魔道機体を確認するよ(女湯で)
掃除の終わった浴槽にお湯がたまるまでは少し時間がかかる。
ということで、タンケイちゃんは他にも仕事があるので退場。
さて、改めて俺の機体を見てみよう。
装甲は静かに閉じてどこにも隙がない。
少し青味の入ったダークグレイ。
ほとんど黒と言っていい。
半光沢とも言うべき風合いが静かな気品を感じさせる。
いい仕事してますねー。
獣機や鉄蜘蛛とは全然違うな。
背中を見る。
普通なら自分の背中は一枚鏡じゃ見れないが、俺には360度視界がある。便利。
背骨に相当する部分、上に向かうと肩甲骨、肩、僧帽筋相当。
肩甲骨と肩にあたる部分に円形の球面パネルがある。
肩を動かすと周囲の装甲が複雑にスライドして破綻なく可動。
胸側のありがちな単純さに比べると凝っている。
ロボットをデザインしろ、と言われたなら普通なら前からデザインするだろう。
だが、たぶん俺をデザインしたメカデザイナーは背中からデザインを始めたに違いない。
人間の体幹を支えるのは背骨。
首の部分、頸椎。肋骨がくっついている胸椎。腰の部分、腰椎。
肩の稼働を支えるのも、実際は肩甲骨や鎖骨だ。
重要な関節やフレームは背中に集中しているわけか。
背中を守るものが必要だろうか? マントかプロテクター?
今度おやっさんと相談してみよう。
前側を見る。胸の装甲をチェック。
男らしさ、たくましさの象徴とも言われる大胸筋だが、
実際には肥大し過ぎた大胸筋は動作の邪魔になるという。
ボクサーからパンチの指導を受けたあるプロレスラーは
「取っちゃえよ、その大胸筋!」
と怒られた、と言う話だ。
前かがみになる。装甲がスライドし自然に体を曲げられる。
ジョイントが背骨である以上曲げた腹側部分は狭くなる。
人間なら腹腔内の臓器や脂肪は横にはみ出す形で体積を逃がす。
だが、この機体にはその様子がない。
…あれ?もしかして、俺、中身空っぽ??
軽すぎるっておやっさんも言ってた。
装甲の下にアクチュエータとかモーターみたいなムーブメントがあるんじゃなくて、装甲板自体が動いてるとか?
なんか、不定形生命体、スライムみたいなのが中に入っていて動かしてるとか?
うああー、怖い考えになってしまった。
召喚されたらスライムだった!?
中を開いて見るわけには…いかないよなあ。
メンテナンスパネルとか見当たらないし。
そもそもこの装甲板なんでできてるんだ?
ホントに金属なのか?
ズーム…いやマクロ。顕微鏡モード。
…なんだこれ。ウロコ?
一枚に見える装甲パネルだが拡大すると非常に細かい部品の集合体だ。
便利な設定ナノマシン? 装甲パネルも伸縮する?
もしかして自己修復とか、無限増殖とかする?
俺の知ってるテクノロジーとかじゃ手に負えない代物だってことはわかった。
肘や膝を曲げてみる。
アクションフィギュアによくある二重関節じゃない。筋肉の収縮を模している。
装甲がスライドしてへこみ、可動域を確保。
股関節。M字開脚! いやーん!
ちょっと理解できないほど複雑にパネルが動いてるな。
顔は? 目に手を当ててみる。やっぱりこれは目じゃない。
視覚センサーは額のパネルにある。目のように見えるこれは何のため?
まあ、だいたい予想は付く。視線を作るためだろう。
コミュニケーションには視線重要。
そして、「見ていないふり」が出来るし。これ、重要!
やっぱ、全天視界は秘密な。
オトコノコは誰でも秘密を持ってるの!
額の鉢金型パネルは頭部の周りをぐるっと回っている。
後方の一部が頭頂部に向かって上がってる。
センサーを邪魔しないで顔を隠すのは難しいな。
額のパネルにはビームランプもある。
録画ランプもあるみたいだがw
もう大丈夫。
実はドライブレコーダーモードをすでに習得しているのであった。
もう逃がさない。重要シーン!
煽り運転とか痴漢冤罪対策とかもバッチリ!
え、これ自体が盗撮? 痴漢行為?
ふふふ、異世界無罪! ロボだしね。
「まだ、開いてなかったか?」
「ちょっと早すぎましたね。」
「お湯がたまるまでもう少しかかるっす。」
ん、誰か来た。営業時間?
あれ、この声は…
女湯を出て、待合室的な部屋へ。
おっと、マント、忘れずに。
「あいじゃく!」
幼女エルフ、ミニイたんだー!
人妻エルフ、デイヴィーさんだー!
個人差妹エルフ、デイエートも一緒か。
タンケイちゃんもなんかタオルの束とか抱えて戻って来てる。
だっこされていたミニイたん。もがく、もがく。
「え、何、何?」
あわててミニイたんをおろす、デイヴィー奥さん。
走る! 俺の前まで。そして仁王立ち!
え、何?
両手を差し出して
「ん!」
ああ、だっこね。
ひと様んちの幼女だっことか、事案!
異世界無罪!! だよね。
マントを脇において、抱き上げる。うん、ほっこりする。
「すいません、本当に。」
いいんです、デイヴィーさん。ミニイたん、あったかい。
額のパネル、ぺちぺちするのも可愛いですよ、指紋付くけど。
ベタベタだよ? なんか食べてきた?
俺、まだ人間だ。そんな気がするんですよ。こうしてると。
「おまえ、今、女湯から出てこなかったか?」
そこ? そこ突くんですか? 貧乳エルフ!
「何やってたんだ? まさか…」
目つき! 言葉遣いも!
お兄ちゃんといる時と全く別人だよ。コイツ!
説明してやってくれないかな? タンケイちゃん。
目線を送る。うん、コミュニケーション。重要!
「や、やっぱあのかっこは、ちょっと、はしたなかったっすか?」
なに、赤くなってうつむいてんの?
超可愛いけど。
このタイミングで?
「な、何をしたんだ!? キサマー!」
腰に下げていた短剣を抜き放つ!
血の気が多いぞ!
いやいや、何にもしてないですよ!
『そうとも言い切れない』
え、ナビゲーションボイス? 今?
いや、まあ、そりゃ…いろいろ、見ちゃったし…
…挟んでもらったし。
「鏡をお借りしていたのです。」
「あと、掃除のお手伝いを。」
タンケイちゃん、こくこく。
「そんなことまで?」
デイヴィーさん、びっくりしてる。
彼女にしてみれば戦闘ロボだしね、俺。
「んんー、どうも怪しいぞ? おまえ?」
疑いの眼差し。戦友なのに、昨日は一緒に戦った仲じゃないですか。
まあ、その疑惑は当たってるんですがね。
勘が鋭いぞ。
そういえば昨日の戦闘時は皮鎧を着用。
今日の銭湯時は生成りの白いシャツ、頭からかぶるタイプ、袖なしですね。
言わば、私服。可愛いですね、その目つきさえなければ。
下からにらみつけるから、三白眼になってますよ。
この世界の布地、伸縮性がないですから。
開口部はゆったり作らないと脱ぎ着する時大変ですね。
ちょっと心配ですね、見えてしまわないか。
上から覗き込むと奥のほうまで素通しですよ。
隙間が多い体形ですし、胸とか。
デイヴィーさんと、タンケイちゃんと並ぶとね、ついね。
心配ですね。
商品開発第二弾は、無慈悲な両面おっぱいマウスパッド。
表は順にイーディ姉さん。デイヴィーさんに、エルディー先生、タンケイちゃん、
ふかふかリストレスト。高さと柔らかさが選べる。
裏面は全部お前だ! 妹エルフ!
裏面フラットだから実用。まさに、無慈悲。
「お兄ちゃんに褒められたからっていい気になるなよ。」
「わたしは信用してないからな!」
失礼な奴だな、まあ、失礼な考えでは俺の方が上だがな。
ああ、そうか。昨日お兄ちゃんが俺のこと褒めたんだな。
あたしだって活躍したのに、何よ、あんな奴。嫉妬!
お兄ちゃんの馬鹿! でもお兄ちゃんが大好き!
だから悪いのはアイツ!
的な考えで? いやいや、怖いですよ。そんなの。
どこかでフォロー入れとかないと。
後ろから刺される!
「じゃウチは、準備があるんで。もうちょっと待っててくださいっす。」
「お当番なの、受付?」
「そっす。」
番台? 番台か!? タンケイちゃん!
童顔爆乳ドワーフ番台!
なんて罪作りなんだ!
お、なんでい、タンケイちゃん。番台かい?
あいかわらずでっけえな、おいちゃんのアソコもでっけえぞ。
冗談冗談。さてひとっぷろ浴びて。
なんでい、興味深々じゃねえか、ちらちらこっち見やがって。
う、いけねえ、意識したら前のほうが突っ張ってきやがった。
こりゃあ、いけねえ!
おちつけ! 俺、と俺の分身!
こんなところで蜂起したらコウベンのおやっさんに鎮圧されてしまうぞ!
うん、チン圧! 怖い!
「今日はハイエートさんはご一緒ではないので?」
「お兄ちゃんは工房。」
ああ、残骸の件。
「家族風呂があれば…」
なんか、ぶつぶつ言ってるな。公序良俗を乱す行為は禁止ですぞ。
「それじゃあ、私はちょっと工房の方に寄って挨拶してきますね。」
デイヴィーさんにミニイたんを返す。
「ばいばい」
はい、バイバイ。
「あいじゃくまたね」
「あやたくじゃましるたよ」
「はいはい、そうね。大丈夫よ。」
さすがの翻訳システムも解析不能だぞミニイたん?
そして意味わかっているんですか? 母エルフ?
「わたしはここで待ってる。」
妹エルフは居残り。
「うああー…」
アームレスト付きリクライニングチェア風の椅子に座ってペダルをこぐ妹エルフ。
ペダル?? 椅子に?
ペダルをこぐと背もたれに付いたアームが動いて…
マッサージチェア! すごいぞ、ドワーフ工房!!
「凄い発明ですね、あれもおやっさんが?」
「あー、あれはウチが作ったっす。肩がこるんで…」
そうか、必要は発明の母。
そして、お前には必要ないだろ、貧乳エルフ!
まあ、乳なきエルフは放っておいて、俺も獣機を見に行こう。
受付まで戻って確認。
フードを下ろした俺を見て、受付のお姉さんドワーフがびっくりしていたな。
まだまだ知名度が低いな、俺。
案内しようと言ってくれたが、遠慮する。
館内配置図はメモリーしたし。場所だけ教えてもらう。
敷地内の中庭みたいなスペース。
ゆっくり、その辺を見回しながら目的地へ。
ムシロっぽいものを敷いて、獣機の残骸が並べられている。
騒がしいな? 何?
「いなくなったってどういうことだ?」
「さっきまでそこに転がってたんですよ。」
「動いたって言うのか? まだ生きてた?」
「なんてこった!」