冥刻界の女王神殿
ほかっと目が醒めた。
え? 何にも見えない? あ、棺桶の中だわ、ここ。
おう! 神代守護魔道機本体。俺ボディ。
ずいぶん、久しぶりな気がするな。
『修復は98%終了。行動可能です。』
えーと? 残り2%って?
『ビームランプのレンズ結晶の成長には時間がかかります。』
どのくらい?
『2年くらいですね』
げげー!! 2年もビーム使えない?
あー、ほら、先生の魔法。【反応促進】とか使えないかな?
『常時かけっぱなしと言うわけには行かないので』
『短縮できても1ヶ月はかかるかと』
マジかよ!
『ピロリーーーン!』
おおっと!
『ファームウエアの更新が完了しました』
『ファームウエアがVer.2.50に更新されました』
ええ? 2.50?
更新履歴を表示。
ああー? 俺が起動した時点で2.00だったのね。
飛行ユニットの起動で2.01? 細かいな。
2.50ってけっこうなバージョンアップ?
具体的には何が変わったの?
『外部接続機体との接続性がアップしました』
それは? まあ、楽しみだね。
『通信機能のバグが修正されました』
あれ? 直接、犬獣機と接続できなかったのって…バグ?
『アップデートや記憶統合のタイミングを選択できるようになりました』
ああー、それはもっと早く改善して欲しかったよね。
最初の頃のwindows10はエンコードの途中でも平気で再起動しやがりましたからね。
(もちろんファイルは破損)
『その他、細かい修正を行ないました』
DLNA再生が出来ないとか、特定の動作で再起動しちゃうとか。
そういう一番困るバグって、大抵「その他、細かい修正」に入ってるんだよな。
蓋をよけて、棺桶から出る。
ゆっくりと体を動かしてみる。
うん大丈夫。問題なさそうだ。
こうやってひとりでゆっくり行動するのは久しぶりだわ。
しばらく、遺跡内を散策。
壁画とか封印された扉とかを眺める。
扉のQRコードが視界に入る。
『ピロリーーーン!』
『軍隊の侵攻による協定違反を確認しています』
『協定を破棄しますか?』
おっと、そうだった。
魔道機体本体の承認を必要とする案件、ってヤツだな。
協定を破棄すれば飛行ユニットの空域制限が解除されるんだよね?
『はい』
なにか不都合なことはあるかな?
『不都合な事、の定義が不明』
うーん、そうだよな。
なにか、こう、超ヤバい兵器が発動しちゃうとか…
いっぱい人が死んじゃうような大量破壊兵器が使用可能とか…
『それなら、有ります』
有るのかよっ!! チョベリバッ!(タイムスリップ)
保留、保留! 一時保留で!
『わかりました』
気のせいかな? なんか不満げじゃない? ヘルプ君。
「あちゃ! ホントにつながっちゃったんだ。」
おや、その声は…
件の大迷宮につながってしまった通路。
その通路の奥から人影が出てきた。
「組合長!」
「おおう! びっくりした!! アイザック?」
「もう動けるのかい?」
「ええ、つい今しがた動けるようになった所です。」
ええ? 組合長、迷宮の方から出てきたよね?
「いや、まあ、入れるようにはなってるんだよ。」
「店の下に入り口があってね。」
「と、いうか、入り口の上に店を建てたんだよ。」
なるほど、入り口を隠して自分で見張ってたわけか。
「わたしも入ったのは久しぶり。」
今、深夜なんですけど…寝なくて大丈夫なの組合長。
「ははは、ヴァンパイアは本来夜行性だよ。」
それもそうか。
「ちょうどいい、ちょっと一緒に来てくれるかい?」
組合長の後について迷宮に踏み込む。
大丈夫なの、迷わない?
モンスターとか出てこない?
「いやあ、大した魔力は残って無いから、ただの地下通路さ。」
「まともに降りると3日くらいかかるから、ちょっと近道。」
え?
右のわき道にそれて、左に曲がって、左に曲がって…元の通路?
また、左に曲がってさっきの角、そしてまた、左に曲がって、左に曲がって…
同じとこぐるぐる回ってますよね? まだ回るんですか?
お! 何か、発動した! 魔法?
パカっと扉が開いた。周りをまわっていた柱にあたる部分。
中は小部屋。これ? エレベーター的な?
乗り込むとすぐに下がり始めた。
『慣性センサーエラー、垂直降下中』
あー、平面マップ。
飛行ユニットが使ってる三次元マップに切り替えないと…
だいぶ下って到着。
「ここが、迷宮の中心部、冥刻界の女王神殿だね。」
うわ、広い! 地下空間。魔王城山採掘場の空間に匹敵するな。
そして、神殿と呼ぶにふさわしい装飾が…
…あんまり無いですね。
見た目、コンクリート打ちっぱなしみたいな感じ。
どっちかって言うと首都圏外郭放水路の調圧水槽みたい。
「あれが、魔力の核。」
祭壇みたいに盛り上がった台座の上に巨大な球体が…割れてる。
でっかいな。
なんだっけ? あれ、ほら空気の入った…ダイエットに効く的な…
…バランスボール?
そう、アレぐらいの大きさ。
砕け散って3つくらいに分離。
これ、水晶? 透明な結晶だ。
ダミーアイから魔法光を照射すると、魔法陣が浮かび上がった。
球体の表面と、内部。
内部? 割れた断面にも複雑な文様が浮かび上がる。
「魔法機関だよ。エルディー導師によれば、魔力の収集と管理をしてたらしい。」
「いわゆる地脈とか龍脈とかのエネルギーの流れを汲み出していたんじゃないか?ってね。」
「どうやって結晶内部にまで魔法陣を刻んだのか?…わかんないんだけどね。」
クリスタルガラス内部にレーザーの焦点を合わせて傷を付け、絵を描く技術なら元の世界では一般的だった。
俺の元世界から来た「人間」が作ったんだろうか?
「わたしはね、古くからこの辺に住んでたヴァンパイアで。」
「遺跡や歴史に興味があって調べてたんだよね。」
「歴史学者だったんですか?」
「いや、そんな立派なものじゃなくて…郷土史家? そんな感じ。」
「一時期、遺跡巡りがマイブームでね。」
「この辺の遺跡を調べてまわってるうちに、ここを発見したんだよ。」
しかし、何だって魔王? そんなことする人には見えないけど。
「それだよ。このパワークリスタルに触ったとたん、取り憑かれたっていうか…」
「膨大な魔力が流れ込んできて、居ても立ってもいられない感じに…」
「なんか、でかいことやらなきゃー!!ってね。」
後に先生から聞いた所では、「魔力酔い」ってやつらしい。
過剰な魔力が脳に影響を与え、性格まで変えてしまう。
パーキンソン病と言う病気がある。
ドーパミンという脳内神経伝達物質が不足する病気。
運動神経に障害が出て、体が硬直したり震えがでたり、表情筋が動かなくなって無表情になったり。
モハメド・アリ、マイケル・J・フォックス、最近ではオジー・オズボーンが罹患を公表したことで有名だ。
根本的な治療はまだ、見つかっていない難病だ。
対症療法として、不足しているドーパミンを飲み薬で補うのが一般的。
ただ、効き目が短いんで1日何回も飲まなきゃいけない。
そして、服用量が多すぎると過剰による副作用があるので調整が難しい。
伝達物質が過剰になると神経が繋がりまくってしまうわけだ。
幻覚が見えたり、興奮したり、そして時にすごく意欲的になっちゃうことがある!
性欲が亢進したり、暴飲暴食、買い物しまくったり、ギャンブルにハマったり!
薬を減らすとわりとすぐ元に戻るんで、本人も家族も、ええー?って感じになる。
あんな感じなのか。
「普通、薬とかで興奮した場合は、先に体力が尽きるから止まるけど…」
「魔力の場合はどんどん供給されるから体力、気力もどんどんアップ!」
「元々がヴァンパイアだから、魔力を取り込む性質が強かったんで余計にね。」
「気が付いたら世界制服を目指す魔王になってた。」
ヤバいわ、魔力核。とんでもない迷惑機関。
「ナビン王とエルディー導師やおやっさんたちのおかげで止まったんだよねー。」
災難だったなー。
「あれ以来、怖くて魔力の吸収を控えてるから…」
「今でも魔法使えないんだよ。」
「キミも気をつけなさいよ。」
え? 俺?
「この装置、普通考える魔力とは桁違いの力があったんだ。」
「キミが起動してからの活躍を見ていて思ったんだけど…」
「どうやらキミ…神代魔道機は桁違いのエネルギーを持ってるみたいだなーてね。」
どういうことです?
「だから、キミもあんまり力を使うとわたしみたいにおかしくなっちゃうんじゃないかってね。」
「ちょっと心配に…まあ、老婆心だとおもうけどね。」
立ちすくんだ。機械魔王になっちゃう、俺?
力に溺れるなってことか…
ある意味、モアブ伯の暴走は軍用獣機の武力に酔ってしまったのが原因だもんな。
「……気をつけます。」
「さて、帰ろうか。」
「帰りのエレベーターはね。ここの周りを99回、回らないといけないんだよね。」
え?
「この迷宮はねー、謎かけとか、組み合わせとか、アイテムとかを使うんじゃなくて…」
「回数が鍵なんだよ。根気と体力! この迷宮…」
そんな迷宮はいやだ!
組合長、何か思いついたように俺を見て…
「エネルギー…か…」
もう一度、魔力装置の方を見てつぶやいた。
「うん? あれ? いや? もしかして…この装置…」
「龍脈とかじゃなくて……」
帰り道に、組合長がメガドーラさん苦手な理由を聞いた。
何でも魔王だった時、夢魔族ハーフをメイドさんとして使ってた。
夢魔族はみんな美人だから。
「キララさんも美人になりますよ、きっと。」
そうかなあ?
そこへ尋ねてきた来たメガドーラさん。
一族を保護してくれてありがとう。
自称四天王から本当の四天王になりたいと言って取り入った。
でもその時はすでにナビン王と手を組んでいた。
だまされて、夢幻投影で魔力を吸い取られて、弱ったところにエルディー先生の攻撃!
そこをナビン王や大剣豪プロフィルにやられちゃった。
今でもトラウマだという。夢魔女王怖い!
あー、うーん…
次の日、北遺跡にタモン兄貴がやって来た。
「おお、アイザック! 動けるのか?」
「ご心配をおかけしました、もう大丈夫です。」
集まったのは俺、エルディー先生、メガドーラさん、エアボウド導師、おやっさん、イオニアさん。
そして女騎士。
遺跡上部の管制室。ジョーイ君も短波通信で参加。
「ちょっと、ショックな話をする。」
「タモン殿とイオニア、エアボウドには人間代表として聞いてもらう。」
先生が話したのは【人間】による魔道機文明の歴史。
さすがに、兄貴もイオニアさんもショックを受けた。
「まさか、そんなことが…」
口元を覆うように手を当てて絶句する兄貴。
お嬢様も蒼白。
『すべて事実です』
ジョーイ君が念を押す。
「そりゃあ、ショックだよ。」
エアボウド生臭賢者も思わずしゃがみこんだ。
「至上主義者ってわけじゃあないが…」
「自分が魔道機文明を生み出した【人間】の末裔であるってことには、それなりにプライド持ってた。」
「それがひっくり返ったんだからな。」
先生の顔を見上げる。
「エルディーだってさ…」
「いきなりお前は【エルフ】じゃないって言われたらショックだろ?」
先生もうなずく。
「確かにな、そんなこと言われたら…」
途中で黙り込んだ。
「先生?」
「どした? エルディー?」
イオニアさん、メガドーラさん、怪訝な顔。
「そうじゃないって証拠は?」
え? 何言ってんの先生?
「【人間】だと思っていたのが【ヒト系獣人】だった。」
「だったら、わたしらは【エルフ系獣人】で【エルフ】はとっくの昔に滅んでるってことも…」
みんな、なんとも言えない顔になった。
「ドワーフだって…ってことか?」
おやっさんも不安げ。
「じょ、ジョーイ君、その辺どうなの?」
思わず聞いてしまう。
『そのような情報は記録されていません』
ほっとした、先生だけじゃなくみんなも。
「じゃあ、エルフは昔からのエルフなんだな。」
『そのような分野の情報は記録されていません』
ふたたび凍り付いた。
本体が動けるようになったので、工房へ挨拶に行くことにした。
おやっさんと一緒にとぼとぼ歩き。
「厄介なこと聞いちまったな…」
「それで何が変わるってわけでもないが…」
街中に入ったところで…
「あいじゃくうううーーー!」
おお! ミニイたん!
タマちゃん記憶があるから久しぶりってわけじゃないけど、久しぶり!
俺を見かけて駆けてくる、駆けてくる!
けっこう距離あるぞ、転ばないで。
抱っこ! 高い高い! くるくる~!
「あやきゃきゃきゃかかかー!」
ミニイたんがうれしそうだと俺もうれしいよ!
「ミニイ、お帰りなさいは?」
「おきゃるなさい!」
「ただいま。ミニイさん。」
「アイザックさん。お怪我されたって聞きましたけど…」
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました、デイヴィーさん。」
母エルフにもご挨拶。
ん? なあに? ミニイたん。
「たまたんは?」
何? おのれ、タマ公、俺本体の留守にミニイたんと仲良くなりやがって!
湧き上がるどす黒い感情。嫉妬!
いや、まあ、中身は俺なんですけど。
飛行とか変形とかギミックで負けてるよな、俺本体。
ワイヤーシュートとかで…どこかでアピールして取り戻したい、ミニイたんの寵愛!
「タマちゃんから聞きましたよ。ミニイさんメイド服着たんですって?」
あれ? しゅーんとなっちゃったよ、ミニイたん。
「お屋敷に預けてあったんで…」
えええ! お屋敷が丸焼けで、あのメイド服も焼けちゃった?
あううー、リアル直接見たかったよ、エルフ幼女メイド。