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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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九/出発

〝征伐〟出発の朝。

 三人一組となった生徒たちが魔術学院の正門に集まっていた。

 引率の教授や助教授は三人につきひとり。

 それで足りるのかと思ったが、討伐実習に出向くのは優秀と判断された生徒や熱心な志願者に限るという。


「……あれ、オレらの班ひとり多くね? もしかして場所ミスってる? いきなりやらかした?」

「大丈夫でありますよ? あっネレム寝ちゃだめであります。頭打つでありますよ」

「zzzz……」


 折り目正しく整列するシャロン。半分寝たまま腕の中に魔獣を抱いているネレム。そして金髪を派手に逆立てた奇抜な容貌の少年。

 カイネは三人を見渡して言った。


「問題ない。おれが引率だ」

「えっマジ? ……パネェ」


 シャロン・アースワーズ。

 ネレム・ネムリス。

 ギャレオ・シヴァレー。

 カイネは羊皮紙に記された三人の名前を確かめる。


「おまえさんがギャレオで間違いないか?」

「うす。ギャレオ・シヴァレーっす。よろしくお願いシャッス」

「引率のカイネ・ベルンハルトだ。三日ほどではあるが、よろしく頼む」


 カイネはギャレオを一瞥し、シャロンとネレムに視線を移す。


「三人はすでに面識あり……と、いうことでよいのだな?」

「はい、もちろんであります!」

「即席パーティで討伐実習とかヤバすぎっしょ。模擬戦やってきてっし問題ねえべ?」

「zzzz……」

「ならば心配はなさそうだな。指揮官役……便宜上のリーダーは決まっているか?」


 カイネが問うと、シャロンとギャレオは左右から同時にネレムを指し示した。

 ネレムは寝ぼけ眼のままそっと手を挙げる。緊張感に欠けることこの上ないが、状況は把握しているようだった。


「……まぁ良い、そのうち起きるだろう。落馬などするでないぞ?」

「あい」

「聞いているなら起きろ」

「カイネセンセー、ちょっと聞きたいことあるんスけど」

「先生ではないがなんだ」


 カイネは観察するような視線を感じてギャレオに向き直る。


「そんじゃま、えーっと……カイネさんってあのカイネさんなんスか?」

「あの、ではさっぱりわからんが」

「いや、刀持ってるじゃないスか。んでオレのダチ……グラットってヤツが刀持ってる幼女にシメられたっつってたんスよ」

「……あやつか。確かに知った名前だな」


 カイネは瞑目して回想する。かつての食堂での出来事。


「マジッスか。マジもんだったかー……ガチで幼女にしか見えねッスね」

「幼女幼女と失礼でありますよ、ギャレオ殿。カイネ殿は確かに可憐な幼女にしか見えませぬが、剣術の業前は本物であります」

「あまりフォローになっておらんぞ」


 ともあれ、この外見では引率としての能力を危ぶまれるのはやむを得ない。

 その面差しはまさしく可憐な少女そのものだった。

 艶やかな銀髪ショート、鋭い瞳は赤銅色。

 清楚な魔術学院女子制服に身をまとい、脚先を革靴と黒ソックスに包む。


 そして左腰には一振りの刀――〝妖刀・黒月〟を納めた黒漆塗の鞘が紫紺色の腰帯に差されていた。

 これは先日送られてきたギルベルト・デュランディ謹製の代物。


「つーか、まず馬乗れなくねッスか。鐙に脚届かないと思うんスけど」

「その程度のことならどうにでもなろう。……と、まずは馬を拝借せねばな」


 目的地付近の村までには馬で六時間ほどの距離がある。移動手段としての馬は必須である。

 正門近くの停留所はすでに多くの人、そして馬が集まっていた。

 中にはすでに出発した班もいるようだが――


「……なんか騒がしくねッスか?」

「悲鳴まで聞こえてくるでありますよ」

「何かあったのかもしれん。行くか」

「ふぁい」


 カイネはネレムの手を引いて歩き出す。シャロンとギャレオがその後をついてくる。

 十数人ほどの人混みを掻き分け、カイネは厩務員に言った。


「なんの騒ぎだ?」

「いえ、その、これは――あなたは?」

「引率だ」


 カイネは制服の袖に通された腕章をぽんと叩いて示す。


「そ、そうでしたか。これは失礼を……実は、この馬なんですが」

「こいつはまた、でかいな」


 厩務員が一頭の馬の横っ腹をそっと撫でる。

 栗毛色の気性が荒そうな雄馬。用意された他の馬よりも一回りは大きい。


「どうも虫の居所が悪いのか、乗せた生徒を何度も振り落としちまいまして。幸い、大した怪我にはなってないんですが」

「……元は軍馬か?」

「え……ええ。学院の馬はほとんどがそうなんですが、こいつはその中でも大きいやつで。普段はここまで荒っぽくはないんですがね……」


 厩務員は困り果てたように眉を垂らす。

 一度にこれだけの馬を用意させられたのだ。苦労は推して知るべきだろう。


「相分かった。こいつはおれが拝借しよう」

「さすがにそれは無理があると思うであります」

「……センセー、オレが替わりに乗っても良いッスよ?」

「自信があるのならそうしてもかまわんが」

「いやないッスね……」


 神妙そうに言うシャロンとギャレオ。ネレムは夢遊病のように歩きながら三人分の馬を確保している。

 厩務員は何も言わないが、その表情は『無理では?』という率直な気持ちを物語っていた。


「やりようはある、と言ったろう――よいせ」


 カイネは馬の横っ腹を軽く撫で、鐙にそっとかかとを乗せた。

 刹那、ちいさな身体が宙に跳ねる。少女は瞬く間に手綱を握り、尻から鞍の上にすとんと落ちた。


 その時、雄馬のけたたましい嘶きが空をつんざく。両前足が宙を蹴り上げ、上体がにわかにそり返る。


「うわっ!」

「さ、下がってください! 危ないですから!」


 厩務員の声を耳にしながらカイネは姿勢を低くする。太ももで横っ腹を締め付け、両腕を馬首に絡める。

 馬蹄が石床を叩いた瞬間、カイネは馬の頭にしなだれかかるようにして囁いた。


「しずまれ。馬肉にして喰ろうてやろうか?」


 ぴたり。

 と、栗毛の馬は途端に静止した。

 毛皮をぶるるっと痙攣させ、鞭のように暴れ狂っていた尻尾はだらんと垂れる。


「一度、兵糧攻めに遭うたことがあってなぁ。これでは飢えて死ぬ、といよいよ馬に手を出したわけだが……呵々、泣きたくなる旨さであったよ。あの時は腸の煮えくり返る思いであったが、うむ、今思い返せば苦い思い出としては悪くない」


 カイネは指先を伸ばし、馬の耳をそっとつまむ。

 それでも馬はすっかり静まり返っていた。


「……うむ、ただの冗談だとも。この背中に誰を載せておったかは知らんが、さぞ勇猛な男であったろうよ。……この背中、ちょいとおれに許してはくれんか?」


 ごくちいさな、儚げですらある声色で囁く。

 馬はひひぃんと軽くいななき、馬蹄がこつこつと石床を叩いた。


「よしよし、いい子だ。……では、借りていくぞ?」


 カイネは馬のたてがみを優しく撫で、馬上から厩務員を見下ろして言う。

 彼はぽかんと口を開けて立ち尽くし、


「……は、はひ」


 と、間の抜けた声とともに頷いた。


 ***


「パネェ……! カイネ先生マジパネェッス!!」

「いつまで引きずってるでありますか! ……確かに凄かったでありますが」

「師匠って呼んでいいッスか!?」

「先生でもなければ師匠でもない。……というか何の師匠だ」

「えっ……人生の……ッスかね……?」

「おれに聞くな」

「zzzz……」


 停留所での騒ぎのあと、一行は何事もなく魔術学院を出発した。

 先頭を行くのはカイネ。その後ろにネレム、シャロン、ギャレオと順番に続く。

 ネレムは半ば寝ているにも関わらず完璧に手綱を取っていた。ここまで来るともはや魔術の域である。


「おまえさんら、魔獣討伐は何度目だ?」

「このチームだと……これで四度目であります!」

「毎回違う場所なんスよ。十箇所くらいからローテしてるんスわ」

「ほう。……となると、魔獣の強さも異なっておるのか?」

「それは大差ないでありますよ。生息する種族が違う程度であります」


 二百年前、魔獣の生息域は今よりも遥かに狭かった。

 カイネが実際に相対した経験も片手の指で足りるほどの数である。


「仮にだが。もし孤立した状況で平均的な魔獣一匹とかち合ったら、どうだ?」

「一匹くらいならヨユーっすわ。三、四匹になるとひとりではきっついス」

「討伐実習に選ばれるための条件は、〝魔術師ギルド認定ランク〟においてCランク相当に達することであります。これさえ満たしていれば、まず大事になることは無いでありますよ」


 〝魔術師ギルド認定ランク〟なるものの要件は分からないが、要するには魔術師の実力を測る指標であろう。


「C、というとどれくらいだ」

「一番下がE、一番上がAAですから、ほぼ真ん中でありますな」

「……相分かった。となれば、よほど異例の事態でもない限りおれの出る幕はなさそうだな」

「えっ」

「ハ?」

「そこはお手本を見せてくれるところだと思う」

「……ネレム、いつの間に目覚めおった」

「いま」


 ネレムは片手で寝ぼけ眼をぐしぐしと擦っている。


「おれが手を出したら実習にならぬであろうが――」


 と、カイネが言ったその時。

 後ろから石道を叩く馬蹄の音がした。


「あっ、アニエス教授であります」

「皆様、少し失礼いたしますね」


 一頭の馬がカイネに追いつき、すぐ横に並走する。

 こざっぱりと切られたブラウンショート、垢抜けない面差し、分厚い眼鏡をかけた女教授。

 カイネを〝征伐〟の引率に推薦したその人だった。


「……アニエス殿、であったか?」

「はい、アニエス・クラナッハと申します。カイネさん、少しお話よろしいですか?」

「まぁかまわんが。そちらの生徒はどうした?」

「道なりに進むように、と指示を残してこちらに参りました。こうるさい引率の目が無くて喜んでいるかと」

「……存外、しょうのない御仁だな」


 カイネは後ろを振り返り、「すまぬ、ちと話があるそうだ」と一行に断って視線を向けた。


「……で、話とはなんだ?」

「カイネさんは、鐙に脚も届かないのにどうやって姿勢を保っているのです?」

「本気で与太話だけなら怒るぞ」

「これは雰囲気を温める冗談です。……気になっているのは本当ですが」


 本気とも冗談ともつかない表情。

 カイネは嘆息して言う。


「股を締めていれば振り落とされんよ」

「いささか品がない答えですね」

「あまり育ちがよくないものでな」

「……純粋な体術、ということですか」

「そういうことになる」


 カイネは頷く。と、アニエスはにわかに目を伏せて口を開いた。


「では、本題です。……あの会議中にアーガスト教授が仰られたことは、本当だったのではありませんか?」

「……まるで証拠があるような口ぶりだな?」


 探りを入れに来たか、とカイネは感じた。

 思い返せば、彼女はカイネの動向もある程度掴んでいた。


「いえ。確固たる証拠は何もありません」

「……ならば、なぜだ?」

「生徒たちの噂です。あなたのことを話している子は決して少なくないのですよ」


 カイネは少し考え、言った。


「おれは剣は振れるが、魔術は皆目わからんのでな。おれにも真偽は確かめられん」

「……率直に話すには、やはり、私では信用に足りませんか?」

「……おまえさん、駆け引きが死ぬほどへただな」

「よく言われました」


 アニエスは口元にほほえみを浮かべる。

 その表情に邪心はうかがえない。


「アーガスト教授は、どちらかと言えば頑固な方です。それなのにあんなことを言うのですから――もしかしたら、と思ったのですよ」

「焼きが回ったのかもしれんよ」

「……アーガスト教授とは、どのような御関係で?」

「偶然のめぐりあわせだ。それ以上でも以下でもあるまい」


 カイネは呵々と笑い、ふと後ろに気配を感じて振り返る。

 シャロンが少しずつ距離を狭め、ふたりの会話に耳をそばだてていた。


「なにをやっておる」

「あっ……こっこれは! その、どのような話をしておられるのかと気になってしまったのであります!」

「正直者か」


 誤魔化すつもりさえ微塵もない答えであった。

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