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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
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二/手合わせ


 ソニア・アースワーズの遺体は看守が朝食を運び込んだ際に発見された。

 発見時、遺体はすでに冷たくなっていた。

 傍目には眠っているようにしか見えず、目立った異変や体調不良も一切無かったことから確認が遅れたという。


 外傷は無し。もちろん侵入者などがあった形跡もなし。

 ただ、心臓が停まっただけ。

 まさしく眠りにでもつくように、ソニア・アースワーズは死んだ。


「……このことを知っているのは?」


 学院長室――カイネはユーレリア・コルネリウスに鋭く視線を送る。

 妙齢の女性ながらも学院長を務める彼女は眉間に深い皺を刻み、言った。


「アルトゥール国王陛下、収監に携わるごく一部の人間と文官……後は私たち、と言ったところでしょう。あれほどの事を起こした罪人にまんまと逃げられたとあっては王の威信に関わりますから」

「冥府に逃げ落ちるとはな。術師としては半端者と思っておったが……敵もなかなかさるものよ」


 カイネはユーレリアの対面のソファに座り、カップの茶葉に口を付ける。

 ソファの後ろにはジョッシュが立ち、嫌そうな顔で無言を守っていた――『俺も知りたくもありませんでしたがね』と言わんばかりの表情。


「……カイネ殿は、〝人形師〟の死が自然なものとお思いで」

「いいや。不自然でないところがないくらいだ」

「では…………やはり、人為的なものでしょうか」


 ユーレリアは周りをはばかるように声を抑え、おそるおそる疑念を口にする。


「いや知らぬが」

「えええええ」

「魔術は専門外のおれに分かるわけがなかろう」

「それはまぁ確かにそうですけども……」


 カイネが現れてからユーレリアの気苦労はとどまるところを知らない。それでもカイネに辛抱強く付き合うあたり、学院内の〝神殿〟に収容されていた危険物を敷地内に留め置こうとする涙ぐましい努力がうかがえる。


「誰がやったか、どうやったかなど今はよい。問題は、なぜ今かということだ」

「――カインド家との関係を供述した後に、ということですね」

「うむ」


 ソニアがカインド家との関わりを吐いたのは死のおよそ一週間前。

 口封じにしては手遅れだ。手遅れと気づかずに殺したのかもしれないが、真面目に口をふさぐつもりがあるならもっと早くにやるだろう。

 外傷が無いというのも妙だ。王の威信を傷つけるのが狙いなら、もっと派手に遺体を傷付けて外部の犯行であることを喧伝するべきだろう。


「……実際のところ、単なる自然死とした方が辻褄は合うのだがな」

「なにもかもが中途半端ですからね。いっそ偶然で片付けたいところなのですが……よりにもよって彼女が、というところはいかんせん偶然では片付けきれないところです」

「いやまったく。カインド家のやつらもますますきな臭くなってきおった」

「カインド家――そういえば先方からお返事があったとのことですね」


 重要な伝達事項についてはユーレリアも把握しているのだろう。カイネは「そのことよ」と頷いて話を切り出す。


「ウィレム・カインドはソニア・アースワーズへの依頼があったことを認めた。彼女とは個人的に親交があり、人形師としての腕前を拝見する機会があった……とな」

「意外ですね。そうもあっさりと認められるとは」

「おれもおおむね同感だ。……ここでひとつ仮定すると、ソニアがいま死んだことにある程度の筋が通る」

「……それは?」


 ユーレリアの問いに、カイネは淡々と応じる。


「カインド家とのつながりを吐いた後なのに死んだ、というのはいかにも不自然だが……吐いた後だから死んだ、とすればどうだ」

「……自白したのは尋問に耐えかねたのではなく、我々に情報を与えることが目的だと?」

「ウィレム・カインドはおれを招待したいらしい。これだけでも罠と疑る理由になるが――手掛かりを寄越したソニアが死んだとなれば、いよいよ罠と見なさぬわけにはいかぬだろう」


 カイネはそう言ってウィレムからの返事を机の上にすべらせる。

 ユーレリアはその紙面に目を走らせ、全てを理解したように頷いた。


「……向かわれるつもりですね?」

「止めぬのだな」

「他に手掛かりもない状況で、あなたを引き止める手札は何ひとつありませんからね――ですが、まさか明日から向かわれるというつもりでは無いでしょう?」


 ユーレリアはどこかいたずらっぽく微笑む。

 こちらの心胆を見透かしたような物言いにカイネも少しばつが悪い。


「ずいぶん話が早いではないか」

「カインド家の情報……それと、魔術的にサポートできる魔術師が入り用でしょう。そちらのジョッシュさんはあくまで魔獣使いと聞き及んでおりますから」

「あァ、結界だの何だのといった魔術はあいにくお手上げでして。……しかし、カイネの御眼鏡に適う魔術師となるとずいぶん高く付くんじゃないかと思いますがね」

「ふむ……いや、そこはおれも無理にとは言わぬのだが……」


 カイネはこれまでに数多の魔術師を鎧袖一触にしていたが、それはお互いに突発的な遭遇戦だったからという側面もある。

 相手が万全の用意を整えてカイネを待ち構えているならば、これまでのように剣のみをもって薙ぎ払えるという保証はどこにも無い。

『あまねくこの世に斬れぬものなどありはしない』というカイネの剣の理にして呪いは、カイネ自身すらもその例外ではないのである。


「言っておくが……どれだけ優秀でも生徒は連れていかんからな」

「無論です。前回のようなことは例外中の例外なのですから」


 前回、とはクラリーネをアースワーズ領にまで同行させたことだろう。

 あれこそカイネが臨時に保護者を務めているからこその特例だ。クラストには平らに謝罪の手紙を送ったことで許しを得たが、三度目は無いと釘を差された。――以前のカイネのルーンシュタット領への貢献に免じてあと一度までは許容するということらしい。


「……うむ、それは身に沁みておる。ひとまずは、ユーレリア殿の人を選ぶ目を信じさせてもらおうかの」

「そのように取り計らいましょう。……ですから、急な出発は何とぞお控えくださいね本当お願いします」

「なにとぞ色々と済まぬな……」


 ソニア・アースワーズによる魔術学院攻めがあってからまだ一ヶ月、何かと気が立っている頃合いだ。

 魔術学院とは一領地の都市に等しく、その長として周辺領主や国王との関係にも心を砕いているに相違ない。


「例の人形遣いの屋敷じゃカイネの人形が襲ってきたんだろ? 今度は同じような人形どもが寄ってたかって来るかもしれねェな」

「その程度で済めばいいんだがの……」


 後ろから口を挟むジョッシュにカイネはため息をつく。

 あれは結局まがいものだった。まがいものであればこそ、カイネは造作もなく打ち破ることができた。

 だからこそカイネは懸念する。

 もしもあの人形が、イルドゥ・エンディラスの人形と同じように魂を宿したものであったならば――自分はこのまがいものの身体で、〝彼〟に打ち克つことができただろうかと。


 ***


 カインド家の情報収集を頼んでから結果が出るまでの空白期間――

 カイネは日課に精を出すべく川辺で水浴びを済ませたあと、人気のない昼下がりの中庭で型稽古を始めた。


 切り下ろす。

 一歩踏み出し、切り下ろす。

 手首を返し、切り上げ。

 残心し、振り下ろし。

 一歩退き、なぎ払い。


 一振り一振りが刃に羽虫の止まるような遅さでありながら、手元はぴくりとも震えない。冗談のようにちいさな手から自在に振るわれる剣は、決してその身体に合わせて鍛えられたものではないにも関わらずひどく掌に馴染む。

 静かだった。

 呼吸も、足さばきも乱れない。

 緑の茂みを踏みしだく力は軽く、銀の剣光が瞬いた後にかすかな風の音が過ぎていく。


 対手の踏み込みを見切り、踏み込んで斬る。

 振り下ろしの出足を挫き、刃先を絡め取って捌く。

 鍔迫り合い(バインド)から身体の外側に回り込んで斬る。


 仮想敵の想定しての踏み足や間合い取りも、動きはあくまで最小限。

 ちいさな身体の繰り出す剣筋は生前となんら変わりない――否、生前よりなお洗練されていよう。

 最終的なカイネの剣筋は、彼の晩年につちかわれたものだった。齢一〇〇を越えてやせ衰え、それでもなお棒振りを止めることのできなかった人間が編み出した剣の精髄。

 全身の力をあますところなく伝達することを要諦とする剣に取り、腕の筋力とは不要どころか妨げですらある。

 ゆえにこそカイネは老境に至って衰えるどころか鋭さを増し、ついには〝刀神〟とさえ呼び習わされるに至ったのだ。


 もっともそのころカイネは世俗から隔絶し、当世の風評をついぞ知ること無くこの世を去ったのだが――


「お美事ですね」


 不意に、声がした。

 渋みのある男の声だった。


 カイネはひゅっと刃を払って鞘に納め、男の方に向き直る。

 灰色の髪、にこやかな笑みを浮かべた痩身の優男。目が糸のように細く、軍人を思わせる格式張った礼服に一振りの剣を帯びている。


「これは失敬した。没入してしまって」

「いえいえ。実に良いものを拝見させていただきました」

「……おぬしも剣に心得が?」


 カイネは男が腰に帯びている剣――鋭く湾曲した刀をちらりと一瞥する。

 魔術学院に通されているからには魔術師ゆかりのものだろうが、刀を杖としているのか、はたまた護身道具として用いているのか。ソーマ・ルヴィングのような身体能力増強を得意とする魔術師の可能性もあろう。

 男は微笑みをたたえたまま言った。


「私が何者かは問われぬのですね」

「それはおぬしとて同じであろう?」

「私はあなたが何者かを存じておりますから。カイネ様」


 ――こちらを知っているのか。

 カイネは赤銅色の瞳を鋭く細め、男は困ったようにがりがりと髪を掻く。


「いやはや、警戒されてしまいましたか。私ネイト・クロムウェルというものでして――来年には私の息子を是非学院に、と考えていたものですから。近くを通り掛かった機会に挨拶にうかがわせていただいたのですよ」

「なるほど。……では、やはり貴殿は魔術師の一族なのですな」

「ええ、そのようなものです。ところで、お鉢合わせした記念にというのもなんなのですが……ひとつ、お手合わせ願えませんか?」


 男――ネイトは表情一つ変えないで刀の柄にそっと触れる。

 カイネはその急な申し出にぴくりと眉を震わせた。


「腕に自信がおありと見るが」

「自信は、ええ、そうですね。あなたほどではございませんが、それなりのものではございましょう」

「……ふむ」


 カイネは怪訝そうな顔をするが、手合わせの相手となれば欲求は抑えがたい。戯れに刃を交える間柄とはいかにも得難いものなのだ。

 ――怪しい男だ。怪しい男であればこそ、手合わせの最中にその意図やしっぽを出すこともあろう。


「相分かった。承けよう」

「さすがはカイネ様、話がお早い。勝負は剥き身でよろしいですか?」

「……おれは構わんが。手合わせ、ということでよいのだろうな」

「ええ、ええ。斬り殺されては敵いませんから、そこはご容赦を」


 ネイトは冗談めかして言うが、やはり表情は変わらない。まるで貼り付いたような笑みのままだ。

 彼が刀を抜くとともに、カイネもまた剣身をするりと抜き払った。

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