王都政変、勃発!
女性陣が試着会を実施している間、男性陣は待合室で待っていた。
退屈になってきたミニイたん。
オレを掴むとぶんぶん振り回しながら待合室に出てきた。
あ、ちょ! やめてー。
「みんな遅いけど、何やってんの?」
タモン兄貴が尋ねるけど、ミニイたん、困ってるぞ。
そうだよな、「ブラジャー」って単語自体が存在してない。
説明する言葉が思いつかない。
オレだって思いつかないぞ。
「おっぱいしまってる!」
うん、そう言うしかないね。
男性陣の首が90度。
「????」
おやっさんだけがわかったようだ。
「ああ、ダットがやっとったあれか。」
説明を受けると、クリプス商売人騎士の目がきらーんと輝いた。
「それは…完成したらぜひウチで、デンソー家で扱わせてもらえませんか?」
一般には知られていないが商家の間ではレガシの工芸品や武器は評判が高いらしい。
最近でも雀竜のウロコを使った防具が大いに話題になった。
商売人騎士自身もカフェの制服で服飾工房の品質とセンスは確認済み。
色々あった人だから、おっぱいにも詳しそうだ。
レガシ周辺はカロツェ家の縄張りになっている。
「近くのミーハ村特産のソープ液にも手が出せませんし…」
「なんとか食い込みたいんですよ。」
「服飾なら、カロツェ家と競合しないですし。」
「いやー、うーん…」
困ってるぞ、おやっさん。
やり手だ、チャラ男あきんど騎士。
クリプス騎士は数日滞在するとのこと。
女騎士の時と同じ宿に逗留。
組合長も紹介してもらう予定だそうだ。
工房のことだけじゃなく、石炭や食材の調達、求人についても相談したいとのこと。
大変だなー、店長。
騎士…なんだよね?
さて、オレは今日もお屋敷で講義を受けていた。
エアボウド導師の講義は魔法の歴史から発達史。
理論の内容へと移行していたので、もう年少組は参加していない。
うーん、勉強になるなー。
詠唱、魔法陣もこの魔法理論の上に成り立っているのか…
王立学園で年長だったディスカム、エルディー先生から教えを受けたベータ君。
二人はすでにこの辺りは身についているわけだな。
そしてお嬢様もマスターしていると。
身についてないのはマビカとキラすけかー。
そしてオレもだ。
魔動機体本体が帰ってきたら記憶移行できるんだろうな? これ。
うん? ケロちゃんから警戒信号?
あれ、オレ、ケルベロ1号の信号受信してる?
あわてて、窓から飛び出して庭へ。
門のところに知らないヒトがいるぞ。
オレのレガシ住民リストにはない人だ。
今日はアトラックさんは休み。
門番をしているのは非常勤のドワーフ戦士。
雀竜騒動の時、治療受けてた人だ。
朝の打ち合わせでドローンのことも説明した。
まあ、首ひねってたけどね。
門の外から声をかけているのは獣人の娘。
つんと尖ったイヌミミ? いや、キツネ耳か?
しっぽがフサフサだ。
対応してるドワーフ戦士。
「あれ? あんた関所のカフェの女給さん?」
「あ、お客さんの…」
「ちょうどよかった。うちの店長、来てるはず。」
「急いで知らせなきゃならないことがあるのよ。」
「クリプス騎士なら工房か葬儀屋か宿屋か…」
「葬儀屋?」
首をひねるキツネっ娘。
実質的な町長である組合長のお店が葬儀屋。
そりゃ、外から来た人は驚くよね。
「案内して!」
「無理言いなさんな。俺はここ離れるわけにいかん。」
このキツネ娘、馬できたのか。
傍らに立つ馬も汗だく。息を切らしている。
緊急の用事か?
「私ガ・案内・シマス」
どうもただ事じゃなさそうだ。
「お、おう、タマちゃん。頼めるか?」
ドワーフ戦士、オレに対してはまだおっかなびっくりだな。
「ツイテ来テ・クダサイ」
目を丸くして驚いてるキツネ娘。
だが、質問を後回しにした。よほどの事態なのか?
馬を駆って組合長のお店に。宿とお店は近いからこっちを先にした。
町中を馬が走ることはめったに無いのでみんな驚いてる。
おう、居た。クリプス騎士。当たりだ。
組合長、兄貴と一緒だ。
「な? どうした、クズノハ?」
驚く、チャラ男騎士。クズノハってのはキツネっ娘の名前か。
「若、緊急事態です! 王都から知らせが!」
若?
馬から飛び降りたキツネ娘が細く巻いた小さな紙片を差し出す。
「この娘は?」
兄貴の問いかけに、紙片に目を通しながら答えるクリプス。
「私の配下です、軍ではなくデンソー家の密偵…この書状は伝書鷹を使って…う!?」
「どうした?」
「モアブ伯がエリクソン伯を幽閉。バッソ侯夫人も監禁されているようです。」
「何だと!!」
「モアブ伯領から軍隊が…魔道機軍?? 王都を制圧?」
なんだか、大変な事態が起きてるぞ。
兄貴とチャラ男騎士、組合長も一緒にお屋敷に引き返すことにした。
まずはビクターさんと相談だ。
お屋敷にも王都のカロツェ家から知らせが…
来てなかった。
「何ですって?」
驚愕、ビクターさん。
「カロツェ家からの知らせがないってことは…エリクソン伯やバッソ家同様、封鎖されたんでしょうね。」
「私がレガシに来ていたのは全くの偶然ですし。」
クリプス騎士のデンソー家は中立の立場。監視は緩かったってことか。
「しかし、モアブ家だけでエリクソン・バッソ・カロツェを制圧できるもんでしょうか?」
「王家・王軍だっておとなしくモアブ伯に従うとは思えませんし?」
タモン兄貴が疑問を呈する。
「書状に書かれた『魔道機軍』て言うのがいったい何なのだか?」
クリプスも戸惑っている。
伝書鷹で運べる程度の小さな書状では詳しいことが書ききれない。
この世界、紙も厚いし、筆記具も細くないからね。
「獣機やアイザックみたいなのを手に入れたのかもしれん。」
同席していたエアボウド導師が言う。
「モアブ伯の領地ってのは貴族としての権威付けのために便宜的に与えられたものじゃ。」
「伯爵の収入は王都やその周辺からのものがほとんどで領地ってのは名目だけ。」
「やたら広大ではあるが荒地ばっかり。」
「先代、ブレビーのころは放りっぱなしだった。」
「ろくに調査もされてないし人も住んでない。」
「徴税も徴兵もできない、そんなところから軍隊…しかも魔道機の?が出てきたとしたら…」
「獣機の本拠とか遺跡みたいなものを発見して、それを手に入れたとでも考え無ければ有り得ないだろう?」
ビクターさんが、頷いた。
「今のモアブ伯になってから領地の調査をしていると聞いた事はあります。」
「技師や職人を送り込んでいると言う話で…鉱山でも発見したのでは?と一時話題になりました。」
「その後はこれと言って流通量や相場に動きが無かったので気にしていませんでしたが…」
「着々と準備していたってことでしょうか。」
兄貴がうなる。
「そんなものが有るんなら…獣機討伐の時に…」
討伐では多くの犠牲が出た。
兄貴の怒りの表情、怖い!
「あるいは獣機そのものにもモアブ伯が絡んどるのか…」
エアボウド導師の言にみんながこわばる。
「おう、どうした? 何事じゃい?」
おっと、おやっさん。
組合長が使いを出していたんで大慌てでやって来た。
一緒にやって来たのはアイワさん。こっちはビクターさんが呼んだ。
説明を聞いたおやっさん。
「うーん、エルディとアイザックがおらんのは痛いな…」
「問題はイオニア様、あれだけの暗殺者を送り込んでダメだったとなれば、必ず軍隊送ってくるよ。」
アイワさんの言葉にビクターさんもうなづく。
「お隠ししなくては…」
「遺跡か…」
おやっさん?
「北遺跡が改装中じゃ…立てこもりを想定して改造させよう。」
「いざとなったら…」
ちらりと組合長の方を見る。
「まあ、仕方ありませんな…」
ええ、何? 組合長? 意味深。
「王都からレガシまで軍隊を移動させるには2週間ってところですかね。」
クリプスの言葉を兄貴がさえぎる。
「鉄蜘蛛みたいなのがあるとすれば…もっと早くなるな。」
「鉄蜘蛛?」
チャラ男騎士は鉄蜘蛛見たことないからね。
「人間の兵士が同行するんなら大して早くならんじゃろう。」
「それまでにエルディとアイザックが戻ってくれればいいんだが…」
「私は関所に戻ります。」
クリプスが立ち上がった。
「王都からの知らせは順次こちらへお伝えします。」
王都からの伝書鷹。
まあ、この世界の鷹だから地球の鷹とは違うんだろうけど。
デンソー家と関所の間を往復できるらしいが、いきなり行き先を変更するとかは習性上無理。
鷹? だったら…
「関所、レガシ間ハ・ミネルヴァニ・頼ンダラ?」
みんな、ええ?って顔でオレ、タマちゃんの方見た。
あ、しまった。いや、まあ、そんなこと言ってる場合じゃないか。
それにどっちみち、もう混浴は無理みたいだし。
「タマちゃん?」
「おまえ、ホントにアイザックじゃないんだよな?」
「自立モード・デス」
「ミネルヴァ、とは?」
首をひねるクリプス。
「鳥型の魔道機だよ。最近はずっとヒト型だが…」
余計わからなくなったねチャラ男騎士。ちょっと想像できないよね。
ミネルヴァなら「協定」に縛られずにレガシの外でも飛べる。
関所との連絡を手伝ってもらおう。
ミネルヴァを呼び寄せるか…オレから通信したらバレるよな、俺のこと。
そうだ! ケロちゃんに呼んでもらおう。
ケロちゃん、ケロちゃん。
ミネルヴァを連れてくるようベルちゃんに伝えてくれるかな?
なんで自分で伝えないの?てな表情するケルベロ1号。
ま、表情はないんですけどね。
しばらくするとミネルヴァが飛んできた。
将機ボディが気に入っているんで、分離した鳥型メカ状態を見るのは久しぶり。
「なんですか? いそがしいんですよ。遺跡の仕事で。」
な、何? 横柄な態度。
かくかくしかじか。説明すると…
「大街道関所? 手紙の配達? 毎日?」
「面倒くさいですね、ボクだってヒマじゃないんですよ。」
こ、こいつ! なんだ、その態度!?
増長! 増長しているぞ、コイツ!
職人衆におだてられて以来すっかり舞い上がってる!
考えてみれば、俺と分離してリアルボディになってから、まだほんのひと月くらい?
リアル世界では赤ん坊同然だ。
ちやほやされて天狗になったとしても不思議は無い。
めんどくさ!! めんどくさいぞ、コイツ!
おやっさん、兄貴、組合長、みんな、ええー?って顔してるぞ。
チャラ男騎士が微笑みながら進み出た。
「これは…魔道機なんですか?」
「なんとも、美しい…優美な機械ですね。」
「空を飛ぶとは…すばらしい機能とそれにふさわしい美しさ。」
「しかもご自分の意志があるとは…驚きを禁じえません。」
「あなたのような美しい方に無骨な伝書鷹のような御用をお願いするのは不躾と重々承知しておりますが…」
「もし、お願いできるとしたらどのくらいのお時間、お手を煩わせることになりますでしょうか?」
兄貴が、関所までの距離を説明する。
「その距離だと、片道1時間はかかりませんね。」
「なんと! たったの1時間!!」
大げさに驚くクリプス騎士。芝居っけたっぷり。
「稲妻もかくや…おそれいりました。」
椅子の背もたれを止まり木にしているミネルヴァに片膝ついて頭を垂れる。
「この王軍騎士、クリプス・デンソー。伏してお願い申上げます。」
くいっと顔を上げる。普段のチャラさのカケラも無い悲痛な表情。
「王軍のため、この町のため。そしてこのクリプスのためにお力をお貸しください!」
「そ、そ、そうですかあ? まあ、ボクだってそこまで言われちゃうと…」
落ちたな。
「わかりました。その役目、引き受けましょう!」
チョロいわ。歴戦の騎士の前には赤ん坊同然。
「私は関所に戻りますのが…」
「毎日、ミネルヴァさんが訪れて下さると思うと、胸が躍ります。」
「灰色だった軍務もさぞや色めいたものになることでしょう。」
おいおい、帰ってこなくなっちゃうんじゃないの? ミネルヴァ。
恐るべし王軍騎士、武力だけじゃないぞ!
打ち合わせの後、クリプス騎士はナイスバディキツネっ娘とともに関所へ帰っていった。
おやっさんは遺跡に行って改造計画の変更を指示。
組合長は街の戦士たちに事情を説明して警戒態勢を整える。
大変なことになったな。