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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
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七/昏き土の下へ

 三人が個別に案内された寝室に戻った後――

 ひとりの男が、ジョッシュの部屋の戸を叩いた。


「……どちらさんだ?」

「私だ」

「あァ、アーガスト殿。どうぞ」


 ジョッシュは手入れをしていた〝杖〟――軍刀と筒を置き、席を立って扉を開く。

 部屋の前に立っていたのは蒼黒ローブの壮年の男、アーガスト・オランドその人。


「どうかしましたかい。何か言い忘れたことでも?」

「カイネ殿のことだ」


 早速穏やかじゃないな――

 ジョッシュはひゅうと小さく口笛を鳴らし、「まァ入ってくださいよ」とアーガストを部屋の中に招き入れる。

 彼は椅子に深く腰を下ろし、重苦しい声で言った。


「カイネ殿を止められんかね」

「……そりゃどういう意味で?」

「そのままの意味だ。いまのカイネ殿は、ウィレム・カインドに気を取られすぎているきらいがある――」

「カイネの呪いに関わる手がかりですからね。しかも、これまでに無かったくらい重要な手がかりだ」

「カイネ殿が自ら踏み込まれれば守り切ることは難しい、と忠告はしたのだ。カイネ殿もそれを承知されたはずというのに……」

「まァ、承知はしているだろうさ」

「……どういうことかね?」


 ジョッシュのあっけらかんとして肯定にアーガストは首をひねる。


「承知はしていてもあえて踏み込むことだってあるさ。カイネにもそういう時がある……それが今なんだろうよ」

「……止めるつもりは無いのだね?」

「ここで引き返すとかえって危ないかもしれないからな」

「カイネ殿がか」

「いや」


 ジョッシュは首を横に振り、アーガストは怪訝そうに眉をひそめる。


「アーガスト殿、あんたが気づけないほどの仕掛けがあるってんなら……カイネが釣られてこなかった時、相手はどうする?」

「……例えばだが、もっとわかりやすい釣り餌を用意する――」


 そこまで言ったところでアーガストははっとした。

 カイネへの釣り餌として機能するもので、身近に思い当たるものといえば――


「そう、俺らです。カイネの身の安全よりか、自分たちの心配をしておいた方がいいと思いますね」

「……下手に引くよりも、流れに身を任せたほうが良いというのかね?」

「上策・下策の話をするならこの場所にいる時点で失当みたいなもんですよ。引くことを考えるなら他に手がなくなってからでも遅くはない――いや、今からでもすでに遅すぎると言った方が良いんですかね、ははは」

「……笑いごとではないぞジョッシュ殿」


 軽やかに笑うジョッシュに渋い表情を見せるアーガスト。

 しかしジョッシュはいかにも軽い調子を崩さなかった。


「腹くくりましょう、アーガスト殿。所詮は他人事ってなもんです」

「カイネ殿と最も親しくおられよう君がそれを言うのかね?」

「他人事だからですよ。俺なら自分の中身なんざどうでもいいんでさっさと逃げさせてもらいますが、カイネはどうもそうはいかないらしい。だから、まぁ、行けるところまでは付き合いますよ。今までもそうしてきましたからね」

「……仕事だからかね?」


 ジョッシュはヴィクセン王国の一軍人だ。カイネの側附になったのはあくまでも命令に従ってことであり、言ってしまえば成り行きである。それ以上でも以下でもない。

 彼は瞳を細めて言った。


「仕事だからです。が、まぁ、仕事だけでは付き合えませんね」

「……なるほど。同感だ」

「自分らが生き残りましょう。まずはそこからですよ」


 二人は笑みを交わし、お互いの無事を祈って別れた。

 ジョッシュは装備の手入れを万全に済ませて床に就く。


「……いや全く。アーガスト殿に夜の見張りを頼むべきだったかな」


 誰にともなく軽口を叩いて目をつむる。

 寝付くまでには五分とかからなかった。

 ぐっすり七時間は寝た。


 ***


 翌夜、カイネとウィレム・カインドの二人は応接室で向かい合わせに座っていた。


「やぁ、よくぞ滞在を決めてくださいましたカイネ殿。よろしければ後日狩りにでも」

「あいにくだが、遊興で滞在を決めたわけではのうてな。ウィレム殿には今少し聞きたいことがある」

「……先日のことばかりでは無かったということで?」


 ウィレムは三白眼の瞳を鋭く細めて問う。

 カイネはいささかも動じず、使用人が用意した紅茶を一口含んだ。


「お恥ずかしながら、これは表向きのこととは無関係でしてな。おれの個人的な用なのです」

「それは興味深い。ぜひお聞かせ願いたいものです」


 ウィレムは椅子から身を乗り出して言う。彼のそばには顔色の悪い女使用人がぴたりと付き添っている。

 カイネは自らの身の上――呪いにかけられゆえあってこの姿でいることを話した。少女の姿でカイネ・ベルンハルトを名乗っているのはそれゆえのことであり、伊達や酔狂の類ではないと。


「それはなんとも難儀なこと。しかし、それと私にどういう関係が?」

「ウィレム殿は……なんでも、肉体を修復する術法を心得ておられそうだな」

「……そのようなことを噂するものもおりますな。私とて一介の魔術師でございますから」

「おれが欲しいのはまさにそれです。失われた肉体を無から生み出す……真贋定かならぬ噂であっても縋りたいところですよ。おれは、元の身体が恋しいのです」

「やや……いやしかし、カイネ殿のお身体は全くの健康そのものだ。私にそのような力があるとして、失われてもないものを補うというのはいささか……」

「すべてだ。おれは五体をすべて失ったも同じことです。だからこそ今のおれはこのような身体でいるのです」


 カイネはいかにももっともらしい願い出を仰々しく口にする。

 それは単なる打算によって口に出された言葉だが――あるいは、ほんの一分の本心も含まれていたかも知れない。

 ウィレムはカップの紅茶をぐいっとあおり、空のカップを使用人の方に差し出す。


「それを創れというのはですね、カイネ殿。人を創れというのも同じことですよ。それはいくらなんでも無理がありましょう?」

「あのような人形が当世に残っておってもか?」

「あれは優れた芸術品ですがね、後世の想像にもずいぶん寄ったものですから――――熱ッ」


 ウィレムが話の途中で不意に呻く。

 使用人が注ぎかけた追加の紅茶がウィレムの指に引っかかったのだ。


「……大丈夫ですかな?」

「ハハ、この程度のことはなんとも……少し時間をいただけますかね? 少し躾けが必要なようです」


 ウィレムが女使用人をじっと見つめる。彼女はいささか不自然な無反応を返した。


「……構いませぬとも。今日はもう遅い、お開きということでも」

「やぁ、それはどうもかたじけない。今日の分はいずれ必ずや補わせていただきますので……早く来い!」


 ウィレムは棒立ちの使用人の手を引いて応接室を出ていく。その振る舞いはどこか大仰だった。


(さて。行くか)


 カイネはカップの残りをあおって立ち上がる。

 ウィレムのそばに付いていた使用人はアーガストによる細工が施されたものだ。

 単純に壊されただけならばまだしも、相手の手先になるような手を施されれば放置しておくのは上手くないだろう。ウィレムがどう行動するかは制御のしようもないが。


 カイネは応接室の扉をわずかに開き、隙間から外を覗き込む。

 ウィレムと使用人の姿はすでに見えない。

 夜間のためか、廊下の照明はすでに半分ほどが消されていた。


 程なくして、通路の別の部屋の扉が開く。

 ジョッシュだ。

 彼は別の部屋で、ウィレムの行き先を辿るべく待機していたのだ。


 カイネは音もなく部屋から出てジョッシュのそばに駆け寄る。


「どっちだ?」

「足音がした。地下の方だ」

「……いくぞ」


 二人はともに頷き、慎重に歩みを進める。

 アーガストは上層で〝工房〟内の感知結界を相殺すること、上層への脱出路を確保することに専念。ただしもう一つの工房についてはおそらく彼の力も及ばないだろうという。

 しかし、そこまで辿り着ければひとまずは問題がない。


「……足音。響かぬようにな」

「おうよ」


 カイネは前、ジョッシュが後ろに目を配る体勢で地下への階段を降りていく。

 ウィレムと使用人の気配は地下室の手前にあった。

 二人は発見されることのないように踊り場の手前で待機する。ウィレムが地下室からすぐに出てきた場合はすぐ引き返し、別の手を考えなければならない。


 ぎぃぃ、と分厚い鉄の扉が開く音がした。

 扉はすぐに閉ざされ、室内音がわずかに反響して聞こえる。


 がこん、と何かが作動する音がした。

 歯車か、金具のきしむような音。


 カイネとジョッシュは目を見合わせ、頷く。

 罠かもしれないという懸念はすでに飲み込んだ後だ。


 二人は分厚い鉄の扉の裏側にぴたりと耳をつける。

 音はすでに聞こえない。

 カイネのちいさな手が扉をぐっと押す。

 わずかな隙間から覗いた部屋の中は夜の帳が落ちたように暗く――そして、誰もいなかった。


「灯りいるか」


 ジョッシュは声をひそめて言う。


「……やむをえぬな。頼む」


 光源で目立つことは避けたかったが仕方ない。

 ジョッシュは腰に吊るしてあったランタンを取って火を灯す。

 薄明かりに照らし出される地下室内。

 敷き詰められた石畳の隅っこに、一際暗い大穴がぽっかりと口を開けていた。


「先は……ここだけみてェだな」

「うむ。行くぞ」


 カイネは迷わず穴を覗き込み、ちょうどそこにあった階段に足を下ろす。


「ちょい待て。……ちょっとだけ待て、カイネ」

「……ちょっとだけだぞ?」


 急ぎの状況下で引き止めるからにはよほどのことであろう。カイネはジョッシュを振り返る。


「本当にいいんだな。手がかりになる確証もありゃしねェ、一端の魔術師の腹の中に飛び込むようなもんだ、それでも行くんだな?」

「……うむ」


 カイネは深々と頷く。

 なぜそんなことを今さらと思い、今だからかと自答する。

 ジョッシュにしてみれば自分は、何の意味もないことのためにわざわざ危険を冒そうとしているように見えるのだ。


 ならばなぜ、カイネはそのことをかえりみようとしないのか。

 簡単なことだ。

 自分の記憶も、体験も、すべてはいつわりのものに過ぎないかもしれないという恐れを拭い去ることができるのなら。

 あるいは、不都合な真実を目の当りにすることになったとしても。

 そこに答えがあるかもしれないのなら、無視などできようはずもない。


「後悔は、せんよ」

「……なら良いさ」


 ジョッシュはそれ以上なにも言わなかった。

 カイネは先んじて歩みだす。


 細く、長く、真っ暗な一本道をゆっくりと降りていく。

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