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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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十四/追走

『警告! 上位警戒態勢発令! 即時に軍の出動を要請! 学院内の生徒はただちに避難してください! 警告――――』


 けたたましい鐘の音が魔術学院の全域に鳴り響く。

 日も出たばかりという刻限だった。大半の学院生は眠りの淵から無理やり叩き起こされ、軍人さながらの迅速さで着替えを済ませてからの避難を余儀なくされていた。


「ネレムっはよ起きるであります! なにやらえらいことになってるでありますよ!」

「うん」

「うんじゃないであります!!」

「瞼を開けながら寝てる……」


 日に十五時間前後の眠りを欠かさない彼女には堪えたか。それでも半ば眠りながら着替えを済ませているのは日頃の賜物といったところであろう。

 シャロンは頭の後ろで絞り上げた髪を白銀の髪留めで結び、ネレムの腕を引っ張りながら部屋を出る。クラリーネは彼女の背中をぐいぐいと押しながら問う。


「上位警戒態勢って」

「小規模から中規模の軍に相当する脅威に晒されている、ということであります。数でいえば1000以下……」

「……1000以下の人形」


 クラリーネはぽつりとつぶやき、シャロンは一瞬きょとんと目を丸くする。


「……ちょ、ちょっと待ってほしいであります。これが、その、私ひとりを殺すためでありますか? あんな人形を何百もかき集めるというのは、さすがに――――」

「すぐにわかるはず」


 三人は寮から避難する生徒たちにまぎれて外に出る。生徒たちがほぼ例外なく着替えを済ませて装備を整えているのは、いざという時のために我が身を守るためだった。


 寮の外に出たところで、三人は横から呼び止められる。

 青黒のローブを着た、けわしい顔立ちの壮年の男。


「シャロンくん。こちらに」

「アーガスト教授――」

「狙われているのは君だ。安全な場所へ」


 奇しくも「すぐにわかる」と言ったとおりだった。

 シャロンはネレムをずるずると引っ張りながら泡を食ったように言う。


「ま、待ってほしいであります! 避難はする気でありますが、私だけ安全なところにいるというのでは話が――」

「状況が変わったのだ。対応不可能というほどではないが、状況はかなり悪い」


 教授と呼ばれた壮年の男――アーガスト・オランドは重々しく告げる。

 彼にとっても不本意な発言なのだろう。だが、状況はすでに予断を許さないらしい。


「〝神殿〟内部の非常用避難房へ移動を願いたい。すでに軍が出動を始めているが……なにせ数が多い。彼らの目的が学院内への浸透ならば、暗殺を完全に防ぎ切れる保証は無いのだ」

「……それは、その、理解はできるでありますが――」


 このような事態が引き起こされた原因は自分にあり、その当人が安全な場所に引っ込んでいるのはあまりに――

 という負い目が、シャロンには拭いきれずあるのであろうか。


 シャロンに手を引かれるがままのネレムはふっと顔を上げ、クラリーネをちらっと見る。唇だけを動かして声なき声を発する――『ついててあげて』。


「一緒にいきます」


 クラリーネはシャロンの手をぎゅっと握ってアーガストに告げる。


「えっ……ちょっ」

「……良いのかね?」

「勝手に出たりしたら困るのはお互いさま。私が見てます」

「……案内しよう。付いてきてくれたまえ」

「か、勝手に話を進めないでほしいでありますよ――あっちょっ」


 ネレムの手を引いているかに思われたシャロンの手は、いつの間にか彼女の手に硬く握り返されていた。


「ね、ネレム!? 裏切ったでありますな!?」

「……ううん。私はいつでもシャロンの味方だよ」

「それっぽいこと言ってごまかすなでありま――あ、あーっ!」


 シャロンはなすがまま、ほとんど三人がかりで引きずられていく。

 神殿とはかつてカイネが封印されていた場所であり、危険性の高い研究対象が秘められた場所でもあり――また、魔術学院内において最も高度な結界術式が敷設された構造物だった。

 案内された先にはすでに衛兵が待ち構えていた。アーガストは「こちらの三人を……」と言いかけ、ネレムは「ううん、ふたり。私は別で」と言い添える。


「なっなんででありますか!?」

「私は中にいるよりも索敵に加わった方がいいんだよ。……構いませんか、アーガスト教授?」

「……不本意だが、潜伏を妨げるためにはやむを得まいか。私についていてくれるかね」


 ネレムは大人しく首肯するが、シャロンは大人しくなかった。まだしも友人らと共であれば、と納得しかけた矢先のことであったからだ。


「いこ。シャロンさん」

「あー、ま、まつであります――あー、あーっ!」


 四人はふたりとふたりに分かれ、シャロンとクラリーネは衛兵らに神殿内部を案内されていく。

 静寂に満ちた石造りの道。凹凸のないなめらかな路面。

 複雑に枝分かれした道を幾度も折れ曲がった先に辿り着いたのは、寮室の半分ほどの面積しかない狭さの石室であった。

 出入り口は今通ってきた道の他、地下に降りれば非常用の避難道が通じているという。


 事態が収拾したあかつきには鐘の音とともに終息が知らされるので、それまでは石室から一歩たりとも出ないように――と告げられて横滑りの石戸が閉じていく。

 後にはふたりが残されるばかりだった。


「……リーネ」

「なに」

「出ていってよいでありますか」

「いいわけない」


 シャロンは四角の縁取りが見える床の一角を執拗に注視する。そこが非常用避難道に通じているとは今しがた説明を受けたばかりである。


「……このまま、何もせずにじっとしていろと言うのでありますか。こんなところで……」

「それが最善の手」

「……わかってます。わかってるのでありますが……」


 理解はしている。だが納得はできない。おそらくそういう気持ちなのだろう。

 あまりに急激な事態であった。それに、事態の規模も予想をはるかに超えていた。

 石室には最低限の家具が置かれていたが、シャロンは座りもせずに部屋の中をぐるぐると歩き回る。


「シャロンさん」

「……なんでありますか?」


 クラリーネの呼びかけに、シャロンは焦燥を隠せないまま応じる。


「聞いてほしいことがある」

「こ、こんな時にでありますか」

「こんな時だから」


 焦燥がにわかになりを潜め、戸惑いが彼女の表情に浮かぶ。


「気づいてたかもしれないけど」

「……なにに?」

「私は、あなたを、敵だと思ってた」

「え――――て、敵でありますか?」


 クラリーネの言葉を聞いてますます深まる困惑の表情。


「敵って、あの」

「その敵」

「……なにかリーネに悪いことでもしたでありますか……?」

「なにも。すごくいい人だった。優しい人だった。なんでいつもそんな明るく笑えるんだろうって思った」

「そ、そこまでいわれると逆にくすぐったいのでありますが……」


 恐縮したように頬を染めて肩を縮こまらせるシャロン。居心地悪そうに椅子に腰を下ろし、クラリーネはすぐそばにそっと歩み寄る。


「必ず裏があると思った。私の同類だと思ったから。呪術師だと思ったから。カイネさんに近づいたのも、きっと何かの打算だろうと予測した」

「た、大変な誤解でありますよ。私は呪術なんて」

「十二使徒――〝マギサ教〟と呼んだ方が通りがいいかな」

「……リーネの御家がそれだった、とは聞いた覚えがあるでありますが」

「あなたのも、そう」

「――――え」


 クラリーネの瞳が、きょとんと丸くなったシャロンの目を覗き込む。

 それは心底意外そうにも見えたし、言葉の意味を呑み込みかねているようでもあった。


「既存のあらゆる工芸技術とも、魔術とも合致しない人形制作。……呪術の産物とすれば納得はいく」

「……ま、待ってほしいであります! そんなこと、私、そんな、一言だって――」

「本当に知らなかったんだ。……失伝させるつもりだったのか」


 ありえない話ではない。〝魔術の祖〟アーデルハイトが生きていたのは遠く二百年も昔であり、それから数度の代替わりを重ねているはずだ。

 狂気にも近い人為と意志が無いならば、後世に伝えることなく消し去ってしまおうとすることも無いとはいえないだろう。

 まさにクラリーネの父は狂を発した。クラリーネもまた腰の下まで狂気に浸かっていたようなものだ。


「……そんな。まさか……なら、叔母上は……どうして、私は……ほんとうは叔母上が、正当の……」

「今みたいになる前はどうだった。初めからその人が当主だったの」

「っ……い、いや、違うであります。最初は、母上が当主でありましたから……」

「なら、そういうこと。そのお母さんがあなたに伝えなかったのなら――それはもう、伝える必要がなかったということ」

「……失伝、させる……」


 先ほどクラリーネが漏らした言葉を思い出すようにつぶやくシャロン。

 その様子をうかがっていても、やはり疑う余地はない――彼女は十二使徒に連なるアースワーズの名を冠すれど、十二使徒に繋がるものでは決して無い。

 ましてや、自分の同類などではありえなかった。


 クラリーネは彼女をじっと見つめ、ささやくように告げる。

 ちいさな頭を深々と下げて。


「疑って、ごめんなさい。あなたは綺麗なままであるべきだった。汚れていたのは、私だけだった」


 ***


「敵視認!」

「距離一二〇!」

「まだ撃つな……引きつけて……引きつけて……()ぇっ!!」


 魔術学院内部に繋がる要衝は全て封鎖された。人形たちの急襲に際して用意できたのは総勢200人足らずの一個小隊に過ぎないが、領内の各地に配された軍人を集合させるには到底時間が足りなかった。

 軍服の男たちが位置につき、人形の軍勢が有効射程に入ったそばから構えた幽体投射筒の引き金を絞る。

 放たれた不可視の幽体(アストラル)弾は空気の弾ける音とともに直進し、人形の群れを襲った。


 その一撃によって防衛に付いた軍人たちは、敵が確かに人形であることを思い知らされた。

 胴体に拳大の穴を穿たれながら彼らは悲鳴も上げず、血も流さず、ましてや行軍を止めることもなかったのだ。


「動きを停めたものはごく少数」

「効果は認められず!」

「次弾用意――発射次第着剣!」


 小隊長の号令から装填が完了するまで三秒足らず。

「撃ェ!」という号令とともに一斉射が再び行われ、一度目と合わせて十かそこらの人形が撃たれたその場で足を止める。


「脚です。脚が弱点です!」

「最初からわかっていればよかったのだが――来るぞ! 銃剣構え!」


 個体数300以上と報告されていた人形だが、いくつかの部隊に分かれたのだろう。一方面から迫る人形の数はせいぜい100ほどか。

 対する防衛側も三方の入り口を塞ぐ必要があったため、数の上では若干の不利。


「――突撃ィッ!!」


 止まるということを知らない人形に対しても銃剣突撃は有効だった。それはともすれば幽体弾の射撃よりも確実に人形を足止めし、その頑強な躯体を地に縫い止めることに成功した。


「がぁッ!」

「ぐッ!!」

「ま、魔術ッ……!」


 だが防衛側にもいかんともしがたく被害が出た。特に厄介極まりないのは、一度放たれたあと縦横無尽に軌道を変える異様な矢であった。

 乱戦に持ち込んで射手を無力化しようという戦術が裏目に出た。後背からの援護射撃を行う銃兵が矢に射られ、支援を失った戦列が不屈の人形たちによってじりじりと押し込まれてくる。


「通しても構わん! こちらもなんとしてでも後方へ突破するのだ!」

「ですが、それでは学院に被害が――」

「若かりしとはいえども魔術師なのだ、被害は最小限に留められる! ――対空砲火、撃ぇ!」


 複雑な軌道を描く矢に対応すべく、横列銃兵による一斉射撃が矢を射落とす。面制圧による対空砲火は多少なりとも効果が見受けられた――

 その時である。


「伝令! 伝令ですッ!!」

「何事かッ!?」


 学院内からの報せか。それとも他の方面部隊からの連絡か。

 他方にかかずらう余裕は全く無かったが、小隊長は副官に指揮を委ねて応じる。


「敵兵の少数が防壁を乗り越えて敷地内に侵入! 学院内の衛兵隊と教授陣が対応中とのことですが、」

「――――馬鹿な! この壁をか!?」


 魔術学院をぐるりと囲う壁は、身の丈と比べてざっと三、四倍ほどの高さがある。つるりとした表面はとても強引に登れるものではない。

 しかし、敵部隊は城壁を登るための攻城兵器は一切率いていなかったはずだ。でなければこれほど迅速な急襲を成功させられるわけもない。


「具現系の術式によって即席の階段になるものを用意したか、あるいはお互いの身体そのものを踏み台にしたものと考えられます。人形の無感覚という特性を踏まえれば――」

「細かな原因は構わん! 問題箇所の特定と侵入経路の破壊を……」


 侵入を防ぐためには経路の破壊が必要不可欠だ。しかしそのために十分な人員を割けばこの門が突破されてしまう危険性がある。ただでさえ崩れる寸前のところで持ちこたえている状況だというのに。


「……だめだ! こちらから割ける兵はひとりもない!」

「で、ですがこのままでは――」

「事態は承知している! だが最早手は回らんのだ!」


 無理を承知で兵を割くか。それこそ破滅的な選択肢だ。

 他方面の対応を期待するか。だが、他の方面がここ以上に上手くやっている保証はどこにある?

 小隊長は答えのない問いに迷い込み、十秒が過ぎ、さらに十秒が無情に過ぎ――――


「た、隊長!!」

「今度はなんだ!?」


 副官の甲高い叫び声。小隊長は学院側の伝令を手で制して振り返る。


「て、敵弓兵が……倒れていきます!」

「突破したか!?」

「い、いえ――我々ではない何者かが支援を」

「……な、なに? もう援軍が駆けつけたとでも――」


 言うのか、と小隊長は双眼鏡を覗き込む。

 そして、あんぐりと口を開けた。


 小隊長の視線の先にいたのは、


「……こ、こども……?」


 年端もいかないように見える、魔術学院の制服を身にまとった銀髪の小娘だった

 彼女は身の丈に匹敵しようかという剣を自由自在に操り、流れるような疾さで人形たちを次々と斬り捨てていた。

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