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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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十七/人形諮問

 事態は終息した。

 幸いにも生徒から怪我人が出ることはなかったが、魔術学院駐屯軍からは数十人という死傷者を出すことになった。


 危険事態の最中、カイネは学院中を奔走し、敷地内に潜入していた人形たち――さらには潜入の基点となっていた場所を破壊して安全を確保した。

 それからは時間と物量が解決した。合流した各方面部隊が人形たちに側面攻撃を仕掛け、各方の敵部隊を全滅に追い込んだ。彼らは一体たりとも逃げ出そうとはせず、最後まで戦って破壊される運命を辿った。


 人形たちを捕縛しようという試みもあったが、結果は人形たちの自壊を招くだけに終わった。


 ――ただ一体。イルドゥ・エンディラスを名乗る人形の男を除いては。


「……ほんとうに安全なのだな?」

「武装解除、拘束した上で二十四時間見張りを付けた。今のところ脱走を試みる素振りもなし、いたって従順そのものだ」


 カイネは青黒ローブの壮年の男――アーガスト教授に案内されて地下牢を降りていく。

 そしてカイネの後ろには、クラリーネとシャロンの二人組がぴたりと付いてきていた。


「……おぉ、なにか冷たい感じでありますな……」

「くっつかないで」

「リーネはぬくたいでありますな!」

「……ばか」


 シャロンはばかと罵られても何のその。仲が良いようでなによりである。

 とはいえ彼女たちには、こんな場所まで連れてこられた理由があった。


「だが、人形なのであろう?」

「その点も確認済みだ。水も食料も必要としないどころか、あらゆる生理現象が認められていない。一体どうやって動いているのだか――」

「呪術」


 アーガストのつぶやきに、クラリーネはぽつりと言う。

 彼女が連れられてきた理由はそれだ。彼ら人形はそもそも何者かという問題を解き明かすには、呪術に長けたクラリーネの知見が必要だった。


「心当たりがあるのかね」


 アーガストが振り返って問う。興味津々な学術家の表情。


「正確には、根源(マナ)。世界に満ちた根源の力を借り受けるための人為的な営為。それを呪術と呼ぶ――私が対峙した人形と同じなら、彼も間違いなくそれ」

「……頼もしい子だ。是非とも対面での検分を願いたい」

「わかりました」


 クラリーネは素直に頷いて歩を進める。

 カイネがここにいるのは、彼女らにもしものことが起きたときのための護衛に過ぎない。


「……あの、人形なら、私はいない方が良いような気がするのでありますが……」

「言うておったろう。人形とはいえ妙なやつらしい、と」

「……人形なら、私の命を狙っているのでありましょう?」


 シャロンは気丈に振る舞ってこそいるが、命を危険にさらすことへの怖れはさすがに隠せない様子である。


「怪しいとは思うのだが、どうしてもとシャロン君を名指しで面会を求めておりましてな」

「おれとこやつが必ず守る。クラリーネもついておる。ほんのちょっとだけ協力を頼めんかの?」

「も、もちろんであります。いやとは一言も言ってはおらぬでありますから!」


 力強く張り上げられたシャロンの声が、地下牢内に反響する。

 やがて四人はとある独房の前で足を止めた。


「イルドゥ殿――――」


 真っ先に声を上げたのはシャロンだった。

 藍色の蓬髪に、澄んだ青い目の男。簡素な布の服はしばらく着替えていないためかくすんでいるが、臭いはあまりしない。


(……おれとジョッシュを襲いおったやつと同じ……そうか、量産されておるのだな)


 そのジョッシュはというと、無理を押して馬車を飛ばしたつけを払うように休養に専念している。

 それはさておき、


「シャロン様」


 囚人たる人形の反応も劇的だった。

 彼はシャロンを見るやいなや、手枷をかけられ縄を打たれた姿のまますばやく膝を突いたのだ。


「ご無沙汰いたしております。この度は不覚を取り、ソニアめに私が殺害されてしまったこと慙愧の念に耐えません。ましてやかの魔女の手に落ちて一度はあなたの命を狙うという体たらく。到底お許しいただけることではありませんが、どうか――」

「しずかに」


 人形――イルドゥが堰を切ったように述べる口上をクラリーネは容赦なくぶった切った。


「あなた、名前は」

「…………イルドゥ・エンディラスと申します」

 男の受け答えは、カイネがこれまでに見てきた人形たちよりも幾ばくか自然に見えた。

 体内がからくりであることはどうやら同じのようだが。


「シャロンとの関係は」

「先代――シャロン様の母君の代より騎士としてお仕えしておりました」


 クラリーネはシャロンの方をちらと振り返る。シャロンは「……合ってるであります」とうなずき返す。


「あなたと、シャロンの間しか知らないようなことは?」

「ちょ……ちょっまっ」

「必要なことだから」


 シャロンが慌てだすのをクラリーネは手のひらで制する。

 イルドゥは少し考えて言った。


「……私はシャロン様の弓術指南役を務めていたことがあるのですが……よく、りんごの果実を射るようにねだられておりました」


 クラリーネはふたたびシャロンを振り返る。彼女はほのかに頬を赤くしていた。


「言わなきゃだめでありますか」

「だめ」

「……そんな記憶があったような気もするであります」


 ぽそぽそとささやくような声で言いながらぷいと顔を背けるシャロン。

 クラリーネは確信げにこくりと頷いた。


「わかった。この男がなにか」

「それは――真ですかな」


 アーガスト教授が驚きに目を丸くする。クラリーネはまたこくりと頷く。


「彼はイルドゥ・エンディラスという人間を模した人形であり、イルドゥ・エンディラスでもある」

「……おれにもわかるように頼めるかの」

「似ているものは同じもの……類似物の相互干渉とも呼ぶ呪術の原理原則。人間と限りなく似せて作られた人形は、人間と同じように動く」


 ここまではいい? とクラリーネはたずね、カイネは「なんとか」と応じる。


「この男は、失敗作」

「なぜだ」

「出来が良すぎたから」

「……なに?」


 出来が良ければどうして失敗になるのか。

 クラリーネはあくまでも淡々と言葉を続ける。


「この男そのものは人形。イルドゥという人間そのものではない。でも、あまりにも似ていた。似すぎていた。似すぎているものは、もう本物と変わらない。本物と変わらないものには、魂が宿る。本物のイルドゥ・エンディラスと同質の魂が」

「……む、無茶を言うでないよ。そんなことが――――」

「なければ記憶があるはずない。記憶があるなら、魂もある」

「死後の魂が乗り移った、とでも言うのか?」


 イルドゥは自らが殺されたことをまるで知っているように語っていた。それは現世をさまよっていた魂がこの人形に乗り移ったということか。


「その判断はできない。死人の魂を呼び寄せるのは死霊術の領分で、完成度の高い人形(にくたい)から魂が生まれた線も濃厚」

「……荒唐無稽、というわけにはいかんでしょうな」


 アーガストはクラリーネの言葉ひとつひとつを噛みしめるように咀嚼しながら慎重に頷く。


「……殺されてしまった、というのも……本当、ということでありますか……?」

「はい」


 シャロンの問いに、イルドゥは率直に答えた。

 少女の拳がぎゅっと握りしめられる。華奢な肩がかすかに震える。


「かくなる上は、私めはシャロン様の手助けをしたいと考えております。幸いなことながら、私は人形です。あの女の手駒です。まだ手駒と思われていることでしょう。……それゆえに、この立場を上手くすれば、あの女の裏をかけることでしょう」

「その程度の保険をかけておらぬとは思えんがな」


 自律して動く人形を停める手段が一切ない、というのはいかにも危なっかしい。手駒が暴走した時の非常停止手段を用意していると考えるべきだろう。


「……それは……その通り……かもしれませぬ」

「それに、おれはおまえさんをいまひとつ信用しきれんのだが……」


 クラリーネの洞察とシャロンの臣下に対する信頼を全面的に支持して初めて、イルドゥを名乗るこの人形(おとこ)は信用に足るということになる。

 イルドゥは口惜しげに唇を引き結び、うつむく。ひどく人間臭い仕草。


「確かにその懸念はあるでしょう。しかしながら、早急に行動せねばセルヴァ殿が手遅れになるやもしれませぬ。もしかしたら今すでに――」

「――せ、セルヴァ殿が? いっ、いまどうなってるのでありますか!?」


 この男が知る限りで、まだ殺されてはおらぬのだな――カイネはゆっくりと瞳を眇める。

 それならば、シャロンもそのことを知った以上、彼女は何よりも保護者の無事を願うであろう。肉親を失った彼女にとっては数少ない家族のような存在。


「セルヴァ殿は、地下牢に囚われております。しかしながら、あの女はしばらくセルヴァ殿を殺すつもりは無いようでした。おそらくではありますが……」

「い、今すぐ助けに行くであります! まだ間に合ううちに――」

「落ち着け」

「おちついて」


 カイネとクラリーネはそろってシャロンを静止する。彼女はやや涙目になりながらふたりを振り返る。


「そ、そうは言うでありますが!! 私にとってはもうただひとりの大切な家族で――」

「なにもおまえさんが行かぬでもよかろうが。まんまと釣り出されては相手の思うつぼであろう?」

「そう。私がいく」

「いやおまえさんもここにおってよいから」

「私もいく」


 クラリーネは強情だった。強情であるがゆえに、シャロンの助けになりたいという気持ちはこれでもかというほど伝わる。


「……あの女の城館の案内は私が務めさせていただこう。しかるにシャロン様、あなたはご自分の命を最優先になさってください。なんとなれば、それこそがあの女の大本命……唯一の狙いと言ってもいい代物なのですから」

「……わ、私のためでありますのに……私は何もしないでお留守番というのはその、あまりに……」

「なぁに、こいつはおれ自身のためでもある、さほどに気にかけることでもあるまいよ」

「えっ。……か、カイネ殿のためになること……で、ありますか……?」

「うむ」


 シャロンはきょとんと目を丸くして、心底から不思議そうに首を傾げる。

 当のカイネにしてみれば不思議な事でもなんでもないのだが。


「……恩はもうずいぶん売ってもらった後でありますよ?」

「ちがう。……そもそもおれがなんのためにここにおるか、という話だ」

「……元の姿に戻るため、でありますよね」


 シャロンのつぶやきにカイネは「うむ」と頷いて言葉を続ける。


「人形に魂が宿る、と聞いてからどうも引っかかっておってな。例えばおれのこのからだ――からくり仕掛けでこそないが、どうにもつくりものくさいだろう」

「……そ、そうでありますか? とてもきれいでありますが」

「できがよいからこそ、であろうが」


 カイネが言うと、クラリーネも得心したように「なるほど」とうなずく。

「カイネ殿に用意された肉体と人形に用いられている原理は同根ではないか、という考えですかな」アーガストはカイネの引っかかりをそっくりそのまま言葉にして表した。


「……話はわかったでありますが。だからってリーネまで……」

「あんなことまで言っといて」

「あ、あんなことってなんでありますか!?」

「自分が言ったことに責任持って」

「り、理不尽であります……!」


 カイネが魔術学院を離れていたのは一週間かそこらであるが、彼女らふたりの進展は目覚ましかった。あれほど怪しんでいたシャロンに屈託なく接しているのだから年頃の少女とは真に複雑怪奇である。


「……カイネ殿。我々魔術学院としては、公に支援するわけにはいきませぬ――なにせ人形兵の出処をこれと示す確たる証拠も発見されていないという有り様でな」

「まぁ、そのあたりはやむを得ぬであろうよ。おれもそこまでは望まぬさ」


 大きな騒ぎにはするな、とアルトゥール国王陛下に言い含められた件もある。

 すでに大事ではあるが、今回ばかりは仕掛けてきた相手が原因だろう。


「……だがしかし、個人としては呼びかけてくれれば協力しよう。まずは早期に、この男を活用した作戦を立案する必要があるのではないかね。将軍殿にはいささか余計なお世話やもしれませぬが……」

「皮肉ってくれるでないよ。……そうさな、魔術を組み込んだ攻城戦まではいかんせん知恵が回らんからの」


 アーガストが冗談めかして言い、カイネは苦笑交じりにイルドゥを見る。彼は拘束されたままだが、心なしか目の奥に意志の光が垣間見える。


「……あの、イルドゥ殿」

「はっ。なんでしょうかな」


 ふと、シャロンが膝を突いたままのイルドゥと対面する。

 アーガストはこの人形(おとこ)がシャロンを手に掛けるために同士討ちを演じて一芝居打っているのではと疑っていたようだが、その可能性はもはや薄いかもしれない。


「あなたも、できれば無事に戻ってきてほしいであります」

「私は……私はイルドゥ・エンディラスです、シャロン様。しかし私は結局、あの女の操り人形に過ぎないのではないかと思いもするのです。なんとなればこの方のおっしゃる通り、あのおんなの意のままにされない保証は私自身無いと言わざるを得ません」


 イルドゥは言った。そのやけに率直な告解は、内容とは裏腹に男の誠実さを感じさせるものだった。


「まずは生きている者の身をご案じくだされ。私は二の次、三の次で構いませぬ。そしてなにより重要なのは、あの女の痛手となるのは、あなたが生きておられることなのです」

「……あなたは、本当にイルドゥ殿みたいでありますな」

「お褒めに預かり恐悦至極」


 シャロンは恭しく頭を垂れるイルドゥを見届け、アーガストを振り返る。


「……拘束を解いてはあげられぬでありますか?」

「今は、まだ。……だが、今度の働き振り如何ではそのように手配できるやもしれませぬな」

「……わかったであります。――――あの、カイネ殿」

「うむ。任しておき」


 なんとなれば、このまま人形遣いを放置したまま解決と言えるはずもない。シャロン個人の問題ではもはやなく、魔術学院としても全面的な解決に当たる必要がある喫緊の課題と化したのだ。

 結局のところ、この男にどれほど信用を置けるかについてはやや疑問が残るが――


「私もいく。――私がいないと、敵呪術師の拠点からカイネさんが求める情報を引き出すのは難しいはず」

「やむを得んか。……多少、おまえさんを危険に晒すやもしれんぞ?」

「承知の上」


 三度目の正直とばかりに告げるクラリーネの指摘は妥当であり――カイネはこの人形(おとこ)の理性でなく、彼女の呪術師としての才知を信用することにした。


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