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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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五/来訪者

「――――それで嬢ちゃんは置いてきたっつーわけな」

「うむ」

「ハァー……」

「でかいため息をつくでないよ」


 魔術学院を発ってすでに数時間。カイネはすっかり乗り慣れた馬車に身を揺られていた。


「ちょーっと物分りが良すぎるぜ。……あの嬢ちゃんがそばにいりゃ、あんたも少しは落ち着くかと思ってたんだがよ」

「自立心旺盛なのは喜ばしいことであろう?」

「まァそうなんだが。でもよ、嬢ちゃんの口振りからすると――自立というか、あんたに褒めてもらいたいだけじゃねえかい?」

「初めのきっかけなどなんでもよかろうさ。外の世界に歩み出れば、自ずから求めるものなど後から付いてこよう?」


 一角馬の手綱を取るジョッシュはカイネのほうを振り返り、「その言葉はあんたにも当てはまるんじゃねえかい?」と冗談めかして笑った。

「墓か棺桶のほかにあてがあるならば脚を踏み入れてみるのも悪くはなかろうな」カイネは諧謔的につぶやき、「それよりもだ」と口火を切った。


「目的地……オーレリア領まではどれほどかかる。一週間とはかからぬようだが」

「急ぎなら二日ってところだな。隣の城下町を経由していったほうが安全だけどよ」


 オーレリア領はアースワーズ領に隣接した土地だ。セルヴァ・グロワーズの母方に縁のある土地であり、アースワーズ家を出奔したセルヴァはシャロンとともにオーレリア領に身を隠した。シャロンはそこから魔術学院に送られており、現在は郷里の土を踏むことも叶わぬ身の上であるという。


 此度のカイネの目的は、ひとまず何を差し置いてもセルヴァの安否を確認することだ。そして現住居とされる場所に彼の姿がもし無ければ、セルヴァは極めて危険な状況にあるということになる。


「できれば急いでくれ。一日二日で何かが違ってくることもなかろうが、人の命がかかっておる」

「オーケイ。連絡がないくらいで心配かけることもねェだろうしな、なにせあんたが付いてんだ――」


 ジョッシュは軽快に応じ、順調に馬車を進ませる。

 その車輪を止めることはなかったが、ややあって彼は不審なものを目に止めた。


「……なぁカイネ、急いでるってとこに悪いんだがよ」

「急がねば死ぬというほどに急いではおらぬとも……で、どうした?」

「馬車がひっくり返ってやがる」


 予想外の報告にカイネは一瞬戸惑う。明確な目的を抱えているこの状況で別件に関わりを持つのは得策とはいえないのではないか。


「あ、この馬車のことじゃねぇぜ?」

「わかっとるわ。……方向はどこに向かっておったのだ?」


 ジョッシュの冗談めかした注釈にカイネは質問を返す。

 彼は御者席から遠眼鏡を覗き込み、街道の向かい側の彼方に位置する馬車をはっきりと視認した。


「真っすぐ行ってりゃ魔術学院の方角だな。もちろん、学院を通り過ぎる可能性だってあったんだが」

「周りに野盗のたぐいは?」

「……見当たらねぇな。御者は……」


 そこまで言ってジョッシュは眉をひそめる。

 御者は死んでいた。馬車の下敷きになっており、中にいるはずの人間の姿は外側から見えない。


「やられてやがる。中のやつも生死不明」

「相分かった。様子見にゆくぞ」

「……まァ、そう言い出すんじゃねえかって気はしたけどよ」


 どうせ道なりに進めば通りすがることになるのだ。

 面倒事を避けるなら遠回りに進むのも手だろうが、魔術学院に続く道を進んでいた馬車である。学院の関係者として、あえて無視していくのは事なかれの態度が過ぎるであろう。

 やがて遠くに見えていた横倒しの馬車が近づく。カイネは「近くで止まっとくれ」と言い添えて妖刀・黒月の柄に掌をかぶせた。


「気をつけたほうがいいぜ、カイネ」

「案ずるでないよ。念のための用心だ」

「いや、中にいるやつは怯えてるかもしんねェからな。下手に刺激して怪我はさせたくないだろ?」

「そっちか」

「他に心配することがあるかい?」

「おまえさんもほんと言うようになってきたの……」

「それだけ信用してるのさ」

「うむ。ここは任せよ」


 こんな口振りではあるが、カイネが危機的状況に陥ったときに颯爽と駆けつけたこともあるのがジョッシュという男であった。

 カイネは馬車から飛び降りて横倒しの馬車に歩み寄る。馬車の下敷きになった男はすでに冷たくなっており、手遅れであることは明らかだった。


「……む」


 カイネは馬車に近づいてすぐ異変に気づく。

 血の臭い。腐敗臭。そして濃厚な死の臭い。

 死後数時間といったところか。御者の方の臭いもあるだろうが、単なる事故でこのような臭いは到底あり得ない。


「……カイネ、どうかしたか。手を貸す必要は?」

「死体を運び出す準備をしておいてくれると助かるやも知れぬな」


 カイネは神妙につぶやき、馬車の扉を開け放った。

 すぐに中から強烈な血臭が溢れ出す。車中には矢傷を負った身なりのいい男の死体があり、カイネはおやっと瞳を眇める。 

 車内に残されていたのは、その死体だけでは無かったのだ。


「こやつは……」


 それは一見して人間の男に見えた。

 だが、それは人間に見えるものに過ぎなかった。人間を精巧に模した物体であった。

 カイネはそのことをすぐに見抜いたが、誰であろうとも見誤ることは無かったろう。肩の付け根の切断面が、人体の筋繊維を模したようなからくり細工を覗かせていたからだ。

 歯車、螺旋に撚り合わされた縄、機織り機を連想させる機械仕掛け――その他カイネには及びもつかない数多の機構。


「……人形、にしてはできすぎておるな」


 死んだ人間がひとり、壊れた人形が一体。

 車内の壁にはべったりと血がこびりついており、車中で惨劇が起きたことがうかがえる。

 ジョッシュはすでに危険がないことを知り、カイネのそばに歩み寄った。


「……なんだこりゃあ。またけったいな」

「聞きたいのはおれのほうなんだがの……よもやこいつは動くのか?」


 カイネがその精巧な人形を一瞥するのに対し、ジョッシュは断面図を覗き見ながら頭を振る。


「……いや、無理だ……と思うぜ。魔力を通したいなら生身かある種の金属、鉱石を使うのが常道ってもんだが……あれだ、前のガストロみてェなやつもそのパターンだな」

「そういえばそんなのもおったな……」


 あれは複数人の人体を結合して創り上げられた肉人形であったが、目の前のものとは少々趣向が異なりすぎる。

 カイネの目には未知の機械技術の類にも見えたのだが、しかしジョッシュは再び首を横に振った。


「どんなに歯車を噛み合わせようが、動力なしに動くなんてことはまずありえない。そしてこいつは魔力を通すのには全く適していない構造だ――どちらかというと、こいつは工芸品として見た方が良いんじゃあないかい?」

「……確かに、そう考えたいところなんだがの」


 縒り合わせた縄は人間の筋繊維や神経を模しただけに見え、実際に動かすことを想定しているとは考えがたい。

 しかし単なる工芸品とすると、拭いがたいほどの不審点が浮上するのもまた事実であった。


「どうして壊れておるのだ、こやつは」

「……何者かの襲撃を受け、持ち主の巻き添えにあって壊された――ってのはどうだい?」

「この男の致命傷は弓矢だぞ。矢傷でこんな断面など晒すまい……しかもだ」


 カイネは男の死体周りを探り、一振りのサーベルが転がっているのを発見する。

 銀の刃には何かを断ち切った痕のような刃こぼれがあった。


「この剣……そやつの帯びておる鞘の口とぴったり合う。すなわち、人形に襲われたこの男がこれで反撃したと考えたほうが筋が通るのではないか?」

「……確かにそうだな。人形は動かねェってことに目を瞑れば、だが」

「おれやおまえさんが知りもしないような方法で動かしておるのやもしれぬぞ?」

「そんなもんあるわけ――――いやわりとありそうだな……」

「であろう」


 ジョッシュはカイネをじっと見つめてぽつりとつぶやき、少女は堂々と薄い胸を張る。

 本来この世界に存在しているはずもないカイネ・ベルンハルトという男が、少女の形を借りて自由に動き回っているのだ。これ以上の不可思議など果たして他にあろうことか。


「だがなカイネ。もし本当にそんな技があるってんなら、話はもっと面倒なことになってくるぞ」

「奇遇だの。おれも同じようなことを考えておった」


 ふたりは改めて男の死体に目を向ける。

 身なりのいいところを見るにおそらくは貴族か、それに準ずる身分のものであろう。

 彼はなにゆえ殺害されたのか。彼はどのような立場のものであったか。今カイネらが関与している事件と関わりがあるのか。


 そういったことも重要には違いないが、もうひとつ決定的に看過しがたい厄介な事実がひとつある。


「そいつァ気になるな。順番に言ってみるかい?」

「うむ。まずはおまえさんからでよいか」

「凶器に使われたはずの弓はここにない」

「人形にせよ人間にせよ、犯人は野放しになっておる」


 ジョッシュとカイネはお互いに見つめ合い、同時に神妙なため息を漏らした。


 ***


 カイネが学院を出発した初めの夜。

 それはクラリーネにとって久方振りになるひとりきりの夜だった。


 ――――今さら物寂しさを覚えるような年頃でもなし。

 そもそも母を亡くして以来、クラリーネは一人寝が常であった。

 湯上がりで寝間着姿の彼女は入り口の扉をしっかりと施錠し、白銀の金属球を両腕に抱えてベッドに入る。

 枕元のランプの火はまだ消していない。今あるだけの灯りが消えるまでは、図書館で借りた本を紐解くつもりであった。いつもならば「はよぅ床につきや、寝坊してもおれは知らぬぞ?」とカイネにたしなめられるところだが、今日はいたって自由である。

 孤独に慣れ親しんだクラリーネからするとカイネの干渉に若干のくすぐったさを覚えることもあるが、面映ゆく感じるのもまた事実だった。


「……ん」


 クラリーネはベッドにうつ伏せに寝そべり、銀色の球体に顎を乗っけるようにしながら本を開く。

 球体は金属質な見かけと裏腹、クラリーネの乗っかった部分がくにゃりと柔らかく凹む。

 いざという時には彼女の鎧、あるいは刃ともなる流体金属。元は身を鎧うため、外界の万象から自らを守るための甲冑に過ぎなかった。しかし人前で絶えず身につけていた甲冑はいつしか根源の魔力(マナ)を宿し、クラリーネの手となり脚となり自在に操ることができる『妖精さん』と化した。


 これこそルーンシュタット家に代々伝わる呪術〝感染霊域〟のたまものであり、クラリーネだけの魔道具〝呪働甲冑・妖精式〟のゆえんである。

 球形を保っているのはいわば緊急時に備えての待機状態であり、不審な魔力反応などを察知すればすぐさま形状・質量を変化させ、脅威への即時対応を可能とする。


「あふ」


 まさにその変化が、今起こった。

 クラリーネの顎の下にあった球体から薄く平たい羽が生え、青白く輝きながら宙に舞い上がる。クラリーネの顎がぽすんとシーツの上に落ちる。


「……外」


 妖精式とクラリーネは一心同体。感知した魔力反応の居所はすぐさま彼女にも伝わり、意識を窓の外に向ける。

 侵入者か。カイネさんを狙う手のものか。それともカイネがいないことを知ってのことか。いずれにせよ私を人質にする手はある――――


 クラリーネは素早くシーツに膝を突き、全感覚を研ぎすませた。

 ややあって、こんこんと窓ガラスを叩く音。

 襲撃者がわざわざ音を立てようものか、あるいは別の場所から仕掛けるための陽動か――クラリーネは室内の全方位を警戒しつつ、そろりそろりと窓のそばに歩いていく。


 果たして、窓の向こう側にいたのは――――


「夜分に失礼するであります、リーネ。もしよければここを開けていただきたいのでありますが」

「帰って」

「ちょ、ちょっと待つであります!! 私がここにきたのは深いわけというものがあるのでありまして!!」


 寝間着姿のシャロン・アースワーズその人であった。


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