不穏な召喚
手を伸ばす。すり抜けていく。手を伸ばす。すり抜けていく。手を伸ばす。すり抜けていく。
誰かが必死に呼びかけてくるのがわかる。寒い。熱い。体中が沸騰しながら冷却されている。そんな感触の中で、伸ばされたその手は、ようやく何かを掴めた。
少年の話をするとしよう。どこにでもいるような普通で最弱で、それでも最強な少年の話を。
さあそれでは、物語の始まりだ。
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少年、間守は普通の高校生である。
普通の高校生ではあったが、守の通っている高校は普通ではなかった。
別に魔法を習えるだとか、貴族の通う学校だとか、そういうことではない。
守の通っている学校は都内でも有数の進学校でその実績ゆえに多くの頭の良い生徒たちが通っているいわば「名門校」であった。
だが、守は普通の高校生。学力は極めて平均で運動ができるわけでもなく、ましてや顔が良い、なんていうステータスは一つたりとも持ち合わせてはいなかった。
ならばなぜ守が名門校に入れたのか。これはただ単に守が記念受験で受けたこの学校にたまたま受かってしまい、自分の実力では到底他の生徒についていけないと反対する守を押し切って両親が無理やり入学させたのであった。
そんなこんなで名門校に進学した守であったが、当然平均的な学力しか持たない守がすぐに頭の良い生徒になる訳ではなく、守は所謂落ちこぼれの生徒になってしまっていた。
これが一般の高校であれば周りに少し馬鹿にされる程度で済むだろう。
しかし、守の高校は一般高校などではない。
名門校に進学できるような頭の良い人間は、大体プライドが高い人間であることが多い。
それは守の高校でも変わりはなく、守の同級生はみんな揃ってプライドの高い人間ばかりであった。
プライドの高い人間の中に能力の低い人間が入るとどうなるか。
答えは簡単である。差別が始まるのだ。
入学してから一か月も経った頃にはすでに守のいじめは始まっており、無駄に頭の良い生徒たちの穏便によっていじめをしていることを教師に気づかれる事無くいじめは長い間続いていた。
そして、運命の日に辿り着く。
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その日、守がいつものように教室に入って絡んでくる同級生をかわして机の上に突っ伏して寝ようとしていると、不意に教室内が騒がしくなった。
何か争いでも起きたのか、と顔を上げた守の視界に入ってきたのはいつもの優等生っぷりを捨てて慌てふためく同級生たちの姿と教室に足を踏み入れて呆然としている女教師、そして教室の床に張り付くまぶしいばかりの光を放つ七芒星の円、というか魔法陣だった。
みんなが慌てふためいている間にも魔法陣の光はどんどん大きくなっていき、その光はついに教室を飲み込んだ。
思わず目をつぶってしまった守が次に見たのはどこかの宮殿の物であろう床と、自分たちを取り囲んでいる騎士たちだった。
騎士たちは守たちをかなり警戒しているらしく、彼らはみんなヨーロッパにありそうな鎧と日本ではまずお目にかかれない剣だった。
自分がいきなり知らない場所にいて、周りには剣を向けてくる騎士たちがいるのだ。当然のごとく守の同級生たちはパニックに陥った。
「うわああああああ!」
「ここどこだよおおお!」
「ふざけんな!なんで俺がこんな目にいい!」
周りが阿鼻叫喚で埋め尽くされている中、守は自分の置かれている状況の把握を始めた。
こういう時に慌てずに自分の状況をじっくり考えることができるのは守の数少ない特技らしき物なのだ。
まあ、じっと考え込んでいた守を見てクラスメイトの一人が「アイツ妄想してやがるぜ。キモイ。」などと言ったことは守がいじめられる原因の一つとなっているため、その特技は逆に仇になることが多いが。
そうして守がじっくりと考えた末に「何もわからない」という残念な結果を出してしまったので落ち込みながら顔を上げた時、騎士たちの中にいた一人の若い美人な金髪の女性が口を開いた。
「皆さん、申し訳ありません。混乱させるつもりはなかったのですが、騎士たちがとんだご無礼を致しました。」
凛と澄み渡っているその声に混乱していたクラスメイトたちが次第に落ち着き始める。
「私の名前はエリアナ。現在あなたたちがいる王国の王女で、皆さんをこの地に召喚した者です。」
「おい、今の聞いたか…?」
「ああ、召喚とか言ってたな…。」
「よくわかんねえけど、もしかして俺たち、転生とかいうのを体験してるんじゃね…?」
「バッカお前、そんな二次元のことを信じてんの?間と同類になっちまうぜ?」
「うっわ、それは勘弁。」
王女の言った転生という言葉にクラスメイトたちはざわつき、それを見て微笑みながらエリアナは言葉を続けた。
「私の言葉に皆さんは疑問を感じられていらっしゃっているようですが、私が申し上げたことは事実です。」
「事実?何言ってんだ?」
「いやだが、俺たちが今ここにいるってことも事実だぞ?」
「いや、それはそうなんだがなぁ…」
エリアナの言葉にクラスメイト達は再びざわつくが、それを見ながらエリアナは悲し気な雰囲気を出して言葉を続ける。
「この世界では魔王の軍勢が人間を滅ぼそうとしていて、私たち人間は精一杯抵抗しているのですが、日に日に人類は衰えていくばかり。そこで私たちは、異世界から勇者であるあなたたちを召喚したのです。」
普通の感性を持つ人間であれば、自分が勇者だと言われていい気にならない者はいない。それに加えて、自分たちを召喚したらしい人物は美人なのだ。協力する気にならない方がおかしいだろう。それは頭の良い生徒でも変わりはなく。
「おお、いいぜエリアナさん。やってやろうじゃないか!」
「そうだな。みんな、この世界の人たちを救おうじゃないか!」
「「「おおー!!」」」
生徒たちはこれから自分たちが起こすであろう冒険に心を躍らせ、一斉に声を上げた。男子も女子も、クラスの中で浮いていた守でさえも、クラスメイトたちと一緒に声を上げるほどに。
そんな生徒たちを見て嬉しそうにしながら、エリアナは自分の後ろにいた美青年に声を掛け、美青年は頷いて生徒たちの前に進み出た。
美青年に浴びせられる女子生徒の熱っぽい視線と男子生徒の期待するような視線に笑顔で返し、生徒たちを見渡しながら彼は喋り始めた。
「皆さん。王女様のおっしゃった通り、皆さんは選ばれた勇者なのです。さあ勇者たちよ、みんなで立ち上がり、魔王を倒そうではないですか!」
「「「おおおおおー!」」」
守も大きな歓声を上げ、熱狂していた。だが、守の熱狂は一瞬で冷めることになる。
目が、合ったのだ。
歓声を上げる生徒たちを満足気に見渡す青年と。
普通の人間ならば、目が合ったことを嬉しく思い、手を振るなりなんなりするだろう。
だが、守は高校に入ってから侮蔑的な視線を浴びせられ続けていたため、青年の視線には見覚えがあった。
昔から浴びせられてきた、侮蔑の視線。それよりもさらに酷い軽蔑の視線。
例えるならば、まるで虫けらでも見るかのような視線。
一瞬ゾワリとした悪寒が守の背中を這いずり回った。
(さっきまではお祭り気分だったけれども、あんな視線を見せられちゃあそんな気分は消しとんじゃうなぁ…)
「ハァ…」
自分の未来が不穏な色を持ち始めたのを感じ、守は深いため息を吐いたのだった。