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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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二十一/起死回生

「あ゛いだッ」


 魔術学院への襲撃が過ぎてからはや五日。学院内の図書館で自習中だったシャロンは不意に結い上げた髪を押さえ、かすかな声で痛みを訴えた。

 ネレムは立てていた本を倒し、机に乗せていた顎を上げる。


「……どうかしたの? シャロン」

「んっ……なにやら急に、髪を締め付けられるような感じがしたのであります」

「じゃあ、見るよ」

「いや、そんな気にするほどのことでもないと思うのでありますが……」

「……髪留め、リーネからもらったやつじゃなかったかな……?」

「それはそうでありますが――それがどうかしたであります?」


 シャロンは髪を結っていた銀の髪留めを外す。「むっ」とかすかな違和感を覚えたように眉をひそめ、手の中の髪留めを観察する。


「……少し縮んでいるような気がするでありますな」

「それはわからないけど……」


 ネレムも身を乗り出して覗き込み、その肩の上にいる白い毛玉のような魔獣をそっと撫ぜる。

 ほどなくして彼女は言った。


「これ、リーネの魔力で作られてるみたい」

「えっ……そういえば、そのようなことを聞いた覚えがあるでありますが」


 魔力がこもっている品物、とは聞いた。しかしクラリーネ自身の魔力によるものとは初耳の気もする。


「……ううん、違うかな。品物、というか……魔力の塊。リーネはいつも丸いのを連れてたけど、あれと同質だと思う」

「そ、そんなものを頂いていたのでありますか……」


 クラリーネはあの銀色の球体をいつもどこにでも引き連れていた。形を変えられるとは聞いていたし、実際にそうするところも目にしたが、それを自分に贈られていたとは思いもよらなかった。


「……で、それがどうして縮んでいるのでありましょう……?」

「魔力が向こうに流れ込んでるのかも」


 この髪留めは言うならば分身。いざという時にはシャロンの身代わりとしての役目を果たしてくれたのかもしれない。

 その分身から、本体側に魔力が流れ込んでいるということは――


「向こうで、何かあったのでありましょうか?」

「……それは」

「今ごろは、もう着いている頃合いでありますよね。リーネの魔力が枯れるようなことがあったとしたら……」


 シャロンの想像が不穏な方に働く。それは単なる考え過ぎとも言いがたい。なんとなればクラリーネは危険も辞さず、シャロンのために敵地に飛び込んでいったのだから。

 ネレムはシャロンの肩に手を置いてささやく。

 

「……まず、落ち着こう」

「で、ですが。もしかしたら今このときにも――」

「できることはあるから、それをしよう。そうする他にはないと思う」

「……わ、わかったであります」


 シャロンは掌の上に載せた髪留めを凝視する。はっきりとした変化があるわけではないが、以前は鮮やかだった白銀がどこかくすんで見える。


「意識すれば、届くと思う。魔術を使うときと同じように」

「……そ、そんなので大丈夫なのでありますか? リーネがいるのはずっとずっと遠くでありますのに――」

「遠くじゃない。……リーネは、その体の一部みたいなものをシャロンに預けたんだから。……リーネは、ここにいるんだよ」


 身体の一部――その表現は決して誇張ではないように感じられた。それを手ずからシャロンに渡したということが、何を意味するかも。

 シャロンは両手で包みこむようにぎゅっと髪留めを握り締める。魔力量には自信がある。それしか能がないと言ってもいい。だからこそシャロンの魔術は、物量と出力に特化した質量投射を大の得意としているのだ。


「……どうかな。感じる?」


 ネレムのささやき。

 シャロンの魔力が白銀の断片を通じて流れ込んでいく。にも関わらず髪留めが少しも形を変えないのは、魔力がどこかに流入しているという証か。


「際限なく持ってかれる感じであります。でも、そこまで激しくは……」

「……ちゃんと、通じてればいいけど」


 ネレムのちいさな手がシャロンの掌にそっと重ねられる。

 シャロンはかすかな疲労感に額を汗ばませ、ふとネレムを一瞥した。


「……ネレム。すこし、不思議なのでありますが」

「うん」

「こんなことまで、よく付き合ってくれているでありますな……?」


 シャロンとネレムは一年以上かけて友好を温めていた仲であるが、学院全体に累が及ぶほどのワケアリとは思いもよらなかったのではないか。

 寝泊まりを同じくする部屋が襲撃されるという災難に見舞われながら、ネレムの態度にはまるで変わったところがない。


 ネレムはとろんと眠たそうな目をぱちぱちと瞬かせ、言った。


「……友達だからじゃ、だめかな」

「め、めっそうも。だめなどということは決して無いのでありますが、その、たくさん迷惑もかけておりますから――」

「私にも、後ろめたいことはあるから」

「……ど、どういうことであります?」


 ネレムが常日頃から居眠りに悩まされていることかと思うが、そこは今に始まったことではない。お互いに持ちつ持たれつの間柄である。

 シャロンは不思議そうに首を傾げ、ネレムはふるふると首を横に振った。


「大したことじゃない。……それより、こっちに集中」

「りょ、了解であります!」


 若干ごまかされたような気はするが、ネレムの指摘はごく真っ当だった。

 シャロンはきゅっと目をつむり、両手をぎゅっと握りしめる。白銀のかけらにありったけの魔力を注ぎ込む――ネレムとともに。


 それは、まるで祈りのようだった。


 ***


「な……ッ?」


 セルヴァは驚きに目を見開く。

 突然のことだった。

 なんの前触れもなく、クラリーネの周囲を浮遊する白銀の〝妖精〟が激増したのだ。


 その数258。

 先ほどまでのゆうに三倍を上回る力が果たしてどこから現れたのか――


「私、まだやれるみたい」

「ま、待ちたまえッ! いったい何が――」

「急ぐから」


 クラリーネ自身にさえ、その力の出処はわからなかった。

 ただ、自らと一心同体の〝魔働甲冑〟から流入していることだけは確かである。


 そして――この胸の奥にともったぬくもりはなんなのだろう。

 クラリーネは考えるよりも早く金属椅子を乗り越えて吹き抜けの大広間に躍り出る。「馬鹿ね、追い詰められてやけに――――ッッ!?」上階のソニアがにわかに息を詰まらせる。


 全身に魔力があふれる。

 秒単位で使役する妖精が数を増していく。

 三〇〇、四〇〇、四五〇――単独で全力展開しての最大数であった四六一基を瞬く間に上回る。


「う――撃て、撃て、撃ちなさいッ! 虚仮威しよあんなものッ、欺瞞術式だけでごまかしているに決まってますわッ!」


 ソニアが命じるより早く、人形歩兵の横隊はクラリーネに照準を合わせていた。

 援軍を含めれば一〇〇を超えるであろう幽体投射筒が、全くの同時に不可視の弾頭を解き放つ。


「防いで」


 クラリーネの周囲を旋回する〝妖精〟はそれぞれに折り重なり、中空で花弁のような盾を形成。幽体(アストラル)弾を相殺、あるいは完璧に防ぎ切る。

 一〇〇発以上の凶弾を余すところなく。


「う――ぅ、うそ……うそよッ!! こんな子どもが……こんなクソガキがあぁぁッ!!!」


 ソニアもまたクラリーネに狙いを定め、引き金を絞る。筒先から連射される絶え間ない幽体弾の雨が降りそそぎ、


「きかない」


 クラリーネはただ片手をかざした。そのちいさな手を鎧う白銀はいともたやすく全ての幽体弾を弾き飛ばした。

 続けざまに伏せ目がちの双眸が戦列人形兵を一瞥――無数の妖精が花開き、その中心点に白い光を蓄積する。

 大気中に飽和した魔力の臨界点。

 クラリーネはただ一言、静かに詠じた。


「攻性呪働甲冑根源解放――――〝妖精式・彩花〟」


 戦列人形兵を四方八方から取り囲む白銀の外殻――総数にして六七二。

 光の線が弧を描く。白い光条が尾を引く。無数の軌道が折り重なり、鮮やかな光の花を形作る。

 その光条のひとつひとつが刃にも等しい鋭さを持ち、鉄をも溶かす熱を持っていた。光の穂先が人形兵を穿ち抉り斬り刻み撃ち貫き、命なき兵を穴だらけの残骸に変えていく。


「あ――――あ、あ、やめなさッ、やめッ、やめなさッ、あああぁぁぁぁッ!!!」


 ソニアは引き金を絞り続け、クラリーネの妖精はその全てを余すところなく遮断する。

「そこ」とそっけなくつぶやき、彼女が使役する妖精は通路の反対側に回り込んできた人形兵を無慈悲に貫き潰した。


「……助けられたんだ」


 クラリーネはそっと胸に手を当て、そして理解した。


 これはいったい誰の魔力なのか。流入してきたものを感じるだけではわからなかったが、幽体(アストラル)の光条として具現化したものにはどこか見覚えがあった。

 想起したの天蓋を覆うような網――――そして真っすぐに突き放たれる槍。

 ネレム・ネムリス。シャロン・アースワーズ。


「……なんと……なんとすさまじい力か……」


 セルヴァは金属椅子に腰掛けたまま、唖然としたように目を見張る。手にした幽体投射筒もすでに下ろした状態。

 人形兵の援軍はもう無いようだった。あるいは、先ほどの一撃に巻き込まれて全て消し飛んだか。


 クラリーネは再び周囲に妖精を旋回させながら上階を見上げ、目を眇めた。

 ソニアは颯爽と背を向けて逃げ出していたのだ。

 追ってとどめを刺すべきか――


「……クラリーネくん、今は脱出か合流に専念すべきではないかな。その力……おそらくだが、ずっと続くものではないのだろう?」

「……それは、そう」


 セルヴァの冷静な言葉を聞いて踏みとどまる。

 友の助力があってこそ得られた脱出の好機。下手に深追いなどしてしくじったら目も当てられないことになる。それに、まだ温存されている人形兵がいないとも限らないのだ。


「外に向かいます。カイネさんも言ってたから」

「……良いのかね。カイネ殿の安否も少々心配ではあるのだが……」

「だいじょうぶ」


 クラリーネは確信的に頷いて人形の残骸を踏みしだく。

 セルヴァを載せた金属椅子の脚は、残骸の隙間を器用に抜いながら進む。


「……それは……何か根拠でもあるのかね?」

「いまの私の術式――〝妖精式〟を全部斬って捨てた人だから」

「怪物ではないか……」


 先ほどより妖精が二〇〇は少なかったが、それでも十分に人並み外れているのは確かである。

 クラリーネとセルヴァはともに連れ立って広間を抜け、外に向かって一目散に歩を進めた。


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