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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
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三/不審

 二者は抜剣したまま対峙する。

 どちらも構えたまま動かない。

 間合いにおいて優位に立つのはネイトの方だ。腕の長さも身の丈も、さらに言えば魔術という秘策があるという点でもネイトはカイネに勝っている。


「慎重でいらっしゃいますね」


 ネイトの構えは独特だ。鋭く湾曲した刀を右手上段に構えつつ、空いた左手は後ろ脇に軽く引いている。

 すなわちカイネからすれば右側面に隙があるのだが――これは十中八九、そこに誘い込むことを前提としたものだろう。


「魔術は使わぬのだな」

「私も剣客の端くれでございますから。〝あの〟カイネ様と相対する誉れを与りたき所存です」

「……疑いもせぬのだな」


 カイネは赤い瞳を眇める。

 彼の平坦な口振りには、いまのカイネの姿に対する懐疑らしきものが一切うかがえなかった。


「疑う余地もございません。カイネ様ならいかような姿になろうとも、その剣腕に変わりはないでしょう。逆説、カイネ様ですらないものがあなたのような剣腕を持ち得るのなら、そのほうがよほどの異常と言うべきです」

「……ふむ。筋は通っておるな――」


 カイネは応じるとともに〝妖刀・黒月〟の剣先を右方にそっと傾げる。

 その瞬間ネイトは流れる水のような滑らかさで攻め寄せた。カイネの左肩を狙って落ちる刃が弧を描く。

 読み通り。

 カイネは剣身をほぼ水平に傾け、柄尻でネイトの刃を弾く。

 ほとんど曲芸じみた受け手にしかし、ネイトは糸のように細い目を少しも揺るがさなかった。


「おぉっ――」


 彼が感嘆の吐息を漏らした隙を縫うように放つ刺突。

 ネイトは弾かれた剣先を切り下ろし、彼我の刃を噛み合わせる――甲高い金属音とともに火花が爆ぜる。

 カイネは続けざまネイトの側面に足を置き、交差した刃を滑らせながら相手の間合いに迫った。


「どうだ」

「これはっ……ぐッ!」


 ネイトはごくりと息を呑み――湾曲した刃の丸みを滑らせ、鍔迫りの間合いから一歩引いた。

 並みの剣士であれば到底逃れられず、またそうしなければカイネは彼の剣を弾き落としていただろう。その他に手はないという状況において残された最善手。

 しかし、


「詰みだ」


 カイネはまるで吸い付くように間合いを離さず、ネイトの首筋三寸手前に剣先を突きつける。

 上方に掲げられた刃がカイネの首を落とすよりも遥かに早く、妖刀の切っ先はネイトの喉元を貫き得るだろう。


「……ふふ」


 ネイトは剣を握る手をそのままに笑みを漏らす。一筋の汗が涼しい顔を伝って落ちていく。

 その刃がほんの一瞬、かすかに震えた――それは男の手元が震えたわけではなく、刃そのものがわずかな振動を発したかのようだった。

 カイネは全神経を眼の前の男に集中する。

 これで終わったとは思ってもいない――彼はまだ魔術師としての一端すらも見せてはいない。

 だが、


「参りました。降参いたします」


 ネイトはいとも容易く剣を手放し、すっと両手を挙げた。


「……魔術は、使わぬのだな?」


 二度目の問い。

 カイネは剣先をゆっくりと引きながら、ネイトを見据える目は一瞬たりと逸らさない。


「そうなっては手合わせでは済まなくなるかも知れぬでしょう?」

「……ずいぶんと物騒なことをいう」

「いえいえ、断じて害意などはございませんとも。しかし……あのカイネ様との対峙ともなれば、剣のみにて相対したいと願うのが剣士の本懐でございましょう」


 ネイトはにっこりと微笑みをたたえながら言う。

 言葉の上では美学を語りながらも胡散臭さがつのる一方。平坦な声色に感慨らしいものはうかがえず、まるで腹の底が見えない。


「……信用ならぬ男よ」

「いやはや、これはこれは……私としてはカイネ様とお手合わせ願え、実に光栄な限りなのですが」

「……まぁ、手のうちを明かすことを望まぬのは当然であろうがな」


 何が目的か――元より目的などなかったのか。カイネは剣先を引いて残心、刀を鞘に納める。

 ネイトもまた何も答えずに刀を拾い、ごく当たり前に納刀した。


「良い経験をさせていただきました。……是非、いずれまたお会いいたしたく思います」

「また顔を合わせるあてでもあると?」

「ふふふ、カイネ様は疑り深い。予定などありもしませんが……ええ、ええ。運命にまた導かれることもございましょう」


 カイネの鋭い眼差しに、ネイトは柔和な微笑みで応じて背を向ける。

 その意味深な言動が妙に引っかかった。わざわざこちらに警戒心を抱かせるような言葉を口にする意味がどこにあるのか、すでにこちらの警戒心を感じているからこその物言いか。

 カイネはその後ろ姿を見つめながら思案する。


 この男についての情報は全て彼自らが語ったことだ。魔術学院に訪ねてきた理由すらも今のカイネには判断ができない。

 仮に正当な客人であるならばカイネは大目玉を食らうだろう。だが正当な客人であるならば、学院側の人間がひとりも側に付いていないのはいかにも不自然ではないか――


(斬るか)


 カイネは歩くような自然さで一歩前に踏み出す。

 二歩、三歩。

 疾駆する。

 刀の柄に指を絡め、男の背を目掛けて抜き打ち――


「奔れ〝狗神〟」


 キィン、と甲高い金属音。

 ネイトの刀身がひとりでに飛び出し、カイネの一閃を真っ向から受け止めていた。

 刀の柄はそのまま吸い込まれるようにネイトの掌に収まる。


「……これしきは凌ぐか」


 カイネの一太刀を捌いた剣にはあきらかに異質な力が働いていた。

 それこそはネイトの魔術か、あるいは。


「案外乱暴な真似をなさるのですね、カイネ様――乱心でもなされましたかな?」

「おれも気が抜けておってな。案内も無しに外部者をほっつき歩かせるほど学院(ここ)はいい加減ではあるまいよ」

「いえいえ、これはまた。ずいぶんな言いがかりを――」

「ならば今すぐおれと学院長室まで来てもらおうか」


 カイネは淡々と告げる。

 ネイトは答えない。表情も変えずに無言を保つ。

 それこそが、学院長と顔を合わせることになっては困るという明白な答えだった。 


「斬らせてもらうぞ。ネイト」

「それは、やめておいたほうがよろしいかと思われますが」

「……言ってみろ。わけを」


 カイネは彼我の刃を打ち合わせたまま問いただす。

 ネイトは糸のように細い目を薄く開き、言った。


「私はこの身体に千の魔獣を飼い慣らしておりまして。この私を斬り伏せるというのでしたら、それらが解放されることになりましょう」

「……よく回る口をしておるな」

「ひょっとすると全くのでたらめかも知れませんね。事実だとしてもカイネ様、あなたにとっては問題にもならないでしょうが――いやはや、この学院の生徒たちに少なからず被害が出ることは必至でしょうな」

「…………ッ!」


 ネイトの言葉がどこまで真実なのか、カイネには判断のしようもない。

 彼の力量を鑑みれば、傷付けないように意識を刈り取ることも困難を極める。


「運命にまた導かれることもございましょう、カイネ様。……ここはどうか、お見逃しくださいませんかな?」

「…………二度目はないぞ」


 ネイトの薄目に見つめられ、カイネは苦々しげに刃を引く。

 ネイトからの反撃は無かった。彼の手中にある刀がひとりでに鞘に収まり、その表情に微笑が戻る。


「カイネ様が賢明なお方で実に助かりました。私としても、学院の生徒たちに累が及ぶのは本意ではございませんから」

「……よくもぬけぬけと」

「いえいえ、これは嘘偽りなき本心でございますとも――ではカイネ様。近くまたお会いいたしましょう」


 ネイトはそう言って踵を返し、悠々とその場を去っていく。

 カイネにできるのは密かにその後をつけて動向を見張ることだけだった。ネイトはそれ以上何をしでかすこともなく、真っすぐに魔術学院を去っていった。


 後から確かめたことだが、ユーレリア学院長はネイトという男の存在を知らなかった。

 否――ネイト・クロムウェルの名を知るものは、カイネの他には魔術学院内の誰一人として存在しなかった。


 ***


 二週間後――カイネは馬車に揺られながら報告書の束と向かい合う。

 カインド領は災難の土地だ。疫病が頻繁に流行り、時には戦火に見舞われ、地質も決して豊穣とは言えない。規模の上では弱小とすら言える小領地だが、周辺領主からの調略を受けないのはひとえに土地が劣悪だからであろう。

 カインド家はここ二百年間で他領の罪人や戦火から逃げ延びた人々、傷痍軍人や元傭兵などを積極的に受け入れて領地開発を続けていたという。成果はまずまずといったところで、貧しいことに変わりはないが死者はずいぶんと減少したようだ。


「年中薄暗いって記憶しかねェな。まともに寄ることもありゃしねえし」


 と、語るのは例のごとく馬車の御者をつとめるジョッシュ。

 目的地であるカインド領はもうすぐだった。ウィレム・カインド宛に送った約束の期日には問題なく間に合うだろう。


「ウィレムとやらの評判は悪くないようだの……治癒術の心得、とな」

「そういや、身体の欠損を治せる魔術師がいるなんつー話を聞いたことがあるが……もしかして、そいつか?」

「……傷痍軍人などを積極的に受け入れておった……というのも、それが理由かの」


 カイネにしてみれば眉唾だが、もし事実であれば途方もない力と言える。

 しかしそれよりも重要なのは、カインド家が小規模ながらも二百年間続く魔術師の一族であるということだ。

 ソニア・アースワーズに人形制作を依頼したという一点だけでも怪しいところだが、これでカインド家が十二使徒である可能性は飛躍的に高まったと言える。


「その治癒術とやらが魔術ではなく、呪術である可能性も――」

「うっ……ぷ、うぶっ……おええ……」

「……ずいぶんキツそうだなアーガスト殿。一旦止めるかい?」


 その時不意にえづく音がして、ジョッシュは御者席から振り返る。

 カイネの隣に座っている蒼黒ローブの男は窓から顔を出し、強烈な嘔吐感に苦しんでいた。


 アーガスト・オランド。

 彼こそはユーレリア学院長お墨付き――罠を見破ることにかけては魔術学院随一と太鼓判を押された魔術師であった。


「い……いや、構わないとも。私に構わないで進んでくれたまえ……うぷっ……」

「良いのかい?」


 ジョッシュの視線がカイネに移る。


「うむ。構わん、やってくれ」

「お望みのままに」

「……ジョッシュ殿は別にしても……カイネ殿よ、貴殿はなんともないのかね……?」

「馬に酔うたことはとんと無いな」


 カイネはあっけらかんと言いながらアーガストの背中をそっと擦ってやる。

 壮年の男はすでに死にそうな顔をしていた。魔術学院領内の整備された道を進んでいるうちはまだ良かったが、そこから先は馬車の揺れも激しくなる一方だった。

 魔獣〝一角馬〟の脚の速さは通常の馬を遥か凌駕し、その代わりに乗員の快適性を犠牲にしなければならないという欠点がある。


「……そりゃあんたがおかしいんだ。カイネおまえ、初っ端から寝てただろ」

「元軍属のさがというものよ。……それよりアーガスト殿、ほんとうに頼ってよいのであろうな?」


 停めてくれとまでは言わないようだが、アーガストの体調はいかにもかんばしくない。敵魔術師の罠などがあったとして、この状態で感知することができるのか。

 当然といえば当然の懸念に、アーガストは布巾で口元を拭って言った。


「……心配なさるな、その点においては万全だ。しかし……私にもどうにもならぬ場合というものがある」

「誰にでもまぎれはあろうよ。おれもそこまでの無茶は――」

「いや、そうではない」


 アーガストは重ねた年月を感じさせる顔に深い皺を刻み、ゆっくりと首を横に振る。

 カイネはどういうことかと眉根を寄せ、ジョッシュはすでに得心が行ったように前を向いた。


「例え作為を看破したところで、カイネ殿があえて踏み入ることを望む以上は危険がともなおう。……この意味がわかるかね?」

「……む」


 アーガストの忠告はもっともだった。

 罠であることが明らかだというのに、それを承知で踏み込もうという決断がそもそも危険なのだ。逃れ得る策ならばまだしも、カイネが必然的に誘い込まれてしまうような罠があったとしたら。


「カイネ殿は呪いを解く術を求めておられるのだろう? ――私にはね、相手もそのことを計算に入れて罠を張り巡らせているとしか思えないのだよ」

「……おれの方でも心しておくしかなかろうな」


 ウィレム・カインドが呪いを解く手掛かりに繋がる線は極めて薄く思える。今回の目的はただ一つ、ソニア・アースワーズから仕入れた人形を何のために使ったかを探ることのみである。

 しかしながら妙なことは数多い。先日魔術学院に現れたネイト・クロムウェルという男もそうだが、ソニア・アースワーズの不審死も原因不明のまま。これらとウィレム・カインドには一体どのような関係があるのか。


(たかが一領主が全ての絵を書いたとは思えん。……まるで、別のなにかが糸を引いているような……)


 カイネは思わずアーガストの背中をさする手を止め、見果てぬ何かに思いを巡らせた。

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