チーズフォンデュ
チーズフォンデュの見本を見せるため、僕はチーズホットドッグを作っていく。
まずは、パンにレタスとウィンナーを置いてホットドッグの原型を作る。
そこへ、上にドッサリと熱々のチーズを乗せる、ただそれだけ。
伸びるチーズを贅沢に使った、全く新しい味付けである。
あまりの衝撃的な絵面に、ホットドッグへ視線が集まってしまうのも無理はない。
隣のテーブルにいるはずの冒険者達が、僕を取り囲むように集まるのも仕方がないこと。
「お、おい、タツヤ。
お前、ホットドッグは黄金比と言ってなかったか?」
ザックさんが大きく頷く中、僕はチーズホットドッグを口にした。
「カイルさん、黄金比じゃないと食べてはいけない、と言った覚えはありませんよ。
ホットドッグとハンバーガーはチーズによって進化する、そういう料理なんです。
もしかして……それくらいのポテンシャルを持つ料理だと、今まで見抜けなかったんですか?」
謎の煽り発言をする僕の言葉に、彼の心は打ちのめされてしまっただろう。
ただコロッケを食べに来ただけなのに、新作のピザ風トーストで衝撃を受けたばかり。
受け入れがたい真実を聞いたいま、絶望的な表情をしていた。
おそらく、うますぎて倒れてしまうパターンのやつ、と理解してしまったんだろう。
だが、もう引き返すことはできない。
チーズホットドッグを目の当たりにして、逃げるなんて選択肢などあり得ないから。
誰もが未知のチーズパワーと、既存料理のポテンシャルの高さに驚く中、突破口を開いたのはフィオナさんだ。
チーズにハマってしまった王女様は、早くも濃厚なチーズの虜になっている。
僕と同じ要領でホットドッグを準備して、熱々のチーズをドッサリと上からかけていく。
マグマのようにデローンと流れるチーズを前にして、誰もが作業工程に見とれていた。
そして、フィオナさんは大きな口で被り付くところまで、しっかりと見届ける。
口からパンを放す時、チーズが糸を引くようにビヨーンと伸びている姿を見て、全員が唾をゴクリッと飲んだ。
「………」
何も言わずに黙々食べるフィオナさんは、今まで見たことのないリアクションだった。
必死に笑みがこぼれるのを我慢して、みんなに見られながらも食べ続けていく。
見られるのは恥ずかしい。
でも、チーズホットドッグが止まらない。
きっと、そういう感情をいただいているだろう。
「フィオ、ちゃん? おいしい?」
沈黙を破ったのは、リーンベルさんだ。
誰よりもホットドッグを食べ尽くしたこともあって、気になって仕方がないはず。
「私はチーズホットドッグの方が好きです。
従来の黄金比が悪いわけではありません。
まだまだお子様の口なのでしょうか、濃厚な味わいを求めてしまうのです。
濃すぎるのにしつこくないという、斬新な味を出されてしまっては……」
フィオナさんの答えが全てだろう。
チーズは人によって好き嫌いが分かれる料理だからね。
年を重ねると胃もたれをするかもしれないけど、まだフィオナさんは15歳。
もっと濃厚な味を食べたいと思い、ホットドッグに追いチーズをかけるのも当然のこと。
「ま、待ってほしい。
濃厚なチーズをそんなにかけたら、くどくなるはず。
どうしてチーズを追加する?」
スズの言うことは正しい。
誰がどう考えても、濃厚なチーズをかけ過ぎると、チーズの味しかしなくなってしまう。
でも、チーズ好きには通じない。
濃厚なチーズが大好きな人は、バランスなど関係ないんだ。
必要以上にチーズを乗せて食べたくなってしまうような食材であり、チーズが多いほどおいしく感じてしまう。
味が濃いなんて関係ない、トロトロのチーズがいっぱいあることが正義でしかない!
「そうですか? 私は足りませんでしたので。
チーズにはバランスという概念が存在しない、と言った方が正しいのでしょうか。
少なくとも、いっぱいかけてもホットドッグは成立していますよ」
冷静にチーズを楽しめる余裕があるフィオナさんだから、そんなセリフが言えるだけだ。
自分好みにチーズを追加して、ホットドッグをカスタマイズできる余裕なんて、この世界の人間が持っているはずもない。
虚ろな瞳で自分達のテーブルに戻っていった冒険者達より、一足早くアカネさんがハンバーガーを作り始める。
パンの上にハンバーグを乗せ、チーズを乗せた後にパンを挟んだ、恐ろしく単純なチーズバーガー。
迷うことなく一口食べると、当然のようにチーズが伸びて糸を引く。
なぜかアカネさんとチーズという組み合わせは、へっぴり腰になってしまう。
「なるほど、理解したわ。
以前にハンバーガーを食べていなかったら、完全に倒れていたわね。
マールは気を付けた方がいいと思うわよ」
ハンバーガーはまだ発売していないけど、昼ごはんで渡してあげたことがあるからね。
「いえ、ボクは余裕ですね。
最近はタツヤと行動してたので、おいしい料理に耐性ができましたから」
そう言ったマールさんがチーズハンバーガーを作り、口の中に入れていく。
バタッ
見事にフラグを回収したマールさんは、油断しすぎたんだろう。
砂漠にいた頃、ハンバーガーもいっぱい食べたはずなんだけど。
アカネさんが大きな溜息を吐きながら、チーズハンバーガーをおいしそうに食べていく。
反対側のテーブルでは、スズが「むひょおーーー!」と叫ぶ反面、早くもリリアさんが倒れていた。
意外にリリアさんも弱いんだよね。
冒険者テーブルに気を取られている間に、受付嬢テーブルでは早くも横着なことをしようとする者がいた。
大食いの天使、リーンベルさんだ。
パンにハンバーグを乗せてチーズを挟むという工程を、いきなり2段でやっているんだ。
通称、ダブルチーズバーガーである。
僕と目が合った瞬間、少し恥ずかしそうに会釈をする辺りが可愛い。
食欲を抑えきれず、我慢できなくて豪快なハンバーガーにしてしまったんだろう。
残すようなら問題はあるけど、彼女は絶対に残さないから大目に見ようかな。
幸せそうな笑顔でハンバーガーに被り付いたリーンベルさんを見れば、感想を聞かなくてもわかる。
早くも鼻歌まじりで食べているから、相当気にいったに違いない。
一方、冒険者テーブルでは、チーズホットドッグを一口食べたカイルさんが「うわぁぁぁぁ!」と、叫んでいた。
カルチャーショックを受けている横で倒れているのは、ザックさんである。
彼もまた、おいしい料理に弱すぎる人間と言えよう。
チーズのおいしさにやられて叫ぶスズとカイルさんは、完全に近所迷惑な2人である。
苦情が来ると困るから、もう少し静かにしてほしい。
せっかく英雄のイメージがあるのに、近所迷惑をしたらイメージダウンになっちゃうよ。
2人は走り回って叫びながら食べているため、冒険者テーブルではシロップさんが1人で座ってチーズバーガーを食べているだけだった。
なんとなく寂しそうな気がして、僕はそっと近付いて隣に座る。
そして、念のためニンジンを渡してあげた。
「本来はパンとか肉をチーズにくぐらせて食べる料理なんです。
ニンジンで食べたことはありませんけど、よろしければどうぞ」
セルフサービスの料理コーナーみたいになっているけど、本来はチーズフォンデュをイメージしていたんだ。
日本でこんなオシャレ料理をやったことがなかったため、変な形になっているけど。
だって、普通に家でチーズフォンデュをする機会って、滅多にないからね。
パーティとか外食じゃないと食べられないよ。
誰よりもチーズのニオイに興奮していたシロップさんは、すぐにニンジンをチーズにくぐらせていく。
オレンジ色のニンジンに、クリーム色のチーズが纏わりつく光景は綺麗な色合いを見せる。
目がキラキラと輝くシロップさんは、何の迷いもなく口へ入れた。
食べた瞬間、誰もがおいしいと理解しただろう。
垂れたうさ耳がピーンッと真上に上がり、普通のうさ耳のようになっているんだ。
なんだかんだでシロップさんと関わるのは久しぶりだから、喜んでもらえて嬉しい限りだよ。
今は食べることに夢中になっているけど、後日、狂ったようなクンカクンカが期待できるかもしれない。
追加のニンジンはドッサリと置いておくから、満足するまで食べてね。
楽しそうにチーズフォンデュをするシロップさんと別れ、受付嬢テーブルに戻ってくると、フィオナさんがエステルさんのチーズバーガーを作ってあげていた。
どうやら不器用なようで、自分で作れないみたいだ。
世話好きなフィオナさんらしい光景である。
なお、これがフェンネル王国の第一王女と、ネメシア帝国の第四王女の奇跡的な交流であることは、僕しか気づいていないだろう。
ちなみに、エステルさんの話し相手はアカネさんが担当している。
大人のアカネさんに任せておけば、トラブルになることもなくて安心だ。
静かになったなーと思ったら、カイルさんがコロッケで倒れている程度だ。
彼が倒れることは誰もがわかりきっていたことだから、何の問題もないよ。
いつもと同じ平和な光景だ。
結局、全員が目覚めて再びごはんを食べ始めた後、リリアさんがアイスでもう1度倒れて解散になった。
遅くなったので、アカネさんとマールさんは不死鳥に送ってもらい、エステルさんは僕の家の空き部屋に泊まることとなった。
エステルさんが悪さをして、暴れることはないと思う。
だって、「なぜ帝国に産まれてきたんだろうか、フェンネル王国に産まれてくれば……」とブツブツ呟いていたから。
あれだけ、世界の秩序を正す国、と言っていたのに、チーズバーガーが衝撃的過ぎたらしい。
形ばかりとはいえ、第4王女が移住するのは大きな問題になるからね。
フェンネル王国と帝国が、もっと仲良くしてくれればいいんだけど。
ニンジンのチーズフォンデュでシロップさんが幸せになり過ぎたこともあり、「えへへ~、えへへ~」と、酔っ払いのように部屋へ帰っていった。
ちょうど都合もいいと思い、僕はスズとリーンベルさん、フィオナさんを部屋に呼ぶことにした。
古代竜のことで相談したいと思っていたから。






