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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
35/84

十四/反攻戦

 カイネの救出した二十一人の女たちは歓迎をもって迎えられた。

 村には一時的に負担となるが、しかし不思議と不平を口にするものはなかったのだ。


「……いやはや、カイネ殿。まさか生きて帰ってくださるとは……それも、捕まっていた女たちまで助けてくれて、なんとお礼を言ったものやら」

「礼を言わねばならんのはこちらのほうだ。あの女たちを保護してくれたのはおまえさんらだろう」


 村の集会場――

 カイネは好々爺然とした禿頭の村長に蜂蜜酒を注がれながら言う。


「……実のところですがね。やつらは村ごとに扱いを分けておったようで……この村は、比較的やつらの被害が少なかったほうなのですが……それも、やつらの計算ずくだったようでして」

「分断統治というやつか。……こしゃくなことをしおる」


 カイネは賑やかな集会場を見渡しながら言う。

 女たちが持ち帰った物資によってちょっとした宴席がもよおされているのだ。


「この村から、他の村々へ女たちを帰せば……少しは、協調して事に当たれるやもしれませぬ」

「ほぉ」

「あいや、これはご内密に。カイネ殿にこれ以上のご迷惑をかけるわけにもいきますまい」

「まぁ、おれも本来の用は済んでおるのだが……」


 カイネはふと立ち上がって隅の席――ひとり杯を傾けているクラストに視線を向ける。


「おまえさん。なにをしけたつらをしておる」

「えっ……僕かい?」

「他に誰がおる」


 カイネはちょいちょいと手招きする。と、クラストはあまり気が進まないような足取りで同じ席につく。

 村長はやぶから棒に言った。


「クラスト殿は、ここを出ていかれるのですかな?」

「……僕は……そのつもりだよ。いや、そのつもり……だったと言うべきかな」

「ほぅ」


 と、カイネはほんのり甘い蜂蜜酒を干しながら続きをうながす。


「だけど……僕では、カイネ殿の目的にはあまり寄与できないだろうね」

「ふむ。なぜそう言える?」

「カイネ殿は……自らの呪いを解くため、その手掛かりを探すために呪術に通じるものを探していると言っていましたね。でも正直、僕には……カイネ殿の呪いを解くどころか、君が呪いを受けていることにすら気づけなかった」

「……七面倒臭いことになってきたのぅ」


 カイネは神妙そうに眉をしかめる。

 ふと脇目を振った先では酔いの回ったジョッシュが、吟遊詩人さながらにカイネにまつわる冒険譚を村の若者へと語っていた。

 もちろん、たっぷりと脚色を交えた上で。


「でも、僕にはひとりだけ、僕より優秀な呪術師にあてがある」

「そやつは、どこに?」

「クラリーネ・ルーンシュタット。……僕の妹だよ」


 その名前――ルーンシュタットの姓を聞き、村長が目を見開く。

 ルーンシュタットの妹を持つということはすなわち、クラスト自身の素性も明らかということだ。


「く、クラスト殿。あなたは……例の、勘当された……」

「その通りだよ。今まで隠していてすまなかった」

「やはりですか」

「ちょっ」

「いえ、このような辺鄙の村に魔術師の方がおるというのも妙ですから。きっと勘当された息子殿ではないか、と村のものと噂しておったのです」


 はっはっは、と村長の高らかな笑い声が響く。

 カイネはクラストの肩をぽんと叩いた。


「これは一本取られたな」

「茶化さないでくれるかい!? ……とにかく、妹は勘当された僕の代わりに当主の座につくことになる。僕より優秀で、父の意向に従順な一族の末裔としてね」

「ふむ。まぁ、納得のいく筋道ではあるが……」


 ここで問題がひとつ生じる。

 王都からルーンシュタット領に討伐軍などが出された場合、クラリーネ・ルーンシュタットとやらの命は保証されないということだ。

 カイネにとっては貴重な手掛かりの一片にして、世界的にも珍しい優秀な呪術師のひとり。


「……むざむざ死なせるには、ちと惜しいな」

「もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかい?」

「どの道、まだ片付けておらぬやつもおるからな」


 カイネはガストロのことを思い出す。

 あの男の不死身の種は割れた。後は肉人形を操っている術者を探し出しさえすればいい。

 唯一の問題は、術者が領内に存在しているのかということのみである。


「……ガストロが……あの男が、まだ生きておるのですな」

「うむ。乗りかかった船というやつだ、あれだけは蹴りを付けておかねばな」


 ガストロを生かしておけば、せっかく女たちを助け出したのも無駄骨になりかねない。

 彼を討つことは領主、あるいはクラリーネ・ルーンシュタットに接近することにもなろう。

 となればやることは決まった。


「ジョッシュ、ちと相談だ」

「なんだ、カイネ? いまちょうど良いところだってのによ」

「ほらを吹き散らかすのもたいがいにしておけよ……」


 村の若衆のカイネを見る目はやけにきらきらと輝いていた。

 この男、いったい何を吹き込んだというのか。

 ジョッシュはカイネに手招きされ、ひょうひょうとした足取りで歩み寄る。


「ちと問題があってな。……ガストロ本人が遥か遠くにおる、という可能性はあるまいか」

「そいつは考えにくいな。仮に遠方から操っているとして、あれだけの質量をあの精度で動かすってのは、あの人形に宿っていた程度の魔力じゃ不可能だ。――――それに、昨晩一体を倒して翌朝にはもう一体が来たんだろ。どうやって二体目を運び込んだってんだ?」

「……確かに。となると、やはり拠点のどこかに隠れておる可能性が高いか」

「多分な。――あいつら、宝の山をしこたま貯めてんだろ? そいつを奪い返すついでに探し出しゃあいいさ」


 酔いが回っているわりにジョッシュの進言は的確だった。

 とにもかくにも物資をねこそぎ奪ってやれば、ガストロ傭兵団を生き長らえさせる糧はなくなるのだ。


「よし。ジョッシュ、明日には行くぞ」

「仰せのままに、お姫さん」

「僕も行くよ。馬があまっているからね……物を運ぶにも人手のあるほうが良いだろう?」


 三人の人手に馬車と荷車、これらを総動員すれば物資の山を持ち帰るのも不可能ではないか――

 と、算段をつけていたそのときだった。


「カイネ殿!!!」

「……おぉ。なんだいきなり」


 赤ら顔をした若い男がカイネのすぐそばに近づいてくる。

 見覚えのある顔だった。

 名は確か――


「アルゴ、と言うたか」

「は、はい。光栄です、覚えていてもらって」

「なにをかしこまっておる……きもちがわるいぞ……」

「え……」


 カイネの飾らない言葉にアルゴはわりと真面目にショックを受けていた。

 顔から紅潮がさーっと引いていく。


「そんなにへこまぬでも」

「な、なにか俺に失礼でもありましたか。つつしんでお詫びを……」

「ふつうでよい、ふつうで。……それでどうした?」


 カイネは視線を掲げてアルゴの顔をじっと見つめる。

 その表情が緊張にこわばる。


「ど――どうか! どうか俺に剣の」

「ことわる」

「早くないですか!?」

「一日二日で剣など身につくものか。そう気を張らぬでよい――おまえさんのできることをせよ」

「……で、できること?」

「女たちの護衛を頼む。……おれはそちらに手を割けぬからのう」


 当の女たちはというと、すでにいくつかの空き家を割いて休まされているはずだった。

 アルゴは頷きつつもどこか納得いかない様子の顔。


「気に病んでおるのか」

「……え、どうして――」

「あのときは、おれができると思ったからそうしたまで。この通りおれはぴんぴんしておるでな、なにも気に病むことなどあるまいよ」


 カイネは席を立ち、彼の肩をぽんぽんと叩く。

 アルゴはにわかに頬を赤くし、深く礼をして立ち去った。


「いやすみませぬ、カイネ殿。なんとも世話をかけまして」

「……体力がありあまっておることはよいさ。いずれいやでも力になってもらわねばなるまいよ」


 カイネは若い男の背を見送りながら頬をゆるめる。

 そしてクラストに視線を移した。


「……クラスト、おまえさんが領主になるというのはどうか」

「えっ」

「えっもくそも、当初はその予定であったのだろう?」

「いや、うん。確かにその通りなんだけど……」

「カイネ、ちょっとそりゃ見る目がないな。こいつには民の心がわからん」

「人の心などわからぬで当たり前だろう? わかるというほうがよほどあてにならん」

「屁理屈じゃねぇか」


 カイネは軽やかに笑い飛ばす。ジョッシュは思わず苦笑い。

 当のクラストは困ったように眉をたわめて笑み――ふと、唇を真っすぐ引き結んだ。


 ***


 翌日。

 カイネ、ジョッシュ、クラストの三者は朝早くから〝悪徳の大洞穴〟に向けて出発した。

 警戒しながらの道行きはおよそ二刻足らず。

 入口近くに至ってなお出迎えるものはない。


「ふむ。不用心なものよ」

「……カイネ、あんたが殺しすぎたんじゃねぇのか?」

「かもしれぬな――して、クラスト殿」

「ぅ……うぷ……なんだい……?」


 口元を手で押さえながらゆっくりと馬車を降りるクラスト。

 一角馬の速度での旅路にはまだ慣れていないようだった。


「おまえさん、どの程度やれる?」

「……ふたり……うん、ふたりかな。練度の低いやつがふたりまでなら大丈夫、だと思う」

「つまるところ、戦力には数えられんってこったな」

「連中の注意はカイネ殿に引きつけられるだろうからね。そうなれば自分の身くらいは自分で守れるよ」

「逃げが効くならそれでよかろう――よし、行くぞ」


 カイネが携えしは愛刀黒月ばかり。

 ジョッシュは片手にたいまつを持ち、クラストは運搬用の荷車を牽いていた。


 洞穴の表層部はひどく薄暗い。

 壁にかけられたたいまつには本来あるべき火が点いていなかった。

 ジョッシュは自らのたいまつから火を移し、洞窟内の暗闇を照らし出していく。


「いや、本当に不用心だな。こんなことってあるか?」

表層部(ここ)に見張りを立たせ、侵入者を迎え撃つための構造……なのであろうな、本来は」

「……何か、あったのかもしれないね」


 クラストの意味深なつぶやき。

 三人は表層部の最奥から第二層への階段を降りていく。

 階段を降りきったばかりの広々とした空間にもやはり人影は見当たらなかった。


「のう、ジョッシュ」

「なんだ?」

「なにかでかい音を立てるものはないか?」

「任せな。耳ふさいでろ」


 と、ジョッシュは腰のベルトにくくりつけられたものを抜く。金属製の、先端を切り詰めたように短い〝筒〟。

 ジョッシュは筒先を誰もいない空間に向けて幽体(アストラル)弾を放つ。

 弾体にこめられた術式は、発射地点から約二十歩ほど離れた中空にて解放された。


 ――――轟ッ!!!

 と、爆薬が炸裂したような音が大気を震わす。広々とした部屋に設置されている椅子やテーブル、その上に打ち捨てられたままの木の器がかたかたと震える。

 大音響は狭い空間の中で跳ね回り、幾度ともなく反響し、ついに消えるまでに三十秒近くもかかった。


「……おまえさん、魔獣使いのわりにそのような適性もあるのだな?」

「いや、こいつはただの軍用品だ。一発おいくらかかるってんで、報告書がいるたぐいのな」

「使い切りの魔術、というやつかの」

「どうするかい? 今の音でも、誰も――――」

「……いや。クラスト殿、下がっておれ」


 カイネはそう言ってクラストを階段の影に隠れさせる。

 程なくして、広い部屋の奥の通路からひとりの大男が姿をあらわした。

 本来の両腕に加え、両肩両腰から一本ずつ腕を生やした六本腕の異形。

 首はふたつ、頭もふたつ。背中の大剣はすでに抜いており、両腰の腕が〝筒〟を一本ずつ構えている。


「ずいぶんな姿での出迎えよな――――ガストロよ」

「本気でかかる価値がある相手だってことがわかったからよぉ~カイネェ。てめぇには絶対に容赦しねぇ。もうくだらねぇ手心を加えるのはやめだァ……!!」


 かつて相まみえた四本腕の姿とは比べるべくもなく人間離れした姿。

 髭をたくわえたいかめしい顔には狂ったような笑みが浮かぶ。かたやもう一本の首は喋ることも笑うこともせず周囲をぐるぐると見渡している。

 不自然に肥大した両足は大木のようにそびえ、石床にひびを刻んでいた。


「なんだありゃあ……カイネ、助太刀は?」

「いや、よい。おれがやろう」

「……そうかい」


 カイネはちいさな手でジョッシュを制して歩み出す。

 瞬間、ガストロの構えた二本の〝筒〟がカイネの矮躯を捉えた。


「この期に及んで舐め腐りやがってよぉ~クソガキがぁ。いまからは徹底的に、ただひたすらにブチ殺して、ブチ殺した後で犯してやるからなぁッ!!」


 怒声と同時、ふたつの引き鉄が連続して絞られる。

 開幕を知らせる射出音。

 カイネに向かって降りそそぐ幽体弾――その数、実に十以上。


「部下を呼び立てぬでよいのか」


 カイネはただ歩くような足取りで凶弾を避けていく。

 まばたきにも満たない一瞬のうちの回避行動。


「このガキがぁ~あんなやつら、肉盾にもなりゃあしねぇ! カスにはなぁ~カスなりの利用価値、利用手段ってもんがあるんだよぉッ!!」

「おまえさんにはかけらほどの利用価値も見出だせんがな」

「ほざけやァッ!!!」


 カイネの歩いた跡に無数の弾痕がうがたれる。

 その間も彼我の距離が緩やかに縮んでいく。

 カイネの足裏がある一点を踏んだとき、ガストロの大剣がにわかに光を発した。


「む――」

「かかったなガキがァッ!! 〝触肢牢獄(テンタクルズ)〟ッ!!」


 ぼこん、とカイネの足元から石床が隆起する。

 少女が咄嗟に飛び退った直後、地中から伸びだした肉槍はたやすく天井を食い破った。


「はっはぁッ! 気ィ抜いてんじゃねぇぞ~!!」


 ガストロの筒先はすでにカイネの着地地点へと狙いを定めている。

 発砲。

 カイネの足裏が地につく。

 迫りくる幽体弾の飽和射撃。


「獲ったぞおらァッ!! 剣なんざ抜かせねぇよ、死に晒せッ――――」

「――面倒な真似を」


 ひゅん。

 と、銀の剣光が翻る。

 肉迫する弾頭は一刀のもとに断ち切られ、煙のごとく雲散霧消した。

 斬れぬものはこの世になく、この世にあるものは必ず斬れる――それこそは観測し得ぬ幽体(もの)をも断ち切る剣の術理。

 カイネ・ベルンハルトが自らに科した呪い。


「――ん、なッ!?」


 ガストロの驚愕をよそにカイネは黒月の柄を手に収める。

 後続の弾頭をことごとく避けながら接近。

 すでに手のうちは見えた。

 カイネがさらに踏み込めば、朱色の肉槍が地中から這い出る――幾筋も伸びた肉槍はさながら檻のような格子状の領域を形成している。

 カイネはそのいずれもを躱し、振りかぶられた刃のもとを掻い潜った。


「ぐ……う、畜生ッ!! 畜生オォォッ!?」


 ひゅんと振り放たれた斬り上げが右腰の腕を切り、返す刀で元来の腕を落とす。

 右側面を抜けるとともに踵を払い、ガストロの重心を殺す。

 彼の背面に出れば振り返り、すかさず逆側の腕を断つ――刃が付け根をするりと滑る。

 ガストロは前のめりに倒れ込み、〝杖〟を手放したために魔術の制御をも喪失した。


「……我ながら乱雑極まりないことよ」

「ぐッ!? アッ!? ぎゃあああっ!!!」


 腕六本に加えて無数の触肢を操る相手など端から想定外。ゆえにガストロの身を刻むのは、型もへったくれもなく骨身を斬り落とすための術理のみ。

 カイネは幾度も剣身を振り抜き、彼の手足を全て落とす。

 最後に残されたのは二本の首ばかり。


 カイネは喉仏に剣先を突きつける。

 ガストロは狂気と苦痛がないまぜになった目でカイネを見上げ、苦しげに胸を上下させながら言う。


「く……は、はははッ! 無駄だ、無駄だぜぇ、カイネよぉッ!! 何回俺を殺したってなぁ、俺は何回でも蘇ってやるからなぁッ!! おまえのやってることは、おまえのやったことはなぁ、全部、ぜぇ~んぶ無駄――――」

「猿芝居はもうよい。おまえさんの本体がいる場所を吐け」

「――――え」


 カイネのその一言で、ガストロのふたつの顔はともに凍りついた。

 恐怖の表情だった。



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