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スズ、怒る

 ギルドに入ると、受け付けにいるリーンベルさんが明らかに落ち込んでいた。

 その隣にいるマールさんは、ジト目でリーンベルさんを見ている。


 リーンベルさんを愛して止まないマールさんが、あんなに呆れているなんて……。

 予想外の展開に驚きを隠せないよ。


 僕とスズはリーンベルさんに近寄って行くと、リーンベルさんは急に覚醒してしまった。


 そんなキラキラした表情を作っちゃダメだ。

 プリンの二の舞になるぞ。

 絶対に思っていることを言っちゃいけない。


 また怒られてしまうから、声を出さないでーーー!


「から揚げと豚汁! ……あっ」


 1か月会わないだけで、ここまで我慢できなくなってしまうのか。

 調子に乗って餌付けをやり過ぎたのかもしれない。


 今日のメニューも大好物のから揚げにしちゃったし。

 僕についている僅かな匂いだけで判断するとは思わなかったけど。

 から揚げはともかく、なぜか豚汁まで当ててるし。


 落ち込んで反省していた姿が演技に思えてしまうほど、気まずい空気が流れ始めていく。


 マールさんのジト目レベルがもう一段階引き上げられた。

 もはや睨んでいるといっても過言ではない。

 これは精神的なダメージが大きい。


 さすがにスズも大きなため息をついてしまった。


「お姉ちゃん、私はたいしてケガもしていない。

 けど、タツヤは2週間全く起きずに寝込み続けた。

 目が覚めた後も体を動かせず、声が出せないほど衰弱した。

 さすがに酷いと思う」


 黒歴史なんだから、味噌召喚した話はもうやめよう。

 みんな褒めてくれるけど、けっこう恥ずかしいんだよ。


 そこに強烈なジト目を送っていたマールさんが近寄って来た。


「ベル先輩がタツヤのことを食べ物にしか思ってないとは、ビックリです。

 ボクは軽蔑しますよ」


「マールさん、違います。

 私だって心配してましたよ。

 知ってますよね? ね?」


 後輩なのに『さん』付けになってますよ。

 どっちが先輩かわからないじゃないですか。


「今となっては、タツヤの心配をしてたのか、タツヤの作るごはんを心配してたのかボクにはわかりません。

 もうそろそろ閉める時間なので、戸締りしてきますね」


 オーガ戦の後で僕が言ったことを、今度はマールさんに言われてるじゃないですか。

 やっぱり普通はそう思いますからね。


「あの時の自分が恥ずかしい。

 まさかここまで酷いことをしていたとは……」


 スズさん、そんなに反省しなくても大丈夫ですよ。

 今では笑い話になる良い思い出ですから。

 だから頭を掻きむしらないで、ハゲるよ。


「あの~、リーンベルさん。

 とりあえずギルド閉めたら、一緒に帰りましょうか」


「はい……すいません」


 完全に心が折れてしまったようだ。

 まるでゾンビのようなリーンベルさんが帰りの準備を始める。


「あのゾンビみたいなリーンベルさんどうしよう、大丈夫かなー」


「言いたくはないけど、ごはん食べたら元に戻ると思う」


「……僕もそんな気がしてきたよ」


 色んな意味で不安になりながら、ギルドが閉まるのを待った。


 ギルドが閉まると、久しぶりに3人で一緒に帰っていく。

 でも、ゾンビリーンベルさんがいるため、空気は重い。

 暗闇の中フラフラと歩く姿は、不気味で生気が感じられない。


「タツヤ様、スズ様。

 私の家はそちらではございません」


 マールさんの言葉は相当ダメージが大きかったんだろう。

 思わず僕達まで『様付け』になっている。


 メンタルボロボロじゃん。

 無駄に32万あるから、ちょっとくらいわけるよ。


「新しい家をもらった。

 お姉ちゃんも一緒に行く」


「家をもらうなんて、さすがでございます。

 私のような者が一緒に行ってもよろしいのでしょうか」


「僕は気にしてませんから、普通にしてくださいよ。

 フィオナさんとスズが看病してくれましたから」


「すみません、私は自分のごはんを食べたいという欲求を抑えることができなくて。

 ヘドロみたいな心を持っててすみません。

 私には野宿がお似合いだと思いますから、雑草でも食べてきます」


「お姉ちゃん、早く行こう」


 予想以上に心が折れていたので、スズは危険だと判断したんだろう。

 リーンベルさんをお姫様抱っこし始めた。


 僕も1度でいいからやってみたい。


「スズ、大きくなったね。

 お姉ちゃんは嬉しいよ」


 ゾンビから親戚のおばちゃんみたいになったリーンベルさんを連れて、そのまま家に帰った。

 家に着くと、フィオナさんとシロップさんが出迎えてくれる。


「ベルちゃん、どうしたの~?」


「具合でも悪いのですか?」


「シロップ様、フィオナ様、どうしてフリージアにいらっしゃるのですか?

 それに立派な豪邸ですね。

 庶民の私があがってもよろしいのでしょうか」


 お姫様抱っこされているリーンベルさんは、全身の力が抜けているようにぐったりしていた。

 暗くて気付かなかっただけで、ゾンビレベルが上がっている。


 これはダメだ、急いで食卓へ行かないと!


「とりあえず、ごはんを食べましょう。

 から揚げ食べて元気を出しましょう」



- 10分後 -



「から揚げとご飯、みそ汁が合いすぎよ。

 それにこの豆腐がすごくいいよね。

 サッパリしてて最高だわ」


 リーンベルさんは本当に治ってしまった。

 から揚げを見た瞬間に勢いよく食べ始めたんだ。

 早くもご飯を13杯目に入ったところで、モリモリ食べている。


 なんだろう、すごく複雑な気分になってきたよ。

 ここまでケロッと変わってしまうと、どうしたらいいのかわからない。

 リーンベルさんって何を考えているんだろうか。


 おいしそうにごはんを食べてくれるリーンベルさんは、めちゃくちゃ可愛いんだけど……。


「お姉ちゃんはいったんおいておこう。

 悔しいけど、言ったことはすべて正しい」


 スズの意見に納得して、僕は食事を再開した。


 この世界では保存食になるご飯だけど、みんなおいしそうに食べてくれている。

 やっぱりから揚げにはご飯だよね。

 ご飯と豚汁のコンビネーションも最高だもん。


 フィオナさんはご飯の方が好きだったのか、時々目を閉じて、じっくり噛みしめて味わっている。


「はぁ~、ご飯がこれほどおいしいとは思いませんでした。

 今までの料理はパンではなく、ご飯に合うように作られていたのですね。

 パンとみそ汁が合わない謎がようやく解けましたよ」


 そうなんだよね。

 コンソメがあればパンとも合うんだろうけど。

 スープはずっとみそ汁に頼りきりだったから。


「おいしいね~」


 そうだね~。


 フィオナさんもご飯を5杯おかわりして、たくさん食べてくれた。

 いっぱい食べてくれるのは嬉しいけど、食べすぎには気を付けてほしい。


 同じお姉ちゃん属性のフィオナさんまで残念になったら、僕は何も信じられなくなるよ。



 一足早く食べ終わった僕は、シロップさんの元でクンカクンカの儀式を受けている。

 シロップさんにとっては、食後のデザートみたいなもんだよね。

 本当にデザートとして食べてもらっても構いませんけど。


 リーンベルさんが40杯目のおかわりをするために、挙手をしてきた。

 僕はクンカクンカから離れて、ご飯をお茶碗に入れてあげる。


「リーンベルさん、40杯目ですよ。

 大量に炊いたご飯も、これで最後です」


「うっ、わかりました」


 米は意外に安く手に入ることがわかった。

 でも買ってくるパンと違って、炊くのに時間がかかってしまう。

 作る側の僕としてはそっちの方がツライ。


 5人で食べるだけなのに、ご飯60杯分も用意して足らないとか意味が分からないもん。

 今度時間がある時にいっぱい作って、アイテムボックスの中に入れておこう。


 食べ終わったリーンベルさんは、プリンを2つお願いしてきた。

 だらけきった顔で至福のプリンを堪能すると、今度はクッキーを食べ始めている。


 とても嬉しそうなリーンベルさんとは対照的に、スズはその姿を見て落ち込んでいた。

 妹として恥ずかしい、という感じのオーラが出まくっている。


 まぁ、帰ってきてから食欲に溺れ続けているからね……。


 我慢の限界まで達してしまったのか、スズはフィオナさんとシロップさんに席を外してもらうようにお願いをしていた。

 2人が2階に行くのを見送った後、スズはこっちに戻ってくる。


 こんなことは初めてで、どうしたらいいのかわからない。


「お姉ちゃんがここまで食べることばかり考えているとは思わなかった」


「違うの、スズ、聞いて。

 私も頑張って我慢したの。

 2人のこともすごい心配したんだよ?」


 と言いながらクッキーを食べ続けている。

 説得力は0だ。


「ギルドで情報を閲覧しても、2人の情報だけなかったの。

 王都にいるはずなのに、スタンピードの成果はない。

 死亡情報もないし、依頼すら受けていなかった。

 スタンピードが終わってからも、スズから連絡が来るまで食事が喉に通らなかったわ」


 と言いながらクッキーを食べ続けている。

 説得力は0だ。


 今はけっこう大事な話をしているから、食べる手を止めてほしい。


「まさか国王様が発表した言葉に、ショコラが出てくるとは思わなかったもん。

 スズはAランクで、タツヤくんは10歳でCランクに昇格するんでしょ。

 お姉ちゃんはすごく心配だよ」


 と言いながらクッキーを食べている。

 色んな意味でこちらの方が心配しているよ。


 スズが怒っているのに、気付いてなさそうだから。


「言っていることと行動が合ってなさすぎる。

 頭に何も入ってこない」


 同じくそう思います。

 スズさんの意見は的を得ている。


「お姉ちゃんだって、いっぱい我慢してたの。

 こんなに食べてる私が、1か月以上も前みたいな食事になったんだよ。

 頑張って仕事もこなしたんだから、お姉ちゃんを褒めてほしいわ」


 ここだけ妙に説得力があるのが、なんか悔しい。


「タツヤも私も自分のために頑張ったわけじゃない。

 国のため、街のため、人のために行動した。

 お姉ちゃんが頑張ったのは自分のため。

 どうして褒める必要があるの?」


 スズの痛烈な批判は強烈なボディブローとなって、リーンベルさんの心をえぐった。


 厳しいけど、正論過ぎて言い返せない。

 リーンベルさんは普通に仕事をしていただけだ。


「……ごめんなさい」


 あっさりと認めてしまったリーンベルさんは、それでもクッキーを食べ続けている。


 これはちょっとまずい空気になってきた。

 いったんクッキーを食べる手を休めて、スズに向き合ってほしい。


「タツヤが前に倒れた時だって、私達は言われた。

 タツヤとタツヤの料理、どっちが心配なんだって。

 今日もマールに同じこと言われてたし、私も同じことを思った。

 お姉ちゃんは自分のことが心配だっただけ」


「そんなことないよ!

 私は2人のことが本当に心配で……」


 バンッ


 スズの怒りは頂点に達したのか、机を叩いて怒りをあらわにした。

 グッと唇をかみしめるスズの顔は、ただ怒っているだけではない。

 悲しみに満ちているようにも感じる。


「じゃあもっとかける言葉があると思うの!

 なんでまだクッキー食べるの!」


「……だって、クッキーがあるんだもん」


 リーンベルさんは食欲が優先なだけで、僕達を蔑ろにしているわけじゃない。

 僕にはハッキリとそれがわかるけど、周りから見たらそう見えないのも事実。


 スズは食欲に走り続ける姉が許せないんだろう。

 だって、まだ「おかえり」の一言も言ってもらっていない。

 最愛の姉に心配されていると思って帰って来たら、永遠に食べてばかりなんだもん。

 これ以上スズを怒らせないように、クッキーは没収しておこう。


 僕はアイテムボックスの中にクッキーを戻す。


「あーっ!」


 そういうのに反応しちゃダメだって。

 3回目なんだから、学習して欲しかったよ。

 クッキー大好きなスズが一口も食べてないなんて、よっぽどのことだからね。


 横目でスズを見てみると、怒るを通り越してうつむいてしまっていた。

 さっきまで力んでいた肩の力は抜け落ち、自分の言葉が姉に届かなかったことに悲しんでいるみたいだ。


 右目から頬にかけて、スーッと一粒の涙が流れ始めていく。


「今も私よりクッキーの方が大事だった?

 お姉ちゃんにとって、私はクッキー以下なのかな?」


 スズの声には、覇気がなくなってる。


「ち、違うよ、スズは大事な妹だよ」


「信じることができないよ。

 ……フリージアに戻ってこなければ良かった」


 スズは僕の腕を強引に引っ張って、逃げるように部屋を離れていった。

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