憤りと偽り
「恐ろしいニオイだったにゃ。
油断してた獣王様は1発でやられたにゃ」
ハイエナを倒した後、獣王を担ぐタマちゃんと合流。
ボロボロになっても獣王を戦線から離脱させたタマちゃんは、本当にいい子だと思う。
「急にえげつニャいニオイがして、怪我を忘れて必死で走ったニャ」
クロちゃんに至っては、無理に動いたせいで本当に危ない状態だった。
傷口が開いて大量出血をしてしまい、意識を失う寸前だったんだ。
大声で話しかけて意識を保たせながら、急いで雑炊を口へ運んだよ。
次第に弱々しい声で「熱いニャ……」と言い始めて、食べる度に回復していったけどね。
危うく腐った牛乳でクロちゃんまで倒すところだった。
「至近距離でニオイを嗅ぐ羽目になった私の身にもなってほしい」
そ、そんなに嫌だったんですか。
後でクッキーあげるから許してくださいよ。
珍しくスズさんが文句を言うくらいだから、獣人達は相当辛かっただろう。
「誰も死ななかったんだし、少しくらいは大目に見てよ。
獣王でも倒せない化け物だったんだから、あれ以外に倒す方法がなかったんだもん。
それより、早くみんなの元に帰r……」
話を切り上げようとした時、地面が揺れるような地鳴りが始まった。
もしかしたら、他にもまだ魔物がいるのかもしれない。
大地を揺らすほどの地鳴りを4人で警戒していると、遠くの方で土煙が上がり始めた。
目を細めて見ていると、避難していた大勢の獣人達がこっちに走ってくることがわかった。
どうやら一緒に戦った獣人達だけじゃなく、地上にいた獣人達も全員集まっているみたいだ。
いったい何人いるんだよ、1,000人は超えてるような気がするけど。
それに、なぜそんなに怖い顔をして走ってくるんだ。
先頭を走るメイプルちゃんが手を挙げると、ゆっくりと減速していく。
僕達の目の前で立ち止まり、早くも息を荒げている。
「ワンワン、大地が腐るニオイがするワン。
アイツらの仕業で住めない土地になったワン。
ここまでされて、黙って避難をしているわけにはいかないわん」
ご、ごめん。その犯人は僕だ。
風に乗ってニオイが遠くへ運ばれてしまったのか、獣人の嗅覚が鋭すぎるのか……。
「臭ヒーン! 臭ヒヒーン! 臭ヒッヒーン!」
三段活用みたいに言わないでくれ。
「仲間を裏切るだけでなく、母なる大地まで汚すとは許せないドン!」
お、おう。鼻息をフーン! って飛ばさないでよ。
完全にブチギレモードじゃないか。
他にも地上にいた色々な獣人達が、ニャーニャー、ワンワン、ガオガオと、様々な鳴き声で臭さに大して憤っている。
幸いにも彼らが怒っている対象は僕じゃない。
裏切り者だったステファンがやったと思い込んでいる。
これはラッキーだ。
いくら敵を倒すためだったとはいえ、怒り狂った獣人達を説得するのは難しいからね。
近くで倒れている獣王を誰も心配しないほど怒ってるんだもん。
「メイプルちゃん、獣王が傷付いて倒れてしまうほどの強敵だったけど、ステファンはカツ丼様の聖なる力で討伐したよ。
でも、最後の最後でステファンが未知の腐敗した液体を解き放ち、大地を腐らせるという遺憾の行動を取ったんだ。
けど、まだ間に合うかもしれない。
魔法で穴を掘って埋めてしまえば、大地は助かるとカツ丼様が言っているんだ!」
秘技、他人のせいにするを発動した。
タマちゃんとクロちゃんの視線がちょっときつくなった。
スズはボーッとしている。
「カツ丼様が言うなら間違いないワン!
今すぐにみんなで埋めにいくワン!
鼻栓を装着して、作業開始ワン!」
熱心な信者であるメイプルちゃんは、疑うこともなくワンワン吠えて先陣をきっていく。
走りながら鼻栓を装着したから、途中でちょっと吠える声がおかしくなっていたけどね。
「カツ丼様がおっしゃるなら間違いないドン。
偉大なる絶対神に従うまでドン。
俺達の命があるのは、カツ丼様のおかげドン!」
サイ獣人達も疑うことなく、鼻息を荒くして走っていった。
せっかく詰めた鼻栓を鼻息で飛ばし、鼻栓を巻き散らかして進んでいく。
予備の鼻栓は持ってるのかな……。
当然のように地上にいた獣人達は、カツ丼様について何も知らない。
あちこちで、「カツ丼って何ぴょん?」「知らないガオ」「王女様の指示に従うだけメ~」という声が聞こえてくる。
戸惑いながら走る獣人達の元にケンタウロス達がうまく散らばり、「よく聞くヒヒーン、カツ丼様っていうのは……」と、説明しながら走っていった。
戦いが終わった以上、カツ丼教を普及させるつもりはないのに。
無駄に広がってしまいそうだ。
4人で走り去っていく獣人達を見送り、地鳴りがどんどん遠ざかっていく。
「時には嘘をつくことも大事なんだにゃ。
真実を墓まで持っていくにゃ」
「カツ丼教の繁栄には仕方がないことだニャ。
丸く治まるなら、それが1番ニャ」
君達の心遣いに感謝するよ。
今頃になって、犯人を名乗り出る勇気はないからね。
サイ獣人達によってボコボコにされたミスリルタートルを思いだしていると、1人だけ逆走して戻ってくる獣人の姿が見えてきた。
ワンワン吠えているから、間違いなくメイプルちゃんだな。
そのままワンワン走ってくると、急ブレーキをかけるように立ち止まる。
「あっちに、じゃがいもがいっぱいあるワン。
いも祭りが過ぎてしまったから、ついでにやりたいワン。
好きに使ってもいいワン」
それだけ言うと、ワンワン言いながら去っていった。
多分、じゃがいもを使って料理をしてくれってことだろう。
腐った牛乳を埋めてもらう代わりに何か作ろうかな。
その代わり、おいしい芋料理で怒りを鎮めてほしい。
「ポテトサラダだにゃ~」
「ポテサラサンドニャ~」
2人は早くもポテサラの口になったみたいだ。
味を思い出して、早くもよだれを垂らしている。
「待ってほしい」
そこに、ポテトサラダが大好きなスズがストップをかけた。
ソースをかけて味変ができるというのに、まさか飽きてしまったのだろうか。
「確かにポテサラ様は素晴らしい料理。
でも、私の冒険者のカンが止めてくる。
もっと手軽で油を使うやつがいいと」
もしかして、料理を作って誰かにおいしいと言ってもらいたいんじゃないのか?
カツ丼作りを手伝ったことで、自分の作った料理を誰かに食べてもらいたくなったんだろう。
野菜を握り潰してしまうから、作れる料理はかなり限定されるけど。
でも、このチャンスを逃すことはできない。
料理の楽しさを覚えることで、スズと一緒に料理ができるようになるかもしれないんだ。
すでに朝ごはんはリーンベルさんと一緒に作ってるし、妹のスズとも一緒に作りたい。
もし、姉妹と一緒に料理が作れたら、最高に萌える展開になるだろう。
料理の味見をしたスズは、間違って僕の耳も味見して食べ始めるに違いない。
嫉妬心が強いリーンベルさんは次第に拗ね始め、反対側の耳を食べてしまうという最高の展開が勃発。
そこへ更に嫉妬心の強いフィオナさんがやって来ることで、僕の耳の奪い合いが始まるだろう。
いいなー、朝から弄ばれたい。
この妄想を現実にするためには、スズでも作れる簡単な料理を作るべきだ。
「ハッ、カツ丼様がご決断されました。
今すぐ4人で新たな芋料理を作り出し、獣人達を元気付けなさいと」
「にゃー、また難しい工程があると、覚えるまでに時間がかかりそうだにゃ」
カツ丼様の名前を出したのに、まさかのやる気がダウンしてしまった。
腐ったニオイと嘘のせいで、カツ丼様の洗脳が解けかかっているのかもしれない。
じゃがいも料理で、再洗脳するべきだろう。
「そんニャことを言っても、カツ丼様がお決めになられたことニャ。
頑張って覚えて作るしかないニャ」
クロちゃんはさすがだね。
でも大丈夫、料理音痴のスズでも最初から最後まで自分で作れる、超簡単な料理を教えてあげるよ。
「難易度の高いカツ丼と違って、芋料理は簡単なものが多いよ。
助手のスズくん、今すぐ火を用意してくれ。
誰もが好む最高にジャンキーな芋料理を、獣人達に見せ付けようじゃないか!」






