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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
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十八/呪働甲冑〝妖精式〟

 先に仕掛けたのはカイネであった。

 ちいさな手から投擲された短刀が篭手の一振りで打ち払われる。

 かん高い金属音。

 次いで、脚甲(グリーヴ)が土埃を巻き上げるかのごとく蹴立てた。


(……それにしても、なんという疾さか)


 全身甲冑を身に付けながらとはとても思われぬ速度。

 ややもすれば一角馬の牽く馬車にも勝るであろう。

 迫る白銀甲冑の振り放つ一閃をカイネは紙一重で躱し、


「得物を変えたところで敵うと思うてか」


 ひゅんと黒月を抜き払った。

 光の線が翻る。

 白銀の剣をすり抜けるように過ぎて地に落ちる。

 カイネが残心する刹那、クラリーネの剣先は半ばから真っ二つに断たれていた。


「……」

「……む」


 すかさず一歩退くクラリーネ。

 カイネはにわかに目を眇める。

 剣の断面が水面を打つかのごとき波紋を起こして再構築を始めたのだ。


「……鎧のみならず、その劔も呪具というわけか」

「これで、互角」

「劔の格は、そうであろうがな――」


 武器破壊による無力化の筋は断ち切られた。

 彼我の体格差を鑑みれば組討ちによる抑え込みはほぼ不可能である。

 なにせ、彼女の鎧は不可解な動力を内包しているのだから。

 

(……やむを得んか)


 四肢のうちひとつでも斬り落とすしかあるまい。

 これはカイネの泣き所であった。

〝斬れぬものはこの世になく、この世にあるものは必ず斬れる〟

 呪いにも等しいその術理は、斬らずに済ませることを希求されると限りなく無力に近しい。


「もう、容赦はできぬぞ」

「元より不要」

「しからば」


 カイネの足裏がざりと土を踏む。

 クラリーネの脚甲が深く地に沈む。

 瞬間、轟と大気を唸らせる推進力をともない鎧われた巨躯が駆動する。

 前傾姿勢より高く掲げられた一振りは、正確無比に少女の肩口へと振り落とされた。

 が、


「させぬよ」


 カイネは刃の下を掻い潜り、篭手(ガントレット)腕甲(ヴァンブレイス)の境目へ一閃した。

 薄刃がいともたやすく滑り、左手首から先が地に落ちる。


「……む」


 クラリーネは身じろぎもしない。

 断面から血が噴き出すこともない。

 驚かされたのはむしろカイネの方である。


「呪働甲冑を斬るか」

「……おまえさん、よもやその中身、空洞とでも?」

「否」


 クラリーネは端的に否定した。カイネの目に映ったものがそれを保証した。

 腕筒の先から顔を覗かせた鋭利な尖端――槍の穂先にも見えるものは人体とは似ても似つかない。


 クラリーネは軽い歩調で距離を置き、右手の剣を地面に突き立てる。

 何を考えておるとカイネがいぶかしむのも束の間のこと。


「〝最外殻開放(アーマー・パージ)〟」


 クラリーネがそう詠じた刹那である。

 娘の全身を鎧う白銀の甲冑が突如として肌から浮く。

 甲冑の部位ごとに分かたれた白銀の〝最外殻〟は自律的に浮遊を開始、クラリーネの周囲を守護するかのごとく取り囲んだ。


「……なんと」


 クラリーネがこの業を披露するのは初めてのことであったか。

 驚いたのはカイネのみならず、〝猟犬〟の魔術師たちもまた例外ではない。

 そして白銀甲冑の内側から現れ出たものは、この場を驚愕の渦に陥れるに足るものだった。


「――まるきり子どもではあるまいか」


 カイネは自らのことを棚上げしてつぶやく。


「それが、なに?」


 (ヘルム)に妨げられない声は思いのほか幼く、澄んだ声であった。

 長く、透き通るような金色(ブロンド)の髪。

 つぶらな、感情の色のない碧眼。

 陽光に焼け付いてしまいそうな乳白色の肌。


 身の丈はせいぜい四尺七寸(141cm)ほど。

 それは十五歳の少女としてもあまりに幼い風貌だ。


「……それが、本気というわけか」

「そう」


 そして何より目をみはるべきは、手足の延長線として一体化している長大な武具(もの)である。

 両足はさながら地を穿つ槍、両腕は触れるものことごとくを斬る刃。

 その長大な手足は言うなれば上げ底、尺稼ぎとして、身の丈七尺にも及ぼうかという女傑の虚像を造り上げていたのだ。


 純白の肌は簡素な白の貫頭衣のみに覆われる。

 白銀の最外殻は天使の翅を思わせる流線型の形態(フォルム)を取り、カイネに切っ先を定めていた。


「攻性呪働甲冑――〝妖精式〟展開」


 白銀の最外殻がまさに妖精のごとく飛び回りながらカイネを包囲する。

 妖精の配置は一定でなく、またそれぞれが自律的に駆動していた。

 クラリーネは地に突き立てた剣を執る。白銀の刃は即時に粒子状まで分解され、少女の首周りに再構成される――彼女の細首を包む円環として。


「……面妖な。なぜこのような鎧に身を包む。なぜおまえさんは領主――主君に利する?」

「……」


 答えはない。

 クラリーネは首輪をそっと撫ぜ、その指をカイネに突きつける。

 ――次の瞬間、数十という妖精が目もくらむような輝きを発し、幾条もの光の線を射出した。


(……なんと)


 光が描くは円軌道から直進する軌道まで種々様々。

 光条の直撃を受けた木の幹が向かい側まで貫かれて煙を上げる。地面に大穴が穿たれる。風を切る音が無数に響く。

 カイネはそれらの隙間を縫うように歩み、掻い潜り、着衣の端々を刻まれながらも全てを躱していく。

 その間も〝妖精〟は目まぐるしく空を駆けめぐる。空の彼方まで飛んでいくかと思われた光条を受け止めては乱反射させる――ただでさえ難儀な攻撃範囲の認識がさらに困難なものとなる。


「そこ」

「――っ、む……!?」


 光の矢の嵐を凌ぐ最中、クラリーネは軽やかなステップとともに片足の槍を地に突き立てた。

 もう片方の足からカイネへと放たれる回し蹴り――槍と化した下肢での薙ぎ払い。

 カイネは身を伏せて掻い潜り、大きく一歩飛び退る。


(使い魔と本人の波状攻撃。先刻より出力は落ちるが、力任せでないぶん読みにくい――)


 クラリーネは空を切った片足を地に突き立て、踏み込みざまに腕と一体となった剣を振るう。

 まるで舞い踊るかのようだった。

 腕の刃と脚の槍。武具そのものである四肢が立て続けにカイネへと殺到する――カイネはその全てをすんでのところで見切り、避け続ける。

 間合いを図るように妖刀・黒月を構えたまま。


「その年でこれほどの業前を持ちながら、人の身をも捧げてなんとする――それがおまえさんの望みか?」

「…………」

「答える口はなし、か」


 光の線が頬のすぐ横を通り過ぎた刹那、カイネは振り返りざまに手を閃かせた。

 ひゅん、とかすかに響く風の音。

 一片の白銀が光を無くし、まっぷたつに割られて地に落ちる。


「――――」

「ならば、おれも本気でいくぞ」


 高速で飛び交う白銀の妖精が間合いを横切った瞬間、そのひとつを斬り落としたのだ。

 無論、一基落とした程度で光の雨が止むことはない。

 カイネはその上で言った。


「おまえさんには、おれの呪いを解く手伝いをしてもらわねばならんのでな」

「――――!?」


 そのとき、クラリーネの端正な顔が初めて歪んだ。

 激しい驚愕の表情。

 カイネを取り巻く光の猛攻がにわかに激しさを増す。


 ***


「やけに静かだな。これだけでかい屋敷に使用人のひとりもいやしねぇ」

「父の狂態にほとんど逃げ出してしまったんだ。僕が勘当された時にはまだ何人か残っていたはずだけど……」

「今はこのざま、ってなわけかい」


 ルーンシュタットの屋敷に乗り込んだジョッシュとクラスト。

 クラストは心得たもので、生家の玄関を迷いなく踏み越えて石造りの廊下を進んでいく。

 目的の部屋までを遮るものは何もなかった――誰もいなかった。


「……なんつうか、拍子抜けだな。修羅場のひとつやふたつはくぐる羽目になるかと思ったが」

「僕は勘弁願いたいところだけどね――でも」


 クラストは書斎を前にして立ち尽くす。

 クライヴの私室に気配が無いとなると、残るはこの場所しかない。

 もはや衝突は避け得ぬだろうと思われた。


「どうだ。護衛はいるかい?」


 クラストはゆっくりと首を横に振った。

 彼に覚悟を問われたその日からそうすると決めていたことだった。


「片を付ける。……これは、今になるまで動き出せなかった僕の責任かもしれないからね」

「……あんたがそう言うなら野暮はなしだ。せいぜい部屋の外でも見張っておくさ」


 ジョッシュは皮肉げに笑い、クラストは真剣な面持ちで頷く。

 背中を撃たれる心配がないというのは得難い幸運であった。

 ややあって、クラストはノックもせず書斎に踏み入った。


「失礼するよ。父上」

「おまえは、すでに私の息子(もの)ではない」


 ひとりの男が書斎の席に着いている。

 痩せた金髪の男であった。

 彼の開口一番――何気ない挨拶に対する返答はあまりにも端的だった。


「違う。僕は初めからあなたのものじゃない」

「クラリーネめ。また仕損じたか」


 老境にも見えよう壮年の男――クライヴはクラストを視界にも入れぬままつぶやく。

 そこには侵入者に対する敵愾心さえも希薄であった。


「なぜだ。私の息子(もの)も、私の(もの)も、なぜかくも我が意を得ぬ? 私と、私の(もの)から産まれ落ちたものであろうに」

「――クライヴ・ルーンシュタット!!」


 クラストは己のうちから沸き立つものに衝き動かされたように叫ぶ。

 クライヴの狂態はもはや、かつてのクラストが知るものとは比べるべくもなかった。

 彼はゆっくりと、ごくゆっくりと書斎の入り口にいるクラストに目を向ける。


「失せよ反逆者。ここは貴様のいるべき場所ではない」

「そうはいかない。僕だってごめんだが、僕はここに来なければならなかったわけがある」


 クラストはほとんどまくし立てるように言いながら懐中の羊皮紙を取り出す。

 領主の屋敷を取り囲むように広がる村々から集められた村長たちの記名、そして治安維持の要望が記された羊皮紙――連判状。

 クライヴはぎょろりとした目を細めて怪訝そうな表情を浮かべた。


「なんのつもりだ?」

「父上……いや、クライヴ・ルーンシュタット。あなたは、この地を治めるにふさわしくない。傭兵団などを用いて民を苦しめたことからも明らかだ。これを改めるか、さもなければ――」

「ふさわしくない? 奇妙なことを言う。私が我が領地(わたしのもの)を、我が領民(わたしのもの)を、我が意のままに扱ったところで何とする?」

「――――……」


 クライヴ・ルーンシュタットは呪術師だ。

 彼の呪術性の高みは、彼が狂に入ることでついに極限へと達した。

 クラストはほとんど絞り出すように言う。


「……なぜだ。この地があなたのものだというなら、なぜわざわざ彼らを苦しめるような真似をしたんだ。なぜ?」

「貴様が私の期待を裏切ってくれたからだ。我が息子(わたしのもの)であるにも関わらず」

「それとこれとは関係がないだろう!」

「貴様は、我が息子(わたしのもの)でありながら我が血族の技(わたしのもの)を外へ広めようと画策した。これは明確な反逆、簒奪行為に他ならぬ。貴様を見限ることはできたが、我が領民はそうもいかぬ。この地に隠れ潜む裏切り者を突き出しもせぬものどもだ。なればこそ、一時はやつらの手に委ねて教えてやったのだ――我が領民(わたしのもの)は、私の考え次第でいかようにもできるのだと。そうあらねばならぬのだと。私のものであることを自覚せねばならぬのだ、とな」

「……クライヴ・ルーンシュタット。あなたは、狂っているよ」


 クラストの言葉が届くことはない。

 二者の断絶は決定的であった。

 クライヴは椅子から身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。


「よかろう。かつては我が息子(わたしのもの)であったのだ。この私が直々に始末をつけるとしよう」

「……改めるつもりは、無いんだね」

「思い違いをするな。改めるべきはそこに名を連ねているものだ。クラリーネがそうしたように」

「――な、に……?」


 クラストは連判状を懐中に収めながら目を見開く。

 三年前。

 クラリーネを最後に目にした時、彼女はまだ年端もいかない少女であった。

 彼女はいかにして現在の彼女へと至ったのか。


「貴様を仕留め損ねはしたが、それでもあれは見込みがある。我が娘(わたしのもの)に、我が後継ぎ(わたしのもの)に、我が血族の末裔(わたしのもの)にふさわしい――貴様とは違ってな」

「やめろッ!!」

「……なぜ怒る? 我が娘(わたしのもの)をいかに扱おうとて貴様の怒りに正当性などありはせん」


 心底わからないと言わんばかりのクライヴの表情。

 クラストの双眸がクライヴを射抜く。

 対するクライヴは悄然と肩を落とした姿勢のまま対峙した。


 魔術師、ひいては呪術師同士の決闘における勝負は一瞬。

 クラストは静謐の中にあって指先で懐中の〝杖〟を探り当て、


「我が前より、消え失せよ」

「――クライヴッ!!」


 ――――抜き撃ちのごとく突きつけた。

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