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リーンベルさんとメリークリスマス

 冒険者ギルドの営業が終わると、僕とリーンベルさんのクリスマスデートは始まる。


 仕事終わりのリーンベルさんとギルド前で待ち合わせをするという、夢のような展開。

 憧れていたクリスマスデートだけではなく、憧れていたデートシチュエーション付きである。


 当然、できる男である僕が待ち合わせに遅れることはない。

 少し早めの時間に行き、女の子を待つのが僕の仕事。

 待つ専門の僕が唯一できる、ジェントルマンな一面である。


 周りを見渡せば、すっかりクリスマスの雰囲気に包み込まれ、夜でも外出する人が多い。

 今日ばかりは酒飲みも自重しているのか、恋人達が過ごすようなムードになっている。

 ドス汚い笑い声ではなく、若い男女の仲睦まじい会話が薄っすらと耳に入ってくるような雰囲気。


 幻想的な魔石イルミネーションを眺めていると、ギルドから天使が駆け足で近付いてきた。


「ごめんね、遅くなっちゃって」


 ハァハァと息を荒くしている姿を見れば、走ってきてくれたことがわかる。

 早く僕とクリスマスデートをするために、急いで後片付けをしてくれたんだろう。

 そんな彼女に伝える言葉、それはデートで言ってみたい部門第1位のこれだ。


「いえ、僕もいま来たところです」


 ……ふっ、決まったな。


 思わずリーンベルさんが頬を赤く染め、僕と目を合わせることができなくなってしまう。

 手をモジモジさせて、恥ずかしそうな顔を見せてくれた。


「えーっと、この場所ね、受付カウンターからよく見えるの。

 朝からずっと待ってたこと……、知ってるからね?」


 なん……だと……?!

 もしかして、僕が10時間以上も待っていること、バレてますか?


 人生何があるかわからないので、早めに出発しただけなんですよ。

 具体的に言えば、リーンベルさんが出勤した2分後に家を出ましたから、早朝ですね。

 早く着きすぎたとは思いますが、クリスマスのことを考えていたらあっという間でした。


 初めてのクリスマスデートなので、少し緊張しているせいだと思います。

 浮かれているわけではないんですけどね。


「恥ずかしいんで、見なかったことにしてもらってもいいですか?」


「別にいいけど、今度から待ち合わせする時は、早くても1時間前に着くようにしてね。

 10時間も待たれてたら、だんだん心配になってくるから。

 途中で声を掛けた方がいいのかなーって、お姉ちゃんすごく悩んだの。

 嬉しそうな顔をしてたから、放っておいたけど」


 もう何も言わないでください。

 嬉しそうな顔で10時間も待ち続けるなんて、ただの変態じゃないですか。

 ストーカーの才能しかありませんよ。


 僕は純粋に待ち合わせをしてただけなので、犯罪行為ではないですけどね。

 レディーファーストを意識した、ジェントルマンなだけで。


「仕方ないじゃないですか。

 憧れだったんです、クリスマスデート。

 ほ、ほらっ、早く行きましょう」


 そう言って、僕はリーンベルさんに右手を差し出した。


「まだ10歳なのに、なんで10時間も待つほど憧れちゃうかなー。

 子供だったら、普通は10分も待てないと思うんだけど」


 ブツブツ言いながらも、リーンベルさんは優しく手を握ってくれた。

 2人揃って、クリスマスムードが漂う夜の街へ歩き始めていく。


 リーンベルさんも楽しみにしてくれていたのかな。

 少し汗ばんだ手が温かく感じて、珍しくリーンベルさんの鼓動が伝わってくる。


「一応言っておくけど、私はタツヤくんがずっと待ってるから急いだの。

 疲れちゃったから、ごはんちょうだい」


 リーンベルさんの手をじっと見ていたからかな。

 意識をしていたことがバレてしまったようだ。


 恥ずかしそうな顔でごはんをねだってくるリーンベルさんに、ホットドッグを手渡してあげた。

 なんとなく僕はタマゴサンドを食べる。


 少し前までは、こうやって食べ歩きをすることができなかっただろう。

 見たこともないものを食べていたら、注目されてデートどころではなくなってしまうから。

 ホットドッグもタマゴサンドも随分と浸透しているみたいで、この街では欠かせない存在となっている。


 当然、クリスマスで需要が高まることもあり、夜になってもパン屋さんは行列が並んでいる。

 待っている9割がカップルという、ザ・リア充たちだ。

 その横を何気ない顔で通り過ぎ、2人でホットドッグとタマゴサンドを食べていく。


「次はタマゴサンドが食べたいな~」


 花より団子のリーンベルさんは、僕よりも圧倒的に食べるスピードが速い。

 デートで緊張しているせいか、僕はゆっくりでしか食べることができないというのに。


 左手は食べかけのタマゴサンドで塞がっているため、アイテムボックスから取り出すことができない。

 仕方ないから、リーンベルさんと繋いでる手を離して……、手を離して……。


 なぜ手を離してくれないんだ、取り出せないじゃないか。


「タマゴサンド、食べたいな~」


「一度、手を離してもらってもいいですか?

 アイテムボックスから取り出せないので」


 僕は脱力して手を離そうとしているのに対して、リーンベルさんは繋いでいる手を離そうとしてくれない。

 むしろ、さっきより強く握られているような……。


「タ・マ・ゴ・サ・ン・ド、食べたいなー!」


 ジト目になったリーンベルさんに見下ろされ、恋愛音痴の僕は今頃になって気付いてしまった。


 ホットドッグを何気ない顔で早く食べ、手をギュッと握ったままタマゴサンドを注文。

 そして、アイテムボックスから新しいタマゴサンドを取り出すことを拒否するような仕草。


 超絶リア充のみに許されるカップルイベント、食べかけの食事を『あ~ん』する、の発生である。


 なんてハイレベルなことを唐突に要求してくるんだ、リーンベルさんは。

 心の準備をくらいはさせてくれてもいいだろう。

 こんなことがあるとわかっていたら、待ち合わせのときに歯磨きをしておいたのに。


 10時間も歯を磨いていない自分の口臭が気になって仕方がない!

 でも、これ以上リーンベルさんを待たせるわけには……。


「あ、あの~、た、たた、た、食べますか?」


 震える手で食べかけのタマゴサンドをリーンベルさんへ差し出すと、リーンベルさんが前かがみになった。

 ゆっくりと僕の手の方に顔が近付くと同時に、片方の手で髪を耳にかけながら、『あ~ん』と口が開いていく。


 ぱくっ


 満足そうにニコッと微笑むリーンベルさんに、心を撃たれてしまう。


 リーンベルさんが僕の食べかけのタマゴサンドを食べた。

 つまり、間接キスである。

 僕がもう一度タマゴサンドを食べれば……間接キス返しが成立する!!


 手元に引き寄せたタマゴサンドを見ると、リーンベルさんがパクッと食べた痕跡が残っていた。

 そこを隠すようにリーンベルさんの口がもう一度現れ……。


 あの……食べないでもらってもいいですか?

 そ、そんなにパクパク食べたら、僕の分が……。


 食いしん坊のリーンベルさんが止まるはずもなかった。

 当然のように全て平らげてしまい、僕の間接キスはお預けになる。


「ふふっ、まだタツヤくんには早いかなー」


 手で口元を隠して笑う仕草は可愛いけど、なんかちょっと小馬鹿にされた気がする。

 多分、僕の今の顔は相当ムッとしているんだろう。


「そ、そんなのわからないじゃないですか。

 弱いのは弱いですけど」


 期待してしまった分、僕は子供らしくいじけてしまう。

 クリスマスなら最低でもキスは……と、淡い期待をしていたから。

 せっかくの『あ~ん』イベントだったのに、お預けなんてあんまりだよ。


「それなら……お姉ちゃんの口で試してみる?」




 ………。




 ふぇええええええええ?!

 リーンベルさんの口で間接キスを試す……?


 そ、それは、もはや本物のキスッ!!


「え、いや、あの、その……」


 大混乱する僕とは違い、大人のリーンベルさんは冷静だった。

 握ったままの手を放すこともなく、僕の目の前でしゃがみ込む。


 普段、子供の僕がリーンベルさんを見下ろすことは少ない。

 そのため、いつもとは違うリーンベルさんの魅力に惹き込まれてしまう。


 下から顔を覗き込まれるように上目遣いをされ、鼓動がヒートアップしていく。


「動かないでよね、お姉ちゃんも初めてなんだから。

 変なところに当たっちゃったら、恥ずかしいじゃない」


 醤油戦士のファーストキスと、天使のファーストキスが重なる記念日。

 これが聖なる夜、クリスマスというものか!!

 もう少し心の準備をさせてくれないと……し、死んじゃうよ!!


 リーンベルさんがゆっくりと動き出した姿を見て、僕はギュッと目を閉じた。

 心臓が壊れるようにマシンガン撃ち鳴らしても、必死に押さえつける。

 そして、全神経を唇に集中させ、グッと息を止めた。



 ギュッ



 キスと思わせておいてハグ……という想定外の刺激にやられ、ヘニャヘニャと腰砕けになってしまう。

 倒れ込むようにリーンベルさんに体を預け、ギュッと抱きしめられる。


「ね? やっぱりタツヤくんにはまだ早いでしょ?」


「は、はい、すいません……」


「お姉ちゃんでもドキドキするんだから、もうしばらくお預けかなー。

 少なくとも、お姉ちゃんの目を見て話せるようにならないとね。

 見つめ合うことができないのに、キスなんてできるわけがないでしょ」


 さすが大人の女性、リーンベルさんである。

 ドが付くほどのド正論で論破され、何も言い返すことができない。


 何より、クリスマスムードが漂う街で、ハグされて腰砕けになるのは恥ずかしい。

 せめて僕もギュッと抱きしめて、愛し合うようなハグがしたい。

 手に全く力が入らず、人形に成り下がった僕は最高にダサいから。


 それでも、聖なる夜に天使とハグができて、最高に幸せだけど。


 リーンベルさんも同じ気持ちだったのか、しばらくギュッと抱きしめ続けてくれた。

 時折、耳元に吐息が聞こえてきたため、僕の腰砕けは促進するばかり。

 その度に心地良い刺激が全身を駆け抜け、何度か声が漏れてしまったけど。


「お姉ちゃんとの初めてのクリスマスは、お家で続きしよっか。

 自分で立てる?」


 お家でクリスマスデートの続き……。

 なんて意味深な言葉なんだろうか。


「すいません、力が入らなくて立てません……」


「もう。仕方がないんだからー」


 僕を抱きしめたまま立ち上がり、リーンベルさんは抱っこしてくれた。


 子供といっても、僕は10歳で小学4年生くらいの大きさ。

 冒険者であるスズならともかく、受付嬢であるリーンベルさんにとっては相当重いはず。


「うー。抱っこしている間だけでも、心臓止めてもらってもいい?

 すごい揺れるから、バランスがうまく取れないの」


 天使の抱っこに心臓がマシンガンを撃ちすぎて、空中に浮かせると強い振動を起こしてしまう。

 そのため、非常に安定感がなく、通常の倍以上も重く感じさせているのだ。


「意図的に止めることができないんですよ。

 き、キスしてもらえれば、止まるかもしれませんが」


 普通ならこんな会話はあり得ないし、成立することはない。

 心臓が止まっても生きるという、人間離れし過ぎた僕だから成立してしまうだけであって。


「そんなことしたら、心臓が止まると同時に死んじゃうでしょ。

 お姉ちゃんのハグだけで、こんなことになってるんだよ」


 文句を言いながらも、リーンベルさんが僕を見捨てることはなく、そのまま抱っこを続けてくれた。

 リーンベルさんと密着が続いたことで、僕の腰砕けが回復することもなく、結局家まで運んでもらうことになったけど。


 家へ着いた時には、リーンベルさんが息を切らして、腕をプルプルとさせていた。


 いっぱい抱っこしてくれたお礼に、夜ごはんをいつもよりも多く出してあげようかな。

 クリスマスデートの続きはクリスマスディナー……と言いたいところだけど、特別なものを用意していない。

 いつもと同じ夜ごはんだ。


 それでも、リーンベルさんが嬉しそうに食べ始めてくれる姿を見ていると、自然と心が満たされていく。

 聖なる夜に2人きりの食事会は、恋人同士の特別な雰囲気があるから。


 満腹にならないリーンベルさんを眺めて、僕は食事を出し続けていく。

 いつまでもこんな時間が続けばいいと、今日だけはリーンベルさんの大食いに感謝しながら。

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