スノーフラワーと恋心
マールさんと2人きりで雪遊びをするという子供っぽい展開に、僕はめちゃくちゃ燃えていた。
元気っ子のマールさんとは最高なシチュエーションであり、楽しい思い出になること間違いなし。
雪遊びで疲れ果てた体を癒すように、今夜は2人で露天風呂に入るだろう。
湯船に浸かったまま、互いの筋肉を優しく揉みほぐすようにマッサージをしながら。
妄想の世界から旅館の庭という銀世界に戻ってくると、変態パワー全開でカマクラ作成に励む。
ダンプカーのように豪快に雪をかき集める……気持ちで、小さな子供の体を動かしていく。
ゴブリン以下のステータスを誇る僕は、あまり役立つことができないかもしれない。
それでも、マールさんと一緒にカマクラへ入るため、頑張って雪を集めるんだ。
猛スピードで雪をかき集める僕は、ふとマールさんが立ち尽くしていることに気付いてしまった。
知的キャラなのに、子供っぽく騒ぎ過ぎたのかもしれない。
どうしよう、イメージダウンになってしまったら……。
そう思ってじっくり見てみると、マールさんはスノーフラワーのピアスをじっと見つめているだけだった。
「ね、ねぇ、タツヤ。
その……タ、タツヤのスノーフラワーはボクがもらう約束してた、よね。
だから、このピアス、ボクが付けちゃダメ……かな?」
「僕は構いませんけど、いいんですか?
リーンベルさんにプレゼントしなくても」
「ボクのために取ってきてくれたんでしょ?
それなら、ボクがもらいたいなーって。
いつも身に付けていれば、傍にいてくれるような気がするし。
ほ、ほら! ボクは寂しがりだからっ!」
天然男垂らしのマールさんによる、唐突のラブラブアピール。
さっきまで一緒に遊ぶだけの雰囲気だった女の子が、今は恋する乙女のような表情をしている。
照れ隠しするような寂しがりアピールで、顔は雪と対照的に真っ赤だ。
そんな姿を不意に見せられてしまえば、僕の心臓も黙っているはずがない。
寂しくないように賑やかな雰囲気を出そうと、爆音を上げて動き始めていく。
周囲の雪が解け始めるくらい、僕達の体温は上昇しているだろう。
恋の炎を燃やすマールさんと、心臓の過労で命の炎を燃やす僕。
「ぼ、僕は構いませんよ。
に、似合うと……思いますし」
嬉しそうな微笑みを見せてくれたマールさんは、見つめていたピアスを耳元に近づけていく。
ピアスを付けようと首を傾けると、マールさんの髪がフワッと揺れる。
慣れない作業に戸惑い、「う~」と薄っすら声を漏らす姿が愛おしい。
片側を付けることに成功しても、反対側はさらに苦戦してしまう。
そんな姿をボーッと見てしまう僕は、完全に心が奪われているだろう。
両耳にピアスを付け終えたマールさんは、僕がじっと見ていることに気付いた。
急に恥ずかしそうな顔で見つめてきて、両手をイジイジとしてくる。
顎を軽く引いて、上目遣いをすることも忘れない。
さすが天然の男垂らしだ。
自分が1番可愛く見える角度を体が理解している。
「に、似合う……かな?」
「は……はい」
元々可愛いマールさんがおしゃれアイテムを付けたら、可愛くないはずがない。
自分がプレゼントしたアイテムだと、なおさらのこと。
お互いに顔が真っ赤になるほど照れてしまうのは、2人とも恋愛耐性がないからだ。
極度のヘタレ同士では恋愛関係が進展しにくく、いつまで経っても子供のまま。
唐突に訪れた恋人のムードに耐えられるはずもなかった。
スズ、リーンベルさん、フィオナさんにプレゼントを贈ったことはあっただろうか。
料理やお菓子は贈ったことはあったけど、アクセサリーをプレゼントするのは初めてだな。
まさか初めての恋人っぽいプレゼントが、マールさんになるなんて。
……嫌じゃないけど。
「ゆ、雪遊びするんだったね。
早くカマクラ作ろっか」
「は、はい」
- 1時間後 -
ヘタレ同士が恋の衝撃で燃え続け、無言のままカマクラを作り続けていた。
互いにチラチラと様子を伺うだけで、目が合う度に反らしてしまう。
どうやって声をかけて遊べばいいのかわからない、思春期の恋みたいだ。
会話のない雪遊びという作業を続けていると、旅館から急にタマちゃんとクロちゃんが飛び出してきた。
オレッチに手入れしてもらったであろう武器を両手で持ち、嬉しそうな表情したまま。
きっと料理時間が59分、武器の手入れは1分程度だろう。
「親分、試し狩りしてくるにゃー!」
「すごいんだニャ、すごいんだニャー!」
2人を見送ると、入れ替わるようにスズがやって来た。
「お腹空いた」
あっ、うん。おやつの時間だね。
君の腹時計が知らせてくれるような時間になっているとは。
「まだカマクラ作るのに時間かかりそうだから、先に食べてて」
おやつなのか主食なのかわからない、ハンバーガーとホットドッグを手渡す。
すると、受け取ったスズは不満だったのか、珍しく浮かない顔をしていた。
「……コロッケパン。
夜はコロッケパンがいい」
そのワードを聞いて、なんとなくリーンベルさんの顔が頭に浮かぶ。
雪の都アングレカムに来る前に、スズは1度フリージアへ戻っているんだろう。
橋が壊れて僕達がここにいることを、リーンベルさん経由で聞いたはず。
きっとその時にリーンベルさんが自慢するように、コロッケの話をしてしまったに違いない。
獣人国で別れたスズとシロップさんは、まだ食べたことがないからね。
「じゃあ、夜はクロちゃん達とコロッケを作るね」
「うん」
嬉しそうな顔で戻っていったスズを見送り、カマクラ作りを再開していく。
すると、和やかなにゃんにゃんとスズの登場で癒され、雪遊びにも変化が訪れる。
僕とマールさんの緊張もなくなっているんだ。
それもそのはず、マールさんの興味は僕からコロッケパンへ移っているから。
彼女もまた、コロッケパンを食べたことがない。
「コロッケパン……。
ボクの予想では、じゃがいもを使っていると思う」
受付嬢のカンが働いてしまい、恋愛ムードは0である。
- 1時間後 -
「ようやくできたねー。
初めてだったから、思ったより大変でビックリしたよー」
「僕も作り方は知っていますけど、作ったのは初めてでした。
これ以上大きくするなら、2人では無理ですね」
2時間かけて作ったのは、子供がギリギリ2人で入れる程度の小さいカマクラ。
遊びモードに切り替わったことで、楽しくワイワイと作ることができたよ。
会話の内容は9割がコロッケパンだったけど。
「えへへ、早速中に入ってみよう。
ボクから入るね」
そう言って、狭い入り口を四つん這いで入っていくマールさん。
服を着こんでるとはいえ、お尻と太ももをこのタイミング見せ付けてくるなんて。
もしかして、誘われてるのかな。
「うわぁー、あたたかいよー。
タツヤもおいでよ」
間違いない、誘われている。
「はい、いま行きます」
少し凛々しい声を出して、ササッと中へ入っていく。
子供の僕にとっては、こんな狭い穴は朝飯前だ。
カマクラの中は、雪の壁から僅かに太陽の光がぼんやりと入ってくるくらいで、少し薄暗い。
外の音も雪で阻まれ、2人だけの空間が作られている。
そして、予想以上に狭かったため、不意に急接近してしまう。
天井に頭をぶつけないように体を丸めるまではいい。
でも横幅が狭くて、肩や腕、足が接触。
緊張して反対側に避けるとカマクラの壁に当たり、冷たくて自然とマールさんの方へ体を寄せてしまう。
ドキッとしてマールさんの方を向いてみると、寒さでほんのり顔が赤く、優しい眼差しで僕を見ていた。
きっと薄暗いことも影響しているんだろう。
いつもの雰囲気とは違い、年上の女性と認識するほど色っぽい。
「知ってる? スノーフラワーの花言葉」
今頃聞かれても困りますよ。
甘い雰囲気で聞かれると意識してしまいますし、答えるのは少し恥ずかしいです。
「婚約する時に渡すんでしたよね。
だ、だから、あ、愛とか、ですか?」
「惜しいなー、永遠の愛だよ」
ニコッとマールさんが笑顔を僕に向けると、加工したばかりのスノーフラワーがキラッと輝くように揺れた。
思わず背筋を伸ばしてしまい、後頭部を雪の壁にぶつけてしまう。
そこまで知ってて、僕のスノーフラワーをもらう約束していたんですね。
リーンベルさんに送ろうとしてた物まで、自分で付けてしまいましたし。
実質、プロポーズをねだって、受け取ったようなものですよ。
「マールさんって、本当は僕のことをどう思っているんですか?
イマイチよくわからないんですけど」
「ボクは好きって言ったよね?
それ以上でもそれ以外でもないよ」
「でも、恋人とは違「ちゅーする?」」
な、なんだ、今の言葉は。
32年間の人生において、漫画でしか見たことのない文字が耳の中に入ってきたぞ。
「言葉で伝わらないなら、ちゅーしよっか」
「え、いや、あの、その、え、あ、えーっと……」
キングオブヘタレの僕は挙動不審になってしまう。
頬にキスをくれたマールさんが、念願の口で行う本格的なファーストキスまで奪ってくれるというのか?!
わからず屋の僕に体で教え込むという大人による愛の伝え方。
どうしよう、キスする時はどうしたらいいんだ!!
「こんな時にしっかりしないから、タツヤはヘタレなんだよ。
もう、仕方ないなー。
ほら、目を閉じて。
ボクの気持ち、受け取ってほしいから」
秒速で目をギュッと閉じて、荒くなりそうな息を止め、口を少し尖らせる。
初めて過ぎて緊張が隠せない。
どうしよう、唇がガサガサな気がする。
マールさんのプルプルの唇に、僕のガサガサの唇が合わさり、ささくれが突き刺さってしまったら……。
でも、もう目を閉じてしまったんだ。
受け入れ準備完了のサインを出したわけだし、目を開けて妨害するのは気まずくなるだろう。
同じヘタレのマールさんが勇気を出して踏み込んでくれたんだぞ。
もう引き返せないんだ、息を殺して待てばいい。
得意分野の待つだけでいいんだ!
キスに対して憧れを持ちすぎたあまり、1秒が1年くらいに長く感じてしまう。
もし実際に1年経っていたら、僕は1年も息を止めていることになる。
空気を必要としない、霞だけで生きる仙人のような存在だな。
ファーストキスをする時に、自分が仙人だと自覚するやつがどこにいるんだろうか。
彼女が32年いなくて異世界転移するくらいだし、ある意味仙人の領域に達しているといっても過言ではないけど。
って、唇に集中しろ!
キスを通じてマールさんに愛を届けるために!
そっと肩にマールさんの手がかかると、再びビクッとして雪の壁に強打してしまう。
クスッとマールさんの笑い声が聞こえてしまうけど、同じヘタレとして気持ちはわかってもらえるはず。
唇と唇が触れ合った時には、絶対に興奮して動かないようにしよう。
失神だってしないと誓うぞ。
ファーストキスで失神するなんて、最高にダサイから!
少しずつマールさんの呼吸音が近付いて来ると同時に、肩に添えられた手に力が入る。
「まだ小さいにゃ。
もっと大きいの作る……何してるにゃ?」
不意にタマちゃんの声が聞こえ、マールさんはバッと離れた。
思わず僕もギンッと目を開けて仰け反り、後頭部で雪の壁を破壊した。
「え、いや、こ、ココ!
ココの壁が薄いなーと思って、2人で見てただけだよ。
やっぱり崩れてきたし、ダメでしたね。
ね、ね? マールさん」
「う、うん。そ、そうなの!
こ、小柄なボク達ではうまくできなくてね!」
「やっぱり、そうだと思ったにゃ。
ここはタマとクロに任せるにゃ。
獣人国で培った泥遊びで、雪遊びもプロ級だにゃ!」
し、心臓が破裂するかと思ったーーー!
すでに何回も爆発はしてるけど、こんなに焦ったのは初めてだよ。
自分の胸に手を当て、緊張した心臓を落ち着かせていく。
一方、マールさんはあまり焦っていなかったのか、ちょこっと舌を出して笑顔を向けてきた。
「えへへ、邪魔されちゃったね。
ごめんね、初めてだったから緊張しちゃった。
また……今度かな」
「は、はい」
壊れたカマクラの外に出たマールさんは、今までで1番顔が赤かった。
同じヘタレなのに、無理してリードしてくれていたに違いない。
火照った顔を自分で触り、恥ずかしそうにしている姿が何よりの証拠。
キスはお預けになってしまったけど、マールさんは本当に僕のことが好きなんだと思う。
リーンベルさんとどっちが上か下かなんて関係ない。
僕とマールさんの間には、しっかりと愛が生まれている。
照れ隠しをするように走る出すマールさんは、いつもの元気っ子に戻っていた。
太陽の光を反射するように輝く銀世界の中、僕はマールさんだけをじっと見つめている。
不意にマールさんがこっちを振り向くと、耳に付けた2つのピアスがチラッと揺れた。
「早くこっちに来てよー!
夜までにカマクラ作り直すんだからー!」
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