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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
一章/魔術学院
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六/制服

 数日後――カイネの居候生活がすっかり板についた時分。


「カイネ殿、こちらにいらしたのでありますね!」

「……おぉ、シャロン。授業は終わったのか」


 カイネがいつも通り型稽古をしていたところ、シャロンが早足でやって来る。

 時刻はすでに昼下がり。


「はい! それでカイネ殿にお知らせがあるのであります!」

「よい報せか、わるい報せのどっちだ」

「もちろん良い知らせでありますよ! カイネ殿の服ができたそうなので取りに参りましょう!」

「あぁ、そうであったか。すぐに行こう」


 カイネは抜き身の刀身を鞘に収め、濡れタオルで顔を拭く。

 いつもは鍛錬のあとに水浴びをしていたが今日は夜に回すことにする。


「カイネ殿はいつも歩きにくそうにしていたでありますからな!」

「よく見ているな」


 カイネは思わず苦笑いする。

 一番小さいサイズでも地面と擦れそうな有様なのだ。裾を踏みつけることも充分にありえた。


「ネレムはどうかしたか」

「部屋でダウン中であります」

「いつも通りだな」

「せっかくであります、カイネ殿の正装で驚かせましょう!」

「なにも驚くほどのことでもあるまいに」

「カイネ殿のことですから、正装などすることはずいぶん無かったのでありましょう?」

「……いや、一杯食わされた。確かにそうだ」


 カイネは呵々と笑い、シャロンの後をついていく。

 向かう先は学舎内の衣装室。


「しかし、思ったのでありますが」

「うむ」

「私ごときがカイネ殿の案内役でよろしいのでありましょうか……?」

「今さらなにを言い出すのだ」

「いやはや、普通は教授の誰かが務めるのではないかとふと……」

「おまえさんが志願したのではなかったか」

「それは間違いのないことでありますな!」


 自信満々に胸を張るシャロン。

 そのうちに白壁の学舎が近づく。


「……おれの扱いを考えあぐねているのかもしれぬな」

「扱い、でありますか?」

「実際のところ、おれはなんだと思う?」

「尊敬するべき御仁であります!!」

「……そういうことではなく、学院にとってなにか、だ」


 カイネはかすかに頬を染める。かくも率直に敬意を示されるのは珍しい。

「あ、そういうことでありましたか……」とシャロンは気恥ずかしげにポニーテールの先をつまむ。


「……お客様、でありましょうか?」

「客はそう長く居着かんだろう。普通は身元が明らかであろうしな」

「……となると、ふむ、難しいでありますね」

「そう、むずかしい。間違いなく生徒ではないが、学院関係者でもありえん。備品か?」

「備品はあんまりでありますな……」

「……まぁ、そんな具合にどう扱ったものか、問題が宙ぶらりんになっているのではないか」

「なるほどであります!」


 つまり、現状がいつまでも続くとは限らないということだが――それを今告げる理由もない。

 ふたりは学舎の廊下を歩き、目的の衣装室へと辿り着いた。


「やぁやぁ、いらっしゃいお二人さん。先にお邪魔していたよ」


 ふたりを迎えるは陽気な男の声。

 黒緑色の羽根帽子にぱりっとしたスーツを身に着けた若い男であった。


「待たせてしまったか。失礼する」

「こんにちは。服をお持ち下さった職人さんでありましょうか?」

「そう、その通りだよ。お約束の品を確認してもらいたくってね。君かい?」


 男の眼差しがカイネを見た。カイネはこくりと首肯する。


「それは良かった! 僕はギルベルト・デュランディ。この学院の制服を仕立てさせていただいているよ」

「ふむ。制服であったのだな」

「そう! うら若き俊英の少年少女を最も美しく引き立てるよう、僕が……もちろん学院側の要望も折り込んだ上で、用意させてもらっているからね。君も気に入ってくれると信じているよ、カイネ・ベルンハルトくん」


 なるほど胡散臭い男であるな、とカイネは思う。

 芸術肌とはこういうものを言うのかもしれない。


「左様か。では、ものをいただけるか?」

「ああ、もちろんだとも……っと、その前に試着をしてもらえるかな? 万が一にも不備があってはいけないからね。君の美しい姿をきちんと見せてほしいんだ」

「いちいち芝居がかった物言いを……相分かった」


 カイネはギルベルトから大きな袋を手渡される。

「部屋に戻ってくれても構わんが」とシャロンに目配せすれば、彼女は「そんなもったいないことはできません!」と大真面目に言った。


「大げさな。……では、ちょいと待っててくれ」


 カイネは衣装室の隅のフィッティングルームに入り、カーテンを閉めた。


 ***


「……なんだ、これは」


 一目見た時からすでにおかしいとは思っていたが――

 試着してフィッティングルームから出たカイネを迎えたのは惜しみない歓声であった。


「カイネ殿!! たいへん似合っておられますよ!!」

「嗚呼、これは素晴らしい……! 寸法をうかがった時は実に興奮したものだけれど……これは、想像以上と言うべきだろうね!!」

「……おまえさんら、おれをおちょくってはおらんか?」

「いやいや、まさかそんなことが」

「あるはずないでありますよ!!」


 シャロンとギルベルトは声を揃えて力強い拍手を送る。

 果たして、カイネのちいさな身体を包んでいたのは、ヴィクセン魔術学院の女子制服であった。


 軍服をモチーフにしたと思しき上衣(トップス)に胸元の鮮やかな赤リボン。

 下衣(ボトムス)は膝小僧があらわな膝上丈のミニスカート。

 色合いは上下ともに紺色で、清楚な印象を感じさせる。


「……これは女人のものであろうが!?」


 カイネはスカートの裾をつまみながら言いつのる。


「こんな話を知っているかな、カイネくん?」

「なんだ」

「さる北海の軍では男児もスカートを履いていたのだよ」

「これほど短くは無かったろうがな!」

「……なかなか鋭いようだね。はい、こちらが革靴」

「当然のように流しおったなこいつ……」


 カイネはぶつくさ言いながらも黒ソックスに包まれた脚先を革靴に通す。

 人格はどうあれギルベルトの腕は確からしい。寸法は完璧で、カイネは寸分の違和感すら覚えなかった。


「造形とは彫刻のようなものだよ、カイネくん。僕が君にその服を着せたわけじゃない。僕は今の君の姿を、理想という石の中から掘り出したんだ」

「その理想とやらはこいつを提げておったか」


 カイネは〝黒月〟の鞘を掲げる。

 ギルベルトは泡を食ったようにぽかんと口を開けた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってほしい。君のような美少女に斬り捨てられるというのはなかなか魅力的な提案だが、僕はきちんと仕事をしただろう?」

「冗談だ」

「冗談でありましたか……」

「なぜおまえさんが残念そうにする……」

「ともあれ、カイネ殿がお気に召されぬなら男子制服も頼めば良いかと思うでありますよ?」

「ま、待ちたまえ! 待て、待ってくれ! それは僕たち全人類にとっての損失だよ!!」

「やかましい」


 カイネはふむ、と少し考えて刃を抜く。

「ひっ!」とギルベルトが怯えるが、カイネは構わず刀を振り始めた。


 刃はなにものにも触れることがない。

 カイネは空のみを斬りながら歩を刻む。

 斬り下ろし、斬り払い、斬り上げ、残心。

 流れるような動きと足運びを垣間見せ、ふっとちいさく息を吐く。


 ぱちぱちぱち、と演舞を目の当たりにしたシャロンは大きな拍手。

 ギルベルトはぞっとしないように息を呑む。


「動きやすいな」

「そ、それはもちろんだとも。機能美もまた美しさの範疇だからね!」

「……初めは驚いたが、わるくはなかろう」


 おそらくは呪いとも長く付き合わなければならないのだ。

 早いうちに慣らしてしまうのも選択のひとつである。


「そこで折り入って頼みがある――(こいつ)を吊るすものを付けてはくれんか?」

「……確かに、それは必要だね。君の手のひらをわずわらせるようでは片手落ちだ。ただ働きはごめんだけれど、君の頼みならば……ううん、そうだね」


 ギルベルトは自らの顎を軽く撫でて言う。


「君のスケッチをさせてくれないかな? お代はそれで充分だ。それをヒントに何かしらの装身具をおまけするよ」

「まぁ、それくらいは別にかまわんが」

「絵は一枚刷って君にもプレゼントしよう」

「いらん」

「あ、それじゃあ私がほしいであります!」

「君はなかなか〝わかっている〟ね、シャロンくん――それじゃあ、これで話は決まりだ」


 なぜか通じ合うものがふたり。

 カイネは納刀し、ため息をつく。


「それでは、受け取りの報告をしなければなりませぬので、お先に失礼するでありますよ――カイネ殿、また後で!」

「相分かった。それではな」


 カイネは軽く手を上げ、退室するシャロンを見送る。

 

「では、カイネくん。そちらの席に座ってもらえるかな? 下書きだけだから、すぐに済ませよう」

「うむ」


 カイネは頷き、促された通り椅子に座る。

 ギルベルトは荷物からおもむろに画材を取り出し始めた。


 ***


「しかし、驚いたね――カイネ・ベルンハルトの名前が襲名制だったとは」

「……なに?」

「しかも、御本人がこんなにかわいらしい娘さんだとはね。考えもしなかったよ」


 ギルベルトはカイネと向かい合わせに座り、キャンバスに鉛筆を走らせながら言う。

 カイネは大人しく座ったままむっつりと唇を引き結んでいる。


「違うっていうのかい? 名前を聞いた時は、まさかとは思っていたけどね。その刀に、さっきの剣さばき……まさに〝刀神〟の生き写しじゃないか!」

「見たことないだろう」

「無いね。本で読んだんだ」


 ギルベルトはてらいなくほほえむ。

 

「……おれが本人だ、といったら?」

「近づこうとする努力を感じるね。僕には剣はわからないけれど、とてつもない達人に見えるよ」


 カイネはにわかに目を眇める。

 信じてもらうのは骨が折れそうだった――そんな労力を払う意味もない。


「……まぁ、それでもかまわんよ」

「気になるのは、どうして君が魔術学院に通っているのか、ということだね。君ほどの剣士が魔術を学ぶ必要があるのかい?」

「おれは生徒じゃない。便宜上、ここに身を置かせてもらっているだけだ」

「それはますます不思議だね。年はいくつだい、カイネくん?」

「三百足らずといったところだ」

「面白い冗談だね。年齢まで(かさ)ねるつもりかい?」

「……黙って描いたらどうだ」

「僕はこのやり方のほうが捗るんだ。君の様々な表情を見られる」

「被写体を動かしてどうする」

「動きの中の一瞬を切り取るんだ。そのほうが、黙っている君を描くよりもずっと生き生きして見えるよ」


 ギルベルトは言葉を交わす間も手を止めない。鉛筆の先がよどみなく、一度も止まらずに動き続ける。

 やがて、線画は三十分と経たないうちに完成した。


「よし、ありがとう。この通りだ、もう大丈夫だよ」

「早いな。……下書きだけでよいのか」


 ギルベルトはキャンバスをカイネに向ける。

 そこに描かれたものは、女子制服に身を包んだ少女が膝上の黒鞘に手を重ねて座っている様子であった。


 唇はきゅっと引き結ばれ、鋭い目付きが彼方を見る。

 年相応のいたいけさとらしからぬ剣呑さが同居しているようだった。

 少女の膝上に置かれた黒漆塗の一振りはまるで象徴めいている。


「完成図は僕の頭の中にあるからね。後はそれを現実のものにするだけだ。それに、仕上げには時間をかけたいんだよ」

「左様か。……しかし、ずいぶん美化して描いたものだな」

「いやいや、そんなことはないさ。君はただかわいらしいだけじゃない。どこか神秘的で……人を寄せ付けまいとする何かがある。僕はそれをこの一枚に表したかったんだ」


 ギルベルトはにっこりとほほえんで画材を片付け始める。

 どこまで本気なのかわかったものではない。


「おれはなんでも良いがな。約束のものはしかと頼むぞ」

「もちろんだとも。シャロンくんに渡す絵もいっしょに送らせてもらうよ」

「……それは別にどうでもよいが」


 カイネは替えの制服が入った袋を片手で持ち、立ち上がる。


「では、よろしく頼む」

「あぁ。また会えることを楽しみにしているよ、カイネくん」

「……おれはあまり会いたくはないがな」


 奇人変人のくせに仕事はできるというのが始末に負えない。

 カイネはちいさな頭を垂れて、衣装室をそっと出た。


 ***


 しばらく後、ヴィクセン王国の首都近辺で一枚の絵が出回った。

 モデル不明の少女が描かれた一枚摺りの摺物絵である。


 正確な出処は定かでない。

 噂では印刷所の職人が一目惚れし、絵を余分に刷ったのがきっかけであったという。


 静謐をたたえて座し、刀の鞘を柔らかく握るいたいけな少女。

 その可憐さは言わずもがな、独特の神聖さが人々の琴線に触れ、絵は爆発的な人気を得た。


 需要があれば供給が生まれるのが世の常。

 市井の画家はこぞって贋作を産み、数多くの模倣品を市場に流通させた。

 されど真作の重版は数少なく、終いにはそこそこの貴族でも手が届かないような超高額を記録する。


 絵に冠された題は誰が呼んだか〝魔性の娘〟。

 後に真作をめぐっての刃傷沙汰すら引き起こすことになる大陸有数の名画であった。

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