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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
三章/銘々の守護者
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四/凶報

 カイネは一同に礼を述べて別れるなり衛兵宿舎へと向かった。目的の部屋はすでに知っていた。衛兵宿舎の階段を駆け昇り、ある部屋の前で足を止める。扉に鍵はかかっていない。カイネは部屋の中に押し入って仮眠中のジョッシュを叩き起こした。今すぐに出発するぞと声高らかに宣言し、いいから落ち着けこのドチビとしたたかに叱咤され、なにをこのと素手での取っ組み合いになり、そして一段落がついた。


 それが今である。


「…………すまぬ。取り乱しておった、かたじけない」

「そいつは構わねェんだがな。ユーレリア学院長からも一報もらってたところだし」

「……学院長から、とな?」

「もしものことがあればカイネ殿が真っ先に訪ねるのはあなたでしょうからその時はなにとぞ諌めてくださいますようにっつって半泣きで頼まれた」

「これを見越しておったか……心労をかけてしもうておるな……」

「構いやしねェさ。俺にとっちゃ他人事だからな――で、何があった?」


 ジョッシュは淹れたての薬草茶をカイネに勧めながら尋ねる。

 カイネは大人しくカップを受け取り、ぽつぽつと話し始めた。


 カイネの現在の肉体と魂は、『距離と同一性の相関』なる呪術原理によって深く結びついていること。

 すなわちカイネが今の身体のまま存在していると、それだけでこの肉体が魂本来のものとして認識されてしまうということ。


「その剣もカイネの一部みたいになってるっつー話だったな」

「……そういえばそうだの。おかげでおれの手元に呼び出したりもできるようになっておる」

「そいつとの付き合いは相当長いんだろ? ……つまり、それくらい長い付き合いじゃねェと完全に同一とは見なされないってことなんじゃあねえのか?」

「……そう、なるのかの」


 クラリーネいわく、具体的なタイムリミットはわからないとのこと。

 しかしながら、クラストの片眼鏡がカイネの魂の真の姿を現在の肉体として認識したのはこれが原因ではないかという。


「これを機に諦めたほうが楽になるんじゃねェかと思うんだがな。そんなむきになってよぼよぼの身体に戻りたがることもねぇだろ?」

「……(あやつ)のようなことを言うでないよ」

「今の時代にいまひとつ馴染めないっつーのは察しが付くけどよ。別にあるべき元の形に戻ることだけが解決策じゃねェだろ」

「……なにが言いたい?」

「カイネ、あんたの本当の問題は呪いそのものなんかじゃあない。寄る辺がないこと、収まるべき場所を見つけられないでいること――そっちこそが本当の問題なんじゃあないか?」


 カイネは渋い味の薬草茶を啜りながら表情をしかめる。

 ジョッシュはにやりと笑いながらぴっと指先を突きつける。


「元通り老いさらばえておっ死ぬってのもひとつの手だろうがよ、ちょっと安易な気やしねぇかい?」

「他人事だと思うて気楽に言うてくれおる」

「他人事さ。でもよ、今すぐ解呪できるって話になりゃカイネも困るだろ。あんたに振り回された人間は? いやそいつらは別にしても、あの嬢ちゃんは? ひとりの娘さんを預かってる身なんだ、責任はきっちり果たしたほうがいいと思うぜ?」

「……それは、確かにそうであるな――――」


 と、カイネは窓の外に目を向けてぎょっとする。

 ちょうどそこから、クラリーネの無表情が部屋の中をじっと覗き込んでいたのだ。


「……ここ、二階だったよな?」

「……確かそうであったはずだが――――あっ」


 お互いの視線が重なった瞬間、クラリーネの瞳がはっと見開かれる。彼女の体勢がぐらっと崩れ、カイネの視界から消える。

 下から支えていた誰かがバランスを崩したのかもしれない。男女入り乱れた悲鳴が宿舎の外から聞こえてくる。


「先生思いの良い生徒じゃねェか」

「皮肉ってくれるでない」

「いやいや、俺は大真面目さ。……行ってやった方が良いんじゃねェかい?」


 外は芝生であるから大事は無かろうが、心配をかけてしまっているのは全くの事実であった。

「馳走になった」とカイネはカップを置いて立ち上がる。ジョッシュはへらへらと笑って言った。


「国王殿下にまで釘差されてんだ、のんびり行こうぜ。どうせなるようにしかならねぇって」

「貧乏くじを引かされたおまえさんが言うと説得力があるな……」

「貧乏くじとまでは思っちゃいねェさ。これでも結構気に入ってんだぜ? 前線の要衝に勤めるよりかはずっとずっとマシってもんよ。気楽で呑気な後方勤務だ、飯は三食出るし仮眠も取れる、おまけに絶世の美女をお近くで拝んでられるんだぜ――ちょーっとばかしチビっこい上にじゃじゃ馬だがよ」

「ずいぶんと口が上手くなりおって」

「軽くなったんだ。そろそろ長い付き合いになってきたろ?」


 カイネはジョッシュに微笑を返し、「すまなんだな」と頭を下げて部屋を出る。

 果たして衛兵宿舎の外には、何事もなかったかのように何食わぬ顔でカイネを待っている五人がいた。


 ***


 ユーレリア学院長への直談判から一週間後の夜。

 カイネとクラリーネの部屋を訪ねてきたのは、青黒のローブを身に着けた壮年の男であった。

 男の名はアーガスト・オランド。ヴィクセン王立魔術学院の教授であり、一応はカイネの同僚に当たる男である。

「この夜更けに淑女の室を訪ねることお詫びする、カイネ殿」「やめよ」といったやり取りのあと、カイネは廊下に出てアーガストと向かい合った。

 彼は少しの間言葉を選ぶように口ごもり、不意に言った。


「シャロン殿の保護者のもとに向かわせたものからの連絡が、途絶えた」

「……まだ十日も経っておらんぞ?」

「出発から三日目に〝二重筆〟での連絡があったのです。最寄りの街に着いた、と。そこから一日二日もあれば用は済むはず……にも関わらず、四日が過ぎてなお折り返しの連絡が無いとあっては」

「……確かにちときな臭いが」

「それだけではありません」


 もう少し様子見してもよかろうと言いさしたカイネに、アーガストは一枚の羊皮紙を差し出す。

 それは魔術学院教授陣、ひいてはシャロンに宛てられた文面であった。


「……危篤、じゃと?」

「これは今朝、〝二重筆〟によって届いたもの。……この男……セルヴァ・グロワーズというものは、なんでもアースワーズ家に代々仕えてきた騎士の家系のようだ。シャロン殿を保護したのもそれゆえに……いわば真の忠臣と言うべき御仁でありましょうな」

「……しかし、どうも妙ではあるまいか?」


 このセルヴァという男は文面で、シャロンに直接会って伝えなければならないことがある、と主張している。自分では立ち上がることもままならず、代筆のものを都市部にある〝二重筆〟の祭壇に向かわせたとも。

 だがこれは、シャロンの命を守る立場のものとしては不合理な提案だ。

 身の安全を保証された魔術学院の外に出ることを要求するなど、彼女をわざわざ危険に晒せと言っているようなもの。


「そうですな。学院の使者からの連絡が途絶えたことも、よりにもよってそれと同じタイミングでこのような文が届くのも、何から何まで信用なりますまい」

「同感であるな。……とすると、だ」


 シャロンの身の危険を差し置いてでも直接伝えなければならないほど重要な話がある、という線は限りなく薄い。

 手紙はセルヴァ自身の意図したものではなく、第三者の偽装と考えたほうが賢明だろう――シャロンを学院内から誘き出すための。


「これは、シャロンの命を狙うておる連中がしたためたものであろうな」

「私もそう考えますがな、カイネ殿――しかし、それにしてはお粗末過ぎるとも思えましてな。何か別の意図があるように思えてならんのですが」

「確かにのぅ。偽装であるとすれば、シャロン以外のものが直接本人と連絡を取ればよいわけで――――」


 カイネがそう口走った瞬間、ふたりはお互いに視線を見合わせる。

 まさに連絡を取ろうとした学院の使者は、あえなく連絡を途切れさせた。


「……直接連絡を試みたものを始末している?」

「いや。セルヴァ殿とやらはすでに相手の手中にあるのではあるまいか?」


 人質に使うか、あるいは拷問にでもかけて翻意をうながすか。

 シャロンの信頼を獲得しているであろう騎士を裏切らせれば、彼女の命を奪うことはあまりにもたやすい。


「それでは、まさか……本人がこれを書かされた、と?」

「可能性はある。が、使者の連絡が途絶えたことをあわせて鑑みると……翻意を促すことを諦めて強引な手段に出た、のではないかの?」

「……なるほど。つまり、わざわざこのタイミングで文が送られてきたのは……」

「セルヴァ殿の身に異変が起きたことを知られてしまった、と気づいて行動に出たか。……まぁ、真偽は定かではないがな」


 いずれにせよ必要となる行動は明瞭だ。

 セルヴァ・グロワーズの安否確認。叶うならばその身柄の確保。そのためには魔術学院の使者を始末した相手を突き止めるのが順当か。

 あるいはアースワーズ家当主そのものを決め打ちして叩くという手もないではないが……


(あれから幾ばくも経っておらん、王に掛け合ってもらちが明かぬであろうな)


「時に、カイネ殿。シャロン殿には……」

「あぁ、うむ。伝えられぬであろうよ――表裏どちらの話にせよ、あやつが知れば大人しくはしておれぬであろ。まさに相手の思うつぼよ」

「げに。……なにとぞ慎重に事を進めていただきますように」


 アーガストはそう言い残し、〝二重筆〟で記された密書をカイネに手渡して歩み去った。

 カイネは室内に戻ってクラリーネを目にした途端、彼女をおいて留守にしても良いものかということに思い至る。

 ソファの上で書物を紐解いていたクラリーネはふと顔を上げ、カイネをじっと見た。


「用事ができたの」

「……よぅ気がつくな、おまえさん」

「どうするの?」

「そうさな。十日か、長引けばもう少し長く留守にするやもしれんのだが――」


 おまえさんはどうしたい、とカイネが問いかけるより先にクラリーネは言った。


「いいよ」

「……ほぅ?」

「ひとりで大丈夫。頼まれてることもあるから」

「えらく物分りがよいな」


 カイネの事情を聞きもしないうちのことである。

 クラリーネは膝上に乗せた銀色の球体を抱きすくめながら言う。


「カイネさんのいない間に事が起きるかも。誰かが見張っておかないと」

「……最近は一緒におっても気疲れせんようになってきたかの?」

「ちがう」


 むすっと唇を引き結びクラリーネの表情は「なんでそうなるの」と言わんばかりである。

 しかしながら、ジョッシュの部屋を覗き見るのにちゃっかり踏み台にしていた一件からしても、それなりに学院の雰囲気に慣れてきた様子はうかがえた。


「カイネさん」

「……うむ?」


 カイネは密書に目を通し、一通り記憶してから懐にしまい込む。クラリーネは澄んだ瞳をカイネに向けた。


「もっと、カイネさんの役に立つから」

「……前のことはおまえさんのせいではない。気に病むでないよ」

「でも」

「おれにとってはその方が都合がよいが、なにもおまえさんがおれの都合に合わせることもなし。おまえさんはおまえさんのやりたいことをやればよいのだ」


 保護者としてはいささか無責任に過ぎるやもしれんな、と自嘲しながらの一言。


「わかった。がんばって監視する」

「ほんとうにわかっておるか……?」


 決然と頷いてみせるクラリーネの姿は力強さに満ちている。

 シャロンの方が辟易していないものかと心配であったが、食堂などで彼女らの様子を観察した限りは実に平穏なものだった。


「カイネさんこそ」

「おれか」

「呪いが解けても、ちゃんと帰ってきて」


『ひとりの娘さんを預かってる身なんだ、責任はきっちり果たしたほうがいいと思うぜ?』――先日告げられたばかりの言葉が脳裏に浮かび、思わず苦笑するカイネ。


「……むろんだ。おまえさんをほっぽり出したままにはせんよ」

「うん」


 カイネは彼女の隣に腰を下ろして微笑みかける。

 頷き、書物に視線を戻すクラリーネはどこか満足げであった。


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