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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
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五/顔合わせ

 一台の馬車が丘の手前で停まる。

 御者席のジョッシュはふっと二人を振り返った。


「着いちまったが……どうする?」

「行くに決まっておろう」

「迷わねェなこいつ……」


 ウィレム・カインドが死霊術師である可能性はすでに検討した。

 そのうえで、今のところは相手の出方をうかがうしかないというのがアーガストの見立てだった。


「……ジョッシュ殿。カイネ殿は普段からこの調子なのかね?」

「まァそうだな。今回ばかりはいつもより慎重にいってくれって話だが……」

「探知は任せるでな。魂を引き剥がされるような心配は無いのであろう?」


 カイネは馬車から飛び降りて振り返り、アーガストは神妙に頷く。

 死霊術における死霊の定義とは、何者にも宿らないまま虚空をさまよっている魂を指す。カイネは一度目の死を迎えているが、今の肉体に留まる限りは死霊と見なすことはできない。

 

「死霊術とは平たく言えば、似ているものは同じもの――『類似物の相互干渉』という原理によって成り立つものでな。死体を生前の当人と見立て、あるべき場所――生者すなわち死体にさまよえる魂を呼び込むのです」

「……いまひとつわからんが、どことなくやつの人形と似ておるな」


 ソニア・アースワーズの呪術は、生者に限りなく似せた人形を創り上げることで擬似的に魂を生じさせる代物。当人の魂を呼び込んでいるわけではないため、死霊術とは全く手法が異なる。

 しかし魂を生み出すという一点においては、似ているという言葉も決して的外れとは言えない。


「死霊術には多くの場合死体を用いる……が、重要なのは生前の似姿であれば何でも構わないという点でな。つまり、死体でなくても良い――人形であっても良い。ウィレム・カインドが仮に死霊術師であるならば、カイネ殿の魂を呼び込もうとした可能性は高いでしょう」


 アーガストは講義するように話しながら馬車を降りる。


「……実際にそうしたら、どうなる?」

「十中八九は失敗ですな。すでに他のものに魂が宿っているためか、死んでからの期間が長すぎるためか、人形が不出来だからか――理由を特定するのは難しいが」

「……このおれの魂が偽物だとすれば、どうだ」


 カイネのつぶやきにアーガストは目を丸くする。考えもしなかったというように。


「そ……そのような、可能性が――」

「ある。イルドゥ・エンディラスのことは覚えていよう? おれがやつの同類だとすればどうだ」


 アーガストは手で口を押さえて沈思黙考。「あまり考えすぎねェ方がいいと思うがね」とジョッシュは楽観的だった。

 カイネからしても受け入れがたい可能性。しかし、相手が死霊術師かもしれないとすれば考えざるを得ない。


「……同じでしょう。いや仮に成功したとして、その後が続かない――カイネ殿を制御する手立てがない。そのようなことをする意味がない」

「……それは、うむ、そうであろうな」


 カイネ自ら自信を持って言い切れる。仮初めの生を餌にされたところで死霊術師の――誰かの言いなりになるなど到底考えがたい。


「手がかりになったのは例の人形だがね、相手がそいつを活用するとも限らんだろ。言ってみりゃこっちの警戒を引きつける囮かもしれんからな」

「……結局、臨機応変に出たとこ勝負かの」

「致し方あるまい……それで、私たちも行くのかね?」


 アーガストはジョッシュを一瞥して問う。それはひとえに、ウィレム・カインドの招待を受けたのがカイネだけだからであろう。

 カイネは頷き、


「他のものは許さぬなどとケチなことは言わぬであろう――叶わねば押し入ってやればよい」

「俺としちゃあんまりこいつらを置いていきたくねェんだがね……」


 ジョッシュは馬車に繋がれている二頭の一角馬を眺め渡す。


「そう長くはかかるまい――あぁ、先んじて忍び込んでみてもよいか……?」

「屋敷内には感知の結界が張られているようだ。素直に正面から向かうしかあるまい」

「……そう上手くはいかんということかの」


 釘を差すようなアーガストの忠告にしゅんと肩を落とすカイネ。

 前もって検討すべきことは全て済んだだろう――後は大人しく屋敷に足を向けるほかない。

 その時だった。


「……結界が、広がっている」

「こちらに気づいたか?」

「いや……おそらく、日の暮れに連れて結界が拡張されたようだ」


 日が沈む。暮れなずむ夕日の影に覆いかぶさられた屋敷はやけに暗い雰囲気をかもし出している。


「うむ。行くか」


 カイネはつぶやいて歩み出し、残る二人もその後を追い始めた。

 小高い丘を登り、目に入った屋敷の入り口に一人の女が立っている。上から下まで黒い礼服に身を包んでいる女だ。

 彼女は三人を見るなり言った。


「ベルンハルト一行様、この度はよくお越しくださいました。奥で旦那様がお待ちしております、どうぞこちらへ」

「……かたじけない。おぬしは?」

「名乗るには及びません。一介の使用人ですゆえに――」


 女はそう言ってきびきびと背を向ける。屋敷の屋根の下に入った時、カイネは逆光で見えづらかった彼女の特徴に気づいた。

 血の気を全く感じられない肌。ほとんど青白い肌の色。

 まるで死人のような女だった。しかし近くにいても異臭などは特に感じられない。


「……おいおい」


 ジョッシュは小声で唖然。

 カイネとアーガストは無言を守って屋敷の中に踏み入る。

 内装は特に何の変哲もない。ごくごく平凡で、広々とした清潔な家屋だった。

 三人は女に案内されるがまま廊下を進む。道中何度か他の使用人ともすれ違ったが、彼らはみな礼儀正しく、作法を弁えており、そして例外なく病的に青白かった。


「旦那様はこちらです。どうぞ奥に」

「相済まぬ。……失礼する」


 案内されたのは屋敷一階の奥に位置する部屋。

 カイネは両開きの扉を押し開く。二人がその後に続く。

 書斎めいて左右にずらりと本棚が並んだその部屋には、およそ四十才近くと思しい痩せた男がいた。

 この屋敷内の人間で唯一生気を感じさせる肌、三白眼の細面に目の上までかかる真っ白な髪。


「やぁ。来てくださったのですね、カイネ殿」


 机の上の羊皮紙に向かっていた男は顔を上げ、気さくですらある口調で言った。


「……この度はご招待にあずかり真に光栄。カイネ・ベルンハルトと申す。貴殿こそウィレム・カインド殿に相違ないか?」

「まさに。申し遅れました、ウィレム・カインドです。このような僻地までご足労いただき感謝の念に堪えません。道中お疲れでしょう、ひとまずお部屋で一休みされてはいかが?」

「あいにくおれだけではないが、構いませぬかな」


 カイネは後ろに控えている二人をちらりと一瞥する。

 アーガストとジョッシュが続いて名乗ると、白髪の男――ウィレム・カインドは彼らをぎょろりと一瞥した。


「もちろんですよ、カイネ殿。まさかお一人で来られることはないでしょうからね。それなりの用意をしていらっしゃるだろうとは考えておりましたよ」

「左様か、感謝いたす――ならば早速だが、要件の方を先に済ませてしまっても構わぬか?」


 単刀直入に言うと、ウィレムはカイネに視線を移す。

 部屋の外に控えているであろう使用人は反応を示さない。


「ははぁ、食事の後などが良いかと考えていたのですがね。今からが良いですか」

「あまり長居をしては厄介になりましょう。お食事は……後でゆっくりと頂きたく存じる」

「ふぅむ……では参りましょうか。私の工房に案内しよう」


 ウィレムは紙の束を机に置いて立ち上がり、颯爽と部屋を出ていく。そして入り口で待っていた使用人の女に二言三言何かを告げ、彼女はきびきびとその場から立ち去っていった。


「ジョッシュ」

「どうした」

「おまえさん、一度戻って馬車を見ておいてくれぬか。何かあるやもしれん」

「……足から潰しに来るってェのか?」


 ジョッシュは眉をひそめ、カイネはこくりと頷いた。

 三人は揃って部屋を出る。カイネとアーガストがウィレムに付いていくのと同時にジョッシュはさり気なくその場から離脱。


「……何か怪しいものでも感じたのかね?」

「長く留まっていてもらいたいようだしの……」


 アーガストの囁きに頷く。

 それは疑念にも満たない些細な直感によるものだ。確信に至る要素は何一つ無いが。


「……ウィレム殿、どちらまで行かれるのかな?」

「この屋敷には地下室がございましてね。使用人は入れぬようにしているのですよ、少々危険ですから」


 ウィレムは迷いのない足取りで二人を案内する。細長い廊下を歩いた先の角部屋に下り階段があり、ウィレムは率先してその階段を降りていく。

 カイネとアーガストはお互いに視線を見合わせた。


「……何かおかしなものは?」

「魔力は感じられるが、術式を張った形跡は見られぬな」


 安全とまでは言えないが、いきなり仕掛けてくるつもりは無いということか。

 二人は共に頷きを交わし、ウィレムの後に続いて階段を降りていく。


 暗い階段の途中から、ランタンの灯りが壁にかけられていた。

 ウィレムは「ちょーっと足元に気をつけてくださいな」と言いつつ階段を降りきり、分厚い鉄の扉の前で足を止める。二人が到着するまで待つようだ。


「……危険と言うておったが、何に気をつければよいのだ?」

「いやぁ、カイネ殿がいらっしゃるとお聞きしてからは安全を保つようにしておりますよ。なにせ不精なもので、普段からこうはいかぬものですから。ささ、お入りくだされ」


 ウィレムは錠前を外して鉄の扉を押し開き、先んじて地下室に入る。

 カイネが外から様子をうかがう限り、室内は一見して倉庫のようだ。部屋の四方に様々なものが雑然と置かれており、真ん中に置いてある机だけはなんとも綺麗なものである。

 カイネはちらりとアーガストを一瞥し、彼は首を横に振った。危険や異常は見受けられないという意思表示。

 カイネがいざ地下室内に踏み込んでも、やはり異変は起きなかった。


「これです、こちらですよ。実によくできているとは思いませんか?」


 ウィレムは二人に視線を投げかけ、部屋の一画に置かれていたものを覆い隠していた埃よけの布を取り払う。

 布の下から現れたのは、一人の男を象った人形だ。男が老境に入る少し手前の、屈強な体格と精悍な顔付きの名残がうかがえる立ち姿。その生々しい出で立ちは今にも動き出しそうなほどだが、その目の色に光はない。

 カイネ・ベルンハルトの人形。以前ソニア・アースワーズの領主城館で目にしたものとおおよそ同じだが、動きはしないという一点だけが決定的に異なっている。


「……なるほどのう。確かによくできておるが」

「いやぁ、ソニア殿のことは本当に残念です。これほどの腕がありながら、反乱などとつまらぬことを企てて……いずれもっと素晴らしい作品を創り上げられた方でしょうに……」


 ウィレムは恍惚げにカイネの人形を撫でている。あくまで人形に過ぎないのだが、カイネは妙な寒気を覚えながらアーガストの反応をうかがう。

 彼は人形をじっと見据えて言った。


「……少し、詳しく見せていただいてもよろしいかな?」

「もちろんですとも。この人形には特にこれといった術式も付与しておりませんが……どうぞ気が済むまでお調べくだされ」


 ウィレムはやましいことなど無いというように自信満々だ。

 呪術を行使するにあたって特別な術式が必要ないならそれも当然の反応か。そもそも生前のカイネに似せた人形を創るという行為そのものが異様ではあるのだが。

 カイネはアーガストの見聞作業を待つ間、地下室――工房内をゆっくりと見て回る。魔術の素養がないカイネにはそれらが何を意味するかはてんで見当がつかない。


「……噂でお聞きしたのですが。なんでもウィレム殿は、肉体を治癒する術を用いられると?」


 カイネはウィレムを横目に見つつ探りを入れる――まるで何でもない世間話のように。


「ははぁ、お恥ずかしい。よく存じておられる」

「ちと興味があってな。おれも治したいものがあるのです」

「……ほほぅ。私の力が及ぶ限りでしたら、お力添えを考えないでもありませんが……」

「見てわからぬか?」


 カイネは人形の己をちらりと見やり、親指で自らの胸を指す。

 人形のそれとは変わり果てたちいさな少女の姿。


「やぁ、これはお恥ずかしい。……私も風のうわさですが……なんでもカイネ殿は、〝あの〟カイネ殿ご本人だと?」

「それをどこでうかがわれたので?」

「魔術師ギルドですよ。ファビュラス殺しの少女剣士……まさか、とは思いましたがね」

「それを信じておるのか」


 カイネは目を鋭く細めて問う。

 それだけでは確信に足る情報とは言えないはずだが――


「さて、それはなんとも。少なくとも実力の上では、〝あの〟カイネ殿に匹敵するといっても不自然ではないように思われますが……」


 ウィレムは曖昧に笑ってカイネの追求を躱した。

 カイネが次の言葉に考えを巡らせたそのとき、上から下まで人形を見聞していたアーガストがふと立ち上がる。


「おや、もう良いのですか」

「構いません。失敬した」


 アーガストは端的に応じるが、表情が少しこわばっている様子がカイネからは見て取れる。


「……どうだ?」


 近くに寄ってきたアーガストにカイネは囁く。

 彼はカイネだけに聞こえる声で言った。


「カイネ殿。……彼奴の〝工房〟は、この部屋だけではないようだ」


 それは人形とは無関係な――否、人形を調査した結果報告を装ってのひそかな知らせだった。

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