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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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七/隠されたもの

 カイネが学院を出立して三日後の朝――


「見えてきたぜ、カイネ。オーレリアだ」

「――やっとか。待ちわびておったぞ」


 カイネは車内の壁にもたれかかっていた頭を起こし、ゆっくりと目を開く。

 ジョッシュは御者席から朗らかに笑った。


「そういうなって、これでも急いだ方なんだぜ?」

「それは承知しておるがな。……面倒な手間を取らされてしもうたのぅ」


 カイネは思わず慨嘆する。

 ことは三日前まで遡る――倒壊した馬車から発見された人形と死体のことだ。

 現場はヴィクセン王立魔術学院からそう離れていないが、学院の権限の外にある。ではどこの管轄になるかというと、アルトゥール王の息がかかった魔術学院領領主の管轄になるのだった。


 死体を放ってはおけぬと最寄りの村まで運んだのだが、これが結構な大事になった。領主名代の騎士の管轄下に置かれていたその村は事態をただちに領主へと伝え、騎士団を挙げての捜査が行われることになったのだ。

 幸いにしてカイネたちの疑いはすぐに晴れたが、事情聴取や現場への案内などに対応していると一日はあっという間に過ぎた。

 結局のところ得るものは少ないまま村を発ち、遅れ馳せながオーレリア領を目指したという次第である――得るものが全く無かったというわけではないが。


「まだ考えてんのかい。俺らにゃ本来なーんの関係もないって可能性もある話だぜ?」

「……そりゃちょいと無理があろう。よりにもよってアースワーズ家ゆかりのものだぞ――しかもこの時期にだ」

「順当に考えりゃな。しかしな、誰にやられたかってのがはっきりしてから検討しても遅くはねぇと思うがね」


 被害者の出自は衣服に縫い付けられた徽章から判断された。セルヴァ・グロワーズのように代々仕えていたというわけではないが、十数年と仕えていたところを数年前に出奔した記録があるという。

 これはつまるところ、シャロン・アースワーズが命を狙われるようになった頃――当主の座が不当に簒奪された頃と一致する。


「……まぁ、よい。今は目の前のことに集中せねばの」

「そういうこったな。……っとと、一旦止まるぜ」


 各領地をへだてる関所を前にして馬車が足を止める。

 関所は何事もなく通過することができた。二頭の一角馬がまたよどみなく駆け出し、一直線に目的地へと向かう。

 オーレリア領はヴィクセン王国内でも肥沃な中央高原地帯の付近に位置し、比較的治安のいい土地であるという。中核となるのはオーレリア城を構える小都市であるが、カイネらの用はそこに無い。

 セルヴァ・グロワーズが居を構えるとされたのは、その周辺に位置する村のひとつであった。


「街には寄ってかねえでいいのかい。学院の使者が向かったのはそっちだろ?」

「そっちに何かあるなら連絡など送らせぬだろう。……なにより、お膝元で事が起きようものなら領主もすぐに勘付くであろうさ」

「どうだかな。そのセルヴァって男が匿うに値するかで話は変わってくるぜ?」

「……命を狙われる跡取り娘をかくまう後見人たる男はどう動くか……おおやけに庇護を求めるか、物音一つ立てずに身を隠すか……」

「……後者かもしれねェな」


 都市部ではなく農村部に居を構えたのもそれゆえか。

 二人が目的地とする村が近づいてきたのは日が沈み始めた頃だった。


「村のものに気づかれぬところで止めてくれるか」

「黙って入っていくつもりかい?」

「先に調べたいことがあってな」

「……先方に気づかれて困ることでも?」

「周りをこそこそと嗅ぎ回るような真似であるからなあ」

「オーケー、仕った」


 ジョッシュはにやっと笑みを浮かべ、村中を遠巻きに見渡せる場所で足を止める。馬蹄の音も村に届いてはいまい。

 カイネは扉を開けてひらりと飛び降り、御者席のジョッシュを見仰いだ。


「ジョッシュよ、ひとつ聞きたいのだが」

「……俺にかい?」

「おまえさんが馬車を停めるとすればどこに停める?」

「……そりゃあ、そうだな、あの柵辺りに横付けするか……外に留めるところは特に無さそうだしな」


 ジョッシュは村の入り口にあたるであろう、道なりに進んだ先を指差す。

 カイネは「付いてきてくれるか」と手招きし、二人して村に近づいていった。


「で、ここがどうした」

「使者の馬車がここに着いておったとしたら、馬車をこっそり隠すにはどうすればよいと思う?」

「あァ? ……使者はここまで無事に着いた、って考えてんのか?」

「おれがここまで見た限り、オーレリアは平和そのものであろ。道中で何かがあったとは思えんでな」

「……馬は殺すだろうな。見ず知らずの相手の言うことを聞く生き物じゃねェし、抵抗も激しいはずだ。車のほうは茂みに隠してバラすか、どこかに崖があれば突き落としちまうのもいいが……」

「崖か」


 反射的に村の方に目を向ける。

 農村部の近隣には多く水源となる川が流れているものだが、この村も例に漏れなかった。

 カイネは村から離れていく格好で水のせせらぎに誘われ、上流から下流へと川の流れを辿っていく。


「おい、カイネ。急がねェとこのままじゃ日が暮れちまうぜ?」

「あった」

「……なんだって?」


 なにがあったってんだ、とジョッシュは周囲を見渡す。

 カイネは川辺の土に半ば埋まっていたものを靴で掘り出し、つまみ上げた。


「これだ」

「……ただの木屑じゃねェか?」

「馬車の破片だ」

「……そりゃちょっと無茶があるんじゃねェかって気がするんだが」

「よぅく見てみよ」


 カイネが手に取り上げたそれはほとんど丁の字型をしていた。

 棒の先についた部分はかすかに湾曲しており、棒の部分は建材としてはとても使えない細さである。

 ジョッシュはそれをしばしまじまじと見つめ、不意にぽんと手を打った。


「車輪か」

「左様」


 これが動かぬ証拠といえるほどのものではないが、学院からの使者がこの村にたどり着いていたことは間違いないように思える。


「しかし、村の連中はどう考えてたんかね。馬車ひとつが忽然と消えたってわけだろ」

「そこは聞いてみるしかなかろうな」

「……穏便に頼むぜ?」

「うむ。任せておけ」

「……俺が代わってやっても別にいいからな?」

「心配せぬでよいと言っておろうに……」


 近頃のジョッシュはいささか心配性なのではないか。

 カイネが不服気な眼差しを向けると、「……こればっかりは他人事じゃねェからな」と、彼はすこぶる神妙なつぶやきを零した。


 ***


 カイネは村長を訪ねて魔術学院からの使いであると名乗ったが、先方の対応は思いのほか好意的であった。

「近ごろは学院の方が良くいらっしゃいますな。つい先日も……」と、何ら隠すこともなく話しだしたのである。


「その使者のことだが、実は学院に戻っておらんでな」

「それはなんともはや……急いで夜のうちに出発されたと聞いておったのですが、何かあったのやもしれませぬ。心配ですな……」


 そう話す村長に嘘をついているような素振りは全くない。ジョッシュなど「こいつはきな臭くなってきやがったな」と言わんばかりである。

 村長いわく、他所からセルヴァ・グロワーズを訪ねてくるものは少なくないらしい。

 カイネは夜分遅くに訪ねた非礼と感謝を述べ、村外れにたたずむ一件の小屋へと向かった。


「……灯りが消えてんな」

「もう寝ておる、ということもなかろうが……」


 カイネは扉を軽く叩き、魔術学院からの使いを名乗る。

「どうぞ、中に。あいています」という枯れた声が聞こえたのは少し間を置いてのことだ。


「具合が良くねェ感じだな」

「……危篤の身、とは手紙に書いてあったがの」

「案外本当なのかもしれねぇぜ?」

「まぁ、それならそれとして……事情を聞いておかねばな」


 カイネは小屋の中に入り、室内がずいぶん埃っぽいことに気づく。

 病床となると掃除を怠っているのはやむをえまいか。


 少しの水気もなく渇いた桶、まるで火の気のない暖炉、埃の降り積もった床。

 生活感のない部屋に二人は踏み入る。「暗ェな」とジョッシュは腰に提げたランプに火をつけて掲げる。


「すみません、こちらです。どうぞ、奥に……」


 渇いた声がする方向にカイネは率先して歩いていく。灯りひとつない薄闇に包まれた部屋。

 やがて辿り着いた奥の部屋には本棚と作りのしっかりした机、そして男の横たわるベッドがあった。

 ランプの薄明かりを前にして、男の姿がぼんやりと映し出される。


 年齢は四十絡みといったところか。かすかな白髪交じりのブラウンの髪に、落ち着きを感じさせる藍色の瞳。

 厳しく角ばった顔立ちはいかにも年かさの騎士にふさわしい貫禄を帯びているが、身体はやや痩せているように見えた。

 男は暗闇の中で上半身を起こし、ぎぎぎ、とぎこちない動きで二人に向き直る。


「どうも、このようなかっこうで、すみません。満足な歓迎も、できないで」

「おかまいなく。……しかし、灯りはつけねばさすがに不便ではあるまいか」

「近ごろは、体力が長く続かず。暗くなってくると、そのまま床についておりまして」

「……左様か。それは失敬をいたした」


(……なにか、軋むような、音)


 カイネは目の前の男と相対しながらえも言われぬ違和感を覚えていた。

 二人の名乗りに対して彼は確かに「セルヴァ・グロワーズ」を名乗ったが、その口振りもどこかぎこちないもののように思える。

 どこかから聞こえる耳障りな軋みも、断じて床の音などではないはずだった。


「ときに、カイネさん。……シャロンは、連れてこられなかったのですね?」

「その必要性があるかをうかがいに参ったのが我々だ。彼女を危険に晒したくないならば、伝えたいことを今ここで話してもらいたい。しかと、彼女だけに伝えよう」

「…………それは、できません。どうしても、直接話さなければならないわけが、あるのです」

「……ならば、内容は語られずとも結構。だがせめて、そのわけを話してもらえぬであろうか?」


 カイネは瞳をすがめて怜悧な観察の視線を注ぐ。

 セルヴァからの返答は、沈黙。

 そしてそれ以上に引っかかったのは、彼の表情の変化が極端に少ないことだ。


「貴殿とてシャロン殿を危険に晒したくないのは同じであろう。学院から連れ出してまで彼女を危険に晒すわけがあるものか、我々は疑問を抱いている。ゆえに学院は使者を遣わせたと考えていただきたい」

「この秘密には、それだけの価値があると、信じております。そのことだけは、絶対だと、申し上げさせて――――」

「もうよい」


 カイネは一歩踏み込み、一筋の光が閃いた。

 セルヴァ・グロワーズの首が飛んだ。

 ひゅんと風の鳴く音が遅れて走り、〝黒月〟の刃が音もなく鞘のうちに納まる。


 ジョッシュは一瞬ぽかんと口を開け、すぐにはっと目を見開いた。


「お、おいカイネッ!! なにやってんだあんた、気でも触れたか――」

「落ち着け。よく見てみよ」

「……あ?」


 カイネはセルヴァ――否、セルヴァ・グロワーズの形をしたものをすっと指差す。

 首の切断面からは出血が一切無かった。断面から除く内側では歯車がきりきりと音を立てて空転しており、人体内部にあるべきものは一切うかがえない。


「は? ……え?」

「人形だ」


 カイネは瞳を眇めて断言する。

 数度のやり取りを経てカイネの違和感はある確信に達したのだ。目の前のこの男は人間ではない、と。


 その時である。

 首なしの人形がごく自然に立ち上がったのは。


「な、あ――――」

「下がっておれ」


 発声器官を失ったために声もなく迫りくる人形。

 カイネはその胴を輪切りにし、返す刀で腿の付け根を落とし、動きそのものを封殺した。

 肉塊ならざる人形の部品がバラバラと床に落ちる。隙間から溢れ出した液体は血液でなく、内側に差されていた油であろう。

 カイネは何事もなかったように納刀し、人形の残骸を検分し始める。ジョッシュはまだ驚愕から立ち直れずにいる。


「う……ま、マジかよ。待てよ、さっきは普通に話してたじゃねェか。いや待て、人形が話せるわけ……い、いったいどうなってやがんだ……?」

「落ち着けと言っておろう。おまえさんだけだったら死んでおるところだぞ」

「これが慌てずにいられるか!? ガストロみてーな芸当とは話がちげーんだぞ!?」

「どう違うのだ。……違うということはわからぬでもないが」


 カイネは適当なところで検分に見切りをつける。三日前に調べた人形とさほど変わらないつくりということ以外に新たな情報は無さそうだったからだ。


「ガストロのやつは、よそから魔力が流れ込んでる痕跡があった。つまり別の場所から操ってるだけだ……ってのはあんたも知ってる通りだが」

「うむ」

「これは違う。……そういう痕跡が一切ねぇ」

「つまり、完全に自律して動いておるということか」


 カイネは感心したようにつぶやきながら部屋を出る。ジョッシュは慌ててその後を追う。


「おい、どこへ」

「家のどこかにスコップがあるはずだ。探しとくれ」

「……お、おう」


 ジョッシュは兎にも角にも従った。混乱がとうとう極まったのかもしれない。

 目当てのものは床下の隠し倉庫に収められていた。厳重な隠し場所とは裏腹、先には土が付着したままというずさんな管理である。


「……カイネ、なんでこんなもんがあるって」

「学院からの使いをあやつがどこに隠したかという話だ。……使いに送られたものも阿呆では無かろうしな」

「…………まさか」

「おまえさんにも手伝ってもらうぞ。ちと骨の折れる仕事になろうが」


 カイネとジョッシュは家の外に出て、土が掘り返されたような痕跡が無いかを探し回る。

 日はほとんど落ちていたが、それと思しい目星はすぐに着いた。あまり長い時間が経っていないせいか、単に埋め直しの作業が雑だったか。


 二人は協力して発掘作業を進め、しばらくして目当てのものを掘り返した。

 ヴィクセン王立魔術学院に所属することを示す紋章を帯びた男――魔術学院から送られた使者の死体。


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