はじめての異世界召喚 30 崩壊のあとに3
蒼介は老婆を認識したと同時にヴェロニカを放り出した。投げ出されたヴェロニカは、未だに残る頭部の痛みにエビのようにのたうち回る。その様子をフランツはゲラゲラと笑い、他の野郎三人はそんなフランツを白い目で見ている。
「何の用だ、婆さん」
「カッカッカ、何、耄碌した婆でもこんな騒ぎにもなれば目が覚めるさ」
「ハッ、とんだ重役出勤だな」
「重役だからね。そこでのたうち回ってる姫もあっちの毒で伸びてる女王も私から見れば、まだまだ小娘さ」
「言うねぇ」
「言うさ。先代の頃から伊達に宮廷魔術師と教育係をやってないよ、私は」
この老婆の名はカエラ・マグラ。先代女王の時代からイフラ王国に仕えてきた重鎮であり、ある意味では国のトップである女王よりも重要な人物である。
「それよりもアリーシャの容体はどうなんだい? アンタも毒蛇に噛まれたと聞いたんだが?」
「俺はへい――――――――――」
「陛下、しっかりして下さい!」
女王の側にいた騎士が叫ぶ。その声に反応して、その場にいたほぼ全員が女王の周りを囲む。
「陛下、絶対に助かりますからそんなことは言わないで下さい!」
「そんな気休めはいいのですよ…。あの蛇の毒は私の魔力をもってしても、延命が限度ですから…」
「そんなことはありません! ですから気をしっかり持って下さい!」
「フフフ、泣いてはいけませんよ。それよりも私の娘たちは近くにいますか…?」
「はい、いらっしゃいます…!」
「近くに来るようにお願いします…」
周りの騎士たちは泣きながらその光景を見ている。分かっているのだ、女王はもうじき息絶えるのだと。それほどまでにあの蛇の毒は凶悪だった。そして、痛みから立ち直ったヴェロニカとソフィーとコゼットが女王の側に行く。
「母さん…!」
「母上!」
「母様…」
「フフフ、泣いてはいけませんよ。誰もがいつかは息絶えるのですから…。私はそれが早かっただけです。」
先ほど喧嘩をしていたことが嘘のように三人は泣きながら静かに女王の今際の際の言葉を聞いている。
「少し、疲れました…。婆や、後のことは…お願い…します…」
「あぁ、任せな。それで、お疲れさんだったねアリーシャ」
女王がゆっくりと瞼を落とす。半壊した謁見の間にいるほぼ全員のすすり泣く音が響き渡る。しかし、そのような湿った空気を知らぬとばかりに気の抜けた声がその場に満ちた。
「どうでもいいんだが――――――――――」
「どうでもいいだと? 貴様、何を言って――――――――――」
その声の主――――――――――蒼介に向かって睨み殺さんとばかりに騎士たちが顔を向ける。それを知ったことかとばかりに蒼介が死ぬ一歩手前の女王の前に歩み寄る――――――――――一匹の蛇が巻き付いた装飾の杖をその手に持って。
「今、どこからあの杖を出した?」
『分からん』
「急に出てきたように見えたんだが…」
「俺もフランツと同じように見えた」
蒼介は女王の正面に立つと杖を高く掲げ――――――――――
「死にかけで格好良く決めてるところ悪いが――――――――――」
――――――――――その先で床を突いた。
「――――――――――俺たちが帰る前に雇用主が死んだら困るんでな。アスクレピオスの杖」
するとどうだろう、巻き付いている蛇の装飾の目が輝き杖から優し気な光があふれ出てくる。その光は女王へと向かい、やがて辺りを包み込む。
「何だ、この光は」
「とても、温かい…」
「見ろ、陛下の様子が…!」
より一層濃い光に包まれている女王が虫の息と言うべき呼吸から、熟睡している際の呼吸へと変化した。やがて光が収まってくると、青い顔から血色のいい状態に戻った女王がそこにいた。
「コレで死にはしないだろ」
「蒼介殿…、あなたは一体…」
「コレで俺のせいで女王が死にかけたのはお相子な」
「クックック、アンタもなかなか言うじゃないかい」
蒼介は答える気はないとばかりにその場から立ち去り、四人のいる場所へと歩いていく。更に歩いてる途中にオーケストラの指揮者のように腕を一振りする。すると七星刀と一緒に刺さっていた二本の剣と浮いていた二つの盾が蒼介の近くへ浮きながら蒼介の後ろへ移動し、付き従うかのように動く。
「やっぱり俺たちがぶじだったのは蒼介、お前が何かやったからか」
「一体何なんだ、ソレは」
「神の力か何かか?」
『恐らくだが、間違いないだろう』
「「「えっ…!?」」」
優志の答えに蒼介に聞こうとしていた三人は驚愕する。
『微妙に違うが、似たような感じがする。フランツを泣かしたあの盾、アイギスか?』
優志は書いた紙を蒼介に見せると、答えを待つ。すると蒼介は意外なほど正直に答えた。
「そうだよ」
「…(フゥー)」
「正確にはイージスな」
「…(ン?)」
「アイギスはあっちだ」
「…(オゥフ)」
優志は合っていたことに安堵するが、蒼介の指摘によってニアミスしたことに気付く。
「まぁ、呼ばれ方なんてのは地方によって変わるから割とどうでもいいことだ。だが、コイツ…イヤ、コイツ等は間違いなく女神――――――――――アテナの盾だ」
蒼介は二つの盾を自分の前に引き寄せてそう断言する。
「神を食ったってマジだったのか…」
「女神アテナ…、知ってるかスレイ?」
「イヤ、俺も知らん。そこの三人は知ってるようだが…」
フランツとスレイが三人にアテナについて聞こうとすると、大声で騎士が入って来た。
「伝令! 伝令です!」
「何事だ!?」
「プーランテ帝国が国境を越えて攻め込んできました!」
どうやらまだ一息つく暇もないようである。




