牢獄生活
「敵対しているとはいえ、お前達を騙して後ろめたい気持ちはある。
捕虜とする以上、丁重にもてなそうと思っていた。
だから、もう少し普通に捕まってくれ」
わざわざドワーフのリーダーが牢に来て、僕達にお願いをしてくるのには、理由がある。
アイテムボックス持ちだから、どんな場所でも快適に過ごす空間へ変えられるんだ。
冷たい地面にはウルフの毛皮を敷き、いつでも温かい豚汁が飲めるように準備して、牢の中でカレーを楽しむ。
甘やかしてくれるフィオナさんもいるため、実に快適な牢獄生活だよ。
景色が違うだけで、家で過ごしているのとあまり変わらないから。
「牢から出られないとわかった以上、落ち込んでいても仕方ありませんからね」
牢屋に閉じ込められるとき、ドワーフ達に注意されたことがある。
特別な格子で作られているため、牢を壊すと毒ガスが発生してすぐに死んでしまうらしい。
格子の間隔も狭くて、エステルさんの転移でも出られそうにはなかった。
「それはそうなんだが……、もう少し捕虜らしい行動をだな……」
ちなみに、雑炊を食べれば毒なんて関係ないからね。
正直、いつでも逃げ出すことができるよ。
でも、世界を滅ぼそうとするダークエルフが、普通にドワーフ達と共闘するなんて考えられない。
このままここにいれば、帝国の動向や作戦をつかめる可能性がある。
それに、敵対すると決まった以上、ドワーフ達を放っておくことはできない。
最悪、スズとエステルさんをパワーアップさせて、援軍に向かうところを背後から強襲するべきだ。
完全な悪であるダークエルフや魔物ならともかく、ドワーフは人族に近い意思疎通の取れる存在。
スズやエステルさんも命を奪うのは気が引けるだろうし、僕も気持ちが良いものではない。
でも、そんな甘いことを言ってるような状況じゃない。
獣人国で仲間の命を失いかけた僕は、もうわかっているんだ。
甘い気持ちを持ったままで、戦争を乗り越えることはできないって。
このままドワーフがフェンネル王国と敵対して衝突するなら、情けをかけてはならない。
スズだって同じ気持ちなんだろうね。
真剣な顔をしたまま、僕に目線を合わせてきたよ。
「カレーに入れる肉について話し合いたい」
そう、命を奪うことの辛さをスズはよくわかって………。
おい、カレーの肉にドワーフは使えないぞ?
今は大事な決意表明のタイミングなんだから、ちょっとくらい話を合わせてくれよ。
「チーズカレーには、チキンが合うと思います」
「トンカツを上に乗せるなら、オーク肉の方がいいんじゃないか?」
「パンと一緒に食べるなら、ブリリアントバッファローも外せない」
元々ここへ来た理由は何だったんだろうか。
牢越しとはいえ、ドワーフのリーダーと話し合いができるというのに、カレーに入れる肉について白熱した議論が飛んでいる。
チーズが好きなフィオナさんは、チキンカレーを譲らない。
まだカツカレーを食べたことのないエステルさんは、トンカツを上に乗せて食べてみたくて、オーク肉の主張を続けている。
そんな中、全てのカレーを愛するスズは優柔不断になってしまい、2人の言い分をフォローしながら、ブリリアントバッファローを推していた。
この後、3種類のカレーを作ることになり、食べ比べをする気だろう。
食べ比べをしなくても、すでに結論は決まっていると思うけど。
どんな肉を入れてもカレーはおいしいから。
「なんかすいません。
今から忙しくなりそうなので、向こうに行ってもらってもいいですか?
ドワーフとの話し合いより、大事なイベントが起こりそうなので」
国が亡びるかもしれない戦争より、好感度アップイベントは最も重要なイベントである。
狭い牢屋だからこそ起こる可能性の高い、肌が触れ合う密着イベントにも期待したい。
「……ワシにもカレーを恵んでくれ」
「牢に入ってる人間に要求しないでくださいよ。
それなら僕達は、帝国との戦争に手を出さないことを要求します」
「うぐっ、それは無理な条件だ」
無理と言いながらも、ドワーフのリーダーはカレーの鍋をじっと見つめている。
ゴクリッと唾を飲み込む音を聞いた僕は、確信した。
カレーの香りで、早くも餌付けされたんだなって。
「そうですか、カレーの誘惑に耐えることができたらいいですね。
カレーが1番怖いのは、何を入れてもおいしいことではありません。
1度でも香りを嗅いでしまったら、食べたくなる衝動に駆られることですよ」
日本に住んでいた僕は、カレーの香りに何度もやられた経験を持っている。
これについては、誰でも経験したことがあるだろう。
仕事帰りにカレーの香りが飲食店から漏れ出していると、瞬間的にカレーの口になってしまうんだよ。
今日はサッパリしたものを食べようかなーっと思っていても、スパイシーなカレーの香りは脳に働きかけ、食欲を上昇させる。
その結果、サッパリとしたカレーが食べたいなーと、よくわからないことを考え始めるんだ。
スープカレーはサッパリしている。
セットで野菜があれば、カレーはヘルシーだ。
ナンと一緒に食べられるなら、今日はカレーでもいいかな。
こうして飲食店の罠にかかってしまい、ついついカレー屋さんに足を運んでしまう。
家ではなかなか食べられない、コッテリしたバターチキンカレーを頼むまでがテンプレだろう。
実質、チキンならコッテリじゃないから、という意味不明なことを思いながらね。
心の中で謎のマウントを取った僕は、最大限のドヤ顔をドワーフに見せ、カレーを作り始めていく。
「うっ、今日の酒はマズくなりそうだな」
……酒? そうか、ドワーフは酒好きで有名だったな。
さすがに調味料で酒は造ることはできないけど、つまみぐらいなら作れる。
そもそも、カレーと酒は合うんだろうか。
異世界転移パターンだと、から揚げにエールで喜ぶ姿が多かった気がするけど。
後一押しすれば落ちそうだし、ここはから揚げを取り出して……。
いや、今日はカレーで様子を見よう。
まだ時間はあるだろうから、慎重に餌付けを強化していくべきだ。
簡単にホイホイ出してしまえば、後々の交渉に支障が出るかもしれない。
もう1つ問題があるとすれば、ホロホロ鳥の需要が高すぎることにある。
まだ余裕はあるけど、肝心な時にスズへ提供できないと好感度が大きく下がってしまう。
寂しそうな背中を見せて立ち去るドワーフの姿が、獣人国でスズと別れた姿と重なっていく。
から揚げの温存を決意した僕は、代わりのつまみを作らなければならない、という使命を得た気がした。
牢屋で過ごす限り、時間だけは無駄にある。
エールに合う最高のつまみを届け、ドワーフの心を鷲づかみにしよう。
3種類のカレーを作って、好感度を上げた後になるけどね。






