の電話機のベルを鳴らす。
昭和30年(1955)代に存在した電話機。
ちなみにベルを鳴らすと電話局の交換手(人間)が応答し、口頭で目的の番号を伝えると、手動でプラグを差し替えて相手の電話に繋いでくれた。
もちろん今は直結…地上の迷宮入口と繋がってるのか?
地下迷宮用に用意してきたと思われる有線通信装置。
ここまで電線を引っ張って来たらしい。
モアブ家の技術者、かなり地球技術を理解して使ってるようだ。
「伯爵! 迷宮入口が襲撃を受けています。ギャザズ将軍です。」
「ギャザズ将軍? 本人が?」
困ったように首をかしげるモアブ伯。
「こんなに短時間で王都まで往復するとは…計算違いだったね。」
「まあ、いい。もう入口は放棄してかまわない。」
「魔犬将機はこちらに向かわせるように指示してくれ。」
うなづいてモアブ伯の指示を伝える技術魔道士。だが…
「他の襲撃者は人型魔道機と…え? 双頭の犬型獣機?」
「え? おい! どうした? 破壊剣士? おい!」
「通信が途絶えました!」
肩をすくめるモアブ伯。