親睦会1 ~ホロホロ鳥のから揚げ、襲来~
戦場となる裏庭は、すでに異様な光景だった。
不死鳥の4人は、空腹で白目を向いて椅子に座っている。
スズとリーンベルさんは震えが止まらず、なんとか自分を落ち着けようと必死だ。
その光景に、騎士団長と王女様は驚きを隠せない。
全員が椅子に座ったところで、戦いの知らせを伝える。
「全員、揃いましたね」
「タツヤさん、皆様の様子がおかしいのですが……」
「大丈夫です、みんな親睦会のためにお腹を空かせて来ただけですから。
では、今から親睦会を開催しますが、ルールを説明しますね」
「ルール、ですか?」
戦いにはルールが必要なんですよ。
揚げ物で一気に決着が付いたら、面白みがありません。
少しくらい……僕にも楽しませてくださいよ。
「今日はたくさんの料理を用意しました。
一気に出してしまうとパニックになりますから、ルールが必要なんです」
王女様と騎士団長はよくわかっていない様子だ。
だが、他の参加者は違う。
いつもとは違う初めてのルールに身を引き締め始める。
「あの~、少々大袈裟ではありませんか?」
バンッ
カイルさんが両手で机を叩いて立ち上がる。
「フィオナ! タツヤの潜在能力を甘く見るな!
今のこいつはSランクを超え、災害級レベルだ。
本来戦っていいような相手ではない。
侮れば……飲み込まれるぞ!」
王女様の呼び捨てはやめよう?
君が王女様を侮ってるんじゃないかな。
「カイルの言う通り。
フィオナもファインもタツヤの料理を知らない。
舐めていい相手ではない。
格上と戦う気持ちでいるべき」
さすがスズさんですね。
いいですよ、その心構え。
倒し甲斐が出てきたじゃありませんか。
もう王女様が呼び捨てなのは無視しましょう。
今回の親睦会のルールは簡単だ。
一気に料理を出さずに1品ずつ出していく。
1.5分に1度新しい料理が追加される
2.1度出された料理は好きにおかわりをしてもいい
新しい料理を5分ごとに出すことで、待つ楽しみを作り出す。
焦らすことで、料理を出す時に注目して緊張感が起こるんだ。
そこでアイテムボックスから瞬間的に取り出すことで、参加者は料理の魅力に引きずり込まれてしまう。
それが、未知の料理だったとしたら……くくくっ。
僕は勝利を確信しているよ。
この世界の人間には耐えられるはずもない。
今日は全員ぶっ倒してやるんだ!
「ガツガツ食べ過ぎると、後半の料理が食べられなくなるので気を付けてくださいね。
シロップさん用にニンジンの煮物は別で出しますから、欲しくなったら言ってください」
気が付けば、スズとリーンベルさんの震えが治まっていた。
どうやら親睦会に挑む覚悟が決まったみたいですね。
だが、それはスタートラインに立っただけに過ぎない。
果たして……耐え抜くことができるかな。
「出てくる料理の順番を発表しておきます」
注目を浴びる中、僕は料理名と調味料のオプションを発表していく。
見たことも聞いたこともない料理もあるため、なかなかイメージはできないと思うけど。
1番『野菜たっぷりの豚汁』
2番『ホロホロ鳥のから揚げ』マヨネーズのオプションあり
3番『ホットドッグ』
4番『ポテトサラダ』ソースのオプションあり
5番『オーク豚の角煮』
6番『タマゴサンドとポテトサラダのサンドウィッチ』
7番『オークエリートのとんかつ』4種類のソースオプションあり、カツサンドもOK
「この後はしばらく食べ放題として、最後にデザートの『トリュフチョコレート』を用意しました」
「「異議あり!」」
スズとリーンベルさんが勢いよく手を挙げ、異議を申し立てる。
「から揚げという怪物が2番目なのはおかしい!」
「スズに同じです!
マヨネーズのオプションまで付いたら、予想が付かずに被害が拡がると思います」
君達はから揚げを食べるとき、感極まって泣いてたからね。
そう言いたくなる気持ちもわかる。
でも、却下だ!
「から揚げにマヨネーズは好みが分かれますから、被害は少ないです。
気持ちもわかりますが、とんかつも同じ揚げ物ジャンル。
だから、から揚げを早めに出さないと、とんかつがおいしく食べられません」
2人はまだ見ぬ『とんかつ』のことを考えてしまい、頭を抱えて混乱している。
なんとか正気を保とうと必死だった。
その異常な光景に、ファインさんと王女様もようやく身を引き締めていく。
そして、戦いが始まった……。
- 戦いを知らせる『豚汁』 -
「では早速、豚汁から出しますね。
空腹のお腹には、優しいスープから入れたいですし」
最初は野菜から食べて、血糖値の上昇を抑えたいからね。
みんなの前に豚汁を置いていく。
もちろん、王女様とファインさんは得体のしれないスープに驚いている。
「あの……初めて見るんですが?」
「フィオナ、心してかかるべき。
私は豚汁を最初に食べた時、泣いた」
「え?」
スズの予想外の警告に、王女様は戸惑いを隠せていない。
さらに混乱してしまったようだ。
挙動不審になった王女様は、みんなの顔色を窺っている。
周りにいる経験者達は、誰も油断などしていない。
全員がビシッと背筋を伸ばし、食べたことのある豚汁でさえ、警戒をしていた。
今までのようにガツガツと食べず、ゆっくりと味わいながら食べている。
だが、それでいい。
戦場で気を緩めるほど、愚かなことはないのだから。
ここでファインさんが、勇気を持って豚汁を飲み始める。
「なっ?! なんだ、このうまいスープは!
わからない……色々な味が複雑に絡み合って、うまいとしか言えない!」
わかるよ、その気持ち。
色々な野菜から出汁が出るもんね。
複雑だけど喧嘩せずにおいしさを引き出し合う。
それが最強と名高いみそ汁、豚汁だ!
おっと、ファインさん。君は早くもおかわりかい?
意外にちょろそうな男だね。
騎士団を代表して参加しているんだ。
みすぼらしいところは見せないでくださいよ。
ファインさんの姿を見て、王女様も飲み始める。
「な……なんておいしい。
こんなおいしいスープがこの世にあったなんて」
「体も温まりますし栄養たっぷりですから、ゆっくり食べてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
気品のある方に褒められると、舞い上がりそうになっちゃうよ。
すごく上品に食べるから、豚汁が高級料理に見えてくる。
こんな人が王女だったら、国民も嬉しくなっちゃうね。
でも、ここは戦場です。
けっして、油断はしないでくださいね。
- ホロホロ鳥のから揚げ、襲来 -
「では、5分経ちましたので、ホロホロ鳥のから揚げを出しますね」
ホロホロ鳥のから揚げを順番に手渡していく。
ここで冷静だったのは、経験者の2人だけ。
スズとリーンベルさんは「また出会えましたね」と、一粒の涙をこぼし感謝していた。
初めてから揚げを見た不死鳥は、これはヤバいと悟ったんだろう。
から揚げを見つめたまま、固まって動けなくなってしまう。
以前スズから聞いていた、から揚げという料理の予想外な見た目に戸惑っている雰囲気。
それもそのはず、彼らにとっては初めての揚げ物だ。
王女様もまた、初めて見る未知の料理に驚き、固まって動けずにいた。
しかし、1人だけ判断を誤ってしまった者がいた。
騎士団長のファインさんだ。
から揚げのおいしそうな見た目に魅了され、勢いよく口に運んでしまう。
「「ファイン、ダメ(だ)!」」
スズとカイルさんが声をかけるが……もう遅い。
から揚げを口に入れてしまった彼に、後戻りという選択肢はない。
まるで2人の声が聞こえなかったように、から揚げを食べ始める。
噛めばサクサクッとした音が響き渡り、中からジュワ~っとした肉汁がスタンピードを引き起こす。(スズ談)
から揚げの潜在能力を見抜くことすらできない人間が、この国の騎士団長とは。
こんなチョロい男は、から揚げの旨さに耐えられるはずもありませんね。
バタッ
フッフッフ、早くも1人。
から揚げを甘く見るとは許せない暴挙ですよ。
万人に愛される定番おかずのパワーを、心と体に刻むといい。
騎士団長さん、敵の情報も収集せずに戦いを挑むなんて、団長失格ですよ?
「なぜ、から揚げを侮った……」
「お前ほどの男が何故気付けなかったんだ!」
スズとカイルさんは、仲間を失ったことに悲しみの声を漏らしてしまう。
その空気のせいで、料理を食べられない雰囲気になってしまった。
そんな状態を主催者としては許せない。
僕は魔法の言葉を唱えることにする。
「揚げたてを出してますから、一番おいしい熱いうちに食べてくださいね」
その言葉に、参加者たちは戦いの意思を取り戻した。
そして、それぞれ戦場へと立ち向かっていく。
1番手はリリアさん、「……神の料理!!」
あなたほどリアクションが薄い方に褒め称えられるのは、嬉しい限りですよ。
2番手はシロップさん、「おいしい~~~!」
シロップさんの笑顔に癒される。
うさぎさんが喜ぶ姿って最高だ!
3番手は同時でスズとリーンベルさん、「「……ありがとう」」
また泣いている。
この2人は本当にホロホロ鳥が大好きだな。
5番手はカイルさん、「ぐあっ! 肉汁の……暴力だ!」
肉汁から暴力を受けた人は、あなたが世界初ですね。
6番手は王女様、「お、おいしすぎます……」
あまりの衝撃に小声でしか話せないような状態だった。
その言葉を耳元で囁かれたい。
7番手のザックさんは、なかなか食べられずにいた。
みんながガツガツ食べ始めているのに、1人だけ食べるのを戸惑っている。
周りのおかわりが続く姿を見て、ようやく勇気を持って口に放り込む。
すると、体がフラッと揺れてやられかけたが、なんとか踏みとどまり、ギリギリで生き残った。
チッ、惜しかった。
一応フォローしておくが、みんなおいしくて喜んで食べている。
王女様だって、「おかわりをお願いします」と言ってくれるほどに。
もちろん、他の人は早くも食べ過ぎだよ。
ちなみに、男性陣はマヨネーズ派。
リーンベルさんはどっちも派。
他はそのまま派だった。
僕の予定では、から揚げで早々に男性陣を打ちのめすつもりだったのに。
いきなり予想外の展開になってしまうとは。
どちらにしても、彼らのレベルなら最後まで残るはずもない。
まだ戦いは始まったばかりなんだ。
焦る必要なんてないか。
- 黄金比のホットドッグ -
「では、5分経ちましたので、3品目のホットドッグですね」
リーンベルさんとスズは思わずハイタッチをする。
カイルさんとザックさんはガッツポーズだ。
そんな姿を見た王女様は、再び混乱している。
僕は順番にホットドッグを配っていく。
王女様は初めてみるホットドッグに興奮し、満面の笑みを見せてくれた。
「おいしいです! 食べていないのにおいしいです!」
立ち上がるほど喜んでもらえるなんて、嬉しい限りですよ。
王女様なのに味覚が庶民的だから、すごい親近感が沸いちゃう。
彼女いない歴32年にもなると、『親近感=恋』ってなるんだね。好き。
「黄金比。ホットドッグは黄金比。
黄金比だからおいしい」
相変わらずスズは黄金比という言葉が気に入っている。
「初めて聞く言葉ですが、なぜか相応しいと感じます。
謹んでいただきたいと思います」
王女様が両手で手に取り、僕のホットドッグを食べ始める。
べ、別に変な意味じゃないよ?
ホットドックのウィンナーが王女様の口に……。
別に変な意味じゃないよ?
「これが黄金比なのですね、素晴らしいです。
タツヤさんのホットドッグはとてもおいしいです。
毎日夜ごはんに食べたいです」
それは変な意味で捉えたい思う。
ありがたい言葉を胸に刻み込んだよ。
ホットドッグで倒すつもりはなかったけど、予想外の活躍をしてくれた。
敬意を払いたいと思う。
1度食べたことのあるホットドッグに、参加者達は和気あいあいと過ごしていた。
倒れたファインさんなんて、最初からいなかったのように感じる。
「ホットドッグは黄金比だね~」
「絶妙なバランスです」
「私は無限に食べれちゃうよ」
それはやめてください。
冗談じゃないところが怖いんですよ。
また肉屋のオジサンにウィンナー頼んでおかないと。
1,000本を1週間で食べ尽くすとか、どんな化け物の集まりだよ。
それにしても、「タツヤさんのホットドッグを毎日食べたい」とは、実にいい言葉だ。






