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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
四章/死霊宴舞
65/84

一/訃報

主要登場人物紹介:

カイネ・ベルンハルト

呪いによって銀髪女児の姿と化したクソジジイ。

ジジイ本人の魂ではない可能性が出てきた


ジョッシュ・イリアルテ

ヴィクセン王国軍人でカイネのお目付け役。

カイネが本物でも偽物でもわりとどうでもいいと思ってる。


 ひとりの妙齢の女が、石造りの寒々しい廊下を歩いていた。

 両腕は手枷で拘束され、鎧を身に付けた看守ふたりが両隣を固めている。


「入りなさい」


 廊下の突き当りにある格子戸の鍵を開けられ、女は大人しく独房に入っていった。

 彼女が牢の中に入ってすぐ、後ろでガチャンと音を立てて鍵が施錠される。看守はすぐに女から見えない場所まで遠ざかる。

 独房内には椅子と机、粗末なベッド、用を足すための簡便な厠があった。

 女は疲れ切った足取りで椅子に腰を下ろし、深いため息をつく。灰色の囚人着に包まれた身体は収監される以前よりもわずかにやせ衰え、頬はこけ、短く切られた金色の髪は十分な手入れができないせいでほつれがちになっている。


「……誰が吐くものですか」


 女は肘を曲げて口元に手を近づけ、忌々しげに爪を噛んだ。

 彼女はソニア・アースワーズであった。

 ソニアはすでに一ヶ月ほど尋問部屋と独房を往復する生活を続けていた。彼女がアースワーズ家の呪術を得るに至るまでの経緯、その呪術を用いての活動はすでにほとんど話した後である。

 しかし彼女はただ一点において、どれほど問い詰められようとも口を割ろうとしなかった。

 ――領主城館の〝工房〟に残されていない人形は、果たして誰の手に渡ったのか。


 ソニアの野望はすでに潰えた。権力を失い、蓄え続けた兵を失い、おそらくこの牢獄から出ることも二度と叶わない。

 だがそれでも、あの人形を誰のもとに送ったかということだけは話せない。断じて話してはならない。それはおそらく〝あの方〟の意向に寄るものだ。ソニアの元に届いた依頼は全く別の者からだったが、彼らにも〝あの方〟の息がかかっていることは疑いようがない。〝あの方〟が直接表立って動くことなど考えられないし、〝あの方〟の深謀遠慮を計るべくもない。だからソニアには話せなかった。〝あの方〟に叛くような真似をするくらいなら、尋問を耐え抜くことなど造作もない――


「話してしまうがよい」


 その時ソニアの後ろから声がした。渇いた女の声だった。青白い手がソニアの両肩にぽんと置かれる。


「え――」

「振り返るな。声を抑えよ。妾は汝の膝下におるのだぞ」


 ソニアは椅子に座ったままぴくりとも動けない。自分以外誰もいないはずの独房で、誰が、なぜ。

 女の声が、ソニアの耳元を掠めていく。


「もうよいぞ、妾が門弟アースワーズの末裔よ。全てを話してしまうが良い……『カイネ・ベルンハルトを模した人形を創り上げたのはカインド家からの依頼に寄るものです』とな」

「っ……ま、まさか、あなたさまは……」


 ソニアはごくりと生唾を飲む。尋問に耐えかねた精神が生み出した幻聴ではないかという思いに駆られながらも、本心では声の主の正体を確信する。


「気づいたか? なれば妾の名を呼ぶほまれをやろう」


 女はソニアの後ろでにやにやと笑った。長く艷やかな銀髪が揺れ、ソニアの視界の端を掠めた。

 ソニアは息を呑み、畏れ多くもその名を口にした。


「あ……アーデルハイト、女王陛下様……」

「左様」


 女――――アーデルハイトを名乗るものは小さく鼻を鳴らした。

 アーデルハイト・エーデルシュタイン。現代に連なる魔術の祖にして十二使徒の源流、呪術師の総本家でもあるかつてのヴィクセン王国女王。

 カイネ・ベルンハルトに誅殺されて歴史の表舞台から姿を消した彼女は二百年後のいま、ソニアの真後ろにいる。


「な……なぜですの、陛下。カインド家とのつながりを口にすれば、それはきっとあなたさまの不利益にも……」

「舞台の仕込みは済んでおる。後は役者を招くだけ……となれば餌のひとつも必要であろう?」

「……で、ですが……」


 彼女の声には断固たる確信があった。彼女の見通しているものが見えぬためにソニアは迷い、逡巡する。


「妾はおぬしの働きに報いよう。妾の築き上げる国にはおぬしの席を用意する……十二の使徒のための席よ」

「く……国を――」

「左様。魔術を遠ざけるような惰弱者が王位にあってはこの国も近く滅び去ろう。おぬしにあれほどの力がありながら一領主の座に留まっていたのも、ひとえに王の見る目のなさ……力を手懐ける器量を持たぬゆえ。下々にどれほど優秀なものがあろうと、上があれではどうにもならぬ……挙げ句、この妾が基礎を築き上げた養成機関を隔離措置として運用するなど愚鈍の極み。かくなる上は、妾か……妾でなくとも、然るべきものが上に立たねばならぬ」


 ソニアは絶句する。そしてこれが幻聴などではないことを確信した。彼女のことばはソニアの不満不平を的確に突きながらも、彼女自身では思い付きもしなかった遠大な計画を語っていたからだ。


「……ですが、私はもはやお力にはなれません。この檻で朽ちていくばかりでしょう」

「安心せよ。おぬしがやつらに餌を撒いたあかつきには、必ずやおぬしを妾の膝下に招き入れようぞ」

「そっ、それは真でして……っ!?」


 ソニアは思わず声を上ずらせ、彼女はくすくすと笑う。

 そして耳元で囁いた。


「妾に真偽を問うか」

「……もっ、申し訳ありませんっ」

「後ろを見てみよ」


 笑い声とともに、ソニアの身体をいましめていたこわばりが解ける。

 彼女はおそるおそる腰をひねり、ゆっくりと後ろを振り返った。


「…………え」


 誰もいない。

 彼女の後ろには――否、独房のどこにもソニア・アースワーズ以外の人間はいなかった。

 ソニアは呆然としたままうつむき、ふと床の上にきらりと光るものを見つける。


 一筋の、長く艷やかな銀色の髪。


 ***


「ベルンハルト殿、お手紙です!」

「相済まぬ。戸口に入れておいてくれ」


 早朝。自室内で軽い屈伸運動をしていたカイネは部屋の外からの声に応え、扉の方に目を向ける。

 この部屋の扉には小さな開閉口が付いており、手紙などは外から放り込めるようになっていた。


 どれどれとカイネは手紙を拾い上げる。

 差出人の名はウィレム・カインド――ヴィクセン王国東方辺境部の後背地を領するカインド家、その現当主を務める男であった。

 カインド家には以前カイネから手紙を送っており、その返事が来たということであろう。


「……ふぅむ」


 カイネは書面に目を通すなり眉をひそめる。

 その内容はカイネからの手紙――『ソニア・アースワーズに人形制作を依頼したのはどういう目的か』という問いかけに対し、飽くまで美術品収集の一環に過ぎないと釈明するものだった。

 カインド家と関わりがある、とソニアが吐いたのがつい先週のこと。尋問によって得られた情報はあますところなく伝えられ、カイネも動かないわけには行かなくなったというわけだ。


『私にやましいことは何ひとつありません。もしも必要ならば一度、我が屋敷にカイネ殿をご招待いたしましょう。その際もしよろしければ、是非ともカイネ殿の剣技などご覧じ入れたく存じます。日時などは全てカイネ殿のお望みのままでかまいませんから、何とぞよい返事を心からお待ちするものです――』


 ウィレム・カインドからの手紙はそのように結ばれていた。

 カイネが意外に感じたのは、ソニアとの関係をあっさりと認めたことだ。

 ソニアはいまや魔術学院――ひいては王に弓引いた大罪人という立場であり、その当人との関わりを否定する素振りも見せないのは少々予想外だった。

 よほど偽装に自信があるのか、それとも嘘偽りない潔白なのか。

 しかしカイネの疑念は依然として変わりない。

 ソニア・アースワーズが腕のいい人形師であることは確かだが、その事実はほとんど世間に知られていない。実の姪であるシャロン・アースワーズすら知らなかったことなのだ。

 にも関わらずウィレム・カインドはソニアが腕利きの人形師であることを知り、そしてカイネ・ベルンハルトの人形制作を依頼したという。


(……罠か)


 よもや相手もこのような言い訳で誤魔化せるとは思ってもいまい。

 カイネに疑問を抱かせた上で、わざわざ招待まで申し出たのだ――こちらがカインド家を訪ねる大義名分をわざわざ作るかのように。


(乗ってやるかの)


 カイネは一旦腰を下ろして承諾の返事を書き上げる。

 ただし希望の日時は空欄のままだ。ウィレム・カインドとは何者か、カインド家はどれほどの力を有しているのか――最低限の情報を得てからでなければ乗り込むにしても危険すぎる。

 国王の助力は得られないだろう。ソニア・アースワーズと交流があったとはいえ共謀していたような証拠は全くなく、魔術学院に攻め込んだ一件とは無関係である可能性が極めて高いからだ。


(魔術師ギルドを当たってみるかの……)


 通り一遍の情報は学院長を頼れば手に入るだろう。しかし、実際に足を運んで体感した経験のある生きた情報は傭兵や軍人のたぐいを当たってみるのが一番だ。

 これが東方辺境の最前線ならば、かつて軍属だった頃のカイネも足を踏み入れたことがあるのだが――いずれにせよ、二百年以上も昔の体験では役に立つまい。

 カイネは寝巻きから制服に着替え、妖刀・黒月を腰に帯び、書き終えたばかりの手紙を懐に入れる。そして学院長との約束を取り付けようと部屋を飛び出し――


「待ったカイネッ、急ぎだ! 急の報せだッ!」

「……なんだジョッシュか」

「なんだとはなんだ。重要らしい手紙を持ってきたっつぅのに」


 廊下を大股に歩みだしたところで後ろから声をかけられる。

 ジョッシュ・イリアルテ。

 カイネの私室がある教授棟までやってくることなど滅多にないこの男の来訪に、カイネは思わず眉をたわめる。


「わざわざおまえさんが来るとは珍しいな。誰からだ?」

「ユーレリア学院長からだ。他の教授や生徒にも秘密厳守って話だぜ――読んだらすぐに学院長室に来てくれ、とよ」


 ジョッシュは急いで走ってきたのか、きざっぽいブラウンの髪が額に張り付いていた。彼は幅広な肩を上下させながら一封の手紙を差し出す。

 ウィレムからの手紙とは別々に持ってこさせた理由も秘密保持のためか。


「おまえさんには良いのか」

「カイネに任せるってよ」

「ふむ。……まぁ、見てみるか」


 カイネは廊下の壁にもたれかかって封を切る。

 紙面を広げてみるなりカイネは目を丸くした。


「どうした。何があったってんだ?」

「死んだ」

「……誰がだよ」


 カイネの端的な答えにジョッシュは思わず声をひそめる。

 この報せが秘密厳守とされた理由は掴めない――だが、この情報によってウィレム・カインドへの疑惑がますます深まったことは確かだ。

 カイネは淡々と言った。


「ソニア・アースワーズが死んだ」


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