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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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七/和解

 カイネが寮室に戻ったその時、ネレムはすでに目を覚ましていた。


「すっかりかわいくなっちゃったね」

「……やめてくれ」


 ネレムは開口一番そう言い放つ。眠たげな目がカイネをしげしげと見つめている。


「すごく似合ってると思うよ。意外なくらい」

「おれに愉快な反応を期待されても困るぞ」

「それで足を広げて座るのはどうかと思う」

「気にせんでくれ。おれは気にせん」


 カイネは着替え等を部屋の隅に置き、ソファにぽすんと腰を下ろす。

 床で丸くなっている白いもこもこ――魔獣ラッピーに手を伸ばすも、すかさず逃げられてしまう。


「思っていたのだが、ネレム」

「うん」


 腕の中に飛び込んできた魔獣を抱き上げるネレム。


「そやつはなにかの役に立つのか」

「立つよ。すごく立つよ」

「ほう」

「ラッピーの耳は幽体(アストラル)を感知できるの。私が寝ぼけてても、危険が迫ればすぐに叩き起こしてくれる」


 カイネはそれを聞き、柔らかな唇に親指を当てて唸った。


「あすとらる、とはなんだ……?」

「そこから」

「うむ」

「……魔術についてもよくわからなかったりする?」

「さっぱりわからん」

「さっぱり」


 カイネは恥を忍んでうなずく。

 新しい環境に慣れたところでふと考えたのだ。呪いを解くためにも、少しは魔術について知った方が良いのではないか、と。


 カイネはしょせん門外漢だ。初めから専門家に任せたほうが良い、という考えもあるにはあるが――


「説明は私に任せるでありますよ!!」

「い……いきなりだな」

「おかえり、シャロン」

「ただいまであります」


 入室した後でびしっと挨拶を決めるシャロン。カイネは座ったまま少したじろぐ。


「魔術とは、魔力から幽体(アストラル)を形成する営みの総称であります。魔術を行使するには〝杖〟が必須であります」

「魔力はおよそ万人に宿っているとされる力。でも、幽体を形成できるのは一握りだけと言われているよ」

「……そのアストラルとやらがいまいちぴんと来んのだが」

「世界のゆらぎ、本来この世界にあり得べからざるもの、実体を持ちながら実体無きもの……と、いえばわかりましょうか?」


 カイネはにわかに回想する。

 あの時、アーデルハイトの肉体を斬ったおぼろな手応え。

 彼女はそれを〝幽体〟と呼んでいた。

 二百年という年月の間に幽体(アストラル)と名付けられたとすれば合点がいく。


「……うむ。なんとなしにはわかった」

「幽体は形あるもの……実体に干渉できますが、実体は幽体にほぼ干渉できない。幽体は幽体でしか打ち消せない、というのが定説でありますな!」

「なるほど。……話は変わるが、〝筒〟とやらは誰でも使えるのか?」

「はい、あれは誰でも扱えるものです。魔力を幽体に変換して撃ち出す、もっとも原初的な魔術であります!」


 カイネはこくりと頷いて納得する。

 一方、納得できないことも増えた。

 自らにかけられた呪いは、幽体を基盤とする魔術とはあまりにかけ離れているように思えたのだ。


「カイネ殿がすごいのはここであります。本来干渉できないはずの幽体に、実体の剣で干渉する――これは原則ありえないことであります」

「……しかし、おれの剣は〝呪い〟を断ち切れんようだ」

「呪いについてはわかっていないことが多いよ。原理原則は発見されてるけど、再現性がないんだ。すごく偶発的というか……なにか異質な力が働いているんだと思う」


 なるほど、とカイネはうなずく。

 ユーレリア学院長が解呪師捜索に悲観的なのも納得だ。


「……感謝する。大枠の理解はできた」

「これだけでいいの?」

「いっぺんに言われても飲み込めんのだ」


 カイネは神妙そうに眉を垂らす。

 戦い以外に頭を使うのは昔から不得手であった。


「お役に立てたのなら幸いであります。……そろそろ食堂が開く時間でありますな!」

「では、行くか」

「うん――あ、そうだ」


 ネレムは頷き、ふと思い出したように胸ポケットを探る。

 中から取り出したのは丁寧に折りたたまれた一枚の紙切れ。


「これ、アーガスト教授から。カイネさんに渡すようにって、頼まれてた」

「……アーガスト」


 どこかで聞いたような名前だった。

 頭の中にもわもわと壮年の男の顔が浮かんでくる。


「カイネ殿に一戦吹っ掛けた御仁でありますな!」

「楽しそうに言うことではなかろうが」


 カイネは手渡された紙を開き、文面に目を通す。

 そしてちいさく頷き、「では行くか」と言った。


「かちこみでありますか?」

「食堂に決まっているだろう」

「あっはい」

「急用じゃなかったんだね……」


 ――その日、女子制服姿のカイネはすこぶる人の目を惹いたという。


 ***


 後日、カイネはひとりで研究棟を訪れていた。

 学舎が白亜の城さながらであるのに対し、研究棟はまるで並び立つ尖塔。

 各教授の根城とでも言うべき場所であり、生徒の姿はほとんど見当たらない。


「アーガスト殿、おられるか。カイネ・ベルンハルトだ」


 カイネは在室中、と札が提げられた部屋の扉を軽く叩く。

 中から「開いているよ、入ってくれたまえ」と声がした。


 カイネは扉をそっと開け、ちいさな身体をすべり込ませるように入室する。


「ご無沙汰している。ご招待にあずかり恐れ入る……が、此度はいかなご用件で?」


 室内は薄暗く、書物と紙でごった返していた。

 本などを部屋の隅に押し込もうとした形跡は見受けられる。……彼なりの努力はうかがえた。


 背を向けて座っていた部屋主の男――アーガスト・オランドはゆっくりと立ち上がり、カイネを振り返る。

 蒼黒のローブに身をまとった壮年の男。


「わざわざご足労願いすまなかった。この度は、少し貴殿と話をしたいと思ったのです」

「話、とは?」


 アーガストは以前と比べてかなり理性的に見えた。

 彼はカイネに椅子を勧めながら自らもまた腰を下ろす。


「大変な失礼があったにも関わらず、お詫びが遅れたことを非常に申し訳なく思う。……前回の件はひとえに私の判断ミスだ。責任は私が甘んじて受けるつもりでいる」

「それはまた、ずいぶん殊勝なことだ」

「考えを改める時間があったのだよ。……事実、貴殿が学院にもたらした影響はさほど過大ではないだろう」


 少し疲れが滲む眼差しがカイネを見上げる。

 カイネはうなずき、勧められた通り椅子に腰掛けた。


「おれの素性などは?」

「学院長からすでにうかがっている。私としては、貴殿の目的に反対するつもりは全く無い……」

「左様か。……であらば、おれを呼び出したわけは? 謝罪のためだけに、というわけでは無いのだろう」

「……お見通しのようですな。では、単刀直入にうかがわせてもらいたい」

「あぁ。おれもそのほうが幾分かありがたい」


 カイネがうなずくと、アーガストは声を潜めて言った。


「カイネ殿。私はただ一点……貴殿がアーデルハイト陛下を殺められたという、その一点のみにおいて、信頼をいたしかねているのです」

「その不信はおれには拭えんであろうよ。おれが不具にでもなれば別だが、然様なことは御免こうむる」

「そのようなことは決して申しませぬ。私の身勝手な不安を貴殿に晴らせなどと主張するつもりは断じてない――ただ、おうかがいしたいのだ。貴殿はなぜ、アーデルハイト陛下を殺められたのか、と」


 アーガストはぎょろりとした目をカイネに向ける。

 カイネはにわかに瞳を眇め、言った。


「理由などない」

「……な……?」

「強いて言うならば降りかかる火の粉を払ったまでのこと。……結果がこのざまだがな」


 ちんまりとした身体を自嘲するように胸に手を当てる。

 アーガストは身を乗り出し、さらに問いを重ねる。


「つまり……カイネ殿が自ら殺めるつもりではなかった、と?」

「そうは言わんよ。逃げを打つこともできたろうが、おれはあやつを殺すことを選んだ。殺すと決めて、殺したのだ」


 それは取りも直さず、時と場合によってはアーガストも殺めていたことを意味する。

 降りかかる火の粉、という点ではアーガストとアーデルハイトにさしたる違いなど無かった。


「納得はいったか、アーガスト殿」

「……私には、貴殿がわざわざ露悪的な言葉を弄しているように見えてならんよ」

「率直に言えばそうなる、というだけだ。他の事情などありはせんのだから」


 カイネはゆっくりと頭を振り、立ち上がる。

 アーガストもまた腰を上げて頭を下げた。


「今日はご足労をかけて済まなかった。またどうぞよろしく頼む」

「次があるなら、お茶くらいは頂きたいものだな」

「私の出す茶は飲めないだろうと思っていた」

「……そこまで嫌ってはおらぬよ」


 カイネは思わず呵々と笑う。

 好意を抱く理由はないが、毛嫌いするほどのことでもない。

 カイネはアーガストの見送りを受けて静かに研究室を出た。


 ***


 カイネが退室した後、アーガストは部屋の片隅に寄せていた本のページを手繰る。

 栞が挟まれた書物の九割方はアーデルハイト・エーデルシュタインについて(あらわ)された内容――ひいてはカイネ・ベルンハルトに関する記述が存在するものだった。


(……やはり、彼女の言葉では説明がつかん)


 今アーガストが目を通している書物は『五十年戦争記』。

 文中にはカイネ・ベルンハルトの名がたびたび登場する。

 彼はまさしくヴィクセン王国における〝英雄〟だった。

 しかしながら、彼は齢五十を過ぎて退役している。当時まだ健康体であったにも関わらず。


『俺は旗頭だ。俺の後には数多の兵が続くだろう。だが、この先が冥府であれば、俺は冥府への案内人に他ならない。そのような真似は御免こうむる』


 五十年戦争末期。魔術師が戦場に台頭し始めたころ、カイネ・ベルンハルトは上記の言葉を残して退役を決めた。

 この決断が講和までの道のりを縮めた、とはよく言われる話である。


(……アーデルハイト陛下が女王の座に就いたのは戦後のことだ。しかし、陛下の治世を振り返ってみれば……)


 アーデルハイト・エーデルシュタインは現在においても評価が分かれる人物だ。

 それはひとえに、彼女の功罪がともに極めて膨大なためである。


(陛下のもとで魔術が飛躍的な発展を遂げたのは事実。しかし、過剰な軍備拡大や好戦的な外交は後代にも火種を残している……)


 つまり、カイネにはアーデルハイトを殺めるに足る大きな理由があった。

 若い時分は義侠心に富んだ男だったとも評されるカイネである。


(なにより、アーデルハイト陛下からカイネ殿に手を出す理由がない。数年も待てばカイネ殿は寿命で逝ったはずなのだ。そんな非合理な真似は、よっぽどのアホでもなければありえない)


 ゆえに、導き出される結論はひとつ。

 カイネ・ベルンハルトは時代のため義侠心によって起ち、アーデルハイト・エーデルシュタイン暗殺を決行した――それがもっとも〝自然〟で〝合理的〟な推論だ。


(本人の弁とは食い違うが。本音は墓まで持っていくつもりなのだろう……彼女がまさにカイネ・ベルンハルトであるならば充分にあり得そうなことだ)


 アーガストは確信を深め、ぱたりと本を閉じる。


(彼女の振る舞いを心配する必要は無さそうだ……しかし、周りがどう反応するかだ)


 激烈な反応を示したアーガストだからこそ懸念せずにはいられない。

 各国政府、魔術師ギルド、そしてアーデルハイトを魔術の祖(マギサ)として崇める怪しげな宗教団体。

 考えうる勢力は枚挙に暇がなかった。


 アーガストはまた別の文献を手に取りながら黙考する。

 その夜、研究室の薄灯りが絶えることはなかった。

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