サンジュウエンの想い
ホラー用に書いた非ホラーです。
どうしたらホラーっぽくなるかとかご指導頂けたら嬉しいです。
想いを託す
素敵な言葉だと思う。
自分の想いを相手に託して後に残す。
そんな相手が居るのが羨ましい。
私、岸本 美結は一人、蒸し暑く雨露の香りの残る夜に、家に向かう道を歩いていた。
もう夏休みに入ったと言うのに吹奏楽部の私は朝から夕方まで練習漬けの缶詰だ。
高校時代の最後の自由期間だと言われる高二の夏休みだと言うのに、お金ない、彼氏ない、時間ないのないない尽くしの三拍子で、先輩が休んだら示しがつかないと言うことで練習には毎日参加だしで、正直に言って夏休みって感じは一切無かった。
そんなことを考えながら濡れたアスファルトの上を歩いていると、向こうから女の人が走ってくるのが見えた。
外灯の少ない道だから顔までは解らないけど内の学校の制服で学年カラーが同じだから同級生だ。
「ねぇ、そこの人!30円持ってるっ!?」
「はっはい、持ってますが?」
「見せて!!」
私は言われるままに30円を取り出して手のひらに広げる。
「ありがとう!」
その人は私の手のひらから30円をむしり取って代わりに小さい巾着を残して、走っていってしまった。
去り際になにか言われた気がしたが、上手く聞き取る事はできなかった、。
30円ぐらいなら別にあげるのにな…
そんな事を考えつつ私は巾着の中身を開けることもなくブレザーのポケットに入れて帰路についた。
帰るとお母さんが晩ごはんを作って待っててくれる。
今日の晩ごはんはトマトカレーかな?
朝に祖母からトマトが届いたって言ってた気がするからたぶんそう
そんな事を考えつつ歩くと直ぐに家に着く。
築20年ないぐらいの木造二階建てで、古いながらも味のある作りが私は結構好きだ。
「ただいまー今日の晩ごはんなにー?」
『おかえりー、今晩はミネストローネよ』
予想が外れた、まあトマト料理には違いないし?
私は靴を下駄箱にしまってそのまま台所に向かう。
洗面所より台所の方が玄関から近いからだ。
で、台所でお母さんと顔を合わせる。
四捨五入したら40のお母さんは最近白髪が目立つようになってきた。
本人はこまめに染め直しているが、一向に効果は出ない。
たぶん無駄に染めてるせいで髪が痛んでるんだろうね。
「あれ?お祖母ちゃんから来たトマト使ってないじゃん」
「ん?一応使ったよ?でもホールトマトの方が楽だし」
「まあ、いいけどさ…」
母はかなりめんどくがりだ。
省ける労力は省こうとする。
その割りに髪は無駄に染めて、化粧は無駄に厚い。
別に私はお母さんが嫌いな訳じゃない。
けど、ときどき行動が理解できない。
「学校なんかあった?」
「なんもない、お金ない、色恋ない、時間ない」
「なんかあるでしょ、部活とか」
「吹奏楽部ってただでさえ女所帯なんだよ?面白い事なんて殆どないよ」
「えー、楓ちゃん達とどっか遊びに行くとかしたらいいじゃん」
「遊びにってどこも行くとこないし、それ以前に時間ないし」
「ふーん…まあ、もうちょっと面白い用に過ごしてもいいと思うなせっかくの夏休みだし?」
手を洗い終えた私は二階の自室に戻る。
制服と靴下を脱ぎ捨ててベッドに横になる。
正直ブラも邪魔だけど、流石に外すのは止める。
いくら自室とは言え現役女子高生として恥じらいを持つべきだと思うし
『晩ごはんにするから下りてきなさい』
お母さんが呼んでる私は上から半袖Tシャツだけ着て下りる。
「姉ちゃんさあ…上着るなら下も穿いたら?」
「なに見てるの?変態?童貞?」
こいつは弟の凛桜、高校一年の童貞。
「あのさあ、いつも言ってるけど俺は童貞を捨てれないんじゃなくて守ってるの、そこらのやりたい盛りの猿と一緒にしないでくれる?」
「そんなもの守ってどうすんだか…」
「ねえ、ご飯前になんて話してるの?」
この二人にまだ帰ってきてない父を含めた三人が私の家族だ。
裕福ではないが貧しくもない、所謂中流階級だ。
父はサラリーマンで、アパレル関連の企業で営業部長をしている。
バリバリ働いているようでいつも家に帰ってくるのは夜遅く日が変わる頃だ。
朝は私が出る時間になっても寝ている事が多いから言葉を交わすことは非常に稀だ。
顔を合わせるのも精々日曜日ぐらい、顔を合わせたとしてもお互い特に話すこともないから朝の挨拶ぐらいで終わる。
特に何の面白みもない普通な家族だけど私はこの家族が好きだ。
晩ごはんを食べ終えて部屋に戻った私は明日も早いと言うことでまだ10時前だがベッドに入ることにした。
ただひたすら黒い所で、どこかから声がした。
その声はまるで雨のように私に降り注ぎ、波紋のように複雑に響く。
『何か凄いことが起きたら面白い』『ちょっとした刺激がほしい』『彼氏が欲しい』『モテたい』『お金欲しい』『ウザイ』『殺してしまいたい』『死ねばいいのに』『どうせ何も起こらない』『オカルトキメェ』・・・
・・・──あなたはどんな想いを託すの?──・・・
私はどんな思いを…
翌朝、五時
私はシャツが背中に貼り付く不快感で目覚める。
相当汗をかいたらしく、シャツは濡れ雑巾みたいになっていた。
かなり嫌な夢を見た気がする。
外は既に明るくなってきている。
私は不快なシャツを脱ぎ捨てて、立ち上がる。
今日も部活で朝練がある。
とりあえずシャワーを浴びないことには始まらない。
私は浴室の窓をうっすらと開けて、全身でひんやりとした新鮮な空気を味わいながら湯を浴びる。
朝風呂ならぬ朝シャンはいい物だと思った。
だって、さっきまでのじっとりした感覚が消えて凄くスッキリさた、心なしか頭もスッキリした気がするし。
私は軽く髪を絞ってから浴室を出る。
起きがけと打って変わって凄く気持ちがいい。
これなら今日の部活は楽しくなりそうだ。
私は上機嫌なまま、髪を乾かして、制服に着替えた。
公立高校のダサイ制服でさえもキラキラして見えてくる。
私はそのままの気分で楽器ケースを持って家を出た。
今日は時間も元気もあるから寄り道することにする。
なに、少し河川敷を歩くだけだからなんの問題もない。
私の予想通り河川敷は朝の空気もあいまって涼しげな雰囲気に包まれていた。
熊蝉の声が耳に心地いい。
川に乗り捨てられて沈められた自転車でさえ、風流に見える。
満足したから私はその場を後にして学校に向かう。
道中、愛犬の散歩中の音成さんとすれ違った。
音成さんは家の向かいに住んでて、凄く犬が好きらしく多いときは五匹も飼っていた。
愛犬のダックスフントの四郎君は今年で2才、まだまだ遊びたい盛りで音成さんを引っ張っている。
私はどうこうと言うこともなく、学校に来た。
時間はまだ七時前、校門もまだ開いていない。
でも、もうじき開くから先に入ってしまおう。
昔から運動だけは得意で、吹奏楽部に入ったのも文化系に走ろうと思ったときにちょうど良かったから
門に手を掛けて、体を持ち上げて入る。
ちゃんとスカートにも気を使い、周りを見ながら着地する。
こういうときに女子の立場は非常に鬱陶しい。
はあ…女子もズボン可になったら直ぐにでもスカート止めるのにな~
そんな事を言っても何もならないから私は一人で職員室を目指す。
で、職員室に向かう途中で私の道は透明な壁って言うか、扉に阻まれた。
あたりまえだ
校門が閉まってるのに昇降口が開いてるわけがない。
少し羞恥を感じつつ私は職員用出入り口から入る。
今になって考えてみればなんで門を乗り越えたのか謎だ。
普通に門を開けて入れば良かったのではないかと考えてしまう。
そう考えると凄く恥ずかしいな
「はあ…吹奏楽部です。第二音楽室の鍵借りまーす」
気の抜けた声で形だけ言って、入り口の脇に掛かっている鍵を取って職員室を出る。
そのまま第二音楽室…実質的吹奏楽部の部室に辿り着く。
鍵を私が持ってるから誰もいない。
いないはずなのに何かの気配がした。
音楽室の扉を勢いよく開け放つ。
がやはりそこに人は居らず、そこは壁側に机を積み上げて無理矢理スペースを作られた吹奏楽部の部室としての第二音楽室が広がっている。
「気のせいかな?」
私は一先ず全ての窓を開けた。
外から入ってくる風が心地いい。
私はケースからサックスを取り出す。
なぜサックスかって?
jazzってカッコいいじゃん、だからサックスにした。
私は見ての通りあんまりあんまり賢くない。
正直、まどろっこしくて深みがどうたらって言うのより単純明快な方が好きだ。
だからフルートとかそういう繊細な感じのヤツは性に合わない。
触るだけで鳥肌が立つのだ。
ガララッ
私と同じ制服の女生徒が入ってくる。
「流石は元陸上部、早いなー。今日こそは一番乗りだと思ったのになー」
彼女は西田 榠樝
クラスメイトだ。
中学からの友達で、三年連続同クラスだから自然と仲良くなった。
私が吹奏楽部に入部することになった一因でもある。
なにせ、私に吹奏楽部を進めたのは彼女なのだ。
榠樝は小中と吹奏楽をやって来ていて、高校でも悩むことなく吹奏楽部に入部。
十年近くも音楽に関わって居ることもあって、その腕前は現吹奏楽部でもトップクラスだ。
肺活量だけで入部した私とは訳が違う。
「榠樝はいつも早いよね」
「まあね、二年生だし先輩だから確りしなきゃだしさ」
「榠樝は働き者だよね、ホントに与作だよね」
「美結、働き者なのは与作じゃなくて女房だよ?」
「そうだっけ?ジャズじゃないからあんまり覚えてないんだよね…」
「もー、中途半端に覚えるから失敗するんだよ」
「あはは、私はバカだからそんなにたくさんの事は覚えれないよ。それよりさ、セッションしよ?」
「いいけどさ、セッションするならもう一人いた方がいいと思うよ?」
「確かにアルトサックスとトランペットじゃリズム楽器が居ないから難しいけど、なんとかならないかな?」
『おはよ~二人とも朝強いよね~』
榠樝が入ってきた時に開けたままの入り口から三人目が入ってくる。
「楓もおはよう」
「ほらほら、早くセッションするよ」
彼女は江橋 楓、現吹奏楽部の部長。
専門は指揮だけど、他にも色んな楽器を演奏できる。
私が見た限りでは演奏できない楽器は無かったと思う。
そんなことから、私達三人の間ではピアノ担当となっている。
数ある楽器の内からピアノを選択した理由は吹奏楽部にはドラムが無く、エレキギターは引っ張り出すのが大変だから活動外でのセッションで使うには大掛かりだからだ。
そしてようやく準備が整ったのだが、わらわらと他の部員が来て、本題に移り始めたことで楓がそっちに引っ張られていきセッションはまたの機会となった。
楓の事は正直凄いと思う。
誰とでも仲良くなれるし、纏める時はこうして皆を纏められる。
言ってしまえばカリスマがある。
でもそれを奢ったりしないんだ。
こういう人が社会に求められる人なんだと思う。
今日は夏休み中にある、コンクールと定期演奏会の練習だ。
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練習風景ははそこまで重要じゃないから飛ばすとして…
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あっと言う間に昼が過ぎて、夕方になる。
今日はこれで終了との事だったから、私は榠樝と歩いている。
「三輪先生、お疲れ様でした」
で階段で三輪先生とばったりあった。
三輪 啓子先生、吹奏楽部の顧問で私と榠樝の担任でもある。
「もう、日が暮れるから気を付けてね」
私達は先生の前を過ぎて、学校を出る。
暫く他愛ない話をしながら歩いているとふと、例の三十円持ってる?の人の事を思い出したから榠樝に話すことにした。
「そうそう、昨日帰りに変な人と会ったんだよね~。調度この辺でさ…夜遅くに走ってきてさ、いきなり『30円持ってる!?』って聞いてきてさ、出して見せたら引っ付かんで代わりに巾着を置いて走り去ってっちゃったんだよね~」
「ふーん、まあ携帯の電池切れたんでしょ」
「どうだかね~でもあんなに慌てなくても別に30円ぐらいあげるのにね」
「もしかして借金の取り立てとかで30円足りなかったとか?」
「まさか~たぶん同い年だから借金はないよ」
「なんで30円なんだろうね、携帯貸してくださいか救急車読んでくださいならもうちょっとわからなくもないんだけどね?あっでも昨日は結構野次馬が凄かったからこっちまで来ないか…」
「昨日、なんかあったの?」
「あれ、聞いてない?高校生のカップルが二人乗りで転けて男の方が重症だって」
「知らなかった」
「まあ、美結の通学路からちょっと離れてるからね。それで女の方が取り乱して走ってっちゃったらしいよ?」
「ふーん、まあしょうがないんじゃない?昨日は雨上がりで路面濡れてたし、まあ自業自得って感じかな?」
「それもそうだよね。そもそも二人乗りしなければそうはならなかっただろうしね」
「だよね、よりにもよって雨上がりだし、どうしようもないよ」
「じゃあ美結、私はここまでだから」
「?」
「今からバイトだからさ、それじゃあね」
榠樝は川の方へと走っていった。
「走るとあぶないよー」
私の声は届いただろうか、たぶん届いてないな。
私も帰路に着くことにする。
「そういえばあの巾着の中身なんだったんだろう」
気にしなさすぎて完全に忘れていたが、まだ巾着を開けていないのだ。
「あれ?確かポケットに入れっぱなしにしてた筈なんだけどな…家で出したんだっけ?あれ?でも朝はあった気がするし…どっかで落としたのかな?まあ、いっか…」
確かに中身は気になったが、巾着それも高々30円の巾着だからそんなに気にする必要もないから私はスッパリ忘れることにしてそのまま帰宅した。
「ただいまー」
「おかえり姉ちゃん」
「凛桜、今晩何?」
「今晩はトマトカレー、因みに今日のはおばあちゃんの所から届いたトマトだよ?」
「今日はホールトマト使ってないんだよね?」
「使ってたよ?当たり前じゃん、届いたトマトだけじゃ足りないもん」
「まあ、いいけどさ…」
「うん、だろうね。姉ちゃんだもんね」
「バカだって言いたいの?」
「いや別に?単に、そこまで頭回らないかって思っただけ」
「要するに同じじゃない?」
「さあね~」
イチイチ五月蝿い弟だ。
なんでこう突っかかって来るんだろうか。
もう少し静かにして貰いたいものだ。
私はいつも通り台所で手を洗い、部屋で制服を脱ぎ捨てて下りてくる。
「昨日、美結の学校の生徒が二人乗りで川に落ちたって聞いたけど知り合い?」
「ううん、私の知り合いじゃない。私も今日の帰りに知ったし」
「ふーん、ならいいけど心配だねー。男の子の方はまだ意識が戻らないらしいね」
「え?意識ないの?てっきり骨折程度かと…」
「骨折もあるって聞いてるよ?確か首を折ったって」
「大変だね…」
「姉ちゃん、興味ないのが透けて見えるよ」
「興味はないけど心配はするよ」
「ふーん、まあ同学年って話だし心配もしなかったらそれこそ薄情か。ごちそうさま~」
凛桜は自室に戻っていった。
「同学年なの?」
「さあ、お母さんは詳しくは知らないから」
「まあ、明日辺り三輪先生に聞いてみようかな」
「そうしな?もしかしたらクラスメイトかもしれないし」
「うん、クラスメイトではないと思うけどね。ごちそうさま。じゃあ、先にお風呂貰うね」
私は自室に着替えを取りに行ってから浴室に向かう。
「うーん、なんかな~朝はあんなに気分が良かったのに」
朝とは真逆の気分で浴槽に浸かる。
そして暫く浸かっている内に徐々に意識が遠くなってきて…
その日、上杉徹は町で歩いていた。
朝から気分は乗らないが購読してるシリーズの小説の発売日だから、出掛けざるを得ないから仕方なく町に出てきた。
十日ぶりの外出だ。
時期は真夏、太陽はまだ低い位置にあるが気温は37度で天気は晴。
夏らしい入道雲がいくつも浮かんでいて風流だとは思うが、だから暑さが気にならなくなるわけはなく、背中を流れる汗が非常に不快だ。
「はあ、あっつ…熱中症患者続出だろうな…」
早く目的を果たさないと僕も彼らの仲間入りをすることになる。
僕は溜め息をついて商店街のショーウインドウに手をついた。
ショーウインドウも炎天下のせいでほんのり暖かくなっている。
だが、日向のガードレールに手をつくよりは断然マシだと思う。
もしもそんなことしたら、下手したら火傷する。
「にしても最近の日本はおかしい、夏暑いし冬寒いし、昔はもっと緩やかだったはずなのにな…」
直後、ガラスがひび割れて粉々に砕け散り、触れていた掌から血が滴った。
私は鼻に来る痛みで目を開けた。目の前には揺らめく水面がある。
息が苦しい。
急いで起き上がって空気を吸う。
「はあ…窒息する所だった…」
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
何かあまり良くない夢を見た気がする。
私はさっさと上がることにした。
なんかガラスが割れる夢を見た気がするな…まあ、次はいい夢を見られるでしょ
今日はもう何もせずに寝ることにしよう。
疲れたし、気分落ちたし、なんかもうやる気でないし…
と数々の言い訳を立てて私はベッドに潜り込んだ。
翌朝
「また、なんか嫌な夢見た気がする。なんでこう夢見が悪いかね…」
例にもよってTシャツは濡れ雑巾の如くになり、もはや害悪と呼ぶべき勢いで張り付き水分を拡散させている。
「あー、全部この暑いのが悪いんだな?」
昨日同様に、私は害悪Tシャツを脱ぎ捨てる。
はあ…今日もシャワー浴びて出ますか…
いまいち気分が乗らない。
なんでだろうか、こんな感じ前にも…
もやもやしたまま私はシャワーを浴びて部屋に戻る。
「なんだっけ、なんかあったと思うんだけどな…」
何かをしなくてはいけない気がしていたが、思い出せないままに私は家を出た。
今日も朝から夕方まで練習だ。
毎日朝からパートごと楽器ごとで練習して、合わせて、反省して、練習して、合わせてを納得いくまたは皆がグダるまで無限に繰り返す。
「はあ、昨日はあんなに爽快だったのに今日はなんかやる気でないな。心なしかカラスが多い気がするし」
私はいつも通り、制服に着替えて楽器ケースを持って登校している。
天気は曇り、コレも一因ではあるだろうが晴れるよりかは涼しくていい。
でも気味悪いのは、いつもより多いカラスだ。
コレが俗に言うスプリングタウンってやつだろうか。
「気分転換に川原にでも…」
川原…自転車…同級生…
知り合いじゃなければいいけど…
やっぱり、川原はなしにしよう。
今日はさっさと行って榠樝をからかった方が楽しそうだし
私は一直線に学校に向かった。
道中、音成さんとすれ違った。
今日も早朝から四郎くんのお散歩だ。
「おはようございます、今日は涼しくて良いですね」
「そうだね~、でもこのあと雨だってラジオで言ってたから気をつけてね」
いつも通り挨拶だけ。
そんなもんだ。
しかし、雨は予想外だった。
先に天気予報を見ておくんだった。
そしたらちゃんと傘を持ってきただろうに。
まあ榠樝か楓に借りればいいか。
別にさほど距離もないから最悪走ってもいいし
そうこう考えている内に学校についてしまった。
私は職員用玄関から入って、下駄箱に靴を置き、職員室に向かう。
そして途中で松葉杖をついて階段を上る三輪先生を見つけた。
「三輪先生?足、どうかなさったんですか?」
「岸本さん、おはよう。コレね、階段で転んじゃってね。骨折で全治二週間だってさ」
「大変ですね…」
「あ、そうそう。昨日の夕方に岸本さんコレ落とさなかった?」
三輪先生はポケットから見覚えのある巾着を取り出した。
「岸本さんが行った後に落ちてたの。」
「はい、私のです」
「たぶん岸本さんか西田さんのだと思ったから拾っておいたの。でも可愛い小銭入れね、私も巾着買おうかななんて。音楽室の鍵は西田さんが持ってったから、また後で部活でね」
三輪先生は大変そうに松葉杖で階段を上っていく。
「なんか忘れてる気がするんだよな~」
私は巾着をスカートのポケットにしまって部室へ急いだ。
ドアはやはり開けっぱなし。
「ふふふ、今日は私の方が早かったね~。元陸上部遂に敗れたり」
「榠樝は朝から元気だな~」
「へへへ、まあね。私は休み方と働き方を心得てるからね」
「そういえば、一昨日川に落ちた男の子って誰だったの?」
「榊君って言って、他クラスの子で部活は卓球だったはず」
「ふーん、まあ知らないからいっか」
「ガクッ、知らないからいっかって酷いな~美結は~」
「だって全然接点ないんだもん」
「まあ確かにね~」
「そう言えば榠樝はどこでバイトしてるんだっけ?」
「ん~内緒かな」
「えー、いいじゃん教えてよ」
「ダーメ、だって友達がお店に来たりしたらやりづらいじゃん」
「えー、楓も誘って見に行こうと思ったのに…」
「そういう冷やかしはお店に迷惑だよ」
「楓、おはよう」
「うん、おはよう。じゃなくてさ、榠樝のバイトの話」
「うん、ダメだって。残念だね」
「まあ、仕方ないでしょ」
「美結はなんかないの?」
「えー、私か…うーん、こないだの変な人ともアレ以来会ってないし…」
「変な人?もしかして痴漢?」
「ちがうちがう、たぶん携帯の電池が切れた人だよ。わざわざ30円のために走ってくるぐらいだもん」
「30円か…昔流行ったよね、30円を交換すると凄い事が起こるってやつ」
「あー、あったね。コックリさんとか三階トイレの花子さんとかみたいなやつね」
どうも楓と榠樝は知っているらしい。
「へー、そんなのあったんだ…」
「知らなかったの?」
「うん、そんな事よりスポーツが楽しくてしょうがなかったからさ」
「あーそうだった、美結は可愛い顔してバリバリのスポーツ少女だった」
「今でもスポーツは好きだよ?でもやっぱりコレが邪魔なんだよね」
私は無駄に膨らんだ自分の胸を持ち上げる。
「それは嫌みなの?」
「えー、もしかしておっぱい欲しいの?」
「じゃあ、貰おうかな( ^∀^)」
私よりスポーツ向き体型の楓の手が伸びて
「ストップ、プリーズ、ウェイトミー」
「え、くれるんでしょ?」
「握力強っ!?ほんと、ガチ胸もげるぅ!!ごめん、ごめん、貧乳イジってすいませんでした!」
「カエちゃんもその辺で許してあげよ?」
「にゃー、ヤバイってホントにホントにいぃ!爪が食い込んで凄く痛いの!」
そうしてやっと激痛から解放される。
「美結もいい加減学習しなよ、カエちゃんのまな板触ったら怒られるってさ」
「まな板?ってなんのこと?」
「まな板って知らないの?料理に使う板の事だよ?」
うわー、あしらってる…
「だよね?隠語とかじゃないもんね?」
「何いってるの?あはは、今日もカエちゃんは変な事言うな~」
「そうだそうだ、暴力はスポーツマンシップに反するんだよ?私よりよっぽどスポーツマン体型なのにわかんないの?」
「うん、じゃあソレ貰うね( #^∀^)」
「にゃ、にゃー!!」
そうしてボチボチ練習を始めて行き、お昼
「なんだろうなー…」
「美結、どうかしたの?」
私は榠樝と屋上でお昼を食べている。
「何て言うか、視線を感じるって言うのかな?」
「視線?」
「うん、吹部の人じゃない感じの視線をさ」
「美結、なんか悪いことしたんじゃない?」
「してない、はず…」
「じゃあ、ファンとか?」
「かな~何て言うか監視されてるみたいな感じなんだよね…」
「なんだろうね、美結のおっぱいが目当てだったりして」
「そんな楓じゃあるまいし」
「でも、意外とあるかもよ?吹奏楽部の山猿、美結にもモテ期到来か!?」
「ねえ、その山猿ってやめてくれない?木登りよりも走る方が得意だからさ」
「じゃあ、暴走族だね」
「もっとカッコいい二つ名無いの?」
「無いかな~そんなことより三輪先生怪我してたけどどうしたんだろうね」
「階段から落ちたらしいよ?」
「痛そうだったね」
「うん、痛そうだった。」
「もうすぐ大会なのに大丈夫かな?」
「まあ、大会には響かないようにするでしょ」
「そっか…そうだよね」
「さ、そろそろ戻らないとね」
「うん、そうだね…」
炎天下の屋上を後にして私たちは午後の練習の為に音楽室に戻る。
そして、午後の練習を終えると日は殆ど沈んでいた。
私は一人、川原に来ている。
夕日に照らされて黄金色に煌めく水面に隠されて沈んだ自転車は見えない。
悪くない景色だ。
不法投棄がなければもっと良かったと思う。
画面の割れた古いテレビの画面に夕日が反射している。
そこに一瞬人影が映った。
「誰!姿を見せなさい!」
辺りは静まり返っている。
視線は感じない。
気のせいだろうか?
私はそのままその場を後にした。
『はあ…なんて言ったらいいのかな…綾太君…』
人影はその場で水面下に向かって呟いた。
「あー、ストーカーのせいで無駄に疲れた気がする」
「姉ちゃんにストーカー?そのストーカー、見る目ないな」
「凛桜、五月蝿い…」
「はいはい、それはさぞ大変でしたね~」
「うーん、なんなんだろう。やっぱりおっぱいかな?」
「ぷっふ、確かに姉ちゃん胸だけは無駄にデカイからね」
「無駄って何よ!」
「有効活用できてないって言ってるだけですよ~」
凛桜はふらふらと去っていった。
ホントにムカつく弟だ。
ストーカー、次に見かけたら取っ捕まえてしばき倒してやる。
となれば今晩は明日に備えよう。
ガチャン!
「お母さん、どうかした?」
『美結のお茶碗割っちゃった』
「ええー」
『今度、新しいの買ってきとくね』
「はーい、じゃあよろしくー」
私は、荷物を置いたらそのままお風呂に向かう。
今日は早く寝るつもりだからね。
昨日みたいなことにはならないようにしたいな。
アレは心臓に悪い。
「はあ、なんだろな~なんかスッキリしないんだよな~」
そう、なにかが引っ掛かってる。
何か良くない気がする。
それがなんなのかわからない。
私は、昨日の教訓を活かして浴槽には浸からずに出た。
今日の夕飯は素麺だった。
私は食べ過ぎない程度に食べて自室へ逃げるように移動する。
お母さんにストーカーの事話したら心配させそうじゃん。
そして私はそのまま就寝した。
その日、杉浦美音は隣町の友人の家に向かう途中だった。
先日、学校で流行ってたおまじない?みたいなのを擦り付けられたから友人に頼んで引き受けて貰う事にしたのだ。
気味悪いし、そういうのが流行ると勉強しずらくなるからだ。
幸い、件の30円は私の手の中にある。
遠くに流すのも潰して捨てるのも思いのままだから、この流行りをどうにかするのも簡単だ。
ということで私は隣町の友人にその処分を頼むことにした。
こんなアホらしい事に休日返上で動く自分がバカらしいが、まあ環境整備は基本中の基本だからしょうがない。
「にしても暑い」
梅雨明け直後でも気温は35度、もうじき体温と同じになりそうだ。
「電車が来るまであと十分弱か…」
この暑さで中途半端な時間という事もあって駅に人は少ない。
はあ、ホントにはた迷惑な話だ。
「はあ、あっつ…」
たぶん疲れて居たんだと思う。
誰もいないのに、誰かに突き飛ばされた気がしたなんてさ。
急に前に出た体は慣性と重力にしたがって弧を描いて、線路に落下していく。
幸い、電車が来るまでにまだあと数分あったからミンチにはならずに済んだ。
1.5m近い所から受け身も取れずに落ちた事で多少傷を負った。
しかし怪我って言っても火傷と打ち身だけだ。
「あたた…よく無事だったなー」
頭を打ったが、割れてないし血も出てない。
上々だろう。
「あー、内出血してるや。シミにならなければいいけど」
昇降用のはしごを上って戻る。
こういう物があるのは知っていたが、使うのは始めてだ。
上り終えた所でちょうど電車も来た。
さっさと終わらせてしまおう。
私は電車に乗り込んだ。
電車に揺られる事十数分、隣町の友人、上杉君の家にやって来た。
「久しぶりだね、杉浦さん」
「三ヶ月ぶりだっけ?」
「そうだね、三月末以来だからね。まあ、上がってよ」
「いや、いい。このあとついでに買い物して帰る予定だから」
「そう?じゃあ、例の巾着を出して?30円と交換ね」
「それって守らなきゃダメなの?」
「まあ、コレだけ噂になってるから用心して損はないよ」
「ふーん、まああとよろしくね」
「任せといてよ」
私はその場を後にした。
翌朝、やっぱり汗だくになっていた私はここ数日のパターンでTシャツを脱ぎ捨てた。
「30円…」
なんでかよくわからないが口からその一言が溢れた。
何か確信をつくような夢を見た気がするがもう詳しくは覚えていない。
「うん、なんとなく解った気がする」
私はTシャツを脱ぐ前に制服のポケットから巾着を取り出す。
チャリっと高い金属音がする。
ずっと持っててなんとなく解っていたが中身は小銭だ。
私は薄黄緑の巾着を開ける。
中身は案の定30円だった。
「これが…例の30円か…パット見はただの30円?あっ!?これ、ギザ10だ!!」
30円は側面にギザギザのあるタイプの10円だった。
だからどうと言うことは無いが、美結はちょっとした事で泣き笑い喜べるタイプだった。
それが頭が弱いと言われる一因でもあるのだが…
「まあ、なんにしても先ずはシャワーかな」
私はいつも通り濡れ雑巾さながらのシャツを脱ぎ捨てた。
「はあ、でもこの温暖化はホントに害悪…」
私は連日の例の通りにシャワーを浴びてから出る。
今日も程よく晴天で、朝早いからかなり涼しい。
「はあ、これで30円の一件がなければもっと気分よく登校するのにな」
今日は気分転換と言うことで遠回りをして田園風景の中を通る道を使うことにした。
緑色はリフレッシュにいいって聞くけど本当らしい。
多少気分が晴れた。
いつもと違う道なのに音成さんが一人で歩いていた。
「あれ?音成さん、四郎くんも連れずにこんなところで珍しいですね」
「ああ、今日は今から畑だよ。四郎は昨晩、発作でさ…もう八歳だったから何時そのときが来てもおかしくはなかったんだけど、ちょっと早かったね」
「え…」
「まあ、犬ってそういう物だよいっつも飼い主を置いていくのさ」
「寂しくなりますね」
「そうだね、家も犬はこれで最後だろうからね。もう体力もなくてさ、代わりにこれからは畑の方に集中するよ。いいできだったら岸本さんの所にお裾分けするからね」
「楽しみにしてますね」
「じゃあ、私はこの辺で暑くなる前に作業しちゃわないと危ないからね。美結ちゃんも熱中症には気を付けてね」
「はい、音成さんもお気をつけて」
私は小さくなっていく音成さんの背中を見送った。
隣に小さい影が見えた気がしたのは気のせいだと思う。
そして暫く歩いて学校にたどり着く。
「おっはよー!美結?」
今日も 榠樝が先に来ていた。
「おはよう…」
「なんかあった?」
「向かいの四郎くんが死んじゃったんだって…」
「え、誰それ?」
私はカクカクシカジカ説明する。
「なんだ犬か…てっきりいつの間にか美結に彼氏が出来てたのかと」
「なわけ、そんな薔薇色な夏休み送ってたらこんな顔して学校来てないよ」
「なら、どんな顔して来るのさ」
「うーん、学校に来ないかな」
「あ、そっち?」
「うん、そっち。そうそう、例の巾着の件だけど案の定だった」
「え?ホントに?ホントに例の30円なの?」
「うん、たぶん」
「凄いじゃん」
「でもさ、悪い噂が絶えないよね」
「それもそうだけどさ…」
「私はこれをどうしたらいいと思う?」
「どうなんだろう…私も噂に聞いただけだからさ…でも交換し続けていったらその内凄いことが起こるって誰かが言ってたかな」
「それって、いいことなのかな?」
「どうなんだろう、わかんないかな」
「そっか、私頭悪いけど自分で考えてみるわ」
「頑張って」
うん、噂なんて気にしないのが一番だと頭では解ってる
けど、なぜかこれだけは適当にしちゃいけないと思うんだ。
そんなもんもんとした気分のまま練習は始まっていき、そのまま練習に身が入らないまま夕方を迎えた。
私は帰り道に一人で歩いている。
道中に近所のコンビニで榠樝を見かけた。
例のバイトの前に寄り道だろうか…
私は柄にもなく、覗き見してしまった。
数十秒と経たない内に別の人がコンビニから出てきた。
男性だ、クラスメイトの小早川君だった。
やけに親しげに話している。
「…あはは…私バカみたい…」
私の中の何かが消えた。
同時にモヤモヤしてた物もいつの間にか私の中には一重に失望感と虚脱感しか残っていなかった。
「一人で噂に踊らされてさ、相談した友達は青春謳歌してるのに…まともに取り合ってくれるはずもないのにさ…ホントどうしようもなくバカみたい」
私は一人とぼとぼと夕暮れの道に影を落とし、背中にあるはずもない案山子の視線を受けながら歩いていく。
私は家に帰るといつも通り玄関で待ってた凛桜をそのままに部屋に戻った。
「何が30円だ!」
私は巾着を窓から放り捨てた。
巾着は放物線を描いて外の夕闇に消えた。
私はそのままベッドに倒れ込む。
考えると泣きたくなるから考えない。
どうしようもなく惨めで、どうしようもなく哀れで、どうしようもなく…無知な自分が情けなくて…
その日はかなり晴れていた。
俺、榊 綾太ははっきり言って浮かれていた。
なにせ今日は前々から陽菜と約束していた映画を見に行く日だからだ。
俺は今日までの数日間、今日の約束が楽しみで仕方なかった。
いや、デートが楽しみって言うより映画が楽しみな方。
というか、デートじゃない…
何を見に行くのかって?
俺の好きなアニメが2.5次元化したから一応見に行くんだよ。
え?2.5次元なんて見る価値ない?
それ思うけど時々成功例も聞くし、俺はアニメ愛をかけてなんとしても見に行きたいんだ。
うん、例え悲しみしか残さない結果に終わったとしても俺は見に行く事に意味があると思うからそれでいいんだ。
「綾君?聞いてる?私の自転車パンクしてたから後ろ乗せてって?」
こいつが例の彼女。
卓球部繋がりで知り合って、アニメの話で意気投合。
そうして語る内に打ち解けた関係になっていて、今日の映画も自然と上がった話題の一つであった。
「危ないぞ?」
「でも、それだと映画は中止だね」
「背に腹は変えられないか…じゃあ、ちゃんと掴まってあんまり動くなよ?下手したら転けるからな?」
「ハイハイ」
俺は荷台に人を乗せて走るのは初めてだ。
だが、今さらできることなんて数える程もない。
つまり、俺は精一杯安全運転で自転車を走らせることしかできないのだ。
で俺は炎天下でいつもより割かし重いペダルを力一杯踏む。
ゆっくりだが自転車は確実に進んでいく。
「これならなんとかなりそうだ」
「なに?そんなに私が重いって言いたいの?」
「いや、予想より軽かったなってさ」
「サイテイ、そんなに太ってると思ってたんだ~」
「まあな」
「認めちゃうんだ…」
「ん?別に否定するほどのことでもないだろ?」
「その言い方、なんかむかつく」
「あはは、それはよかった。その方が張り合いがあって面白いだろ?」
「意地悪…」
陽菜は俺の脇腹を摘まむ
「痛い痛い痛い、、ヤバイってガチ転けるぅ!」
俺はなんとか体勢を立て直した。
「はあ、転けるかと思った…」
「次、からかったら脇腹千切るからね?」
「はいはい、俺が悪うございましたー」
「もう…」
そうして転けそうになりながらもなんと俺たちを乗せた自転車は目的地に辿り着いた。
「あはは、綾君がこぐの遅いから汗だくになっちゃった…」
「はあ、俺はいつもの一点何倍かの荷物で息絶え絶えだよ…」
「ほら、行こ?早く行かないと映画始まっちゃうよ?」
「そうだな」
俺は急かされる形で映画館に入った。
結論から言うと案の定だった。
典型的な失敗例。
なんとも言えない気分になった。
「うん、いまいちだったね…」
「そうだな、これなら2.5しない方が良かった」
「うん…今からどうしよっか?」
「予定ある?」
「ない」
「じゃあ、遊ぶか」
で、とりあえずお昼をハンバーガーで済ませる。
そのあと、ゲーセンに行き、満喫に行き、ついでに本屋もよって出る頃には日は傾き始めていた。
「綾君、こぐの上手くなったね」
俺は背中に体温を感じて走っている。
最初こそドギマギしたが…
「一日も走れば慣れるさ」
「凄い暑かったね」
「だな」
「でも楽しかったね」
「また、遊びたいな」
「そうだね、そう言えば綾君さっき小銭入れ落としたよ?」
「げっ、それを直ぐ放せ」
「えっなに?」
直後、自転車の後輪が大きめの石を踏む。
後方にかなりの重量を乗せている為に、あっという間にバランスを崩す。
「クッソ、ダメだ降りろ!」
俺は後ろに乗ってる陽菜を突き飛ばす。
そして片手を放した事で自転車はそっちの方に傾いた。
陽菜は地面に落ちて転がる。
擦り傷と痣が痛々しいが無事そうだ
自転車は、河原の斜面を猛スピードで下って行く。
俺は比較的平面になってからブレーキを掛けた。
いきなり前輪がロックされた事でそこを支点に後輪が前に出ようとして浮き上がり俺は回転して川に落ちる。
ほんの一瞬が数十秒にも感じられた。
そして俺は頭に強い衝撃を受ける
そこで夢は終わっていた。
不思議な事に今日の夢はハッキリと覚えていた。
「なんで、泣いてるんだろう…」
何故か私の目尻は濡れていた。
私は目尻を拭って私服に着替えて家を出る。
どこへ行くのか?決まってる。
私は衝動のままに走って河原にたどり着いた。
「ここで…」
「そう、ここで私達は呪いを受けて、あなたに呪いを託した」
そこには私に30円を渡した人が居た。
夏服のセーラー服から覗かせる擦り傷は今も痛々しく残っている。
「あなたは確か、陽菜さんですよね?」
「私の事を調べたんですか?まあ、当然ですよね。怪しい人が怪しいものを押し付けてったんですからね」
「いえ、夢で見ました。貴方の、いえ榊 綾太君の夢を」
「何を言っているのかわかりません。私は改めて忠告に来たんです、あの三十円は早く交換した方がいいですよ?」
「残念ながらもう窓から捨てちゃった」
「あなた!それ早く拾いに行って!でないと大変な事が起こるよ?」
「え、何を」
「見たなら解るでしょ!あれはあくまで交換しなくちゃいけないの!早く行って!私を人殺しにしないで!」
私は陽菜さんの言葉に押されて家に戻ってきた。
部屋の真下を探す。
文字通り草の根分けて探した。
「…ない」
「姉ちゃん探してるのコレ?」
凛桜が窓から顔を出して、巾着をぶら下げる
サァッと顔から血の気が引いた気がする。
直後、家のどこかの窓が割れる音がした。
「!?」
一気に家のなかが騒がしくなる
「凛桜!それをこっちに!」
「うん、いいけど…」
凛桜から巾着を受け取った私は急いで玄関に向かう
「鍵が掛かってる!」
幸い空巣ではなく強盗だったからリビングの窓が割られていた。私はそこから入って、リビングのパイプ椅子を手に取る。
「どこ…」
家のなかはさっきまでの騒音と売ってかわって水を打ったように静まり返っていた。
私は慎重に二階へ上がる。
「姉ちゃん危ない!あが!!」
すぐ後ろから声と断末魔が響く。
振り替えると、凛桜が青い顔で仁王立ちしていた。
「あはは…死ぬほど痛いと笑えてくるんだね…ひひひ…やべえマジ痛い…」
凛桜の足元に赤が広がっていき、私の方に倒れ込んでくる。
Tシャツはザックリと切り裂かれており、その背中には鋭利な傷がハッキリとつけられ、今も血がドクドクと流れている。
バタバタと強盗が階段を下っていく。
「俺の事はいいから強盗を…俺は救急車を呼んでるから…姉ちゃんお願い…」
凛桜は逞しいことに手に持っていたスマホで119番通報していた。
「きっ解ったから、もう喋らないで大人しくしてなさい」
私は駆け出す。
元陸上部は強盗ごときに追い付けないほど柔な鍛え方をしていない。
滑る手で確りとパイプ椅子を持って走る。
家のなかを駆け抜けて、門柱のところで凶器を処理している強盗の首を後ろからパイプ椅子で殴り付ける。
手に確りとした手応えと骨が瞑れる不快感が伝わる
ゴキッっと間接が外れる音がした。
そしてそのまま振り抜く。
結果的に強盗は鼻血と泡を噴いて地面に崩れる。
首は喉仏の辺りでくの字になっている。
「警察は呼んどいたよ」
「陽菜さん、ありがとうございます」
「これで解ったよね?」
「噂、ホントだったんですね…」
「まあ、噂って言うのはある程度信憑性があるから噂になるんだよ」
私は徐に強盗が奪った物の中から30円を取り出して代わりに巾着を強盗の首にかける。
「無責任だと責めますか?」
「いや、最高の判断だと思うよ」
「早く良くなるといいですね綾君。因みに映画はどうだったんですか?」
「映画なんて見に行ってないけど?それじゃあ、もう会うこともないでしょ。さよなら」
陽菜は去っていった。
直後、救急車とパトカーが続けざまにやって来た。
凛桜は担架に乗せられて運ばれていった。
強盗も同様だ。
そして私は、何故かパトカーに乗っています。
「大変だったねー、でもアレはやりすぎだよ?」
私はお巡りさんに怒られてます。
「え、だって相手包丁持ってたんですよ?」
「いや、一歩間違えたら殺しちゃってたからね?」
「正当防衛ですよ」
「まあ、そうなんだけどさ。それに今回は別に罪にも問われないから厳重注意だけしとくんだけどね」
「メンタルのケアとかないんですか?」
「やった方がいい?君必要無さそうだけどね?」
そう見えてもおかしくない。
私は罪の意識なんて殆どない。
むしろ当たり前だと思っている。
「まあ、署についたら詳しい経緯とか聞きますから整理しといてね」
で私は30円の件を一切除いて事情を説明した。
数日と経たない内に強盗の意識が回復した。
凛桜は暫く入院とのことだけど、私のコンクールには間に合いそうとのこと。
あれから陽菜さんとは会ってない。
「なんだ、彼氏じゃないのか…」
後で知った事だが榠樝と小早川君は単に小学校が同じなだけだった。
そして小早川君には杉浦さんっていう彼女さんが居るらしい。
で私達は今日もコンクールに向けて練習している。
今、思うと単なる私の妄想だったような気もする。
まあ、おまじないってそんなもんだよね。
だってあくまで噂だもの。
「ねー、こないだの強盗急死だってさ…」
楓はピアノの準備をしながらスマホを見て呟いた。
「へー、そうなんだー」
まさかね…?