スズさんとメリークリスマス
冒険者達によって飾られた魔石のイルミネーションで、フリージアの街は光り輝いていた。
火の魔石がバラのように綺麗な赤い光を発し、土の魔石が蛍のようにボヤーッと黄色く光り、水の魔石が幻想的な青い光を放っている。
道には風の魔石が敷き詰められ、神秘的な草原にいるような淡い光を彩る。
そして、魔石から魔力が解放される度に光が弾け、波紋が広がるように輝いていた。
日本のイルミネーションとは違う、幻想的な異世界のクリスマス。
そんな魔石イルミネーションで輝くフリージアの街を、スズと一緒に歩いていく。
クリスマスの雰囲気を楽しむように、恋人繋ぎをしながら。
「見てほしい、あれは私が設置した魔石」
「すごーい、綺麗に輝いてるね」
時折、小悪魔テクニックを使う大人びたスズだけど、たまに子供っぽい仕草を見せることがある。
自分がやったことを褒めてほしいという、無邪気な子供のような承認欲求。
きっと魔石イルミネーションの飾り付け依頼をやったのは、今回が初めてだったんだろう。
異常に張り切っていたし、すでに何度も設置報告をされているから。
以前にデートをしたことがあるとはいえ、僕達のカップルイベントは初めてのこと。
一緒にクリスマスを過ごすことができて、スズも嬉しいんだと思う。
キョロキョロと自分の設置した魔石を探すスズの肩を軽く叩き、夜空に輝く星を見付けたように、僕は1つの魔石を指差した。
「あれ、スズが設置したんじゃない?」
「さすがタツヤ。当たっている」
僕くらいスズと付き合いが長いと、こんなことも理解できてしまう。
無表情のスズの感情を読み取り続けているため、難易度1くらい簡単なこと。
まぁ、スズの飾り付けだけ全部めり込んでるからね。
有り余る力で押し込みすぎているんだ。
不器用にもほどがあるよ。
初心者冒険者である普通の人間は、木の枝や家の窓、ベランダの手すりを借りて飾り付けをする。
道しるべとなる風の魔石が地面に設置してあるけど、半分以上は土から顔を出しているような状態だ。
そんな中、地面にガッツリとめり込んでいる不自然な魔石がある。
「あれもスズがやったんじゃない?」
「さすがタツヤ。当たっている」
自分のことを理解してくれている、と思ってくれたんだろうね。
すごいキラキラした目で見てくれるんだ。
早くも聖なる夜でポイントが上がり、僕も嬉しくなってしまう。
鼻歌を口ずさみ始めるほど上機嫌だから、良い思い出ができそうだよ。
そのままスズの設置した魔石当てゲームをしていると、ボーナスステージに突入する。
なんと、城壁に魔石がねじ込まれてハートマークになっているんだ。
カップルたちが「きれいねー」「今年は一味違うな」「ちょっとヒビが入ってないか?」と盛り上がる中、僕はドヤ顔をしてスズに言い放つ。
「あれ、全部スズがやったよね」
「さすがタツヤ。当たっている」
誰でもわかると思うよ。
この街で城壁に魔石をねじ込める人間はスズしかいないから。
「気持ちは嬉しいけど、城壁を壊しちゃダメだよ。
明日になったら、冒険者ギルドへ謝りに行こうね」
城壁の管理は冒険者ギルドなのか、領主様なのかわからない。
土魔法で作っているはずだから、ギルドで謝罪すればどうにかしてくれるだろう。
最悪、サブマスターのヴェロニカさんを買収すれば、すぐに問題は解決すると思う。
そのまま街をグルッと回るように歩いて、スズと一緒にクリスマスイルミネーションを楽しんだ。
Aランク冒険者の凄まじい行動力には驚かされる。
どこに行ってもスズの埋め込んだ魔石が設置され、光り輝いていたから。
たった1日の飾りつけ依頼だったのに、まさか街全体の飾りつけを担当してしまうとは。
普通はエリアが決められていて、担当する範囲だけを飾ると思うよ。
僕と一緒に見るために頑張ってくれたと思えば、悪い気はしないけどね。
一周まわってハートマークの城壁にたどり着くと、繋いでいる手をグッと引っ張られた。
「こっち」
まだ魔石を埋め込んだ場所があるのかなと思い、一緒に歩いていく。
すると、城壁の上へのぼる階段へ案内された。
この階段をのぼるのは、カエルを討伐したとき以来だな。
あの時はカエルを討伐したせいで、リーンベルさんとフィオナさんに拒絶反応が起こってしまった。
だから、あまり良い思い出はないんだけど……。
嫌な予感がしながらも、スズと一緒に階段をのぼっていく。
城壁の上へやって来ると、予想外の光景を目の当たりにした。
魔石から解放された魔力が大気に放出され、上昇するように天へ昇っていく。
色とりどりに輝く光が合わさり、綺麗で儚い幻想的な光景。
ファンタジーという言葉がふさわしい、宝石のように輝くイルミネーション。
ビルの最上階から街並みを見渡すより、何倍も綺麗だ。
あまりの綺麗な景色に目を奪われていると、不意に僕の腰へ手が回される。
軽く引き寄せられたことでバランスが崩れ、スズの方へもたれかかってしまう。
ちょうどスズの肩に頭を乗せるような形になり、僕はスズに体を預けることになった。
綺麗な夜景が見える場所へ連れてきて、心を奪われた時に抱き寄せられる。
スズさんのイケメンぶりが凄まじい。
何も言わずに僕の体を支え続け、手が腰に回されていることで安心感が伝わってくる。
チラッとスズの顔を見てみると、夜景をじっと眺めていた。
どこか絵になってしまうような綺麗な顔立ち。
なんだかんだで、スズの近くが1番安心するかもしれない。
もう1度スズの肩に頭を置き、一緒に夜景を見ることにした。
幻想的な光景を目の当たりにした僕達に、会話は不要なもの。
綺麗なイルミネーションを見て、言葉が出ない、と言った方が正しいのかもしれない。
共に過ごすだけで幸せな、初めてのクリスマスデート。
そんな幸せな時間が長く続けば、子供の僕は心が満たされてボーッとしてしまう。
でも、スズは違う。
綺麗な夜景が見れることを知っていて、僕を連れ込んだから。
僕が恋に落ちることは計算済みであり、その先を求めている。
スズは行動を移そうとしたんだろう、腰に回している手がピクッと動いた。
付き合いの長い僕にはわかってしまうよ。
もう……限界なんだなって。
肩に乗せていた頭の向きを変え、スズの顔を見つめる。
すると、スズも夜景から目を離して僕と向き合った。
至近距離でスズと見つめ合うと、惹き込まれるような感覚に陥ってしまう。
いつもなら緊張して目を離してしまうのに、逆に目を離すことができなくなる。
「いいよ、好きにしても」
口説かれた女のようなセリフを吐いた僕は、そっと目を閉じた。
後はスズに任せればいい。
イケメンのスズなら、全てをリードしてくれる。
クリスマスプレゼントは……僕、かな。
そう思っていたのも束の間、スズの中に眠る野獣の血が覚醒していく。
ガシッと僕の腰をつかむと、一旦引き離して最適な距離を取った。
荒い息が伝わるように右耳へやって来ると、いつもの衝撃に襲われてしまう。
かぷっ
さっきから頭を預けていたから、片耳が見え続けていたんだろう。
夜景を見続けた僕とは違い、途中からスズは身を乗り出すように僕の方へ近寄ってきたから。
腰に回した手が徐々に力んでいたのも、僕の耳を見やすいポジションに調節していただけ。
聖なる夜に、甘い口づけ……ならぬ、甘噛みである。
初めてのクリスマスデートで夜景を眺め、恋人らしい甘い展開。
いつもとは違う雰囲気で甘噛みされた僕は、全身に幸せと恋の衝撃が駆け抜けていた。
イケメンのスズさんが男らし過ぎて、僕は『スズの女』になったような不思議な感覚。
このまま聖なる夜に体を重ねたい。
本能の赴くまま、もっと激しく行動してくれたらいいのに。
耳元で鳴り響くスズさんの甘噛みの音を聞きながら、僕は意識を手放していく。
聖なる夜の雰囲気に飲み込まれて。






