引き寄せ実験
次の日、エルディー先生はなにやら実験を始めた。
北遺跡の前。
集合メンバーはイオニアさん、ベータ君、マビカ、キラすけ。
そしてOBのエアボウド導師、ディスカムも。
エルディー門下の魔道士|(見習い含む)勢ぞろい。
ちなみに、マビカ、キラすけのテストの採点結果は。
「赤点ぎりぎり」で一応合格、とのこと。
そして、なぜかアイワさんとサンゴロウ兄上。
もちろん俺|(本体)。お嬢様警護のベルちゃん(ケルベロ2号)。
そして、ゲストメンバーは…箱!
何? この箱、木箱? でかいわ。
人が何人も入れそう。
どこかで見たな、これ?
ああー、デイシーシー率いる男風呂覗き隊が使っていた箱だ。
デイエートが刺した矢のあとが残ってる。
そして、クラリオ女騎士?
「ななな、何ですか? アルバイトって?」
……ああ…モルモットか…
「よーし、今日は【器機召喚】についての実験を行なう。」
「ベータ、頼むぞ。あと、キララにも協力してもらうぞ。」
「ひふっ?」
静かにうなづくベータ君。
キラすけは聞いてなかったの?
まず二手に分かれる。
俺とベータ君、ジジイ賢者チームは10mくらい離れる。
「よーし、この箱を引き寄せるんだ。」
「はい、先生。」
一瞬、でかい箱がふっと揺らぐように消えると、俺とベータ君の目の前に出現。
凄いな。こうして見ると圧倒的な魔法感。
「うーん、素晴らしい!」
感動してるエアボウド導師。
「よーし、戻してくれ。」
俺が箱を担いで元の場所へ。
「ベータはしばらく後ろ向いてろ。」
んん? 何?
ベータ君にわからないように、そーっとベルちゃんが箱の中に入る。
「よし、アイザック、元の位置に戻れ。」
俺がベータ君のとなりに戻ると、もう一度器機召喚。
箱が引き寄せられる。
箱の中からベルちゃんが出てくると…
「え? あ、ベルちゃん入ってたんですか?」
驚くベータ君。
「うーん、箱の中身を認識して無くても引き寄せられるのか…」
うなる、ジジイ導師。
なるほど、この辺がひどくあやふやだ。
先生が言っていた「魔法ってのはすごくいいかげん」てのはこの事か。
ベルちゃんがなんだか戸惑ったようにイヌプルプル。
『慣性センサーが現在位置エラーを出しています』
なるほど、トンネルに入ってGPS信号の途絶えたスマホナビみたいな感じか?
再び、箱をもどして、今度はベルちゃんの代わりに俺が入る。
ベルちゃんは箱の陰でベータ君から見えないように…
今度は箱と俺、ベルちゃんも一緒に引き寄せられた。
「あれ? アイザックさん? ベルちゃんじゃなくて?」
「てっきりベルちゃんが入っていると思って…」
その後、何度か試したがあまり再現性が無い。
「どうも…ベータの認識に左右されるようだな…やはり。」
エルディー先生、次の実験を指示。
エアボウド導師が懐から何枚もの護符を取り出す。
「これは、以前王軍で使っていた…【箱】を認識しやすくするためのものだ。」
箱の6面に貼り付ける。
護符に描かれた魔法陣をベータ君に見せた上で再実験。
今度はきちんと箱と箱の中身だけが引き寄せられた。
「あー、やりやすい。すごく楽です。」
「うむ、箱に番号を振ると正確に必要な装備を引き寄せる事が出来る。」
これは良い。某国際救助隊2号機のコンテナみたいな運用が出来るぞ。
「さて、これからが問題なんだが…」
「キララ、闇の堕界でこの箱すっぽり包めるか?」
「このくらいなら…できるけど?」
闇結界で包まれた箱、ベータ君が引き寄せようとすると…
「あれ? 【見えない】」
見えないって言うか、感じられないってことか?
「なるほど…じゃあ…アイザック。」
「こんどはアイザック全体を包んでくれ。」
ええ?
「ほほう?」
何でうれしそうなんだよ、キラすけ!
「我の新しい力を見せてやろう!」
ええ!? なんかヤバい事するんじゃないだろうな?
「黒き宝玉の呪いに依りて、この者を閉ざせ!闇の堕界!」
まとわりつく闇、なんも見えない!
「冥界の黒き呪い、常世たる闇の鎖。縛れ【冥刻界結鎖】!!」
なんだ? 新しい中二呪文!?
「おおー! これは!!」
「ああ! カッコいい! キララちゃん!!」
「なんじゃこりゃあーーー!」
周囲の驚く声! いや、俺は全然わからないんですけどね。
光も電磁波も遮断された。
タマちゃんトンちゃん、ぼんやりと感じていたベルちゃんの存在も消えた。
なんだろう? 通信的静寂とでも言うべき不思議な感覚。
たぶん魔力も遮断されてるんだろうけど、タマちゃんのときと違って特に影響は無いな?
『本体の魔力召喚機能が闇結界の次元シールドのさらに高次元由来であるためと推定』
え? ちょっと? 何か凄い設定出てきてない?
とりあえず周りが見えないと不安だから…
音響測位!
闇結界は音は遮断しないからね。
「箱の中に入れるか? 見えないか?」
はいはい、大丈夫ですよ。
「え? 見えてるの?」
キラすけの声。
「音を聞いて位置を測っているのです。コウモリみたいに。」
「ぐぬぬ…」
攻撃が通じなくて口惜しがってるな、キラすけ。
表情まではわからないのが残念だ。ふふーん。
俺が箱の中にはいると器機召喚。
うん? どうなの?
箱から出ると…いや、なんも見えないのには変わりない。
「冥刻界結鎖解除!」
キラすけの声が遠い?
おう! 視界が戻った。
すぐそばにベータ君。
引き寄せ成功!?
【箱の中身】としてなら闇結界ごと引き寄せられるのか。
しかし…
「何だったんですか? デスグリップって?」
「何? 我の新能力、見てなかったのか!?」
「いや、見るも何も。ダークワールドで何も見えなかったですから…」
「ぐぬぬぬ……」
まったくもー、勝手なんだから。
「うむ! これならいけるぞ!」
なんですか? 先生。
「いよいよ、最終実験だ。」
「クラリオ、こっちこっち。」
手招きする先生、おずおずと近づく宿無し金無しモルモット女騎士。
「あああ、あんまり危険な実験はお断りししし、」
「だいじょぶ、だいじょぶ。ちゃんと安全対策はしてあるから。」
ちらっとアイワさん、サンゴロウさんの方を見る。
重々しくうなづくサンゴロウさん。
二人とも、たたたっと走ってベータ君のとなりに。
エアボウド元学長大導師が何か言いかけたけど…
…やめた。
箱の中に女騎士を座らせる。
「よし、キララ、さっきのアイザックみたいにみたいにやれ。」
「闇の堕界!」
発生する黒い闇。
つむじ風に引き寄せられるような、幾条ものすじとなって女騎士の体に巻きついていく。
「この手続き、必要なんですか? キララさん?」
「う、うるさい! 演出、演出だ!」
BLACK箱入り女騎士にむかって開いた手を突き出す。
「冥界の黒き呪い、常世たる闇の鎖。縛れ!冥刻界結鎖!!」
手首を返しながら引き寄せて、ぐっと握る!
たぶん、このセリフもアクションポーズもホントは必要ない。
女騎士にまとわりついた闇が、「デスグリップ!」の掛け声とともに収縮。
まるで漆黒のコーティングのように全身を覆った。
まったく光を反射しない動く影法師。
99.8%の光を吸収し、世界一黒いという暗黒塗料、ベンタブラックで塗装されたような状態。
もっともこの塗料、ある芸術家が使用権を独占した事でひんしゅくを買った。
別の芸術家はこれに対抗する塗料、BLACK2.0、BLACK3.0を開発。
「アイツにだけは売らないように」と言う条件付で販売するという。
大人げねえ!!
ま、今は99.4%吸収の塗料が普通に買えるけどね。
「あああ、暗い、暗いいいー!」
暴れる! まっくろクロスケ女騎士、パニック!
落ち着け! さっきの俺、見てただろ?
「うるさいな! フタしろ、アイザック。」
フタをかぶせて押し込む。
「器機召喚!」
引き寄せられる箱!
「いくぞ! お前らはここに居ろ。」
イオニアさん、マビキラを制して、先生もエアボウド導師も全速力でベータ君のところに駆けつける。
もちろん俺も後に続く。
やっぱ、危険なんじゃん。ま、人選の段階でわかってたけど…
箱の中から転がり出る女騎士。真っ黒。
「どうだ、気分は? クラリオ?」
「えええ? ななな、何がですか? どうなったんですか?」
顔を見合わせる先生とジジイ導師。
「成功したようじゃな。」
「うむ、予想どおりだ。」
うん? BLACK女騎士の様子が変だぞ。
「それは良かったですね…それに比べて私は…失敗ばかり…」
「王都からは見放され…タモン将軍は結婚してたし…」
「ゲロ吐いて、魔道機さんに迷惑を…」
「しかも、あんなことしてるの見られちゃったし…」
「どうせ腹筋だけのオンナ…くっ、殺せ!」
あわてる先生!
「い、いかん。解除、解除! キララ!」
あわてて、ダークワールドを解除。
「は!? 一体何が? なんか、すごく嫌なこと思い出したんですけど!?」
「うーむ、アポーツの実験は成功だったが…ダークワールドに副作用があったか…」
「よーし、お疲れー。今日の実験は終了だ。」
鬼人剣士アイワさんと兄上騎士、ほっと息をついた。
「出番がなくてよかったです。」
え? どういうこと?
エアボウド導師が説明してくれた。
実は引き寄せ魔法。人間には使われない。
兵士を転送できれば非常に有効なので、かつて軍で実験が行なわれた。
重犯罪者や死刑囚を使った実験。
ところが、転送された人間は例外なく変になる。
単純に、錯乱とか凶暴化とかというのとは微妙に異なる。
気が大きくなるって言うか…暴走するって言うか…
「オラが最強だ!」「うまいぞおおおーー!」「我こそは魔王なり!」
「ふーじこちゃあーーん!」
ってな感じで暴れたり、走り回ったり、メシ食いまくったり、女の子にルパンダイブしたり。
「魔力酔い」と診断された。
どうやら、転送の過程で非常に濃い魔力にさらされるらしい。
通常の何倍もの魔力を吸収して脳が混乱する。
1週間もするとすっかり元に戻る。
だが、これによって兵士には使えない事がわかった。
武装した兵士の一隊が錯乱状態で転送されてきたら、目も当てられない。
しかも、急いでるから転送したのに1週間使い物にならないんじゃ意味が無い。
「ややや、やっぱり危険だったんじゃないででですかー!!」
抗議する人体実験女騎士。ごもっとも。
「いや、いや、暴れても大丈夫なように、取り押さえ要員としてアイワとサンゴロウ騎士を用意しただろ。」
「そそそ、それは、ベータさんの安全で、私の安全ではないですよね!」
女騎士の抗議はスルーだ、先生。
「まあ、今日の実験で…」
「ダークワールドで遮断しておけば魔力酔いは起きないことがわかった。」
「遮断による魔力不足でうつ状態が起きるのは予想外だったが、」
「ま、すぐ回復するようだしな。問題ない!」
「しかし、冥刻界結鎖には驚いたぞ。」
ふふーん、ドヤ顔のキラすけ。そっくり返ってるぞ。
「あの状態だと、どのくらい継続出来る?」
「一度発動させれば、フォローなしで10分くらい続くのだ!」
「フォロー…追加の魔力や集中が必要ないって事か…凄いぞ、キララ!」
「ふふーん! ふふふーん!」
先生ぇ、あんまりほめると天狗になりますよ、こいつ。
「だが、これで移動のめどがついたな…」