プロローグ
トランペット吹きの彼が、亡くなった。
梅雨空の薄暗い室内で探し物をしていた時、ふと見つけた茶封筒の消印は昨年の九月。差し出し主は子供の頃に所属していたオーケストラの事務局だった。なぜ今までこの手紙を見失っていたのかと思いつつ封を切ると、中から出てきたのは彼の訃報だった。
彼といっても、僕には直接の関わりはない。僕の世話になった先輩たちの先輩で、顔と名前、人柄、そして功績の全ては先輩たちから伝え聞いたものである。
だから、彼は限りなく他人に近い人なのである。
でも、それは僕の心を乱すのに十分すぎる大きな衝撃だった。 淡々と逝去を伝える文面の奥に感じられる、書き手のやりきれない気持ちが僕の目の裏を刺した。その鋭い痛みは胸の奥にしまっていた思い出に紅い血をまき散らし、僕は目眩がしてその場に崩れ落ちた。
先輩が、死んだ。
ずっと尊敬していた先輩が、死んだ。
雲の上のような存在が、死んだ。
落ちた雲を想い、僕はしばらくの間呆然とした。
少し経つと、一つの感情がふつふつと湧き上がってきて、どうしても抑えられなくなった。そうして、部屋の隅で埃を被っているCDラックの中の宝の山を夢中で漁り始めた。
……あの曲を。あの曲を、聴きたい。
見つけ出したお目当ての品をCDプレイヤーに押し込み、再生ボタンを拳で殴りつけた。その次に音量ボタンをせわしなく押しまくる。
しばらくの沈黙の後にスピーカーから最大音量で流れてきたのは、忘れもしない、僕と先輩を繋ぐかけがえのない思い出を歌う、壮大な賛歌だった。
プロムナード。
僕に青春をくれた曲。
美しい音楽は、故人との永遠の離別というどうしようもない悲しさを強調し、僕の瞳からはとめどなく涙が溢れた。
けれども思い出の音楽は、いつの間にか僕の周りに懐かしい風を吹かせ、呼び起こされた優しい記憶が、今僕の見ている世界を明るく、美しく染め上げたのだった。