フィオナさんとメリークリスマス
フリージアの街が魔石イルミネーションで輝く中、僕とフィオナさんは家の庭でのんびりと過ごしていた。
芝生の上に隣同士で座り、異世界の綺麗な夜空を眺めている。
「こうやってタツヤさんと2人でボーッと過ごすのは、初めてのことですね」
言われてみれば、そうかもしれない。
いつも家では一緒にいることが多いけど、基本的にフィオナさんがイチャイチャしてくれるため、甘やかされてばかり。
普通に話すこともあるけど、恋人のような雰囲気は少ない。
どちらかといえば、シロップさんのようにお互いの欲求を満たすことが多いから。
僕を抱き締めて異常に喜ぶフィオナさんと、抱きしめられるだけで異常に喜ぶ僕。
恋人同士の愛情表現と言えば聞こえはいいけど、欲望に忠実な変態とも言える。
「家では一緒にいる時間が長いんですけどね。
冒険者活動しない時は、朝から夜まで一緒に過ごしますし」
「でも、私だけですよ?
まだタツヤさんとデートしていないのは」
ムッとなって口を尖らせるフィオナさんは、目を細めて僕を見てきた。
王女であるフィオナさんと、デートへ出かけることは難しいだろう。
変装したとしても、どこに危険があるかわからない。
シロップさんやスズのように僕が強ければ、街へクリスマスデートへ行けたかもしれないけど。
ないものねだりをしても、仕方がないか。
僕のレベルは1でカンストしているんだから。
そもそも、フリージアで一緒にのんびりと過ごせることがすでにイレギュラーなこと。
コッソリと陰で騎士さんが警備してくれてるみたいだし、うちには番犬のような大きな火猫がいるから、万が一のことがあっても安心だと思うけどね。
「仕方ないですよ、フィオナさんは王女様なんですから。
それに、フィオナさんは恋人と言うより、お嫁さんの方が近いです。
どこかへ待ち合わせしてデートに行くより、家でずっと帰りを待っていてくれるような……」
フィオナさんの方へ顔を向けると、ちょうど目線が重なってしまった。
普段は甘えるようにハグされたり、膝の上に座らせてもらったりすることが多いため、至近距離でフィオナさんと目が合う機会は意外に少ない。
夜寝るときは向かい合って寝るけど、心地よくてすぐに眠ってしまうし。
クリスマスということもあるのか、フィオナさんの雰囲気がいつもと違う。
母性が溢れるお姉ちゃん(お嫁さん)ポジションから、急に恋人へ変わったような感覚。
その影響もあって、僕は必要以上にフィオナさんを意識していた。
恋人らしい雰囲気になると反射的に目線を外すのは、正真正銘のヘタレの証だろう。
「あ、改めて目が合うと……恥ずかしいですね」
変な空気になって戸惑う僕は、夜空を見上げて誤魔化すことにした。
その瞬間、芝生の上に置いていた僕の手に、フィオナさんが温かい手を重ねてくる。
すぐに顔を反らした僕とは違い、冷静にじっと僕を見つめたまま。
「お嫁さんでも、たまにはデートしないと不満が溜まってしまいますよ。
クリスマスくらい、恋人気分に浸らせていただけませんか?」
僕が世界一恐れている言葉、『不満』。
32年間も付き合ったことがない反動で、まだ自分に自信を持てるところが見当たらないためだ。
スズもリーンベルさんもフィオナさんも、どうして僕のことを好いてくれているのかわからない。
超絶ヘタレなのに変態、浮気癖がある、冒険者なのに弱すぎるなど……。
満足する要素は胃袋だけしかないと、自己分析は完結している。
そのため、『不満』と口にされると離れていくような気がして、心が一気に乱されてしまう。
「ち、違うんですよ、フィオナさんは大切な恋人なんです。
クリスマスに女性と過ごすことが初めてで、どうしたらいいかわからないだけで。
いつもと違って大人っぽい雰囲気ですし、ちょっと、あの……目も合わせられなくて」
ザ・ヘタレである。
こんなことを素直に恋人へぶちまけられるのは、子供だからできること。
実際は32歳のオッサンが言っていると思えば、聖なる夜でも振り払うことができないほど、闇が深い案件に変わってしまうだろう。
「少しずつで構いません。
今日は1年に1度の特別な夜ですから」
普段、あんなにも体を密着させて愛情表現をしてくれるのに、急に口説いてくるという新しいパターン。
子供の僕に合わせるような形で、甘い雰囲気を作ってくれているのかもしれない。
互いに愛し愛されることを実感し、最高の思い出を共有するために。
これが……聖なる夜の力か。
神聖なクリスマスパワーを感じていると、フィオナさんが夜空を指差した。
恋人のような雰囲気に飲み込まれた僕は、パッと夜空を確認する。
「あの星を見てください、コロッケのようではありませんか?」
「……確かに星が丸くなっていて、コロッケみたいに見えますね」
聖なる夜から、食欲の夜に変わった気がしますけど。
それでも、無邪気な笑顔でコロッケっぽいことをアピールするフィオナさんは可愛かった。
重ねてくれている手の温もりもあったことで、妙に安心感が生まれていく。
「あちらはホットドッグのような形です」
隣にあった細長い星の集合体を、フィオナさんは指差した。
「んー、あれはホットドッグというより、コッペパンですね。
ウィンナーの部分が見当たりませんので」
なぜか僕の採点は厳しい。
自分でも、こういう時ぐらいは相手に合わせろよ、と思ってしまう。
「では、あちらの光り輝く星はトリュフでどうでしょうか?」
重ねている手に体重をかけるように、フィオナさんはグッと僕の方へ身を乗り出してきた。
ドキッとして反射的に体を引いて避けてしまうのは、本当に情けないと思う。
せっかくのクリスマスなのに、どうして僕はフィオナさんを避けているんだろうか。
もう少し心の距離を詰めないと誤解されてしまうと思いつつ、会話を成立させるために星を探していく。
しかし、トリュフのように光り輝く星はわからなかった。
入念に探しても、特別に光り輝く星は見当たらない。
「えーっと……、そ、そうですね。
あれはトリュフでいいと思います」
先ほどの反省を活かし、今度は相手に合わせることに成功。
パートナーの意見に同意することは、非常に大切なことである。
「では、こっちの星は何に見えますか?」
試されるような問題に変更されたと思いながら、僕はゆっくりと振り向いた。
その瞬間、息を呑むように固まってしまう。
目も離せないほどの至近距離で、前のめりになったフィオナさんと目が合ってしまったから。
「やっと、私を見てくれましたね」
重なる手を握るように、ギュッと力が入れられる。
急にキスできるような距離で見つめられ、僕の頭は真っ白になっていた。
フィオナさんの優しく微笑む姿に、魅了されるように惹きこまれていく。
「タツヤさんが恥ずかしがり屋さんなのも、照れ屋さんなのも知っています。
でも、たまには私のことを見てくださいね」
「は……はい」
吸い込まれるようなフィオナさんの目に、完全に心を奪われる。
全てを理解したうえで誘導して、恋人同士の甘い雰囲気を作り出してくれた。
優しく僕を包み込んでくれるような存在であり、いつでも甘えさせてくれる。
今も優しい眼差しで僕を見つめ、心の中を全て見透かされているような感覚に陥っている。
「クリスマスプレゼントの代わりに、私の我が儘を聞いてもらえますか?」
そう言ったフィオナさんは、僕の胸に頭を寄せ、押し倒すようにもたれかかってきた。
芝生のクッションにバフッと受け止められると、フィオナさんの魅力的なボディに押し潰され、全身の力が抜けてしまう。
寂しがり屋のフィオナさんは、甘えてくることも多い。
いつも僕がヘロヘロになってしまうから、結局僕が甘やかされるだけであって。
そんなフィオナさんの願いは、聞かなくてもわかる。
わざわざ僕の胸に顔を寄せているのは、頭を撫でてほしいから。
ここまでフィオナさんにリードを続けてもらった、ヘタレっぱなしの聖なる夜。
少しくらいは良いところを見せないと、本当に愛想をつかされてしまいそうだ。
今となっては、母性の塊であるフィオナさんがいない生活など考えられない。
家へ帰って来たら、フィオナさんに出迎えてもらいたいから!
フィオナさんの頭を撫でるため、力が入らなくなった右手を動かしていく。
だらしなく震える手を眺める者は誰もいない。
待ち続けるフィオナさんは目を閉じ、ジッと僕の右手を待っているから。
スマホのバイブレーション機能でも付いているような震え方をしても、懸命にフィオナさんの頭に近付けていく。
聖なる夜だけでも構わない、僕は男へと生まれ変わるんだ。
頭を撫でられる側だった昨日までとは違う。
女性の頭を撫でて「よしよし」と面倒を見てあげる、イケメンのような存在になる!
今日だけ!!!!
男の決意を見せる僕に、不可能なことはない。
フィオナさんの頭へ優しく右手を乗せ、そっと頭をナデナデしてあげる。
いつもフィオナさんにされているように。
時折、バイブレーション機能が発動して高速で震えてしまうため、フィオナさんはクスクス笑う時がある。
それでも、普段とは違う甘えるようなフィオナさんの吐息が漏れ、僕の変態パワーはヒートアップ。
もはや、勝手に右手が自動操縦に切り替わり、震えを止めるだけで頭を撫で続けている。
「今夜は……このまま眠ってもいいですか?」
「あと少しだけ撫でますから、部屋に戻って寝ないとダメですよ。
庭で寝たら風邪を引きますから」
「もう。こう言うときは許可を出すものですよ。
せっかくのムードを壊さないでください。
私も本当に寝ようとは思ってませんから」
「な、なんか……すいません」
「罰として、もっと頭を撫でてください。
いっぱい……撫でてくださいね」
甘えん坊になったフィオナさんの頭を、僕は撫で続けた。
早くも筋肉痛になりそうな痛みが走っているけど、それくらいでフィオナさんが喜んでくれるのなら構わない。
ムードを壊してしまったお詫びに、僕の腕が壊れるまで撫で続けようと思う。
フィオナさんにとって、聖なる夜の思い出が良いものになることを願いながら。






