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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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八/伏兵

「さすがにここから死体は連れて帰れぬなぁ」

「言ってる場合じゃねェだろ。どうすんだこれ」

「説明するには、あの人形のことも話さねばならんわけだが……」

「……信じてもらえるかどうかっつー話だな」


 カイネは掘り返した土をそのままに家の中へと戻っていく。ジョッシュは大振りのスコップを手にカイネの後を追う。


「……おい、今度は何しようってんだ?」

「いや、今晩はもう遅いから寝床を間借りさせてもらおうと思うてな。セルヴァ殿にはちと悪いが」


 カイネはランプを片手に部屋の中から薪木を探し当て、暖炉にぽいぽいと放り込んでいく。

 その途中で判明したことだが、この家の中には食事などの生理現象の痕跡がほとんど見られなかった。

 いくら見かけが似ているとはいえ所詮は人形。模倣するにも限界があるということだろう。


「こう言っちゃあなんだが……セルヴァ・グロワーズはもうこの世にゃいねえんじゃねぇかい?」

「そう思うか?」

「あァ。どこのイカれた魔術師があんな人形をこしらえたのかは知ったこっちゃねェが、どれだけ精巧な偽物が造れたって本人に出てこられちゃ台無しだろ。手間暇かけて生かしておく理由なんてひとつもねェさ」

「……ひとつ、解せぬことがあってな」


 暖炉に火が灯る。カイネの白い相貌が薄明かりに照らされる。

 ジョッシュは手提げのランプをテーブルに置き、土の付いたスコップを放り出して言った。


「どういうこった?」

「シャロンを呼び出そうとしたあの手紙のことだ。偽装であることはもはや間違いなかろうが……」

「なら何の不思議があるってんだい」

「いかにもタイミングが悪かろう。なぜあれが、学院の使者を片付けたあとになって届いたのだ?」

「気づくのが遅れたんじゃねェか?」

「そうではない。セルヴァ殿を始末したなら、その時点で先手を打って――それこそ学院が使者を送るよりも早く届いていて然るべきではあるまいか」

「……いつ入れ替わったのがわからんからにはなんとも言えねぇが……」


 その点についてはカイネも確かなことは言えない。

 しかし、かすかな灯りを頼りにして家の中を観察しながらカイネは言う。


「……一月以上は前、と見て間違いはあるまい。おそらくはな」

「どっからんな数字が出てきたんだ――ってうわッ」


 ジョッシュは部屋の椅子に座ろうと手を突き、ぎょっとする。

 その椅子の上には、ほんの二三日座っていないだけでは済まないほどの埃が降り積もっていたのだ。


「道理で埃っぽいわけよ。人間が生活しておる家でこうはなるまい」

「……まァ、確かに。入れ替わってから結構な時間が経ってるっつーのはわかった……となると、だ……偽物と本物を入れ替わらせておきながら、次の手を打たないままでいたってことか」

「左様。……いかにも不自然であろう?」


 その間、この人形の使役者はいったい何をしていたのか。裏からでも働きかけることができない事情があったか、別に目論見があったか。

 あるいは――


「これは本物のセルヴァ殿を捕らえ、強引にでもシャロンを誘き出すのに協力させようとしていた……と考えればどうかの?」

「人形はあくまでも失踪を表沙汰にしないための替え玉……ってェわけか」

「そして、セルヴァ殿本人はまだ生かされている――その可能性も無いではあるまいよ」

「……そろそろ怪しいんじゃねぇかと思うがね」


 学院からの使者が消息を断ったことにより、人形の使役者は疑いを持つだろう――『魔術学院が事態を察知するかもしれない』と。

 そして今夜、カイネらがこの家を訪れたことで状況は決定的になった。


「のう、ジョッシュ」

「どうしたカイネ」

「あの人形をぶっ壊したこと、もう伝わっておると思うか?」

「……どうだろうな。完全に自律行動してるってことは、案外伝わっちゃいねえかもしれん」

「ふぅむ。とすると、使者を始末したのに応じてニセの手紙を送りつけてきおったことに説明が付かんが……ただの偶然か……?」


 カイネは寝室に向かい、毛布や布団などを引きずってくる。人形の残骸が散らばっている隣で眠るのはあまり気が進まなかったのだ。

 ジョッシュは埃を払ったあと椅子に座り、ゆっくりと頭を振る。


「俺ならこうする、って考えならあるぜ。いかにも原始的だがよ」

「ほぅ。おまえさんなら、というと?」


 カイネはやはり埃を払い除けてソファに腰掛け、毛布を半身にかぶる。軽めの掛け布団をジョッシュへと放る。

 ジョッシュは「あんがとよ」と布団を受け取り、ひょうひょうと言った。


「――――連絡用の人形を絶え間なく行き来させりゃいい。完全に自律行動できる人形を他所の土地に送り込んでやがるんだ、それくらいできねェってこたねえだろ」


 カイネはソファの背もたれに頭をもたせかけ、うなずく。


「なるほどのぅ。……だとすると、こちらの打つべき手もわかってきおったな」


 澄んだ声でうそぶくカイネの口元には、ほのかな微笑が浮かんでいた。


 ***


「……リーネって、いつも何かを注意してるみたいだね」

「え」


 クラリーネが寮の部屋に寝泊まりするようになってから三日目の夜。

 珍しくまだ寝付いていなかったネレムが暗闇の中で声を上げた。


「シャロンをよく見てるのも、そうだけど……」

「そんなつもりはない」


 クラリーネはぽそぽそとか細い声で答える。

 噂の当人はすでに寝息を立てていた。先日などはネレムよりずいぶん遅く眠ったはずなのだが。今日の昼には実戦的な演習訓練が行われており、それで疲れているのかも知れなかった。


「そうかな。見ているわけではなくても、意識はそっちに向いているみたいだよ。まるで見張っているみたいに」

「……シャロンさんからそう言われたの?」

「ううん。私があなたを見てたから」


 ぽつり、と何気なく言われてどきりとする。

 クラリーネは確かにシャロンの動向へと意識を傾けていた。また、警戒心が露骨になりすぎないように注意もしていた。

 だがそれは、他からの視線に対する警戒を減じさせてしまうことでもあった。


「シャロンのこと、好き?」

「ちがう」


 ベッドに寝そべったままふるふると首を横に振る。


「私は、好きなんだけどな」

「私はちがう」

「……そんなに否定しなくてもいいと思うよ?」


 部屋の中はほぼ真っ暗闇であるためにネレムの表情はうかがえない。

 光といえば、窓の外から射し込むほのかな月明かりばかり。


「とにかく誤解。ただ…………そう、面白いから見てるだけ」

「それは、ちょっとわかるかな……」

「なんでわかるの」


 面白いというのは褒め言葉ばかりでもないわけだが、すんなり納得されて面食らう。

 ネレムは囁くようにかすかな声でうそぶく。


「……でも、昔はああじゃなかったよ。私がシャロンと会った時は、今とは別人みたいだった……」

「どんなふうだったの」


 クラリーネは迷わず尋ねる。

 ややもすると、現在のシャロンは猫をかぶっているに過ぎないのかもしれない。とすると、ネレムが言うところの〝昔〟の様子こそが本性なのではあるまいか。

 しかし彼女の返事は、クラリーネの予想を遥かに飛び越えてきた。


「……どんな風か、っていうと……少し、似ていたかな……」

「だれに」

「リーネに」

「似てない」

「……知らないでしょ。昔のシャロンのこと……」


 ほとんど反射的に否定を返すクラリーネ。

『別人みたいだった』とはいえ、今までにシャロンの天真爛漫な振る舞いを観察し続けてきたからこそ、ネレムの言葉を認めては負けの気がしたのだ。


「しらない、けど」

「……そういうところ。警戒心が強くて、人に深入りしようとしないところ。距離を取って、口数少ななところ……」

「誰のこと」

「……話してること、聞いてた……? それとも私、また寝てた……?」

「……聞いてたし寝てもないけども」


 猫をかぶるにも限度というものがあるだろう。それでは本当に別人ではないか――

 クラリーネの困惑もよそにネレムは話を続ける。


「……私も詳しくは知らない。けど、人をそう簡単に信じられない……信じちゃいけないような生活をしてたんだと思う。……たぶんだけどね」


 クラリーネは思わず口をつぐむ。

 それは十二使徒の一門に連なるという業を背負ったがゆえの必然か。彼女の人格形成にそれが影響していないとは到底考えがたい。

 それでも、抑圧から解き放たれた自分がシャロンのようになる可能性は一切皆無であろうが。


「そこまで人が変わるとは信じにくい」

「……元々、今のシャロンが地なんじゃないかな。それが一時的に抑えつけられてたけどまた元に戻ったってことなんだと思う」


 そう考えると確かに納得は行く。彼女とクラリーネが近しい境遇でありながら、全く異なった人格を形成していることにも。


「……だから、そう……リーネもそんな感じなのかな、って」

「私は、これが地だから」

「……そっか。なら、シャロンを警戒しちゃうのもしかたないかな……」

「ふたりは、どうしてうまく行ってるの」


 ネレムはわりとふてぶてしいところはあるが、相手に積極的に踏み込んでいくタイプではない女性だ。シャロンが気を張り詰めさせていたなら、今のような気安い関係に至るまでには並々ならぬ労力を要したのではないか。

 彼女はあっけらかんとした調子で言った。


「……私は、誰かに頼らないと生きてけない人間なんだよ。……家にいたときなんて、身の回りのこと――着替えなんかも全部、メイドに任せてた」

「筋金入りだ」

「うん。……で、シャロンは……いつも気を張ってたけど、人並み以上にお人好しだった」

「そういう……」


 まるで当時の関係性が目に映るかのようだった。

 日中から立ったまま眠りに落ちることもあるネレム。人と距離を取りつつも困っている人を見れば――その相手がルームメイトともなれば到底放ってはおけないシャロン。

 クラリーネは無意識に頬をゆるませ、そしてふと真顔になる。


「やっぱり、似てない」

「……そうかな?」

「私はお人好しじゃないし、面倒見もよくないから」


 それだけで否定に至るには十分だ。

 ネレムの話がどこまで真実かは脇に置くとして、シャロンがその生家においてどのような立場であったかには興味が湧く。

 天真爛漫でお人好しで、人を疑うことを知らない――そんな彼女の振る舞いが自然体であるとすれば、いかにしてその人格が形成されたかが不思議で仕方なかったのだ。


「…………あれ?」

「なに」

「ううん。ラッピーが、なにか急に……外?」


 ラッピー。魔獣使いのネレムが支配下に置くうさぎのなりそこないのような魔獣であり、生物の持つ魔力とその量を判別する力を持つという。


「外」


 クラリーネはふと窓に視線を向ける。

 その時一陣の矢が窓を突き破り、クラリーネはただちに銀の球体を宙に解き放った。


「〝呪働甲冑・妖精式〟」


 思考に先んじて言葉をつむぐ。掛け布団を蹴飛ばして身体を跳ね起こす。その時すでに、無数の薄羽が折り重なって形成された大盾が矢とガラスの破片を防いでいる。


「……えっ、あ……!?」

「退いて」


 これだけで攻撃が止むはずがないというクラリーネの直感は的中した。

 破られたガラス窓の空隙からひとりの男が飛び込んできたのだ。


「こっ……ここ何階だと思ってるのっ!」

「シャロンさんを連れて。逃げて」


 クラリーネが指示した時すでにネレムはシャロンをぺしぺしと叩き起こしている。「う、うぅ……な、なんでありますか……!?」「説明してる暇ないから。部屋を出るよ!」いつも眠たげなネレムがいつになく頼もしい。

 クラリーネは部屋を荒らさないように〝妖精式〟を操りながら敵を観察する。


 それなりに上背のある男。年は三十かそこら。武器は片手に剣だけ。つまり矢を放ったやつは別にいる――

 そして気づく。


 その男からは、一切の生気を感じなかった。

 まるで、人間の男の形をした〝物〟のようであった。


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