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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
34/84

十三/一難去って

 ――時は少し遡る。


 ジョッシュは夜明けとともに目を覚まし、愛馬に餌をやりながら出発の準備を始めていた。

 彼のかたわらにはクラストの姿がある。


「で、クラストさんよ。本当に付いてくるのかい。カイネを回収した後で迎えに来たっていいんだぜ?」

「……いいや。行かせてほしい」

「そりゃ、どういう風の吹き回しだい」


 ジョッシュは一角馬の頭を撫でてやりながら笑いかける。

 クラストは浮かない表情で言う。


「ガストロが〝不死身〟だってこと、知ってるかい?」

「聞いたことならあるがな。そりゃものの例えだろう?」

「……やつは本物だよ。本当に、不死身なんだ」

「どうしてわかる?」

「ガストロはね、一度処刑されてるんだよ。帝国内で、衆人環視の中で」

「……あァ?」


 それはジョッシュも初耳だった。

 処刑が行われたとすると、帝国側が〝討伐した〟と公言しているのにも合点がいく。

 帝国領にほど近い辺境だからこそ情報が伝わっているのだろう。


「替え玉の類じゃねぇのか」

「新聞が流れてきたんだ。似顔絵もある。あの男と瓜二つだった――替え玉にしてはできすぎてるよ」

「いやしかしな。処刑された当の本人がいまここで暴れてるって言うのか?」

「……そうだ。僕はそう考えている」


 クラストはそうつぶやき、片眼鏡をそっと指先で押さえる。


「だから僕は、年月をかけて片眼鏡(こいつ)に力を帯びさせた。やつの不死身にどういう種があるのか、見抜くためにね」

「それが、あんたの家に伝わる呪術ってやつか」

「そう。この眼鏡を通してみれば、相手の真実の姿……魂の形を暴き出せる」


 クラストは静かにそう言い切り、ジョッシュをじっと見つめた。


「いくらカイネさんが強くても、相手は不死身だ。僕も役に立てると思う。連れて行ってくれ」


 ジョッシュは彼をじっと見つめ返し、ふと破顔した。

 手を伸ばし、クラストの背中をばしばしと叩く。


「ちょ、うわ、なんだい!?」

「んだよ、あんたも戦うつもりだったんじゃねぇか。それなら最初からそう言えっての」

「い、いや。そんな大それた真似は……」

「でも、戦う気になったってんだろ?」


 ジョッシュが笑いかけると、クラストは控えめに頷いてみせる。


「……僕だけではだめだ。でも、誰かの助けにはなれると思う」

「その意気だ。乗れよ、どうせあいつを載せなきゃいけないんだ。荷物がひとつ増えるだけさ」


 ジョッシュは御者の席につき、一角馬の牽く車両を示す。

 クラストは一瞬ためらい、おずおずと座席に乗り込んだ。


「よし、行くぜ――言っとくが、死ぬほど揺れるから気をつけろよ」

「……えっ? ちょ、あっこれっ……うぷっ」


 二頭立ての馬車が整備の不十分な悪路を行く。

 あいにくながら、クラスト・ルーンシュタットの三半規管はカイネほど頑健ではなかった。


 ***


「なるほど。そういうことであったか」

「悪ィな。すぐに迎えに行けなくて」

「いやなに、すでにこの地を出たと思っておったからな。助かったわえ」


 カイネは黒月を振るって血を払い、ゆっくりと鞘の内に納める。

 周囲にはすでに無数の屍が転がっていた。


「っ……き、きみ、何者なんだい……?」

「昨日もう名乗ったであろう」

「そういう問題じゃなくてだね!!」


 クラストは一瞬にして十数人を殺戮してのけたカイネの手並みに恐れをなし、馬車から顔を覗かせるばかりであった。

 転がっている死体の中には当然ガストロ・ヴァンディエッタの姿もある。


「そんなことより、さっさとこやつの手品の種を確かめてくれ。おれははよう合流せねばならん」

「……合流? どういうこった、カイネ」

「やつらの拠点に女が二十人から捕まっておった。で、全員連れ出したから先に行かせておる」

「なにまた面倒事を増やしてくれてんだこいつ……」


 両手で頭を抱えるジョッシュ。

 クラストは呆気に取られながらも馬車を降り、死体のそばに歩み寄った。

 目を凝らし、片眼鏡越しにガストロを覗きこむ。


「どうかの」

「……かなり妙だね。この男を見ると、何人もの別人の姿がいっしょに見えるんだ」

「おれにも見えるか? 魔術は使えぬのだが」

「あぁ、問題ないよ。こいつは誰にでも使えるからね」


 クラストは自らの片眼鏡をカイネにかけさせる。

 カイネは改めてガストロの屍を覗きこんだ。


(……これは……)


 クラストの言葉には一片の誇張もなかった。

 ガストロと、ほか数人の男の健在だった頃の姿が見えたのだ。

 カイネは片眼鏡をクラストに返しながら呻く。


「……どういうことだ。こやつの不死の種はなんだ?」

「いや、そんなに難しい話じゃあないと思うぜ」

「ジョッシュ。おまえさんはわかったのか」


 カイネには今ひとつぴんと来なかった。一度は去った眠気がまた押し寄せているせいかもしれないが。

 ジョッシュは頷いて言う。


「推測だがな、そんなに外しちゃいねぇはずだ。――こいつはな、たぶん、肉人形だ」

「……人形?」


 カイネは得心できずに首をひねる。

 ジョッシュはおもむろに軍刀を抜き、ガストロの死体をいくつもの断片に切り分けていった。


 ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ――

 肉片がとうとう十以上の数に分かたれたその時、カイネにも理解が及ぶ。


「繊維が不揃いであるな」

「そう。何人かの肉を継ぎ接ぎしたもんだ、こいつは」

「……こんなものが、まともに動くのだな」

「そこは魔力の賜物ってやつさ。つまり、不死身なんてぇのは嘘っぱちだ――――後ろにこいつを操ってた人形師が隠れてるはずさ」

「そやつを見つけ出さぬ限りは始末がつかぬ、ということでもあるか」


 カイネは深々とため息をつく。

 死体を検分する様子を見守っていたクラストはにわかに嘆息した。


「……す、すごいな。こんなにあっさり種が割れるとは思わなかったよ」

「なにを言うておる。おまえさんの力に頼るところ大だ、礼を言うぞ――しかし、まずは女たちを村まで送らねば」


 カイネは彼の肩にぽんと片眼鏡を押し付け、死体を置き去りに歩きだす。

 その時、少女はいきなり蹴躓(けつまず)くとともによろめいた。


「お、おい。どうしたってんだカイネ――まさか、怪我でもしてたってんじゃねぇだろうな」

「大丈夫かい? 簡単な治療なら僕にもできるけれど……」


 カイネはちいさな頭を揺らしながら立ち上がり、掌についた土を払い、片手を馬車の側面に突く。

 ちいさな胸がせわしなく息づく。


「おい、カイネ。本当にどうしたって――」

「…………ねむい」

「――は?」


 カイネはぽつりとつぶやく。

 呆気に取られたようなジョッシュの声。


「……いや、まともに寝ておらぬでな。すまぬ、ちと気が抜けた……」

「寝ろ!!」

「……しばしまて。女たちを煽ったのはおれだ、もう少しばかり気張らねば」

「連れてくりゃあ送っていくくらいは俺たちでやる! いいから寝ろ!」

「……かたじけない」


 カイネは再び森の奥に分け入り、置いてきた酒樽を回収する。

 女たちに追いつくまでにはしばらく歩く必要があった。


「な……仲間、ですか?」

「あぁ。あいにく、全員を乗せることはできぬが……荷物くらいは積めるであろう」

「……信頼できるんだろうな?」

「無論だ。長くは……ないが、ほとんど一月付きっきりでおる」

「わかった。あいつらは?」

「やつらは片が付いた。ひとまず、道の方へ出よう」


 というカイネの提案に合わせて女たちは進路を取る。

 気が利くことにジョッシュとクラストは後ろからカイネを追ってきていた。

 おまけに何頭かの馬も従えている。

 先ほどの衝突騒ぎで逃げ散った傭兵団の馬を集めてきたのだろう。


「あー……ご婦人方、荷物はこちらで預かる。もし具合が悪いものは言ってくれ、後ろの席に載せさせてもらう」

「……時にジョッシュさん、僕は?」

「歩きに決まってんだろう」

「まぁ、そんな気はしていたよ……」


 無理をすれば人を四人は載せられる車両である。荷重には余裕をもって荷物を積むことができた。


「私たち、助かったの……?」

「あと少しよ、もうあと少し……!」

「カイネ、ありがとうな――って、カイネ?」


 女たちのひとりが突っ立ったままのカイネのきゃしゃな肩を揺さぶる。


「……軍人さん。こちらの子の具合がよろしくないようなの、頼めるかしら……?」

「あー……わかった、了解だ。迷惑かけちゃいねえか?」

「……いいえ。とても……本当にとても、助けられました。ありがとうございました」


 女たちのひとり、ユーリアは深々と頭を下げて礼をする。

 かくてカイネはジョッシュのもとに引き渡された。


「……ぐぅ。まて、おれは……」

「いいから休め。しばらくしたら起こすからよ」

「……面目もない」


 意識はまだ保っていたが、ろれつはすでに回らなくなっていた。

 カイネはひょいと抱え上げられて車両の席に放り込まれる。


「っとに、寝てるときだけは――――」


 ジョッシュはそう言いながら頬に手を伸ばし、触れる手前で引っ込める。

 少女のちいさな手は無意識のうちに刀の柄へと絡んでいた。


「あいにく、甘くないみたいだね」

「どういう警戒心してやがるんだ」


 カイネはそのままゆっくりと進む馬車に揺られ、静かな寝息を立て始めた。


 ***


 白銀甲冑の、従士であった。

 顔面から足先までを余すところなく覆う全身甲冑。

 身の丈は六尺にも近い。

 女性的な流線型の外殻に(よろ)われた腕が、テラスの欄干に止まった小鳥へ手を伸ばす。

 小鳥は、その爪先に丸められた羊皮紙を抱えていた。


「御苦労」


 従士はくぐもった声を発した。

 若い女の声だった。

 銀の篭手(ガントレット)に包まれた指が羊皮紙を摘み取る。

 小鳥はちちちとかすかに泣き、朝焼けの空に去っていった。


 テラスより眼下を見下ろせば、地平線の遥か向こうにまで農村の風景が広がる。

 ここはルーンシュタット領中心部。地平に横たわる農村を裾野とするならば、その山頂にある場所。


 がしゃ、がしゃ、がしゃ――――

 と、脚甲(グリーブ)の音を立てながら女従士は屋敷に戻る。

 彼女はある木製扉の前で足を止め、ごく軽く扉をノックした。


「父君よ。報せです」

「……クラリーネか。入るがいい」


 しわがれた男の声にうながされ、女従士――クラリーネ・ルーンシュタットは入室する。

 声の主はベッドに臥せていた。

 クラリーネはくぐもった声で言う。


「御加減はいかがか。父君よ」

「……無駄な話はよい。報せだけ寄越すがいい」

「私が目を通すにはあたわぬでしょう」


 男はひどく老いて見えた。

 ほとんど色の抜けた、つやのない肌、落ちくぼんだ瞳。

 齢は五十か六十か――

 そう見えるが、いささか実情は異なる。

 彼はまだ四十そこそこの男であった。


 男――クライヴ・ルーンシュタットは手を伸ばして娘に催促した。

 クラリーネが丸められたままの羊皮紙を手渡す。


「……なんだと」


 クライヴは羊皮紙を開くなり低く呻いた。

 クラリーネは彼のかたわらに立ったまま微動だにしない。


「……これは、いつ届いたものだ」

「今しがたに」

「傭兵の連中が、半壊したそうだ」


 クライヴは端的に言った。

 彼は娘の反応に構わず言葉を続ける。


「仕手人はカイネ・ベルンハルト――ふざけた名だ。なんでも、齢十そこそこに見える娘だと」

「……」

「……ガストロめ、使えぬ男だ。この地(わたしのもの)をくれてやったも同然というのに」

「父君よ」


 ぶつくさと愚痴るクライヴの前でクラリーネが膝を折る。

 銀の脚甲がにわかに音を立てる。


「ただ、ご下命あれ。我が身は剣、我が身は盾。我が身は我らが血族の末裔(すえ)。我らが血を継ぎ技を接ぎ、御敵に相対するための鎧となりましょう」


 白銀の篭手が腰の剣の柄尻を包む。

 クライヴは彼女をぎょろりと見つめ、兜に触れた。

 流線型の輪郭、頬に刻まれた〝遠く輝く星〟の意匠。


「……そうだ。それでいい。おまえはそうあらねばならぬ。おまえだけだ。我らが血族に残されたものは、もはやおまえしかありはしない」

「ご下命あれ、父君」


 クラリーネは膝を着いたまま応じる。

 クライヴはにわかに脇目を振る。

 壁にかけられた一枚の絵画――穏やかなほほえみを浮かべるひとりの女。

 もはやこの世に存在しないもの。


「殺せ。カイネ・ベルンハルトを名乗る輩を殺せ。仔細はガストロから聞き出し、ただ殺せ。よいな」

「是非もなく」

「子飼いの魔術師どもを使っても構わん」


 クラリーネは頷いて背を向ける。

 十数人からなる魔術師部隊は数こそ不十分だが、個々の実力は高い。

 傭兵団の暴発に備えるために――

 あるいは、民の暴動に備えるために。


「……待て」


 ふとしたクライヴの声にクラリーネは足を止める。

 振り返り、無言で主の言葉を待つ。


「やつだ。あの裏切り者が一枚噛んでおるかもしれん」

「……」

「殺せ。やつを探し出して、殺せ。――――裏切り者(クラスト)を殺せ」

「御意に」


 クラリーネは深く膝を折り、そしてまた歩き出した。

 領主の部屋の戸が閉ざされる。

 クライヴは壁にかけられた絵画へ目を向けた。

 女は、今日もほほえんでいた。


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