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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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十六/一時終息

 言ってしまった、とクラリーネは思った。

 こんな状況下であるのに。いや、こんな状況下だからこそだろうか。


「う、うそであります。そんな――そんなはずはないであります」

「うそじゃない。私はあなたを疑ってた。だから、あなたがいっしょにいてくれるのは私にとっても都合がよかった。あなたをずっと近くで見ていられたから」


 口から流れるように紡ぎ出す言葉は告解にも似ている。

 一体なんのために。贖罪のつもりならばなおさら救えない。こんなのは自分の気持ちを押し付けているだけ。


 でも――このうす汚れた気持ちを隠したままで、『あなたを守る』なんていい格好をし続けるつもりなら。

 その方がよっぽど、耐えがたいほどの浅ましさではないか。

 いざとなれば彼女のために戦うことが必要とされる状況となっては、なおさらに。


「ち、違うでありますっ! そのことじゃなくてっ!」

「そのことじゃなかったら、なんのこと」


 シャロンは不意に立ち上がってクラリーネの肩をつかむ。彼女は動じずにシャロンを見上げる。


「リーネは、よごれてなんかないであります」


 シャロンはクラリーネの顔をじっと見つめて言った。

 クラリーネは戸惑いと、困惑に眉を垂らす。


「……それはあなたの決めることじゃ」

「自分で勝手に決めつけるなであります」

「ッ……私のことは、私が一番わかってる」


 あなたが私のなにをわかってるっていうの――

 そんな言葉が口をつきそうになって目をそらす。


「本当でありますか」

「……なに」

「本当に、自分のことをわかってるでありますか?」


 クラリーネを見つめるシャロンの目は、これまでにないってくらいに真剣だった。


「人を殺してる。罪もない領民」


 クラリーネは客観的な事実だけを淡々と告げる。父の命で手をかけた人々。

 シャロンの瞳がかすかに険しさを帯びる。


「言うことを聞かない部下も、使えない傭兵も。何人も、何人も。……痛めつけたのならもっと増える。数え切れないくらいにたくさん。……実の兄も手にかけるところだった――手にかけるべきだったかも。他人をさんざん手にかけておいて、肉親はそうしないなんて」


 シャロンは遮らずにクラリーネの言葉を黙って聞いている。彼女とは本来関わりのないことさえも。


「それも結局、怖かったから――臆病だったから。父におびえていたから。……笑えるね、お父さんが怖いなんて。子どもじゃない、なんて言ったけど、あれもうそだね。まるっきりちいさな子どもと変わらない。無為に年を重ねただけ。ちょっと力を付けただけで、まともにものも見れない。判断も決断もできない。当たり前かも、自分でできなかったことをカイネさんに皆やってもらってるんだから――」


 止めどない自己嫌悪か愚痴かも区別がつかず、こんな言葉を垂れ流していることそのものに嫌悪を覚えてしまう。なのに止めることができない。

 全て言い終わってから肩で息をするクラリーネに、シャロンは抑えた声音で言った。


「……それだけでありますか?」

「なに……」

「やっぱり、リーネは自分のことをよくわかっていないようでありますな」


 クラリーネはさすがにむっとする。胸中の告解を『それだけ』で済ませるなんて――身勝手なことを言ってるだけとは自覚しているけれど。

 抑え込んでいた言葉が、少女の口をついて出る。


「シャロンが、なにをわかってるっていうの」

「たくさん。リーネのわかってないことを、でありますよ」

「なら、言ってみればいい」


 クラリーネはつんと澄ました顔でシャロンを見つめる。

 彼女はふと満面の笑みを浮かべてみせた。


「まず付き合いがいいところでありますな!」

「えっ」


 そんな自覚はぜんぜん無い。クラリーネは驚きに目を見開く。


「リーネはどちらかというとひとりでいるのを好むほうでありましょう? それでもなんだかんだで私とかネレムとかに付き合ってくれるではありませぬか!」

「……それは、その方が、都合がよかったからで」

「それに優しいところ――言葉尻だけなどではなく不言実行なところでありますな! 私などどうしても腰が引けてしまうところでありますから……必要とあらば首を突っ込んでいける果断さは見習いたいところでありますよ!」

「う……そ、それは、迷惑だったんじゃ」

「あっ、そういえば私が寝てしまったときもベッドに運んでくれていたでありますな! それとも、それも何かの考えあってのことでありますか?」


 なにかがおかしい。どうして褒め殺しされる羽目になってるの――クラリーネは顔を赤くしながら口をぱくぱくと開け閉めする。


「あ……あの時はその、実は、お茶に眠り草とか入れてて」

「ひとりで寝るのが寂しかったでありますか? かわいいところもあるでありますなぁ」

「ちがう。ちがうったらちがう」

「それにリーネは謙虚であります。呪術を使えるだけでなく魔術も並以上というのに少しも奢らぬでありましょう。あぁでも、ちょっと謙虚がすぎるきらいはありますなぁ、今のように」

「ち、ちが……う……」


 クラリーネは無意識に後ずさり、すぐに石室の壁際まで追いやられてしまう。

 シャロンはとんっ、と石壁に手を突いてささやいた。


「どうでありますか? リーネが挙げたのは自分の悪いところばかりで、良いところは少しもわかっておられぬでありましょう。この点リーネより私のほうがリーネのことをわかってる、と言えると思うのでありますが」

「……そ、そんなの、外面だけでっ」

「外面もその人でありましょう、外面も内面から発せられるものでありますから――それにリーネだって、私が良いところばかりじゃないのは知っているでありましょう?」

「え……っと……」


 それを悪いところというのかは怪しいが、昔のシャロンのことを聞いた覚えはあった。クラリーネがそうであったように臆病で、猜疑心に満ち、人との間に一線を引いていたということ。

 そして思い出す。

 ネレムからその話を聞いた夜、シャロンは眠っていたのではなかったか――


 クラリーネがそのことに思い至ると同時、シャロンはいたずらっぽく笑った。


「……実はですな。あの時、私もこっそり起きていたのであります」

「――――えっ」

「半分寝ているようなものではありましたが、なにやら私の話をしておるでありますなーと。ぼんやり盗み聞きをさせてもらったのであります」

「……ず、ずるい」

「その通りでありますよ。私はちょっとばかしずるいのであります」


 シャロンは悪びれもなく言い放つ。クラリーネはなぜだか妙な敗北感を覚える。


「あ、後からネレムさんに聞いたのかも」

「それだと余計にずるいような気もしますなー……これはひょっとしたらでありますが。私がリーネにどう思われてるのか気になって、私について話すようネレムに頼んだ――ということもあるかもしれぬでありますよ?」

「……ッ!!」


 ――そんなことはまさか無いだろうけれど。やってたとしても馬鹿正直に言うわけないだろうけれど。

 シャロンがそんな考えを咄嗟に発想できるという事実は、決して少なからぬ衝撃をクラリーネにもたらした。


「これでわかったでありましょう? 私はリーネも知らないリーネの良いところをいくつも知っているでありますし――リーネの知らない自分のいやなところも、いくつも知っているであります」

「そ……んな、こと」

「ああいや、見て見ぬふり、と言うべきでありますか――リーネの目は他人(ひと)の良いところばかり見えてしまうようでありますな? そこはリーネの良いところでも、悪いところでもあるような気がするでありますが」


 シャロンはくすりといたずらっぽく笑み、クラリーネは思わず絶句する。

 何か言い返したいのに、納得できやしないのに、言い返すべき言葉が見つからない。


「――そんなことで、罪が帳消しになりはしない」

「その通りでありますな」

「……なに」


 苦しまぎれに発した一言をシャロンはあっさりと首肯する。

 クラリーネは意外に思うが、それも一瞬のことだった。


「美徳は罪を打ち消したりはしない――だからこそ、リーネの犯した罪が美徳を打ち消しもしない。同じことでありましょう?」


 にっこりと、これ以上は無いというほどにこやかな微笑を浮かべるシャロン。

 降参だった。

 自分のことをむやみに卑下したりするのは許さない、という確固たる意志を感じさせる笑みだった。


「きれいもきたないもないでありますよ。私もリーネも同じ、対等な人ではありませぬか」

「…………ずるい、ひと」


 クラリーネは恨みがましげにシャロンを見上げる。

 そんなことを言われたら――責任感とか、劣等感からとかでなく――絶対に守らなきゃ、と思ってしまうではないか。

 おこがましい考えだろうか。それでもクラリーネは一切の打算を抜きにして、心から思ってしまったのだ。


 ――――彼女を失いたくはない、と。


「……ふふ。すこし、喋りすぎたでありますな」

「近い」

「いま離れるでありますとも――」


 シャロンが言いかけたその時、入り口の石戸がみしみしと軋みを上げる。

 すわ侵入者か。まさかこの〝神殿〟の奥地にまでシャロンの存在を嗅ぎつけた人形がいるというのか。


「さがって」

「お……ぉ、はっ。了解したであります!」


 場慣れしているだけあって、有事の際の反応速度はクラリーネが圧倒的だった。彼女が前に出ると同時、シャロンは床の落とし戸に手を伸ばす。

 ゆっくりと横にずれていく石戸。クラリーネは〝妖精式〟を制御下に置きながら出入り口を注視し続け――――


「――――ご無沙汰しておるのう、おまえさんら。元気にしておったか?」


 扉の向こう側から、年端もいかない少女のような小柄な影がひょいっと顔を覗かせる。

 いたいけな相貌であるはずなのに、どこか好々爺然とした落ち着きのある微笑。腰のベルトに結び付けられた黒漆塗りの鉄鞘。まさしく久方振りに目にするその姿は、よもや見紛おうはずもない。


「カイネ殿!!」

「カイネさ――ちょ、わ」


 シャロンは喜びのあまりにか、なぜか近くにいたクラリーネをぎゅっと抱きしめる。そこはカイネに駆け寄るところではないのか。

 クラリーネはすぐに近づこうとはしなかった。


「カイネさん」

「うむ。どうした」

「ほんもの?」


 クラリーネは端的に問う。おそらく間違いないとは思いつつも、確信には至れなかったのだ。

 カイネは一瞬きょとんとして、不意にくつくつと笑みを漏らした。


「……ご、ごめんなさい」

「いや、よい。それでよいのだ。それでこそ、と言うべきかの――」


 カイネは微笑とともに短剣を抜き払い、自らの手首を薄皮一枚刻んでみせる。

 極小の傷からすぅっと流れていく一筋の赤い血。生きた人間である証。


「……そ、そこまでするでありますか?」

「離れて。シャロン」


 クラリーネにぎゅっとしがみついたまま首を傾げるシャロン。カイネが本物と確認できたところでほっと息をつくクラリーネ。

 カイネは彼女らふたりをしみじみと眺め、ふと言った。


「おまえさんら、ちょっと見ん間にずいぶん仲ようなったの」

「でありましょう?」

「そんなことない」


 ふたりはほぼ同時に顔を見合わせ、まったく正反対のことを口にする。クラリーネは不服そうに口をつぐみ、シャロンはにこやかに笑みを深める。


「なにはともあれ、無事であったならばなにより。おまえさんもようやってくれたな、クラリーネよ」

「……私はなにも。必要なことをしただけ」

「こんなところまで私といっしょに来てくれたのに――でありますか?」

「……うるさい」


 クラリーネはシャロンの腕に抱かれたまま視線をそらす。ふたりを見守るカイネの眼差しがどこか微笑ましげなそれになる。

 事態の終息を報せる放送が流れ出したのは、程なくしてのことだった。


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