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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
37/84

十六/前哨

「クラスト・ルーンシュタット――否、クラスト」


 鎧の女の声が、クラストの名を呼んだ。

 感情の色を一切うかがわせない声。


「……三年振りだね、クラリーネ。君は――」

「貴殿はカイネ・ベルンハルトに次いで粛清対象だ。心得よ」


 クラストの呼びかけに返されたのは断固たる拒絶の意志。

 クラストは息を呑む。


「……おまえさん。こやつらのような郎党(ものども)に与する気か?」

「主君のご下命ゆえに」

「手を組んだのも主君とやらの仕儀――というわけかえ」


 カイネは彼女と相対しつつも間合いを図る。

 先の先を取って詰めかけられるような隙はなく、さりとて迂闊に踏み込んでくることもない。


(……なんとも兄に似ぬ女武者振りよ。それに、この体格はどうだ)


 四尺三寸(132cm)のカイネに対し、彼女の身の丈はざっと七尺近くにも見える。

 全身甲冑を加味した上でも、並大抵の男では比べ物にもならぬ巨躯ではないか。


「か……カイネ殿、お願いします!! どうか妹を……せめて死なせずに!!」

「……やむを得ぬか」


 カイネは手短に首肯する。

 彼女はクラスト以上に優秀な呪術師だと聞き及んだのは記憶に新しい。

 できれば協力を仰ぎたいところであったが、しかし、かくも敵対的な態度であれば望みは薄いか。

 あるいは、叩き伏せてでも協力を強いるか。


「情けをかけるか」

「おまえさんの助力が欲しゅうてな」

「……」


 カイネの率直な言葉に対する彼女の返答は無言。

 脚甲に覆われた脚が岩盤を踏む。


「しかしなんだ。クラスト、あんたの妹、でかすぎないか?」

「……い、いや。そんなはずはないんだ。でも、あの声は確かに……」

眼鏡(そいつ)で見えねえのか?」

「うん、だめみたいだ。鎧に打ち消されてるんだと思う」


 後方で交わされる言葉を耳に聞く。

 尋常ならざる甲冑ということか。

 カイネが目を眇めた刹那、にわかに鎧の背部が唸りを上げた。

 女従士が疾駆する。

 否――それはもはや地と水平に飛んでいるに等しい。

 カイネは彼女の振り下ろしに合わせて抜剣し、腰の力を余すところなく腕に載せ、上方に斬り上げた。

 刃と刃を重ねる悲鳴のような金属音が鳴り響く。


(――――重い)


 剣と刀が彼我の狭間で交わり、拮抗する。

 鍔迫り(バインド)

 速度と重み、そして明瞭ならざる力を載せた剣撃がカイネの刀身を揺るがす。

 が、


「見えたぞ」


 カイネは切っ先を絡め取り、剣身を弾くとともに篭手(ガントレット)の継ぎ目へ一閃を見舞った。

 女の腕が下がる。脚が飛ぶ。カイネは油断なく避けて(ヘルメット)の真下を突く。

 全身を揺らす衝撃に女がたたらを踏む――致命傷には到底及ばず。


「……」

「……なんとも手応えのない鎧よ」


 顔の見えぬ全身甲冑とて、打てば鉄越しの生身の手応えもあろう。

 だが彼女にはそれがない。

 まるで鎧だけで駆動する霊体がごとく。


(不具にするはしのびないが……いや、まずは)


 カイネは青眼に構え、真正面に女従士を捉えながら一寸下がる。

 瞬間、彼女は踏み込みとともに彼我の距離を貫く突きを放つ。

 カイネは応じて横に躱し、構えをそのままに剣身の半ばへ振り下ろした。


 ひゅん、と刃が風を切る。


「――――」

「これで、剣は使えぬな」


 斬り落とした刃の先半分が地に落ち、岩とぶつかって音を立てる。

 ベルンハルト礼刀法〝捌〟――元来は手首を落として無力化を図る技だが、鉄を斬るカイネの剣腕は技の転回をもたらした。

 すなわち武器を振るう手にあらず、武器そのものを即時に無力化する術理である。


「少し、話をせぬか。騎士でなくとも――騎士でないからこそ民を想う心もあろう?」


 女従士は無言で柄から手を離す。

 一瞬、カイネと睨み合う。

 次の瞬間――


「勝負は預ける」


 女従士は身を翻し、また水平に翔ぶように距離を離した。

 カイネの幼い脚で追いつける速度にあらず。

 瞬間的な速度は別にせよ、継続速度と持久力では敵うべくもあるまい。


「……逃がしてしもうたか」


 強硬なほど敵対的ではあるが、状況判断は迅速かつ的確だった。

 カイネはちいさく息を吐いて納刀。

 交渉は不可能か。


「……すみません、カイネ殿。命を張るのは僕じゃないのに、無理難題を」

「かまわぬさ。おれの目的にも適う――それに、命を狙われているのはお互いさまであろう」


 カイネが肩をすくめると、ジョッシュが出し抜けに言った。


「しかしな、カイネ。悪いが、あれは話の通じるようなタマには思えんぞ」

「おれもそう思わぬでもないが……」


 カイネは歩き出しながらクラストを一瞥する。


「クラスト殿。妹君はどのような御仁であった?」

「妹……クラリーネは、そうだね。文武両道、品性高潔……でも、あまり主張する方じゃなかったね。何事に関しても控えめというか……」

「そうは見えねえ雰囲気だったが?」

「……何かがおかしい。というか、クラリーネはあれほど大柄じゃなかった」

「成長期じゃねえかい?」

「馬鹿言わないでくれ。いくら成長期だからって二尺も伸びるのはおかしいだろう」


 クラストの評、そしてジョッシュとのやり取りを聞きながらカイネは考えをめぐらせる。

 彼の言葉が正確であるならば、女従士――クラリーネ・ルーンシュタットはその鎧に見合う体格の持ち主ではなかったという。


(……組討ちで押さえ込めれば良いが……あの鎧、妙な推進力を持っておった。無力化には骨が折れる……)


 今は考えてもしかたがないか――カイネは頭を振って今するべきことに意識を向ける。


「大体はわかった。ひとまず、貯蔵庫へ行くぞ。物を運び出さねばならぬ」

「……そうだね。まずはそっちだ。荒らされてなければいいけど……」


 彼らは足並みをそろえて隠し部屋を後にする。

 貯蔵庫の物資は以前来たときからほとんど手付かずのように思われた。

 三人は協力して何度も荷車を往復させ、馬車に物資を山ほど積み込む。

 そしてようやく村へと進路を向けるが、増えた荷物のおかげで、馬車で二刻の道のりを半日かけて進むことになるのであった。


 ***


 数日が過ぎた。

 その間、カイネは領内に点在するほうぼうの村を回っていた。

 カイネたちが〝悪徳の大洞穴〟から持ち帰った物資運搬、その護衛を担うためである。


 幸いにしてというべきか、道中何者かに襲われるようなことはなかった。

 あの日カイネを襲った女従士――クラリーネ・ルーンシュタットに至っては影も形も見当たらない。


 ルーンシュタットには小規模の村がいくつも連なっており、村ごとにも大小の差がある。

 ちいさな村では100人そこそこ、大きいところでは400人から500人という村もある。

 カイネが概算する限り、ルーンシュタット領の全人口はおよそ1500人から2000人といったところであった。


 各地の村では、あの日脱獄を助けた女たちの無事な姿も目にすることができた。

 何はともあれ一件落着――とは行かないのが今回の面倒なことである。


「カイネ殿。こちらをご覧くだされますかな」

「……村長殿。これは?」


 クラストの滞在する村に戻ったときのこと。

 集会場に招かれたカイネがテーブルに付くと、村長は一枚の羊皮紙を差し出した。

 紙の上には複数人の名前、そして宛書には領主――クライヴ・ルーンシュタットの名がある。


「連判状です。あやつらの凶事にも領主様は動いてくれませなんだ……ましてや、領主様が直々に雇われていたという話すらありましょう?」

「それで、おまえさんらで訴え出るというわけか」

「はい。……これまでには、こうやって署名を集めることもできませなんだが……」


 ガストロ傭兵団の横暴を何とかしたいが、横暴があるからこそ力を合わせることも難しいという二律背反。

 外敵が排除されたことで彼らはようやくそれを可能にしたというわけだ。


(……文書を作れるのであるなぁ)


 一方のカイネはというと、いささか的外れな点に感心していた。

 カイネが生まれついた時代であれば、村の有力者といえども字の読み書きは難しかっただろう。


「そこで、厚かましいことだとは承知していますが……その上で、カイネ殿にお願いしたいことがあるのです」

「聞こう。なんとはなしに察しはつくがの」

「良いのかい? そんなに安請け合いしちまって」


 すぐ後ろで耳を傾けているジョッシュとクラスト。

 カイネは目を眇めてうなずく。


「受け合うかどうかは聞いてからだ。……それで、願い事とは?」

「この連判状を、領主様の元にお届け願えないでしょうか」

「……おれは歓迎されぬと思うが」


 カイネ・ベルンハルトはよそものだ。

 しかもただのよそものではない。

 領主直々に殺害せよとの命令が出されているよそものである。


「……そうだろうとは思います。ですが、それはおそらく我々でも同じでしょう。何の意味もないか、黙殺されるか……我々には、何の後ろ盾も無いのですから」

「無意味に終わるやも知れぬことは承知の上と?」

「……我々はこの地で生きるほかにありません。もしまた同じようなことが繰り返されれば……そう都合よく、カイネ殿のような御仁の助けを頼めるわけもありませぬ」

「他にやりようもなし、ということかの」


 カイネは連判状に記された名前を指先でたどる。

 村長は神妙に言葉を続ける。


「もし……もし、いざということがあれば……今度という今度は、武器を持って立つ他にありますまい」

「ふつうの領主であれば、それは充分に痛手であろうな――ふつうであればだが」


 呪術師の一門に連なる一族、十二使徒。

 その主君が何を思って自領に鞭打つような真似をしたかはいまだ定かではなかった。


 カイネは考えを巡らせる。

 カイネはすでに領主と敵対していた。そのことはクラリーネ・ルーンシュタットの言動からも明らかだ。

 その上で、


「相分かった。やろう」


 と言った。

 何の気無しの一言だった。


「……お人好しにも程があるぜ、カイネ。そろそろ手を引いてもいいと思うがね」

「ただの親切でやっておるわけではないよ。これはおれの目的にかなう」

「……ほんとかァ?」

「うむ。クラスト殿の妹御は、主君の命、と言っておったろう?」

「それがどうしたよ」

「ならば、主君のほうの気を変えさせればよいではないか」

「……んな都合よく行くとは思えねぇがね」

「そこで、だ」


 カイネは目を眇めて村長に向き直る。

 後ろにいるクラストを指差しながら。


「おれだけでは殴り込みと少しも変わらぬ。そこで、こやつを連れていきたい」

「えっ」

「クラスト殿を……ですか?」

「うむ。後ろ盾がないと言うておったが、勘当されたとはいえ領主の長子。後ろ盾には充分ではあるまいか」


 村長はしげしげとクラストに視線を向ける。

 突然水を向けられた当の本人は困惑しきりであった。


「ちょ、ちょっと待ってくれるかな。……後ろ盾? 僕が?」

「おまえさんならば替わって領主を務めるに充分な資格があろう? 村の人々はいまよりもずっと安心できる、妹御への命令も撤回させられる、おまえさんは父御から逃げ隠れする必要もなくなる――良いことずくめではないか」

「そう簡単に言わないでもらいたい、カイネ殿! それでは、僕はまるきり簒奪者だ!」

「そうはならぬよ」


 カイネは連判状をクラストの目の前に晒す。

 それで彼も得心が行ったようだった。


「……それは」

「民がそうと望み、おまえさんがそれに応えるのならば、充分に理のある話であろう。事をなしたあと、おまえさんを糾弾するものはおるまい。例えこの国の王であろうともな――もちろん、村の人々が構わぬならばだが」

「……こういっては聞こえが悪いでしょうが……我々にとって、上に立つ御方は『誰でもよい』のです。その御方が、我々に苦しみを与えるものでさえなければ」

「――だ、そうだ。クラスト殿、おまえさんはどうか?」


 カイネは改めて問いかける。

 煩悶するようなクラストの横からジョッシュがぽつりと一言こぼす。


「あんたはそれでいいのかい、カイネ。貴重な呪術師を一介の領主として留めておくのか?」

「願わくば妹御の力を借りたいところであるなぁ」

「そう上手く行けばいいんだがね。あの鎧の嬢ちゃん、あんたの腕でも骨が折れそうに見えるが」

「無傷で、というのは難しいやもしれんな。刃を交えずに済むのならそれが一番だが……」


 カイネとジョッシュが今後の算段をつける間、クラストはしばし逡巡し、口を開いた。


「その紙を、僕に」

「受けあってくれるのですか!」

「父君を説得してみよう。ここに連ねられた名前を目にすれば考えを変えてくれるかもしれない――それに、もうガストロはいないんだ。同じことを繰り返す愚を犯すことはない」


 クラストは手渡された羊皮紙を丸めて懐に入れる。

 その横からジョッシュが落ち着き払った声で言う。


「言っとくが、覚悟しといたほうがいいぜ。話が通じなかった時のことをな」


 クラストは無言で目を瞑り、ごくゆっくりと頷いた。

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