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スパイ

「だーっはっはっは、だーっはっはっは」


 帝国の第4王女エステルさんの笑い声は、少し独特である。

 可愛いというよりオッサンに近い。


 3時間が経過した今でも、調教の現場はほとんど変わらない。

 真剣な顔でにゃんにゃんが手足を押さえ、マールさんがエステルさんに馬乗りになっている。

 ハグするように上体をエステルさんに預けたマールさんは、幸せそうな顔で脇をこちょこちょしていた。


 もやは笑うしかないエステルさんの顔は、爽やかな笑顔である。


 やっぱり女性は笑った顔が1番可愛いな。

 敵意をむき出しにされても、誰も得することはないからね。


 だが、これが調教であることを忘れてはいけない。

 彼女が2度と僕達に逆らわないようにするための、厳しい躾なのであるだから。


「マールさん、一度中断してください。

 ご褒美のカツ丼を先に食べていてもいいですよ」


 机にカツ丼を置くと、満足そうなマールさんがエステルさんから離れていく。

 長時間によるこちょこちょからようやく解放されたエステルさんは、笑い付かれたようにぐったりとしていた。


 嬉しそうにマールさんがカツ丼を食べ始めると、一瞬でスズが飛び起きてきたので、カツ丼を出してあげる。

 スズは食いしん坊だから、早くあげないとポイントが下がるんだ。


「それでは、カツ丼様の罰により刻まれた心の刻印をチェックします。

 刻印に刻まれし聖なる呪文、『こちょこちょ』」


「だーっはっはっは、だーっはっはっは」


 完璧だ、間違いなくエステルさんは快楽墜ちをしている。

 こちょこちょという言葉だけで大笑いする体になってしまった。


「タマちゃん、クロちゃん、もう離していいよ。

 2人も先にカツ丼を食べてね。

 デザートのアイスは食後になるから」


「「了解ニャ!!」」


 サッと椅子に座ってカツ丼をかき込む2人の姿は、カツ丼教の信者による証だろう。

 家に帰るまでが修学旅行なのと同じ。

 報酬のアイスを食べるまでが、彼女達に与えられた使命なのである。


 そのため、全力でカツ丼を食べ進めていく。

 もしかすると、ただお腹が空いていただけかもしれないけど。


 一方、笑い疲れているエステルさんが起きることはない。

 フルマラソンを完走してバテている人より、疲れ切った顔をしている。


「エステルさん、まだ神々しい魔物を討伐したいと思いますか?」


「し、しない……、しないから、もうやめてくれ」


 帝国兵の心が完全に折れたことがわかった瞬間である。


 だが、1度裏切った彼女の罪は重い。

 疑心暗鬼な僕は信じきることができない。


「世界を守るために平気で嘘をついた人ですから、残念なことに信用できませんね。

 後日、コッソリと帝国兵を引き連れて討伐に行こうと思っていませんか?

 それなら、もう少し体にわからせる必要が……」


「あぁぁぁ、ありません! ありません!

 これっぽっちもありません!

 だから、やめてください!」


 調教の効果は予想以上に偉大である。

 帝国の第4王女である暴れ馬が、今や醤油戦士に土下座をして許しを得ようとしているのだ。


「もし変なことが耳に入れば、今度はこちょこちょでは済みませんよ」


「だーっはっはっは、だーっはっはっは。

 わかった、わかったから言わないでくだーっはっはっは」」


「もし、帝国がフェンネル王国や獣人国に変なことをしそうであれば、手紙でちゃんと知らせるんですよ?

 あなたの本当の役目はエルフの調査ではなく、カツ丼様のために働くことですからね」


「わかったから、こちょこちょだけはやめてくれー!

 だーっはっはっは、だーっはっはっは」」


 自分でこちょこちょというワードを言って、自分で笑ってしまった。

 ここまで来ると、幸せそうで何よりである。


 そして、どさくさに紛れて帝国へのスパイを作り出すことに成功した醤油戦士。

 僕の功績はフェンネル王国にとって非常に大きなものとなるだろう。


 第4王女という内部の奥深くまで潜れる優秀な人材。

 場合によっては、帝国を陰から操ることだって可能かもしれない、フフフ。


 僕はカツ丼のおかわりとデザートのアイスを置いて、調教済みのエステルさんを引き連れて、早速冒険者ギルドへ向かっていく。




 目が虚ろになっているエステルさんを引き連れ、冒険者ギルドの中へ入っていく。

 偶然にも、フロアでは用のあるチョロチョロがアズキさんと何かを話していた。


 僕に気付いたアズキさんは、違う女を連れてきたことで眼光がキラリッと光る。

 どういう関係なのか調査する彼女の視線は鋭い。

 もしかしたら、彼女の本職はパパラッチではないだろうか。


 異様な雰囲気を察したのか、チョロチョロがこっちを振り向いた。

 エステルさんに気付いて嫌な顔をしたので、僕はゆっくりと2人に近付いていく。


「エステルさん、迷惑をかけたら謝罪をしないとダメですよ。

 ごめんなさいしましょうね」


「す゛み゛ま゛せ゛ん゛て゛し゛た゛ー゛。

 大゛人゛し゛く゛帝゛国゛へ゛帰゛ら゛せ゛て゛下゛さ゛い゛」


 暴れ馬が泣いて謝罪をするという行動が、調教の恐ろしさを物語っているだろう。

 どうやら一刻も早くこの地を離れたいらしい。

 見事に綺麗な土下座を披露して、しっかりと頭を床に擦り付けている。


 ……正直、やり過ぎたかもしれないと思っているよ。

 なんだか罪悪感が芽生え始めているんだ。

 でも仕方ない、彼女は1度約束を破ってしまったんだから。


 当然、暴れ馬の謝罪にパニック状態となったチョロチョロは呆然としただけ。

 パパラッチのアズキさんですら、真顔になったまま動かない。


 許してもらえないと思ったエステルさんがヒートアップして謝罪するのも、当然のことだろう。


 冷静になったチョロチョロが謝罪の言葉を受け取っても、エステルさんは謝罪を止めなかった。

 僕が近くで見ていることが原因だったのか、一心不乱に謝り続けていたんだ。


 結局、冒険者達がどよめきを起こすほどの騒ぎになり始めた。

 これはマズいと思って、僕はやり過ぎた調教を逆にエステルさんへ謝罪するという、謎の展開が生まれてしまう。

 しかし、猛省しているエステルさんは自分達の理不尽さを訴えるだけで、さらに謝罪を重ねてきた。


 謝罪の嵐である。



- エステルさんが謝罪をすること、30分 -



 ようやく落ち着きを取り戻したエステルさんの行動は早い。

 捕虜としていた帝国兵を解放するように頼み込み、休む暇もなく即座に撤退を決意。


 動揺する部下の帝国兵に八つ当たりをして、ギルドから追い出すように叩き出した。

 別れ際に「本当にあの魔物は討伐に来ません、信じてください」と、わざわざ訴えかけてきたので、もう2度と彼女は裏切らないと思う。


 仮に転移して目の前に現れたら、撃退魔法『こちょこちょ』を唱えればいいだけ。

 いきなり背後に転移をされたら死ぬ自信があるけど、そこは任せてくれ。運に。


 さすがに可哀想だと思って、サンドウィッチのお弁当を4人分持たせてあげた。

 今度は嬉しくて泣き始めてしまったので、早くも撃退魔法を使うことになってしまったけど。


 即効で泣き止んで笑いだす彼女は不審な目で見られながら、この地を後にしていった。


 当然、そんな信じられない光景を目の当たりにしたことで、チョロチョロの評価は無駄に上がってしまう。

 誰もできなかった暴れ馬の調教が完了した現実は、フェンネル王国に大きな貢献をもたらす。

 でも、そんなことはどうでもいい。


 スクープを狙うようなアズキさんの目線が厳しいから、誤解されないように早く旅館へ帰ろう。

 変態イベントが起こらず、料理を奪われるだけの冒険者ギルドに用はない。

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