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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
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十三/追跡者

 アーガストは屋敷内で急に暴走し始めた使用人たちを無事退けていた。それはどうやら、カイネとジョッシュが死者の群れに対処していた時とほぼ同時刻のようだった。

 三人は合流してすぐに自分たちが置かれた状況を知り、『今すぐにカインド領を出る』ということで合意した。

 ウィレム・カインドがカイネたちを陥れようとしたことに疑いの余地は無いが、カイネもまた領地持ちの貴族を殺害してしまったことに違いはないからだ。

 罪に問われることは無いにしても、とにかく事態に収拾をつけて領地を治める代官は必要であろう。


 カイネたちはジョッシュの駆る馬車に乗り込んでカインド領を出発。

 その道すがら、カイネはアーガストに地下工房で起きた出来事を順を追って語った。


「……ひとつ良いですかな。カイネ殿」

「うむ」

「盛り沢山すぎてどこから手を付けて良いものやら私には皆目検討が付かんのですが」

「おまえさんの気になるところだけざっと摘み食いしとくれ。……起こったことを簡単に話しただけだしの」


 詳細な経緯は大幅に端折り、簡単にまとめた内容がこうだ。

 ウィレム・カインドは死霊術師だった。彼はカイネ・ベルンハルトの魂を呼び寄せた。つまりカイネは本物のカイネではなかった。

 両者は紆余曲折を経て切り結び、結果として偽物たるカイネが生き残った。

 そこにアーデルハイド・エーデルシュタインが死者の口を借りて現れたが、彼女の謀は辛くも阻止された。少女はカイネ・ベルンハルトではなかったため、カイネ・イリアルテを名乗ることにした。


 事態を目の当たりにしていないアーガストにしてみれば意味不明といっても過言ではないだろう。

 彼は考えあぐねた挙げ句、ようやく一つ目の疑問を絞り出した。


「……カイネ殿、と変わらずお呼びしてもよろしいな?」

「そう呼ばれるに値するかはわからぬのだが……おれは構わぬよ」

「では、これだけは今のうちに伺っておきたいのだが……カイネ殿は、これからいかがなさるつもりか?」


 今後の身の振り方を尋ねる端的な問い。

 それこそまさに肝心要であり、実に的確な質問と言えよう。


「おれもはっきりとは言えぬのだが……」

「その点は私も承知のうえだ。まだ幾ばくの時間も経っておらぬのですからな」

「……第一に、アーデルハイドはどうにかせねばならん。あやつとの始末を付けることが、おれの呪いを解くことにも繋がろうよ」

「しかし、カイネ殿の呪いは……」

「うむ、まぁ、火急の用というわけでは無くなったがの」


 カイネの身体に施された呪術――〝永劫不変〟のことは以前、ベイリン・ラザロヴァの口から得られた確かな情報だ。

 本来の姿を取り戻すという目的こそ失われたが、カイネ・イリアルテとしての生を全うするには依然として呪いを解くことが必要不可欠といえる。


「なるほど。……カイネ殿は、それが真にかのアーデルハイド殿とお考えで?」

「わからん……が、あやつの話しぶりは生前のやつにうり二つだった。子孫や後継者がおったという話も無かろう」

「強いて言うならば魔女の祖(マギサ)に連なる十二使徒がそれに当たるのでしょうが。……カイネ殿は直にアーデルハイド殿に謁見しておられるのだったな」

「厳密にはおれ本人ではないがの……まぁ、ベルンハルトが斬り殺したということにはなろう」

「……そうでしたな。カイネ殿は……アーデルハイド殿の恨みを買っていると?」

「どうもそういう風ではなさそうだったがのぅ」


 アーデルハイドにかつての恨みを引きずっているような様子は見受けられなかった。本人ではないからかはわからないが、彼女はカイネ・イリアルテを純然たる利用対象と見なしていた。

 カイネは御者席のジョッシュをちらりと一瞥する。


「恨みを買っておるというならあっちの方だの」

「……ジョッシュ殿が? なぜ?」

「さァな。俺のせいで企みがまんまと失敗したって話だが……逆恨みもいいとこだ」

「眼中にもなかった相手に一杯食わされたのがよほど気に食わなかったのであろうよ。策士策に溺れるというやつよ」


 もっとも、カイネはその術中にほとんど腰まではまっていたのだが。

 ジョッシュの機転がなければ頭の天辺まですっかり引きずり込まれていただろう。彼には感謝しても感謝しきれないほどである。


「それは……うむ、お見事と言うべきなのでしょうな。しかし、彼女はどのように現れたものか……」

「おそらくだが、種はベイリンのやつと似たようなものであろうな。〝幽体化(ヴィジョナライズ)〟……と言いおったか。あれならばどこかしこへ神出鬼没に現れることも、死者だの人形だのに憑依することも難しくはなさそうであろう?」

「……原理がわからぬからにはなんとも言いかねるが、外してはいないように思えますな。……しかし、そうか、彼女は使徒の呪術を操れるのだな……」

「あやつの術を使徒が断片的に扱える、と言うた方が正しかろうな。……よもや、ソニア殺しも……」


 突如として地下工房に出現したアーデルハイド。

 それと同じ術を用いれば、ソニア・アースワーズを閉ざした牢獄に人知れず侵入するのも難しいことではないのではないか。


「それは妙じゃねぇか? 侵入するのは良いにしたってよ、あいつにとっちゃ仲間だろ。何も殺すこたぁない」

「アーデルハイドも、ウィレムのように死霊術を使えるとしたらどうだ」

「……生かしたまま脱獄させるのは困難だから、死なせて魂だけ外に出したってのか?」

「理屈は……通っておりますな」


〝幽体化〟――肉体という枷から脱する術。

〝人形代〟――疑似肉体を創り上げる術。

〝死霊再臨〟――魂を肉体に招き入れる術。


 十二使徒に伝わるこれらの呪術を、アーデルハイドが扱えないという保証は何ひとつない。

 むしろ扱えると仮定したほうが彼女の行動に納得がいく。

 これらの推察は取りも直さず、カイネが斬ってきた魔術師や呪術師たちを彼女のもとに甦らせることさえ可能とするという結論を導くことになる。


「……無茶苦茶だぜ、なんでもありじゃねェかそんなもん。こっちから追い詰めようにもどこにだって逃げられちまう」

「そうとも限らん、疑似肉体を用意するには相応の手間暇がかかろうからな。用意するための場所――工房も必要であろう。どこぞに拠点を構えておることは間違いあるまい」

「……だとすると、より警戒が必要になるでしょうな。ソニア・アースワーズの抱えていた兵力など比べ物にならぬほど大規模な私兵を有している可能性もある」


 カイネは神妙に頷く。

 アーデルハイドがカイネを支配下に置こうとしたことも、あくまで最終目的のための手段や過程に過ぎないのだろう。その目的のために虎視眈々と兵力を蓄え、牙を研ぎ澄ませているというのが現状か。


「こちらから探る……ような余裕があるかははっきりせんな。あやつの存在を認めたことは当然やつらも察知しておる。ここぞとばかりに動き出さぬとも限らん」

「その場合、どこが狙われるかってェ話だよな。王都を狙いに来るか……」

「さて、どうか。この国の状況ではアルトゥール陛下の首を獲ったところで玉座は勝ち取れまい」

「……どういうことかの?」


 カイネとしても真っ先に疑ったのは王都ロスヴァイセである。

 アーデルハイドが現世に蘇って志す目的といえば、玉座の奪還はやはり外せぬのではないかという考えだ。


 しかしアーガストはヴィクセン王国の現状を踏まえた上で述べる。


「国王がアルトゥール陛下であることには揺るぎない……というのも、つまりアルトゥール陛下が国内有数の土地を占める大領主であるからだ。カイネ殿の活躍も相まってますます躍進著しいのだが……とはいえ、陛下の権力が絶対的ではないということは存じておられるな?」

「うむ。……各領主は今のところ恭順を示しておるが、あくまで力関係の差があってのこと、ということであろ?」

「その通り。そしてこの状況でアルトゥール陛下を討ったとして、そのものが陛下に成り代われるかというとそうはならない。微妙な力関係は崩れ去り、我こそはと他の領主がこぞって決起する可能性のほうが極めて高い……どれほどの大兵力を抱えていても、アルトゥール陛下の軍とぶつかり合えばただでは済まんでしょうな。傷付いたところを狙われて討たれるか……」

「……勝ったとしても國土が廃れるは必定。国内で争っておれば帝国の介入を招くことにもなろうな。勝ち取った国がぼろぼろになってしまっては本末転倒よの」


 アーガストの講釈を受けてカイネにも理解が及んだ。

 アーデルハイドの目的が例え国取りであったとしても、その狙いを真っ先に王都に定めるということはまずあり得ないのだ。


「ってことは、まずアルトゥール陛下の戦力を削ぎ落とすか……自軍の戦力拡充に励むかってところか。無難なところで直轄地を攻めるってのはありそうな線じゃねェか?」

「直轄地のどこか、という話になろうが――」


 カイネはぽつりとつぶやき、すぐにはっと顔を上げた。

 魔術の祖とまで呼ばれるアーデルハイドがどのような力を望むかは自ずと知れる。

 魔術だ。

 魔術の使い手である、この時代の最先端を行く魔術師だ。

 そして彼女にとってはなんとも都合のいいことに、数多くの若き魔術師が揃い踏みしている学術機関が王国内には存在する。


「魔術学院、かの」

「ありうる展開ですな。アーデルハイド殿はアルトゥール陛下とは正反対に、魔術師の効力を最大化するよう運用することを極めて得意としていたと聞き及ぶ」


 確証はない。情報は不足している。アーデルハイドの目的も定かではなく、最悪の場合を想定したに過ぎない。カイネを支配下を置こうとした直接的な理由についても曖昧模糊としたままだ。

 しかしそれらの推測は、カイネらの警戒心をつのらせるに十分な現実性を有していた。


「……ぞっとしねェ話だな。取り越し苦労で済めば良いんだが――」


 ジョッシュは表情をしかめながら一角馬を駆る――

 その時である。

 馬車の後輪が不意に軋み、まるで悲鳴のような音を上げた。


「む……石でも踏んづけたかの?」

「私にはさっぱりわからんぞ。いつもの通りすこぶる劣悪な乗り心地――」

「……妙だな、石って感じじゃねぇ。もっと柔らかい……轢いちまったってこたねェはずなんだが……」


 鹿だのうさぎだのを轢いたなら前から衝撃が訪れるはずだろう。

 道の真ん中に死体が転がっていたとすれば、それを見つけられないのはなおさら不自然だ。


 その時また後輪がぎしっと軋む。後ろから突き上げられたかのような感覚。

 カイネはすかさず窓から顔を出して後方をうかがう。


「――魔獣の類か」


 後輪にまとわりつくように馬車を追っていたのは、一尺にも満たないほど小柄な黒い魔犬であった。

 魔犬には眼窩があっても目はなかった。見るからに異形の小型犬は、一方で一角馬二頭建ての馬車に追いすがるほどの異常な速度を有していた。


「……的がちいせぇな」

「私に任せたまえ――〝血束の鎖〟ッ!」


 アーガストはすばやく杖を抜く。杖先から血色の鎖が絡み合うように走り、狙いすましたように黒い魔犬を捕らえる。


「でかしたアーガスト殿っ!」

「……近くに魔獣が棲息しておるのか? いかにも好戦的だの」

「さて、私にはなんとも。……このままひねってしまっても構わんかね?」

「うむ。他にどうしようもなかろ――」


 と、カイネは捕らえられた魔犬に視線を送って慄いた。

 馬車の後方から、また複数の黒い魔犬が迫りつつあったのだ。


「アーガスト殿。新手が来ておるようだ」

「……流石にこれは、妙なものを感じますな」


 一匹目の魔犬を捕らえていた鎖がうねり、黒い肢体を捻り潰す。

 瞬間、汚泥のように真っ黒な血が飛び散って馬車の後輪にこびりつく――その飛沫は明らかに過剰で、まるでこちらの脚を潰そうとしているかのようだった。


「なんだッ!? 何か追ってきやがんのか!?」

「……すまぬジョッシュ、ちと妙だ。こやつらただの魔獣とは思えん――」


 アーガストの杖先から発せられた真紅の鎖は狙い違わず魔犬の矮躯を束縛する。

 しかし馬車の速度は着実に緩んでいた。黒い魔犬は異常な速度で馬車に肉迫し、あらゆる手段を用いてその車輪を破壊しようと試みるからだ。

 新手の黒い魔犬が次から次に現れる。馬車の通り道が漆黒の轍を刻み、それでも完全に攻撃を妨げることはできない。


「このままじゃ埒が明かねぇな、飛ばすぞ! カイネッ、車輪の汚れをどうにか――」

「――いや、このまま緩めよッ!!」


 カイネは林木の隙間を縫うように後方から現れたものを目にするやいなや叫ぶ。

 ジョッシュは驚愕とともに一瞥を向け、そして少女の意を察した。


「カイネ殿、彼奴だ! 奴こそ魔獣使いに違いない!」

「で、あろうなッ……!」


 カイネは切れ長の瞳を眇めて目を凝らす。

 それは、巨大な漆黒の魔犬にまたがった一人の男だった。

 魔犬、というよりは魔狼とでも呼ぶべきか。

 速度は一角馬の全速力をゆうに凌駕しよう。

 そばに四体――左右二体ずつの小型魔犬を従えており、みるみるうちに彼我の間合いを詰めてくる。


 カイネは狼を駆る男の姿を視認した。

 すさまじい速度の魔狼を悠々と操り、灰色の髪をなびかせて迫る長身痩躯の男。軍服を思わせる黒の礼服、腰には一振りの湾曲刀。

 糸のように細い目の端が、笑みを象るように釣り上がる。


「ネイト・クロムウェルッ……!」


 まるで機を見計らっていたような襲撃。偶然などではあり得ない。

 ――十二使徒。

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