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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
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八/招来

 暗闇に閉ざされた階段の先は見えない。

 一分ほどひたすら降り続けると、ほんのかすかな薄明かりが視線の先に照っていた。


 二人は依然として無言。

 降り立ったところには、向かい側の壁が見えないほどの大広間が開けていた。

 部屋の中にはかすかに薬草を煮立てたかのような薬品臭が漂っており、そして――


「……んだこりゃ」


 ジョッシュが思わずというように声を漏らす。

 広間内には、無数の棺桶と白木の箱が等間隔で並んでいた。

 一見整然としているが、時には斜線を書くように並んでいたりと無作為な配置もうかがえる。

 おそらくは何らかの意味があるのだろうが、これは箱というよりも――


(……棺桶、かの)


 ぞっとしない考えだった。

 目的がなければ今すぐにでも来た道を戻るところだが、ここまで来たら引き返せない。

 広々とした部屋なのは好都合だった。上手くやればウィレムが引き上げてからゆっくりと探索できるかもしれない。


 耳を済ませると、遠くからかすかにかん高い足音が聞こえた。

 カイネは広間の壁沿いに角へと進み、箱の隙間に紛れ込もうとする。


「……ジョッシュよ、これはなんだと思う?」

「無意味ってこたァない……死体の安置所だろ。あいつも今どっかで代わりを探してやがんだ」

「それは間違いなかろうな。……死臭がせぬのは脱臭のためか……」


 死体にまつわる術師といえど、かつて対峙したガストロ・ヴァンディエッタのような稚拙な継ぎ接ぎでないことは確かだ。

 ガストロよりもはるかに洗練され、熟達している。村にいた元傭兵の男にほどこした手術も、おそらく全力を尽くしたものではないだろう。


 カイネは箱の影にうずくまって息をひそめる。ジョッシュもそれに倣って身を隠すが、上背があるせいではみ出してしまうのはやむを得まい。


「……このままじっとしてるのか?」

「あやつの姿が見えぬからにはな……近づいていければよいが」


 ウィレムが出ていくまで身を潜めているか、あるいは隙をついて捕縛するのも選択肢の一つだ。

 この〝工房〟内のことを知るためには、その主を問いただすのが最も手っ取り早いのだから。


 カイネは隙を見て影から顔を覗かせるも、人影らしきものはうかがえない。

 こちらの居場所は入り口にほど近いため、ウィレムが出ていく時は必ず足音が届くはずだった。


 カイネとジョッシュはじっと息をひそめて待つ。

 徐々に、遠くからの足音が近づいてくる。

 しかしその足音は、ある程度近づいたところでぴたりと止まった。


(……あやつは、どこにおる?)


 カイネは腰の黒月をわずかに抜き、銀の刃に反射した景色を目を落とす。

 その時だった。


「やぁ、いつまで隠れ潜んでいるのですカイネ殿。そろそろ堂々と出てきてはどうかな?」


 朗々とした声がおよそ広間の中心部から届く。

 気づかれておったか――

 カイネは刃を鞘に納めてすっくと立ち上がる。


「おい、良いのか?」

「……あやつが少しも驚いておらぬのが気になっての」


 不審を感じてこちらの意図を察した、という男の態度ではない。

 まるで、こうなることをずっと待ちわびていたかのような。


「つまらん芝居はここまでにしようじゃないか。貴殿の望みはもうすっかり割れているのです」

「……割れているもくそも。先ほど話したばかりであろうに」


 肉体を創れなどとのたまったのはもちろんデタラメだが、呪いを解くことが本懐であることに違いはない。カイネはゆっくりと距離を詰め、ジョッシュはその小さな背中を恐る恐る見守る。

 ウィレムは手に杖すら持たず仁王立ちしていた。


「いいや違うね」

「……なに?」

「カイネ殿、私が貴殿の望みを叶えて進ぜよう。……この私の力をもって!」


 かつん、とウィレムの靴がかん高い足音を踏み鳴らす。

 その時だった。

 無数の箱を閉ざしていた蓋が横滑りし、中から人のかたちをしたものが起き上がったのは。


「げっ……」

「……やはり、死体か」


 ここまでは予想できなかったことではない。

 この広間を埋め尽くすほど膨大な死体は、しかし結局のところ動く死体に過ぎない。

 種こそ違えど、やっていることはソニア・アースワーズと同質――むしろ質は下がるかもしれない。


 だがウィレムはなおも得意げに口端を歪め、鋭く細められた三白眼がカイネらを睥睨する。


「やぁ、カイネ殿は私をここに向かわせたつもりでしょうがね……私にとっても好都合なのですよ」

「……雁首並べど屍であろう。これしきでどうこうできるとでも?」

「さて、カイネ殿はご無事かもしれませんが……そこの馬の骨はどうでしょうな」


 ウィレムは目先を物陰のジョッシュに向ける。彼はちっと舌打ちひとつ。

 カイネは、少しも表情を変えなかった。ウィレムが意識を逸らそうとしたのが見え見えだったからだ。

 問題は、何から意識を逸らそうとしたのかということ。ウィレムはなにかカイネたちに気づいてほしくないことがある――


「さぁ、集え! 我が國土にさまよえる魂よ!!」


 カイネの思索を、ウィレムの呼び声が断ち切る。

 広間全体にうめくような声が木霊する。

 

「始めよ! 我らが壷中を死の大海とせん!!」


 ウィレムの呼び声に応じ、血色の通わぬ死人たちが棺桶から這い出す。

 一人ひとりは武器すら持っていない、まさに何の変哲もない死人たちだ。


「カイネッ、俺は俺でなんとかするッ!! 大将をとっ捕まえてやれッ!!」

「おうとも」


 ジョッシュは肩から提げていた筒をすばやく抜く。

 カイネは黒月の刃を抜き払い――


「アアアアアアアアアアアアッッ」


 死人のひとりが、けたたましい声を上げて拳を叩きつける。

 そのすぐ隣にいた別の死人に。


「くくっ、くふふふはははっ! 始まったっ、始まりましたよおおぉぉぉッ!!」


 カイネが眉をひそめる異常事態に、しかしウィレムは歓喜の声を上げるばかり。


「なんだ、気でも狂いやがったか!?」

「そのようなわけはなかろう――」


 死体の間で同士討ちを始めて何の意味があるのかはわからない。

 だが少なくとも、これがウィレムの想定した状況であることは確からしい。


 カイネは至近距離から飛びかかってきた死体を一閃して斬り捨てる。

 近くにいるものは手当たり次第攻撃するように設定されているのだろう。そしてその対象はカイネたちのみならず、同じ死体とて例外ではない。

 襲われていないのはただ一人――数多の棺桶の中心に立つ男。


「行くぞ」

「おぉっと、そうはさせませんよぉッ!」


 カイネがウィレムに向かって駆け出した途端、数多の死者が壁を作って立ちはだかる。

 ウィレムの元に辿り着くまでの死者の列は十列をゆうに越えていた。


「保身だけはしっかりしてやがるッ!」


 ジョッシュは吐き捨てながら〝筒〟の先端を手近な死体の顔面に付ける。

 引き金を引く。死者の頭が弾け飛んで倒れ込む。


 死者の強度は極めて低い。尋常離れした生命力も、再生能力の持ち合わせもないようだ。


「時間稼ぎをして何となるッ!」


 カイネは死者の列の一角に斬り込んで反対側へと抜ける。

 近くの死者が四方八方から群がってくるが、カイネの白刃にかかればことごとくは鎧袖一触。

 この程度ではジョッシュが手こずることもあるまい。先ほどのウィレムの言葉はやはりこけおどしだったようだ。


「想定以上の殲滅速度ですねぇっ! これはこれはっ、さらに死者を差し向けねばなりませんねぇっ!」


 ウィレムの三白眼がカイネを射すくめる。彼が掌を振り掲げた刹那、死者の列はそのままに辺りを徘徊していた死者たちがカイネとジョッシュへと殺到。


(なにがやつの狙いだ――)


 数任せの攻勢も、カイネにしてみれば何ら問題にもならない。

 カイネは横目に他方の様子をうかがう。


「――ジョッシュ!」

「気にしてんなッ! こっちは俺で何とかするっつったろう!」


 ジョッシュは片手に筒を手にしたまま軍刀を抜き、近づいてきた死者を切り払うという曲芸めいた真似を披露していた。

 狙いをつけずとも引き金を引けば幽体(アストラル)弾が死者に直撃する状況。

 二人の殲滅速度はさらに加速、カイネは死者の列に大穴を開けてウィレムの居所へと突き進む。


「くくっ……ふふふっ、もういいでしょう、そろそろいいでしょうっ! とくとご覧じなされカイネ殿ッ!」


 ウィレムは抑えきれない笑みを隠すように口元に手を当て、カイネたちに背を向けて駆け出す。

 大広間の闇の奥へと消えていく。


「野郎ッ、わけわかんねえこと言って逃げやがったぞッ!?」

「後を追う! 無事でおれよジョッシュッ!」

「ああッ、あのイカレをさっさと吐かせちまえッ!」


 ジョッシュの後押しとともに駆け出してウィレムを追う。

 死者はなおも迫りくるが、数を減じたのかその勢いはずいぶんと弱まっていた。

 邪魔が入った上でも彼我の距離は徐々に迫る。


 死者の肉と脂がまとわりつく一時すらも惜しむように刃が鋭く抜けていく。

 死臭や血風は強い薬の臭いにかき消され、かえって嗅覚がおかしくなってしまいそうだった。


「さぁ、さぁ、さぁ――」


 ウィレムは歓喜に声を震わせながら足を止める。

 そこにあったのは、まだ開いていない棺桶だ。

 他の棺桶はあまねく蓋を押し退けられているというのに、そこだけが手付かずのまま置かれている。


「追い詰めたぞ」


 ウィレムを守るように取り囲む死者の方陣。

 カイネはそれを真っ向から切り払い、蹴り飛ばし、いよいよウィレムを間合いに収めた。

 押し寄せる死者の群れが途切れる。

 遠くでは死者がお互いを壊そうとする打撃音が響いていた。


「お待ちあれ、カイネ殿。今こそ貴殿の願いが叶う時なんですがねぇ?」

「……何を抜かす」


 この男の言葉などに耳を傾けず、今すぐその身柄を拘束するべきか。

 彼とカイネは、閉ざされた棺桶を挟んで向かい合っている。

 その棺桶を足蹴にして飛び越えれば、一瞬で迫る程度はわけないことだ。


「壷中に依代は揃った。今こそはかのものの魂を招き寄せる刻。いでよ刀神、死せる剣の王、我らが太祖を討ちし翁」

「……ま、て。おぬしは――おぬしは、何を、呼ぼうと」


 ウィレムは何をしようとしているのか。

 カイネにはそれがわかった。彼が死霊術師であろうという推測は付いていた。

 その上で、カイネは彼を止めることができなかった。


 それは、決して開けてはならぬと言いおかれた箱を箱を開こうとするような。

 あるいは、石の下にうごめく小虫をわざわざ覗き込もうとするような。

 藪をつついて蛇を出すような所業であると知りながら、カイネはそれを求めることを止められなかった。


 ――少女の身に宿る魂の真贋を見極める術はただひとつ。

 ――その手段を十二使徒が一、クラリーネ・ルーンシュタットはかく語った。


『死霊術で本人の魂を招き寄せる。もしできないなら、その魂はすでにどこかに宿っていることになる』


 カイネの目前で、ウィレムはその名を呼ぶ。

 二百年の昔に自刃した男の名を。


「汝、さまよえる魂よ! これなる形代に宿りたまえ! 汝その名を――――カイネ・ベルンハルトッ!!」

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