エルディー魔道研究所、起動!
レガシの街では北遺跡の改装工事が始まろうとしていた。
ちょっとワクワクしてるのはタマちゃんになってる分割思考のオレ。
担当の職人衆が次々と荷物を運んでくる。いわゆる大八車。
でも、北遺跡までは上り坂。運搬大変だよ。
…何かが大八車を引いてますよね?
じゅ、獣機?
朝から現場に来ていたベータ君、びっくり!
「ええ? 組み立てたんですか?」
「ああ、部品寄せ集めて作ったんだわ。」
「歩くだけしか出来ないんやけどな。」
「引っ張ったり押したりするのを手伝ってくれるんでやす。」
四足パワーアシストユニットとでも言おうか。
聞くところによると王都やそのほかの都市とかで使われている魔道機は大体こんな感じ。
遺跡から発掘されたものとか、代々伝わっているものとかが今も使われていると言う。
「だいたいお貴族様の持ち物で、田舎では見かけないけどね。」
「レガシにもあったんだけど10年くらい前に最後の一台が壊れちまって。」
「さすがに獣機を使って作ったのはワシらが初めてやろ。」
ケルベロ2号が戸惑ったように荷車獣機の周りをうろうろ。
「すまんのう、2号。『自律しーぴーゆー』とか言うのが入っとらんのだわ。」
「ちょっとお仲間にするのは難しいがよ。」
…いやいや、遺跡を改装するのは獣機の部品とかを収納するためだったはず。
もしかして、完成した頃には部品が残ってないんじゃ?
おおっと、タンケイちゃんもやって来た。
荷車獣機、2台目。ヘッドアームは付いてない。
代わりにヒモがついててタンケイちゃんが引いてる。
材木とか板とか積んだ荷車を引っ張って、後をトコトコついてくる。
ご苦労さん!
今回の改装、本来の目的は地下部分。
だが、職人衆が気をひかれたのは新たに発見された遺跡の上部空間。
さっそく梯子で上がると、調査を始めた。
タマちゃんの俺やミネルヴァも後にくっついて登る。
ミネルヴァはベータ君にマント着せられたので登りにくそう。
「おお、こりゃ広い!」
「このドーム、何でできてるんだ?」
タンケイちゃんが兄弟子に話してる。
「飛行魔道機の格納庫だって言うんすけど、出入り口がないんすよ。」
「うーん?」
一通り内部の壁際を調べた職人衆。
「なるほど、なるほど。そういう事か。」
「あれ見ろタンケイ。」
壁際にある斜めのラインを指さす兄弟子。
「あの斜めの溝に沿ってこのドーム全体が水平に六分の一回転しつつ、せり上がるんだ。」
「球形ドームに穴をあけるとフレーム強度が低下するから全部持ち上げることにしたんだな。」
「周囲がぐるりと出入り口になるから方向転換しなくても着陸発進ができるわけだ。」
ちょ、思ってたより大掛かりな施設だぞ。
…これは、あれだよね、基地。なんとか研究所!
研究所なのに戦闘メカとかバリヤーとかミサイルとか装備されてる系。
最終回が近くなると空飛んだり…しないよね?
やっぱり、迂闊に扱っちゃいけないような気がするよ。
「おーい、こっちこっち。」
職人の一人がみんなを呼び寄せた。
「これ、魔力変換炉やないか?」
別の職人からも声がかかる。
「ここ。例の『こねくた』?が有るでやすよ!」
「このお立ち台みたいなとこにあるのは起動呪の魔法陣じゃないか?」
みんな顔を見合わせる。
「動くんじゃないかな…」
そしていっせいにミネルヴァの方を見る。
「どうでい? ミーちゃん。」
「試して見やせんか?」
いやいや、ちょっと待って!
「いやいや、ちょっと待ってください。」
ベータ君が反対。
「先生やアイザックさんの留守にあんまり無茶は困ります。」
「そうですよねえ、ミネルヴァさん!?」
ミーちゃんが淡々と答える。
「そうですね。作動の権限はアイザック本体にあると思われますし…」
「…そうでやすかねえ?」
「ケルベロス再起動の時も、実際働いてたのはミーちゃんだろ?」
「アイザックは見てるだけで何んもしてへんかったよな。」
ちょっと? 職人衆? 俺のことディスってる?
「おやっさんから聞いたっすけど…」
タンケイちゃん?
「ミーちゃんはアイザックさんに色々教えてたって…」
「じゃあ、先生か。」
「アイザックの先生なら、アイザックより偉いんじゃねえかなあ…」
「だったらいけるんじゃねえですか? ミネルヴァ先生。」
職人衆、ミネルヴァ先生を煽る! 煽る!
「そ、そうですか? そうですねえ。試して見てもいいかも…」
ええ! 何、ミネルヴァ、その『てへへそうですかあ』な、まんざらでもないって反応。
「ちょとお? ミネルヴァさん?」
ベータ君の抗議の声、届かない。
「やってみましょう!」
力強く宣言!
これ、止めたほうがいいかな?
でもそうするにはミサイルとかの用途を説明しなきゃならないし…
オレが悩んでるうちに、プラグイン! 即ハメ!
行動早いぞ、ミーちゃん!
壁際に設置された操作台、管制システムだな、たぶん。
コネクタ接続と同時に操作パネルの魔法陣が発光した。
と、ドーム内壁にほんのりとした灯りが。
メカメカしい誘導ラインがオレンジ色に発光。
「おおー!」
盛り上がる職人衆! やっぱり野放しにしちゃいかんよ、この人たち。
「これは…なるほど。飛行ユニット起動と同時にロックは解除済みなんですね。」
「作動可能。動きますよ。」
「おおおー!」
「ちょい待ち。」
兄弟子の一人がストップをかけた。
「動いた時に外側の石とか木とか落っこちてヒトに当たるといけねえ。」
「荷車も置いてあるでやすよ。あっし見てきやす!」
安全に関しては冷静なのが逆にイラっとくるぞ、職人衆。確信犯。
「飛行ユニットも動かした方がいいですね。」
俺本体の不在の間は飛行ユニットの操作はミネルヴァに移管されている。
「飛行ユニットは上空待機。」
この間にもミネルヴァは遺跡のシステムと有線交信中。
「ふむふむ、なるほど。」
下からあっし君|(名前知らない)の大声が聞こえてきた。
「安全確認! オーケーでやす!」
「飛行魔道機も上昇しやした!」
顔を見合わせてうなづく職人衆アンドミーちゃん。
「前方格納扉開放!」
ずしん! という振動とともに天井ドームが回転を始めた。
同時に全体がせりあがり、ドームと床の間に隙間が生じる。
外界の光が差し込み、床に描かれたラインが照らし出された。
「おおおおおー!」
大興奮!
開いた隙間の向こうに崩れ落ちる土や石の影が見える。
あああ、これもう、取り返しがつかないわ。
翅を展開。タイミングを見計らって、隙間から外へ飛び出す。
上空を飛行しながら遺跡を振り返る。
こ、これは!
前方後円墳型の北遺跡。
その円墳部分のドームがせりあがった。
振動で遺跡を覆っていた土が崩れ、その上に生えていた草や低木も滑り落ちた。
古墳の本来の外壁がむき出しになっている。
乳白色の…金属感のあるドーム。
なにやらかっちょいいエンブレム的な模様が描かれているぞ!
カッコいい!
目立つわー、これ。
遺跡の重要性を秘匿とか、そういった配慮とか、ぶち壊し。
獣機の部品とか隠すって…こんな目立つとこに隠しても意味無いわー。
ドームは上がりきったようだ。上昇が止まった。
と?
ドームのてっぺんの外装が…開いた!
ぱかーっとフタが開いた感じ。
その開いたフタ…パラボラアンテナ?
マイクロ波通信システム? いや、もしかして通信衛星があるのか?
パラボラ以外にもにょきにょきアンテナが生えてきた。
エルディー魔道研究所|(命名した)は高度な通信システムを持っているらしい。
何のために? 誰と通信していたんだ?
このアンテナ…短波?
ああ! そうか! 何てバカだ俺!
すっかりデジタル高速通信に毒されてた!
再起動した獣機や俺たち神代魔道機は高度な自立行動が出来る。
いちいちプログラムを送らなくても口頭、音声で十分意志伝達が出来る。
なら、アナログ音声信号でいいじゃないか。
30MHz以下の短波通信なら電離層と地上との間を反射して、理論上は地球の裏側まで届く。
制限するような電波の法律も無いから発信出力も上げ放題。
有線インフラも基地局も、そして通信衛星も必ずしも必要ではない。
連絡手段はあったんだ。
魔道機本体や獣機の通信機能は短波の周波数にも対応しているんだろうか?
もっと早く気付いてたら出発前に無線通信機を用意出来たかもしれない。
今さら言っても仕方ないが。
おっと、上空を旋回していた飛行ユニットが視界に入った。
ハロー! 操縦しようとしたけどダメみたい。
今のオレ、シングルスレッドだから無理なのかな。
リソースが足りないのか?
まてよ、ドローンとユニットを同時に操縦するのは無理でも一体だけなら…
タマちゃんは元々飛行ユニットの翼端部分に収納されていた。
再収納…合体して意識だけ乗り換える感じにできないかな?
リクエスト、送信!
飛行ユニット、タマちゃんを収納して!
おお、翼端推進ユニットのハッチが開いた。
よし、合体! パ○ルダーオン!
…いや違うな。これはむしろ…
ダ○ザー・イン! そしてシュートアウト!
分割思考をタマちゃんから飛行ユニット・スカイエクソンへ!
移行完了!
おお! 今のオレはスカイエクソン!
演算回路は飛行ユニットの方が余裕あるようだ。
タマちゃんだった時には感じなかった感覚が戻ってきたぞ!
そう、つまり、怖え! 高いとこ怖え!
戻ってこなくていいですよ! そんな感情!
着陸着陸!
持ち上がったドームのスリットは両側のジャッキ部分以外は素通しだ。
格納庫内に進入、滑走路上にホバリング、着陸。
「おおおおおおー!」
職人衆! 大興奮!
「かっこいい! かっこいいっす!」
タンケイちゃんも飛び上がって喜んでる!
ミネルヴァまでぴょんぴょんしてるぞ!
ベータ君も控えめに興奮。目キラキラ!
そして、実はオレも大興奮!
…だが崩れ落ちた土や低木が遺跡の入り口をふさいでいて、出れなくなりました。
もう一度ドームを開け、飛行ユニットなオレが工房まで助けを呼びに飛ぶハメに。
おやっさんにすごく怒られました。