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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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八/紛糾

 ある日の昼下がり――カイネは会議室への呼び出しを受けていた。

 なんでも魔術学院の教授全員が一堂に会するとのこと。

 用件は定かではなかったが拒む理由もない。


「失礼する。カイネ・ベルンハルト、ただいま参上した」

「開いています。どうぞ中に入ってくださいな」


 ユーレリア学院長の声。

 カイネは彼女の言葉通りに入室する。


「こちらへどうぞ、カイネ殿。このたびの議題はあなたに大きく関わることですので、一通りの傍聴を願いたく思います」

「相分かった」


 まず目についたのは巨大な円卓。その周りを囲むように十人以上の教授が顔を並べている。

 ユーレリアは円卓の一番奥に座っていた。カイネはその隣の空席を勧められる。


 教授たちの視線を集めながら席に着く途中、アーガストはカイネに軽く会釈。

 カイネはちいさな背中を深く椅子にもたせかけ、腕組みしながらこくりと頷き返した。

 ユーレリアは一同をぐるりと見渡して言う。


「では、始めましょう。カイネ殿――脅威度級位:(ドラゴン)の最重要収容物〝カイネ・ベルンハルト〟への対応、今後予想される懸念とその対策について。概略についてはすでに皆様にお伝えした通りです」

(おれの扱いは収容物(もの)、か)


 カイネは女子制服を着てはいるが生徒ではない、ということ。

 その時、ひとりの中年教授が困惑げに口火を切る。


「待ってもらえますか、学院長。その少女が、あなたの仰る〝最重要収容物〟だと?」

「まさにその通りです、アルフレッド教授」

「私にはただの女子生徒に見えるのですがね。それも、ずいぶん幼い」

「それも先ほどお伝えした通り、高位の呪いに寄るものです。服装については、収容中に着衣の摩耗が見られたため、所属を明らかにするためにも制服を用意させていただきました」

「……確かに、見ない顔ではあります。了解した」


 中年教授は半信半疑のまま頷く。

 また、彼が皮切りとなったように教授らはそれぞれ疑問を発した。


「彼女がまさにカイネ・ベルンハルトであるという確かな証拠はあるのかね?」

「神殿内の対城多重結界の崩壊が確認されたことはすでに御存知の通りかと」

「それは彼女によるものだ、と断定できるのか?」

「他の要因を確認できない以上、そう判断するのが妥当です」

「つまり、あくまで状況証拠に留まるということか」

(……いっそおれがここで暴れたほうが早く話が済みそうだが)


 それは後々に尾を引く危険がある。軽挙妄動はつつしむべきだった。


「事実と仮定すれば、得物の携行を許可するのはいささか危険では?」

「これは古い記録を参照してもらうことになりますが、対象とその刀剣……〝妖刀・黒月〟は対象同様に重要収容物とされています。これは対象から一定以上離れることができない特性を有しており、呪いによって〝カイネ・ベルンハルト〟と一体化しているのだと推察されます」

(……おまえさん、そんな代物になっておったのか)


 カイネは腰に結んだ刀に目を落とす。

 その時、ひとりの男性教授がカイネを一瞥して言った。


「根本的な話だが、そのものを学院内に留める理由がどこにあろう? この学院は数多くの子女子息をお預かりしているのです、いたずらにリスクを増やす要素は早期に除くべきではありませんかな?」

「言葉が過ぎましょう、ベイリン教授。収容を決断したのは先達の教授方です。国内唯一の魔術研究機関である当学院をおいて他に、解決手段を模索できる場は存在し得ないかと」

「……ならば、せめて学院内に留め置くに足る理由……そう、有用性とでも言うべきものを証明して頂く必要性があるのではあるまいかね?」


 男――ベイリンは蛇のように細い目でカイネを見る。

 カイネは背もたれから身を起こして言った。


「身体をいじくり回されるのはぞっとせんが、解呪に繋がる可能性があるならばやぶさかではない」

「それ以前の問題ですな、カイネ・ベルンハルト。例え貴殿の身柄が研究対象になるとしても、抱えるリスク以上の功績をもたらすとは考えがたい。この学院に資する能力ならばまだしも……」

「その点ならば、私が証明できるだろう」


 その時、低い声が横から上がる。

 蒼黒ローブを身に着けた壮年の男、アーガスト。


(……どういうつもりだ?)


 と、カイネは彼の動向を静観する。


「ほほう? あなたが?」

「私はカイネ殿の出現に際し、実際に対峙した。彼女の実力、そして有用性は明らかなものだ」

「説明していただけるかな?」


 アーガストはユーレリアを一瞥。彼女は頷いて発言を許可する。


「まず、対応に当たったのは七十七年式幽体投射筒で武装した衛兵を十余人と私自身だ。カイネ殿はこれを無傷で切り抜けた、というのはすでに記録された通りだ。驚嘆に値する戦闘能力と言える……が、これは本題ではありませぬ」


 アーガストがそう言ったところ、教授らの視線がカイネに集中する。

 戦闘能力は魔術師にとって絶対的な基準ではないが、重要な一要素ではある。


「カイネ・ベルンハルトは私の術式を――すなわち幽体(アストラル)を斬ったのです。それも、幽体にあらざる実体の剣で! これがどれほどの大業か、未曾有のものか、理解しえない皆様ではありますまい!」


 幽体に干渉できるのは幽体のみ。

 それが魔術における定説だ。

 アーガストはそれを覆すような言葉を口にし、周囲の反応をうかがう。

 ――だが。


「ふっ……ははははッ! これはこれは、アーガスト教授。年を重ねて少々耄碌(もうろく)されましたかな?」

「なんだと!? これは多くの生徒も目撃している事実だ!」

「ただでさえ信じがたいというのに、そのような与太話を信じろと? アーガスト教授、あなたの術式がたまたま失敗した、と言う方がまだいくらか信ずるに足るとは思いませぬかな?」

「それは私への侮辱か!?」

「いえいえ、これは私の主観に過ぎませんが……あながち、私だけの考えでも無いようですなぁ?」


 ベイリンの言葉は事実であった。

 アーガストの証言を疑わしく考えているのは彼だけではない。

 視線や顔つきを見るだけでも教授らの考えていることはおおよそうかがえる。


(……旗色はよくない。単に証明することはたやすいが……)


「ならば貴殿らが試してみれば良いではないか! さすれば、私の証言の真偽が――」

「この際、事の真偽はどうでもよいだろう」

「……へ?」

「おれが有用性を示せるならばそれが手っ取り早い。あいにく、剣を振る以外のことはろくにできんが」


 カイネは淡々と言う。

 衛兵十数人と渡り合った、という客観的な事実だけでも十全にカイネの実力は保証されるだろう。

 ひとりの女性教授が挙手とともに提案する。


「では、月末の征伐にご同行願うのが最良ではないでしょうか。客員教授が引率を担当した前例もあります」

「……おれに生徒を任せると?」

「概略をうかがった限り、適性に問題は認められません。また、学内での事態に際しても可能なかぎり穏便に対処していると判断できます」

(……どこからか調べているのだな)


 カイネは思わず嘆息して言う。


「征伐、とはなんだ」

「生徒による魔獣討伐実習、とでも申しましょうか。征伐は定期的に行っているため、高位の魔獣などが現れる危険はまずありませんが……あなたには、生徒の安全を守ることで有用性を証明していただくことになります」

「わかった。その程度ならばお安い御用だ」


 カイネはあっさりと承知する。女性教授がユーレリアに目配せすると、彼女は静かに首肯した。


「それでは――反対意見がなければアニエス教授の提言通りに。意見表明を願います」


 教授たちからは問題無し、という言葉が次々と発せられる。

 反対票はひとつもなし。

 ベイリンもカイネの戦闘能力は認めているようだった。


「それでは、これにて議決といたします。次は、予想される懸念についてですが……」


 会議は進む。カイネはちいさな身体を椅子に沈めて一息つく。

 以降、カイネが口を挟むべき展開が訪れることはなかった。


 ***


「カイネ殿ッ!」


 カイネが会議室を出た直後、アーガストはカイネを呼び止めた。


「アーガスト殿。どうかしたか」

「どうかしたかではありませぬ。あの時、なぜ話を遮られたのか。貴殿の力を証明するまたとない機会だったであろうに!」

「……確かに、それはそうだがな」


 それが最も手っ取り早い選択には違いない。

 実習とやらに同行する必要も無くなるだろう。


「おれの力が特異らしいことは、まぁ、わかった」

「そんな軽い話ではないのです。これはまさに魔術の常識を覆すような……」

「おれがそのようなやつだと知れ渡れば、どうなる?」

「……む……」


 カイネの言葉にアーガストはむっつりと口をつぐんだ。

 ふたりは会議室から少し離れるように歩き出す。


「それは……なるほど、後々の危険が跳ね上がると」

「すまんな。アーガスト殿がおれを弁護してくれるというのはありがたいが、流されるわけにはいかなかった。ご厚意に感謝する」


 カイネはアーガストに向き直ってちいさく頭を垂れる。

 アーガストは一瞬うつむき、苦々しげに言う。


「そのようなつもりではありませぬ。あの場で事実を証言することが……証明することが、私の責務と考えたまでのことだ」

「ならば見て見ぬ振りをしておいてくれ。おれはあやつらをいまひとつ信用しきれんのでな」

「……それはどういう意味か?」

「教授、といっても元はどこぞの貴族であろう? 学者なぞ奇人変人ばかり――とはいえ、繋がりが切れてないとも限らん」

「……貴殿の危惧は理解した」


 アーガストは神妙にうなずく。

 おまえさんもその例外ではない、とまではカイネも言わなかった。


「逆に、おまえさんの言葉を確かめようとするやつは、臭う。ユーレリア殿に話を通したほうが良いだろう」

「承知した。もしものことがあれば貴殿にも報せよう」

「それと、事のついでに聞いておきたいのだが」

「……なにをだね?」


 眉間に深い皺を寄せるアーガスト。

 カイネは彼を見上げて言う。


「引率する時の注意点を教えてくれ。軍と同じやり方ではいかんのだろう?」

「……カイネ殿がそんなふつうのことを言い出すとは思わなんだ」

「失敬な。適性に問題はない、と言われておったろうが」


 カイネはむすっとした顔で眉をしかめる。


「それは失礼した。では、私の経験で良ければお伝えするとしよう」

「うむ、頼む」


 カイネはにこりと笑みを覗かせる。

 アーガストもまた、緊張の糸が切れたように破顔した。

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