表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

118/371

レガシの危機


さて、時間は少し戻って、こちらはレガシの町。

そして、オレはタマちゃん。


「大変です! 大街道関所が、モアブ軍に制圧されています!」

大街道関所への定期便が始まって数日め。

ミネルヴァが血相変えて戻ってきた。

まあ、実際に顔色が変わるわけじゃないんですが。


レガシまで2週間以上かかるなどという見通しが甘かった。

モアブ伯の軍隊はわずか数日でレガシ周辺に到着した。

王都を制圧するより先に出発していなければありえない早さだ。

王都制圧と同じくらいの優先度がレガシにはあったと言うことになる。

正直、七英雄も昔の話だし、王都が制圧されてしまえばイオニアさんもそんな重要じゃないし。

人質ご令嬢も本人たちがアレだし。

ってことでまさかこの小さな町が、そこまで重要視されているとは誰も思って無かった。


大街道関所はもともと軍の施設だ。

モアブ軍は王軍名義の命令書を所持していたので、大っぴらに逆らうわけにはいかない。

クリプス騎士は名目上派遣軍の指揮下にはいることになり、事実上軟禁されている。

そして、関所からすでにレガシに向けて一隊が進行中であるとのこと。

王都制圧前にすでに命令書を用意していたのか…準備万端と言うわけだ。

「問題は軍の構成です。軍用獣機がいます! 4体!」

「軍用獣機?」

ミネルヴァの報告を受け取るためにお屋敷に集まった兄貴、組合長が聞き返す。

いや、俺も知らないですよ。そんなの。

「それが魔道機軍って奴か?」

「それと運搬用に鉄蜘蛛が4機います。」

「鉄蜘蛛だって!?」

おーい、ミネルヴァ、画像データちょうだい。

『やっぱり、居るんじゃないですか。アイザック。』

いや、まあ、隠してたわけじゃ…隠してたんだけど。

『いや、本体不在時の緊急モードだってのはウソじゃないよ。』

『ふん、データ送ります。』

ミネルヴァが撮影してきたデータが共有される。

ええ、と? わかんないな?

鉄蜘蛛が4機。その上になにやら巨大な物体が載せられてた。

シートがかけられ、ワイヤーで固定されている。

全容はうかがえない。

これが軍用獣機? このサイズ? 巨大な鉄蜘蛛の荷台いっぱいだぞ。

こんなものが? 4体?

これ…俺魔道機本体がいたってかなわないんじゃ…


今後の方針をどうする?

とか相談してる間もなかった。

関所から出発した隊に先んじて使者がカロツェのお屋敷にやって来た。

いや、使者じゃない貴族だ。責任者本人。

アトラックさんが緊張した面持ちで駈け込んで来た。

「王軍指揮官サー・モバリックがイオニア様にご面会を求めております。」

正式に面会要請ということになればお嬢様の立場上、断りにくい。

なんともいやらしいやり方だ。

「モバリック卿だと?」

「たしかモアブ家の家臣ですな。」

「モアブ家の直属が指揮官? そんな馬鹿な!」

兄貴があぜんとなる。

「時間的にみれば、軍が出発したのは政変の前。まあ、でっち上げでしょうな。」

ビクターさんも顔をしかめる。

「タモン様、組合長は裏口から出てください。」

「とりあえずこちらで話を聞きます。」

組合長、兄貴が脱出した後、オレはこの場に残って事態を確認することにした。

タマちゃんには武器がない。

パワーだってミニイたんにつかまるくらいだしな。

球型に変形して机の上に。オブジェっぽい感じで。

気づかれないようにね。


硬い表情のネコミミメイド、サジーさんに案内されてはいって来たのは儀礼服姿の男。

派遣軍の指揮官と言うわりには実戦装備じゃない。

武器も一切身に着けていない。

張り付いたような笑みを浮かべた痩せた男。

オールバックになでつけた髪。

印象で言えば…一言でいうといけ好かない奴だ。

あれ、こいつ?

以前、カロツェ家の隊商に紛れて工房を探っていた奴だ!

いかん、ただの貴族でも軍人でもないぞ。

秘密工作員的な何かだ!

しまった、完全に位置取りを誤った。

ビクターさんに伝えなくては…どうやって?

そのビクターさんが応接室に入ってきた。

「お待たせしております。家令を務めますビクターと申します。」

「先にご用件をうかがっても?」

「いや、重大事態ですのでイオニア様ご本人に直接お伝えしたい。」

「そうでございますか、では、今しばらくお待ちを…」

よし、今だ。

球体のまま転がって机から転がり落ちる。

部屋を出ようとするビクターさんの足元へ転がる。

「おお? これは失礼を。」

床にゴミが落ちててびっくり的な振る舞いでオレを拾い上げて退室。

ごまかせたかな? まあ、気付かれてもどうってことはないが。

「どうしました? タマちゃん。」

「ビクターさん、あいつ隊商にまぎれて工房を探りに来ていたやつです。」

もう、演技とかなし。それどこじゃないね。

ビクターさんもいまさら突っ込んだりしない。

「何ですって? 間諜の本人?」

「うーん、偽貴族なのか…それとも自ら探索についていたのか…」

少なくとも直接、荒事をこなせるだけの戦闘力はあるってことだ。

なんにしても用心しなくては。また暗殺者だったら大変だ。


「お目にかかれて光栄でございます、イオニア様。」

別室でお嬢様に拝謁したモバリック卿。

片膝ついて頭を垂れる。

「こんな田舎にどういったご用件ですの? モバリック卿?」

顔色は蒼白だが毅然とした態度は崩さない。

さすがだお嬢様。

イオニアさんの手前にはすでに被甲身バンパーが展開済み。

後方に控えるビクターさんの懐にはナイフが。

そして男の足元、絨毯の下には雷神槌サンダーボルトの護符が仕込まれている。

俺はビクターさんのポケットに入って足先センサーで周囲を確認中。

ここで、イオニアさんに害をなすことは出来ないぞ。

「イオニア様には急ぎ王都にお戻りいただきたい。」

「何事です?」

「バッソ侯爵が政権簒奪を企てているとの情報がございます。」

「すでに湾岸都市で挙兵したとの情報があり、王軍は緊急事態を宣言いたしました。」

「義父であるエリクソン伯と共謀して王族を監禁し実権を奪取しようとの企て。」

「そののち、イオニア様を傀儡かいらいとして新政権を樹立する計画。」

「この企てにはかつての七英雄、エアボウド導師も加担しているとのこと。」

「現に他の七英雄、エルディー導師、コウベン工匠に協力を仰ぐべく、このレガシに滞在しております。」

「さらにこの地には一味として現王に恨みを持つタモン・ギャザズ元将軍がおります。」

「彼はかつての部下、クラリオ・ヒタチ、クリプス・デンソーを呼び寄せ、機をうかがっていたことが明らかになっております。」

「今現在、計画は露見し、王都の反逆者は鎮圧、監視下にあります。」

一気にまくし立てたモバリック。

お嬢様はため息をついた。

「あきれましたね、ずいぶん都合のいいお話。」

「邪魔者は全部まとめて片付けるおつもりですか?」

もしかして、クラリオとクリプスがレガシや周辺に配属されたのも?

最初からこのつもりだったのか?

モバリックは報告しながらにやにや薄ら笑いを浮かべている。

自分の言ってることが大嘘であることを隠すつもりも無いようだ。

「なお、バッソ侯の母親、魔女メガドーラには獣機を使って住民を虐殺した容疑がかかっております。」

さすがに怒りを隠せないお嬢様。

「この恥知らずがっ!」

「これはすべて事実でございます。」

「証拠がおありなのですか?」

「それは後からついて来ます。」

立ち上がった。もう、その傲慢さを隠そうともしない。

「……事実になりますよ、すべてね。」

「大変な自信ですわね。そんな無理が通せるとでも?」

「あれをご覧になればわかりますよ。」

「?」


「よろしいですか?」

伝令が入ってきた。王軍騎士…とは鎧の意匠が違う。

モアブ家のものか?

「な?」

ビクターさんが驚く。取次ぎもなしに応接室に兵士が?

屋敷内は制圧されているのか? アトラックさんは?

何事かをモバリック卿のの耳元にささやく。

「憶えておいでですか? イオニア様。」

「ご友人だとおっしゃるバッソ侯、エスブイ子爵ご令嬢の誘拐事件。」

「あの犯人、ディスカムの逮捕命令は今でも有効なのです。」

「な!?」

「ただいま犯人を逮捕したとの連絡が入りました。」

「ご令嬢たちの身柄も保護できたとのことです。」

お嬢様もビクターさんも凍りついた。


とことん卑劣な奴だ。

後で知ったが街を制圧したのは徹底した人質作戦。

その辺の通行人をとらえて連れを脅迫。

工房に案内させる。

受付のお姉さん、服飾工房を人質に職人衆を脅迫。

ディスカムを従わせて逮捕。

ディスカムの身柄を楯にマビキラを確保。

マビキラを人質にイオニアお嬢様の逃亡を防ぐ。

恥も外聞もかえりみない。この卑劣さ。


だが、モアブ伯がイオニアさんを確保する目的は神輿みこしに担がれるのを防ぐことじゃない。

そもそもそんな陰謀自体がでっち上げだからね。

今までの暗殺計画を見る限り狙いはお嬢様の命そのものだ。

身柄を押さえておいて適当なところで暗殺。

犯人候補には事欠かない。

タモン兄貴なり、騎士なりが協力を拒否したイオニア様を殺害したってことにすればいいわけだ。

ディスカムに擦り付けるって手もある。

なりふり構わずイオニアさんを脱出させるべきだが、いかんせんディスカム、マビキラが人質。

これではビクターさんも身動きが取れない。


ズシンという振動が御屋敷を揺らす。

悲鳴が聞こえる! これは…サジーさん?

駆け込んできたのはネコミミメイド2号スカジィちゃん。

「たたた、大変にゃ! そ、外に獣機が!」

不適に笑うモバリック。

「到着したようですな。」

「ぜひご覧ください。抵抗はすべて無意味だとお分かりいただけるでしょう。」

先導して表に出るにやけ貴族。

途中の廊下にモアブ軍の兵士、とアイリンクちゃんとお母さん!

アイちゃん、ぎゅっとお母さんに抱きついている。

アトラックさんの奥さんもお屋敷でパートしてるからちょうど捕まったのか?

これではアトラックさんも手の出しようが無いわけだ。

導かれるままに玄関から庭に出る。


そこにいたのは……軍用獣機! これが!?

お屋敷を囲む柵の外側にいるのが見える。

今まさに鉄蜘蛛の上から降ろされるところ。

ワイヤーが外され、覆いのシートが取り払われる。

お嬢様も、ビクターさんもそしてオレも息を呑んだ!

ゴリラ?

この世界にゴリラがいるのかどうかは知らないが、そうとしか言いようの無いスタイル。

巨大類人猿型獣機!

しかもでかい! ゴリラの体高は大きい種類でも2m程度という。

こいつは体高3mを超えているぞ! ジョー・ヤング!

直立すれば身長5m位に相当するだろう!

銀白色に鈍く光る装甲。どこかで見たような色合い、質感だ。

動いた! ゆっくりと向きを変え、鉄蜘蛛の荷台から降り…

飛んだ! 鉄蜘蛛の荷台からジャンプ!

お屋敷の塀を飛び越えて庭へ着地!

衝撃が地面を揺らす!

すごい運動性能、スピードも犬型獣機並み?

お屋敷へ、こちらに向かって歩を進める。

軽く腕?前足?をついて四足歩行、いわゆるナックルウォーク。

サジーさん、スカジィちゃんが悲鳴を上げる。

アトラックさん、ビクターさんさえ後ずさる迫力、威圧感。

「いかがですかな? イオニア様。」

最高に自慢顔のモバリック。

ハイテンションだ!

「これと同じものが300体! 魔道機文明の遺産です!」

「文明の創始者にして正統の所有者たる人間こそが! この力を振るうのふさわしい!!」

高笑いするモバリック卿! これこそが至上主義者増長の根源か!


たまらず、犬小屋からケルベロ1号、ケロちゃんが飛び出してきた。

お嬢様とゴリラ獣機の間に位置どるとツインヘッドアームを開いて威嚇する!

これには、モバリックも驚いたようだ。

「おおう? 獣機を味方に?」

「そこまで進んでいるとは…さすがはコウベン工匠ですな。」

んん? もしかしてこいつらの目的って?

「だが、これで獣機を操っていたのは七英雄の残党、と言う証拠が出来ました。」

片手を上げて、軍用獣機を運んで来た兵士たちの方に合図する。

ゴリラ獣機が動きだす。片手を挙げ、ケロちゃんに掴みかかった。

すごいゴツイ腕。

末端肥大的な、巨大ロボ風アームだ!

体高の大きさ以上に拡大された手のひらが開かれる。

犬型獣機程度なら一掴みだ!

だが、スピードではケルベロスの方が上か?

サイドステップでかわすと、ヘッドアームを閉じて回転。

ゴリラ獣機の両腕の間を三角とびの要領で駆け上がる。

首筋の辺りにドリルを突き込んだ!

ツインヘッドドリルアタック!

だが、装甲に歯が立たない。

凄まじい金属音と火花! 

ゴリラ獣機の装甲はわずかに削れただけ!

平然と次の行動に移る。

巨大腕がケロちゃんを掴む。

もがく! ヘッドアームで必死に丸太のような指に攻撃を加える。

だが、さしたるダメージを与えられない。

ゴリラ獣機がケルベロスを掴んだ腕を振りかぶった。

叩きつける!

バラバラに砕け散るケルベロス1号!

イオニアさんが唇を噛んでうつむく。


『ケロちゃん!』

おう、ミネルヴァ! やられちゃったよ1号。

胸がチクチクする。

上空を旋回する鳥型メカ。

兵士たちは気付いていない。

遠目には本物の鳥にしか見えないからね。

『ミネルヴァ、オレはしばらく御屋敷を見張ります。』

『タモン将軍との連絡を取り持ってください。』

鳥だけにね。

『わかりました。通信は常時開放しておきます。』

飛び去るミネルヴァを見送るとオレ達は再び邸内に戻された。

得意満面のモバリック。

「この街の状況が落ち着き次第、王都へお戻りいただきます。」

「それまで外出は控えていただきたい。」

監禁か。

「使用人たちは通常業務に戻らせろ。」

ふむ、幸いビクターさんが鬼人ハーフであることは知られていないようだ。

邸内の采配は今までどおりビクターさんに任された。

「ふん、このような獣臭いやからを雇うとは…」

「あまりいいご趣味とは言えませんな。」

主にイヌミミ、ネコミミ系の使用人たちを見やる。

兵士に両腕を掴まれていたアトラックさん。

アイちゃんと奥さんの方へ突き飛ばされてよろめいた。

「帰っていいぞ。妻子の命が惜しければ屋敷には近づくな!」

傲慢に言い放つモバリック。

確認するようにビクターさんの顔を見るアトラックさん。

ビクターさんがうなずくと無言のまま家族を伴って退出した。


ビクターさん、球体状のオレをさりげなく床に落としソファの下に転がす。

頃合を見計らって蜘蛛モードに変形、天井に張り付いた。

天井を這い回って邸内の様子を確認する。

お嬢様は自室に監禁。

常に兵士たちが入り口を見張る。

ケルベロ1号の犬小屋は取り壊された。

その板を兵士が御屋敷の窓に次々打ち付けていく。


こいつら…イオニアさんが魔道士だってこと知らないのか?

護符は取り上げられたが…その気になれば自力でぶち破るくらいのことは出来るだろう。

なんたってエルディー先生の弟子だからな。

となると問題はゴリラ獣機と、人質。

マビキラとディスカムの居場所を突き止める必要がある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ