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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

色素鳥居



 産まれた時から持つ色を、羨ましく思う。

 自分には色がない。



 皆を持つ色を羨ましく思い、只管に眺めていた。







*****白鴉


 赤い鳥居が連なる場所。

 ここは魂が集う場所。来世を行くまでの道程を、私ともう一人が案内するお役目。

 お役目を自主的にしている。

 だってただココにいるだけでは余りに退屈だし、私には目的があったから。


「今日も転た寝か、お前さんや」

 ――もう一人、黒鳩くろはとが反応する。

 どうやら、この世界では私は鴉の羽根を持ちで、黒鳩は鳩の羽根を持つ。

 お互い色素を交換してしまったかのような色つきをしている。

 私は白い鴉、黒鳩は真っ黒い鳩の翼を持つのだ。

 どうして翼を持つのかは判らない、何となく私達はこの鳥居には特別なのかなって思った。

 ここにいる他の子は、翼を持たないからね。


「だってつまらないもの、ここにいるの」

「それならばお前さんとて己と共に遊ばぬか? 蹴鞠でもどうだ」


 私と黒鳩は、自ら好んでココへ留まっている。

 私は、いつかお父さんに出会うために。黒鳩は、なぜだか教えてはくれなかったけれど、黒鳩にも理由はあるらしい。


 ――私は、産まれる前に死んでしまった赤ん坊で、自分の両親が誰なのかも判らない。

 だから、いつかきっと理想のお父さんが、現れるんじゃないかなって期待している。


 理想のお父さんが現れたら、一緒に生まれ変わるんだ。

 この世界を抜けて、理想のお父さんのもとで産まれて、今度こそ愛されて育ちたい。



「お前さんの、父親への執着は異常だ。母親はどうとでもいいのか」

「……ここにくる子で前に、お父さんと一緒に見送っていったことがあったの。とても、仲良しで手を繋いで歩いていたわ。羨ましかった。だから、私はお父さんっていうものの方がいい」

「父親を、もの、と称する辺りが幼子らしいものよのう。さてはて、客人じゃお前様、ようやっと今日の分の退屈さが終わるようじゃ」

「――さっさとお迎えしにいきましょう、黒鳩」

「……理想の、父親などいなければいいのになぁ」

「何か言った?」

「いいや? 何とも」




 鳥居にある階段を歩き続けて、疲れ果ててる男性がいる。

 鳥居はあちこちにあるけれど、階段も同時にあちこちに散らばっているの。

 だから登りきるのが大変。ここへ来てもまだ体力を感じるのは生前の名残だと思う。

 男性はスーツ姿で、今から仕事といってもおかしくない、と黒鳩は笑っていた。


「何処だ、ここは、何処なんだ!?」

「ここは魂の集う場所に御座い、いやはやよくぞ辿り着いた。あともう一息で生まれ変わることができますぞ」


 黒鳩は、私と他人に対して使う言葉遣いがとても違う。

 今も男性に「傲慢」と言う言葉が当てはまるような態度を取る。


「天使!? 悪魔か!?」

「さぁ、己がどのような鳥であるかとか、そんなことはどうでもよう御座います。それよりも、さっさと生まれ変わりたくはないのか?」

「生まれ変わる? そうか……オレは死んだのか。……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! 今のオレを失いたくない!」

「ああ、偶にいるタイプね。自分自身を失いたくないなら、ココに留まればいいと思うわ。そういう子もいるの」

「本当か……!?」

「だけどね、貴方は食べる喜びも、恋の喜びも、睡眠の喜びも全て失うことになるわ? 生きることを捨てるというのは、そういうこと」

「……――っく……、オレには、妻がいたのに。子供も」


 黒鳩が男性の言葉に慌てた気がした。

 私は、一気に黒鳩がどうでもよくなった。

 この人、お父さんだったんだ……お父さん……!


「どんな家庭だったの?」

 私は好奇心から尋ねる。黒鳩が少し呆れてる気がした。


「妻はとびきり美人だったよ、子供が生まれてから化粧をしなくなったがそれほどオレの為に家事を頑張ってくれていた。子供は小学生で、夏休みの工作を手伝うのがオレの楽しみだった……」


 ……なんて、素敵な人。

 とても素敵な人だから、これから先に待ち受ける物で、『幻滅』させないでくれたら……一緒に生まれ変わりたい。

 この人はきっと素敵なお父さんなのね、私もこんなお父さんが欲しい!

 子供や奥さんへの愛情に苦悩する男性に、私はうっとりと見つめた。


「大丈夫よ、袖触れあうのも多少の縁といってね、いつかまた奥さんと来世で出会うこともできるわ」

「本当か?! ……そしたら、また、驚くようなプロポーズをするんだ、オレは!」


 思わず笑ってしまう、なんて子供らしい無邪気な人。

 無邪気なお父さんっていうのもいいなぁ、そしたらお母さんもできるのかな。

 お母さんとの結婚話を、大きくなってから聞くのも、子供になってから聞くのもわくわくする。

 この人が、いいかもしれない、と思った。



 黒鳩が寂しげに此方を見つめていた。



「へぇ、貴女は白鴉しろからすといって、貴方は黒鳩というのか」

「そう、少しの間宜しくね」

 簡単な自己紹介をしながら、一緒に鳥居をくぐっていく。

 男性は決心がついたのか、活き活きとしていた。


「白鴉は生前どんな子だったんだい?」

「ええと、その、私は生まれる前に死んでしまったから」

「ああ、それはすまなかった……黒鳩は?」

「己か? 己は、そうさな、小さな土地の、主でありましたぞ。殿と慕う家来も山ほどいらっしゃいましたとも」

 どやぁとした表情で語りながら飛ぶ姿は、猟師であったら撃ちたいだろうなって思った。

 黒鳩の言葉に男性が驚き、食い入るように黒鳩を見つめた。

「殿様!? 歴史とかに載ってる?!」

「いいえ、ちっぽけな存在でありましたからな。娘や妻がいる気持ち故に、躊躇う気持ちは、己には分かりますゆえ」

「そうだろうそうだろう! 殿様なら、子供が気になるって気持ちもより分かるだろ!?」

「――ええ、まぁ」


 黒鳩は複雑な表情をして、視線を反らす。

 気まずい、この場から逃げ去りたいという表情であった。

 珍しい、そんな顔をするなんて!


「だけど、そうか。白鴉には思い出がないのか、それはとても寂しかったね」

 男性は一瞬立ち止まって私の頭を撫でてくれた。

 その温かみが、とても嬉しくて私は心臓がないのに、心臓がきゅんとしそうだった。


「一緒に生まれ変わることが出来たらいいのにね」

「……そんな、こと、言わないでよ」


 照れくさくて顔を反らすけれど、顔が真っ赤なのばれないかな。

 黒鳩が少し苛ついた様子で、男性を牽制する。


「白鴉には! 理想の父親像というのがあるのだよ、なぁ、お前さんや」

「そう、背は高くてね、優しくて。それで、とても強い人。あとは、誰よりも私を大事にしてくれるお父さんがいいな」

「はは、条件が中々一般的だけど、完璧に当てはめるには難しいな」

「そうであろう、ゆえに中々見つからないから、白鴉は転生せなんだ」


 黒鳩の目は、暗に「この男は当てはまらん」と鋭い眼差しで、牽制していた――。


「黒鳩、どうしたのよ」

「別に? 何でもありゃせんよ、ただ今一度お前さまの条件を思い出してほしい」

「条件……」

「お前さまの理想像は、そんなちゃちな男であるか?」

「はは、ちゃちって酷いな」

「本人を前にすまないが、もっともっと誇り高き男であると思ってな、白鴉の理想像は。己はよーく毎日毎日聞かされてきましたからな」

「二人は仲がいいんだね」

「そうであれば、嬉しいけれどな」

「仲良くないよ」

「この通りに御座います、やれやれ」



 生まれ変わるまでの道へ案内して、あとは鳥居一つをくぐれば、転生できる場所まできた。

 男性は嬉々として鳥居をくぐろうとしていたが、鳥居に一歩踏み入れた瞬間、一気に男の色が消える。

 色が消えるということは、透明になるということ。


 それは、現世で言う「魂」という存在になること――。


「な、何だこの姿!? あ、ああ、あああ、アアアアアア! 嫌だ、嫌だ嫌だ、忘れたくない! 記憶が消えていく、消えたくないいいい!!!!」

 男の絶叫が響き渡る。

 つんざくような悲鳴がわんわんと木霊するように、この空間に響き、エコーがかかる。

 そんなに喚かないでよ、ここにいる子には子供もいるんだから、子供が泣いちゃうじゃないの。驚くじゃないの。怖がるじゃないの。

 そんなことをするのは、――お父さんじゃない。


 この人は違う。

 だって、お父さんなら他人の子供にも優しいし、私に叫ぶなんてしないはずだから。

 何より、この様子じゃ駄目ね。一緒に転生できない。


「――あら」

「助けて、助けてくれ白鴉!」

「ねぇ、黒鳩。この人、駄目みたい。転生できるほど、〝色を持っていなかった〟みたいだわ」

「そのようじゃの、さて、我らは帰るかの」


 私と黒鳩は、その場から帰ろうと背をむけかけた。

 だけど、背中に罵倒されるのがちょっとだけ五月蠅かった。


「転生できると言っていたのに、嘘吐き!! どういうことだ?!」

「――簡単なことよ、魂には色が記録されているの。これまで見てきた景色、美しい物、絵画。それから、人との出会いも色の一つね。その数が少なすぎると、転生できる条件に満たされないの」

「どうしてだ?!」

「転生したら人間なり動物なりになるでしょう? その時に、記憶してきた色素を使って形作られるのよ」

「嘘吐きめ嘘吐きめ、嘘吐き、め……」


 今日もこの鳥居に、理想の父親が現れない。

 私は、次に来る男性を待ち望む。




















***智子




 龍の腹にいるようだ、と。

 まるで鳥居で出来た龍の腹で、過ごしているようだと、思った。

 この鳥居に滞在するものもいれば、案内役の声を聞いてすんなりと頷き行方知れずになった奴らも多い。

 滞在するふりをしていて、行方知れずになった多くが男性だと判った。

 案内役の一人は、真っ白い女性。服も髪も、何もかもが真っ白。瞳だけは真っ赤に赤く、この鳥居の色を思い出す。

 もう一人は、真っ黒な男性。但し――瞳の色は金色だ。金色の瞳は、どこかどきりと何かが脈打つ物を感じる。ときめきとかではなく、禁断の物に触れたときの焦りに似ている。 白い女性は目が遭っても無関心であり、真っ黒な男性は目が遭うと微笑みかけてくる。


「やれやれ、厄介なところにきちまったもんだねェ」

 この鳥居の仕組みは判ってきた、一言で言うならば今までの人生経験の豊富さを試されているのだろう。

 自分の人生に如何ほどの価値がついているか、自信を持って言える奴はすっごく幸せな人生なんだろうなァと思ってしまう。


 あたしには、生憎、歌しかなかった。

 いや、――歌と、腹にいた子。腹にいた子も恐らくココへきたのだろうけれど、今となっては何処へ行ったのか、ココに滞在しているのかすらも判らない。


 それなら、あたしの存在価値と言えば歌くらいなものだ。

 でも――何やら出て行く間際に、真っ黒な男が何かをしているのは見えたんだ。

 この前案内された奴から悲鳴が聞こえたから、一度尾行したら、男による何かの仕草が見えた。何かの仕草を切っ掛けに、そいつもまた悲鳴をあげた。

 ――さァ、敵にするには手強い気がする。せめて、もう一人、味方が、いればねェ。



智子ちこ――?」

「誰よ、あたしを知ってるの……?」


 新しく魂がやってきたらしく、あたしは案内役に任せればいいというのに、うっかり返事をしてしまった。

 返事をしてから、驚いた――あたしを愛してくれなかった旦那だ。




「なんで、アンタ死んでるの」

「死? 僕は死んだのですか? ……でも、そうですね、貴方にやっと会えたのですから死んだに違いない……」

 旦那――ひこの表情はぼんやりとしていて。

 この様子だと、何を今まであたしにしてきたかも忘れている様子。

 あたしの愛してるサーカス団から、あたしを無理矢理実家に戻してケッコンしたとか。

 ケッコンしてからあたしに歌を禁止したとか。

 あたしには愛を囁かず、腹の子にだけは愛を囁いていた、とかね。

 そんな馬鹿男とよくケッコンしたものだ、彦の家柄が良くさえなければとっくに最初の時点でお断り。

 あたしはこれでもサーカス団の団長だった、団長で歌手の勤めをしていた。

 歌手をしていたら、一目惚れしたのが、この伊達男だ。


「智子、どうして後退るんですか」

「腹の子がいないあたしなんて、アンタには要らない奥さんでしょう?」

「何ですかそれ、随分人を馬鹿にした言い方をするんですね。僕は、君を愛していた、はずです、よね?」


 待って。

 疑問系って、もしかして――。


「アンタ、もしかして記憶あやふや?」

「ええ、何故か。貴方のことだけは、覚えてるんです。自慢の夫でしょう」

「馬鹿言いなさんな! 今更愛されたって困るのよ!」

「何を言うんですか――……僕は最初から、貴方を、愛し……?」

「ああ、もうっ。一つだけ親切をしてやるから、もうあたしに関わるンじゃあないよ。白い鳥と、黒い鳥の言葉は真に受けたら駄目よ。真に受けたら、男のアンタなら確実に色を全て失う」

「色って、何のことですか?」

「今までの人生経験。それじゃあね、バイバイ。あたしは安全性が欲しいから、もっとこの鳥居を調べるわ」


 彦をおいて、あたしはさっさとその場からさよならした。

 だって――翼が羽ばたく音がきこえたから。



「なァ、そこのお若いの」

「何かしら、黒鳩。新しい魂の品定めはしなくていいの?」

「それがな白鴉がえらい気に入りよって、席を外せと。話がしたいと追い出されましたとさ」

「っふ、アンタ、本当あの女の子に弱いのね」

「いいや、女には全て弱いとも――智子にもな?」

「それここに来た女ども全員に言ってるの知らない智子さんじゃァないのよ」

 暗に馬鹿にしないでくれる? と、意味を含んで嗤ったら、黒鳩も嗤って、近くの階段に腰をかけた。

「智子はどういう家庭に育ったのだ?」

「つまんない貴族出身だったから家出したわ。連れ戻されたけど」

「そうか、いえでしていたのか」

「何よそれ、言い慣れてない感じの。暫くはサーカス団で歌手してたんだけど、ケッコンして軟禁状態よ。それで子供が出来た頃に――」


 少し、思い出したくない。

 過激なファンがいて。ストーカーしてきて。

 それで、「君を殺して僕も死ぬ」とかいって、あたしを滅多刺しにしてきたんだっけ。

 ――あれ、待って? それなら、あのストーカーは?

 あたしを殺したら自分も死ぬって断言していたなら……――此処に、いるかもしれないの!?


「智子、何を考えておるかは判らぬが、頼もしいことを教えよう」

「な、何?」

「この――この鳥居の世界はな、狭き世界に御座いましてな。……我が一族の敷居をくぐれる者しか、入れんのよ。判りやすく言えば、島崎の名字を持つ者だ」

「……あ、そうなの」


 とても、安心した。心の底から冷たくなった体温が、一気に常温に戻って溶けていきそうな温かみ。

 ふぅ、と一息ついてると、彦と白鴉がやってくる。

 白鴉は、黒鳩と一緒にいるあたしを見ると、睨み付けてきた。


 睨み付けると、彦の腕に自身の腕を絡めて、彦にすり寄る。

 ああ、苦手なタイプな上に、横にいる黒鳩サンお怒りですわ……。



 ついでにいうと。

 彦の目にも、嫉妬が見えて気恥ずかしい。



「智子、一緒に鳥居をくぐりませんか?」

「気付いていないなら、別にいいわ。アンタから先にくぐりに行くといいわ」

「それなら、せめて見送ってくださいよ」

 文句を言おうとした刹那――。

「お願いします、貴方を助けるチャンスなんです」

 と耳元でぼそりと囁かれた。


 助ける――? どういう、ことなのかしら。

 もしかして――記憶があやふやなのは、演技で何か狙いがあるの?


 彦をじっと睨み付けても、彦は相変わらずにこにこしたままだった。

 しょうがない、ついていってやるか。

 今生の最後の最期、お別れだ。それくらいはしてあげなきゃ。

 生前きちんとできなかったんだから。



 黒鳩と白鴉の案内の元、徐々に鳥居をくぐって行こうと、四人で歩いてる最中、黒鳩に意識を向けるが――。


「そういえば、ね。生前、娘がいたんですよ。雪花、という名前の」

「?! な、にを言って――」

「ああ、あたしの腹の子につける予定の名前だっけか」

「……――ば、かな……ッ白鴉!?」


 白鴉を見ればきらきらとした笑顔で、彦の手を握っていた。


「そ、んな……そんな、わけが――白鴉、此方へ……」

「彦が、それなら、お父さん――!」

「白鴉! う、うわ、うわあああああ!!!!」



 黒鳩は何かに恐れるように、階段をあがっていく。

 転生の鳥居に辿り着く前に、徐々に色を失っていっている。

 色を失う代わりに、色は全てあたしか白鴉に向かって色素が全て移動している。



 遠くで透明な悲鳴――嗚呼、黒鳩は色を全て、失った上に不合格に「されたんだ」。


「彦、何をしたの、あれ」

「自分の存在理由となる理由を揺さぶって、あとは色を全て頂きました」

「理由――?」



****彦




 貴方を見初めた頃、僕は狂っていました。

 僕に必要なのは、将来を継ぐ息子だけ。僕という存在は、成人して誰か貴族と婚姻すればいいだけの、器でありました。


 器には、何も入っていない――水すら注がれていない。

 そんな僕が、貴方を見初めた時、きっと水が注がれ始めていたのでしょう、智子。

 僕は、サーカスで貴方を見つけた時、「アレが欲しい」と強請りました。

 父は満足のいった笑みで頷き、母は少し寂しげでした。


「立派な子供を産むんだぞ、跡継ぎを絶やしてはいけないよ」


 それは、まるでお祝いと同時に、呪いのような言葉。


 サーカスから貴方をかっ攫い、――ただ自分の「物」を盗まれるのが怖いからと、歌を封じた。

 歌えば、酷い仕置きを与えていた。

 だから、きっと、これは罰――。


 智子の腹の子ではなく、智子が大事だったのだと気付くのが遅れたのは――。



 智子がストーカーに刺されて、死んだ後で僕は、智子を心から愛していたのだと気付いた。


 腹の子も、智子も失い――後追いしかけた、その瞬間。


「お止めなさい。長生きをすれば、共にまた生きることも叶います」


 真っ黒い髪の、女性がそこに立っていた。



「貴方は――」

「私は、雪花――過去の貴方の娘であるべきだったもの。智子様と共に生きることが出来るタイミングが御座います。いいですか、兎に角色を集めるのです。人と交流を深めるなり、旅をして景色を見つけるなり、芸術に触れるなりをしてください。貴方の死んだ先に、智子様はいますが今の貴方様ではまだ色が足りない」

「色?」


 僕は女性から、鳥居の転生を教えて貰いました。

 鳥居の転生世界は、僕が智子を閉じ込めておきたい故に産まれた、オレの血筋全ての家系に渡る死者を閉じ込めた世界だと。


「いつ、どのタイミングで産まれるかは謎。それでも、これだけは言える。先祖の上総介様も囚われていて、その先で拘っているのが腹の〝雪花〟という子供」

「……僕の産まれてくるはずの子と、名前が一緒だ。君とも一緒だ」

「それがきっと、貴方方の奇跡なのでしょう。上総介様を惑わすチャンスです。本当に、傍にいる女性が上総介様の拘っている腹の子かどうか、揺さぶるのです」

「……白鴉という女性が君なのだろう、君はどうなるんだ?」

「――順序を言えば判りますかね。貴方方の娘である雪花から、白鴉という黒鳩の娘になり、白鴉が転生したら私となります。現在、こうして無事ですよ、私は。あの忌々しい父から解き放ってくれたお陰で。これは私が解き放たれる未来のための戦いでもあるんです、どうかよしなに。どんなに苦しくても、大往生してくださいますよう」



 大往生した先に智子がいたから、これは益々驚いた。

 何にせよ、助かってよかった――白鴉を真ん中にして、手を繋いで鳥居へ入ろうと話してから、全てのあらましを話す。


「そう、じゃあやっぱり彦がお父さんだったのね――ってことは、智子がお母さん?」

「へェこの子があたしらの娘なのかィ。……まぁそれも、転生した先じゃ判らないんだけどね」

「智子、君をきちんと大事にできなかったことは悔やんでいます。それでも、僕と――転生してくださいませんか」

「しょうがないね、腐れ縁だ。ただし来世で何かしたら張っ倒すよ」

「お母さん、豪快」

「お母さんというのは豪快なもんだよ、白鴉も行こう」

「うん、不思議――私、お父さんとお母さんがいる」


 白鴉の笑顔と共に、黒鳩から奪った色が白鴉にきちんと移動する。

 僕らに移動し終わる。

 白鴉は大変綺麗な、真っ黒い髪の毛の女性でありました――。


「それじゃ、行こう!」

「また会いましょうね」

「やなこった」

「絶対出会って、絶対今度は恋人からになってみせますから」


 鳥居を睨んで、一歩踏み出す。

 せめて、一緒の未来で――今度こそ幸せな家庭が築けますように。

 それでは、また出会う来世まで。








****黒鳩


「黒鳩様、そこで何をしなさっているんです?」

 迷いし童の魂が、己の元に近寄る。

 色ははっきりとしているが、僅かにぼんやりとしていて、朧月のような不安定さだった。

「いや、な。生前の妻と、子を思いだしていたのだよ」

 男が消えた後に、白鴉はさっさと飛び立ちまた転た寝しに行った。

 哀れな女だと、己は自嘲する。

「黒鳩様は、充分に色素をお持ちになるのですから、転生すればいいのに」

「そうすれば白鴉はどうなる、いつか鳥居をくぐろうとするぞ。あの女が唯一持つのは、かつて持っていた血の色である赤だけだ」

「どうしてそこまで固執するんです?」

「――内緒だぞ? 己は、あの女の……父であるからだよ。昔の話を聞いてくれるか?」

 黒鳩は遠い眼差しをし、昔話にふける。






 ――遠い昔、鳥居の世界へくるまえのこと。


 家来が沢山いて、殿であることをいいことに、胡座をかいてその座についていた。

 殿とはいえ、馬鹿であったから、家臣の言う通りに育ち、家臣の言いなりになっていた。

 ただ、条件があった。

 ――産まれる子供は、全て己が名付けていくということ。

 他の誰にも許さない、己だけの喜びを味わいたかった。

 家内も許していた――寧ろ、そのほうが特別みたいで嬉しいと笑っていた。


 けれど悲しいかな、家内の腹に子がいる頃合いに、屋敷へ火が放たれた。

 燃えさかるあの色を忘れん――火というのは、一色ではないのだなぁとしみじみとしてしまうほどに、死を感じた。


 秘密の通路があった、身重の家内は連れて行けなかった。

 己も最期まで残ることを決意し、共に――最期まで手を繋いでいた。

 その手がほわほわと暖かみを感じて、大変なときだというのに嬉しくて幸せな気持ちで目を閉じた。


 さぁ、そこで鳥居の世界だ。


 目が覚めれば、そこには鳥の翼を持つ己がいた。

 傍に、同じく目が覚めたばかりの女子がいた――ただ、女には色素が足りぬ。

 髪に色がなく、白髪であった。

 目は真っ赤で、自分もココへきたばかりだという。


「名前もないのか?」

「貰う予定だった名前はあるわ、でも貰ってないから名乗れないの」

「何という名前だ?」

「――雪花せつか


 ――腹の子にあげる予定であった、名前であった。



 それからは、己は必死であったよ。

 誰かが白鴉を連れて行かぬよう、せめて父と子である時間を己が与えられるまでは、ココに滞在する策を練った。

 理想の父親像があり、具現化する男がいれば共にいくという。

 白鴉は、己が父親だというのすら知らない状態であった。誰が、無垢な瞳で理想を語る我が子に、茶々をいれられようか。

 理想像に、叶っていないこの己が……。



「己は、ココにやってきた男性全てから、色を吸収していった。先ほどの男もそうだ」

「どうして?」

「少しでも理想の男というものが、壊せると思った。お前の考える父親像なぞ、捨てちまえとも思ったとも。だがあの幼子は、無垢ゆえに無知であるゆえに、人間の可能性を信じ切っている。何度でも、理想を求めるのだ」

「――馬鹿な、女ですね」

「そう、馬鹿でいじらしい、己の自慢の娘よの。さて、客人がそろそろ来る頃だ、また遊ぼうな、浮遊の童や」


 さぁ、今日も誰かがやってくる。

 宿る色はどのような色であるのか、理想に近くなければ良い。

 理想通りでないのならば見逃して転生させてやろう。



 ただ、雪花が少しでも笑うのであれば――。


「歪、であるな」


 やり場のない、どうしたいのかすら判らない気持ちが、今日も誰かしらを苦しめることになるのだろう。


 ああ、――また理想に出会えなかった、と悲しむ我が子も苦しめるのか。





(――――そんな、夢を、ほんのりと夢見ていたが、すぐに夢は消える)

(ここは鳥居。色素のない、空気を誰が気に掛けようか)

(ここは鳥居、色素鳥居。何よりも色が必要な場所。空気に過去など、必要ない)

(過去を消してはいけないはずだ、欲しい過去のはずだ、あの娘を忘れてはいけない――!)




(だが、もう自分が誰とか、考える脳すら持ってはいけない)


(自分は、空気――ただの、酸素。否、二酸化炭素かもしれぬ)


(そんなの、どちらでも、よい)



 色を持たぬ者は――誰かを愛しむことさえ、許されない場所となる。


連載形式と短編で悩みましたが、文字数的に短編を選ばせて頂きました。

(某所での「色素鳥居」という小説を加筆してアップしています)


長年考えてきていた黒鳩と、白鴉。

智子と彦というキャラにようやく折り合いがついて、ほっとしました。

この四人はこの形が一番いいなぁ、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 和風独特の空気がすき。題材が面白い。 人生を彩る色の話や、不器用な親子のお話も見ていて楽しめます。個人的に黒鳩の不器用なおっさん感がツボで、白鴉の無邪気さも可愛らしくてどこかほっこりしまし…
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