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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
33/84

十二/不死身?

 カイネは二十一人の女たちとともに隠し通路を抜け、無事に洞窟を脱出する。

 周囲は夜の暗闇に包まれていた。


「カイネさん。……この夜道を、行くんですか」

「できる限りはここを離れたい。……さいわい、道はあるしの」


 カイネは彼女らの殿(しんがり)に付き、片手にたいまつを掲げる。

 他に三人の女がたいまつを用意していたが、夜の森を進むには心もとないと言わざるをえない。


 彼女らは三列になって狭い道を進んでいく。

 かつては村々と鉱山をつなぐための道であったか。

 状態は良好とは言いがたく、女たちの疲労も少なくない――道行きはあまり順調ではなかった。


「……カイネ。いま、どこにいるか、わかってんだろうね……?」

「おれが通ってきた道はすべて覚えておる。おまえさんたちの村ではなかろうが、ここからそう遠くはない。まずそこに着けば安心して休めよう」

「……わ、わかった」


 女たちから不安そうな言葉がしばしば漏れる。が、カイネはそのたびにきっぱりと断じて激励する。

 虚言であった。

 村への方角は理解しているが、道筋を記憶しているわけがない。あの時すでに外は暗くなっていたのだから。

 カイネはそんな実情をおくびにも出さず歩を進める。


 村からガストロ傭兵団の本拠地に辿り着くまで要した時間はおよそ半刻。

 しかも馬で半刻だ。徒歩でなら数倍の時間がかかるだろう。

 さらに言えば、二十二人という大所帯だ。

 体力に劣るものを置いていけないという理由があればこそ、さらに進行速度は遅くなる。


「……あの、カイネさん。ティアーネとティアンニが少し、辛そうで……」

「相分かった、一度小休止を取ろう。もし他のものにも変調があれば知らせてくれ」

「……はい。ありがとうございます」


 二十人をこえる大所帯ともなれば個々人の状態に気を配ることはかなり難しい。率先して報告してくれるものがいたのは不幸中の幸いであった。

 二刻ほど進んだ地点で休憩をとる。

 疲弊しているのは特定の数人だけではない。疲労を押して、不調を隠して歩き続けているものもいた。


(……小休止……いや、一度大休止を取ったほうが良いか。脚を痛めれば致命的にもなりかねん)


 カイネらは茂みに分け入って火種となる木くずを集め、火をおこす。

 居場所を知られる危険はあるが、夜の森はかなりの冷えこみだ。

 女たちの体調を鑑みれば焚き火もなく夜を越すのは不可能だろう。


「順次休んでおってよい。夜が明ければ起こすのでな」

「……あの、カイネさんは……?」

「少し見回りに行ってくる。獣でも潜んでおれば面倒だ」

「わかりました。……あの、できればカイネさんも……」

「うむ。わかっておる」


 カイネは彼女らに断ってからその場を離れる。

 肩を寄せて身を休める女たちの中には、その顔を暖かな火に照らされながら、うつらうつらと船を漕いでいるものも数人いた。


(……今のうちに、道を確かめられればよいが)


 進路は間違いないはずだ。が、できれば最短距離を進みたい。

 カイネは周囲に警戒を払いながらたいまつを片手に散策する。

 幸いにして獣、または魔獣のたぐいは見当たらない。


(……やつらの根城からそう遠くはない。あらかたは狩られておる、ということか)


 夜の森には狼、鹿、猪などの動物がつきものだ。

 それらが存在する限り、魔獣が発生する可能性もまた否定することはできないが――


(ここらが安全とすると、しばらくは森を進んだほうがよい。やつらの根城から離れるとともに広い道に出るが吉……かの)


 カイネは道を拓くように茂みを分け入りながら進む。

 離れすぎないよう焚き火の煙をしるべに一度戻り、また別の方向を散策する。


(……おぉ)


 茂みの薄い道を進むことしばし。

 カイネはめぼしいものに目を留める。

 それは車輪と、大地を散々に踏み荒らしたかのような蹄鉄の痕。

 間違いない。カイネが洞窟に連行されるまでに辿ったであろう道である。


(しばし森を進んでから、この道に出ればよいか)


 女たちが抱えてきた食料はどれだけ多く見積もってもせいぜい三日分。

 彼女らの体調を勘案するならば二日、つまり明日にはけりをつけるほうが望ましい。


 カイネは再び女たちのもとへと戻る。

 彼女らは皆すでに眠りについていた。


(……うむ。休めぬよりはよほど良い)


 と、カイネは樹の根元で腰を下ろして夜明けを待つ。

 鉄鞘を結んでいた紐をといて腕の中に抱えこむ。いつでも抜剣できるように。

 よもや眠るわけにはいかなかった――ここまで来てもしものことがあれば申し訳が立たぬ。


 夜が明けるまではおよそ二刻。

 自らの異変を感じたのはおよそ一刻が過ぎたころだった。


 かくん、と揺れたちいさな頭が少女の膝と激突する。

 はっとしたように頭を跳ね上げ、両手でぱんっと頬を叩いては目を見開く。

 巨大なあくび。

 瞼の重たさに耐えかねて立ち上がる。木の幹にもたれかかりながら、ふとした拍子に前触れもなく膝ががくんと落ちる――そのまま土に膝をつく前に立ち直る。

 カイネは首をふるふると横に振り、飲水が満載されている樽を開け、一杯の水を思いきり顔面にぶちまけた。


「……っぷぁ」


 水滴を振り払うように頭を振って持ち場に戻る。

 白いかんばせに付着したままの湿り気は自然乾燥に任せる。

 体温低下のおかげで一旦はごまかせた意識の朦朧がまた寄せては返す波のように押しよせる。


 ――かくなる上はカイネも認めざるを得なかった。


(…………ねむい)


 そう。

 カイネは――断じて認めたくはなかったが――激しい眠気に襲われていた。


 なぜか。

 カイネは壮年期以降、睡眠をほとんど要さなかった。

 日に三時間も寝れば充分。それも必須というわけではなく、寝ずの番を三日続けた後も平然と戦うことができた。

 それがこの体たらく。

 たった一晩の徹夜にすら苦労する羽目になろうとはまさか夢にも思わなかった。


(思わぬ弊害があったものよ……)


 眠気の原因は十中八九、カイネの幼い身体にある。

 成長するかどうかはともかくとして、成長期の肉体はいかんともしがたく睡眠を欲していた。

 この身体になってからの出来事に思いを馳せれば、戦闘行動にさしたる支障はなかったが、なるほど不眠不休の働きを必要とする事態は一度もなかった。

 これは思わぬ見落としと言えよう。


(……考えている場合ではなかろうが)


 幼い身体の力は刻一刻と削られる。睡魔の波は激しさを増しつつある。

 耐えるだけならばまだしも良いが、果たしてこの状態で満足に戦えるのか。

 危惧を覚えながらもさらに半刻が経過する――そのときだった。


「……カイネ、さん?」

「ぅ……うむッ!? ね、寝ておったか!?」

「い、いえ……」


 聞こえた声は女たちの年長者、ユーリアのものだ。

 カイネははっと顔を上げる。


「……寝て、おられないのです?」

「いや寝たぞ。すこし寝た」

「どれくらいですか……?」

「……よくわからん」


 嘘はついていない。

 ほんの少しだけ寝た――――合計しておそらく十秒ほどは。


「少しでも、休まれたほうがいいと思います。その身体であんなに働かれたんですから」

「……いや、ここらはまだ安全とはいえぬ。それより、あと半日は……あ、ふぁ――――」


 カイネはユーリアと話しながらどでかいあくびを漏らす。

 いかぬと思ったときにはすでに止められなかった。

 目の縁に涙をにじませ、ぱちぱちとまばたきする。

 視線の向こうにくすくすと笑う女の顔。


「……笑わぬでくれ」

「ごめんなさい。……子どもらしいところも、あるのですね」

「言ったであろう、子どもではないと」

「子どもはそういうものですよ」


 カイネは不服げに唇をとがらせる。

 とはいえ、彼女の言葉に反論するべくはなかった。

 この見かけでは無理からぬ。ましてや二百年前に死んだ老人のことなど知るよしもあるまい。


「……寝ている間、なにかありましたか?」

「いいや。事があるとすれば、夜が明けたあとかの」

「でしたら、少しでも眠ってください。……もし何かあれば、必ず伝えますから」

「…………相分かった」


 カイネは不承不承、彼女の好意に甘えることにする。

 夜明けまでは保つだろうが、以降も無理が通るとは限らない。仮眠を取れるならそれに越したことはないのだ。


「……半刻でよい。陽が見えたら起こしてくれ」

「わかっております。……今一時は、おやすみください」

「……感謝いたす」


 カイネは神妙に頭を下げて腰を下ろす。刀は手離さぬまま樹の根元で身体を丸くする。

 ユーリアは子を見守る母親めいた眼差しでその様子を見守っていた。


 ***


 ざ、ざ、と土を踏む足音。


「あの、カイネさ――――」

「うむ」

「……お、起きておられました?」

「いや。……起きたばかりだ」


 カイネはぐしぐしと瞼を擦りながら身を起こす。

 きっかり半刻といったところだろう。

 まだ辺りは薄暗い。が、そろそろ山の端から陽が射す頃合いだった。

 女たちの何人かはすでに目を覚ましている。


(……ぐっすり寝れる環境ではないものな)


 貯蔵庫からは毛布代わりに毛織物も頂戴していたが万全とは言いがたい。

 ともあれ、カイネの体調はそれなりに回復していた。

 睡魔の波もいまは去っている。

 そのとき、女のひとり(ヘレナ)が笑みとともに言った。


「あんたも、人の子だったんだな」

「……おれをなんだと思うておる」

「化生かなにかだよ」


 カイネはそれを聞いて眉をしかめる。ユーリアはくすりとほほえんだ。

 皆が目を覚ましたところで簡単な食事をとり、仄明かりが出てきたところで火の始末をして出発する。

 道行きは昨夜に比べて順調だった。たいまつの火を頼りにする必要もなし、休息を取ったおかげで体力にも余裕がある。


(昨夜のうちに、半分……は、進んでおらぬか。せいぜいが三分の一……)


 二刻で三分の一。

 つまり、あと三刻半から四刻ほどは歩き通すことになる。

 一刻は何事もなかった。

 さらに半刻ほど歩き、道のりの半分は過ぎた辺りから広い道に出ることを考え始める。

 

 その時だった。


「……聞こえよるな」

「はい。蹄の……」

「ま、まさか。嘘でしょ?」

「……わからぬ。ともかく、身を潜めるぞ」


 蹄の音が聞こえるのは開けた道の方角からだ。

 カイネと女たちは茂みの奥へ分け入るように進路を取る。

 その正体が何であれ、こちらに気づかず過ぎ去ってくれるならばそれで構わない――――そんなカイネの思考を断ち切る太鼓の音。

 そして、


「出てきやがれやぁ~カイネ・ベルンハルトよぉ~! さもなきゃあ昨日の村の連中、皆殺しにしてやっていいんだぜぇ~!?」

「あいつらの仇討ちだアァー!!」

「大人しく出てこいやァー!!」


 彼方から何人もの男たちの怒声が聞こえる。

 そのうちひとりのものはといえば、よもや聞き違えるはずもない。


「……嘘」

「あの声……」

「あいつは……死んだじゃない! 殺されたはずじゃ……!」


 女たちが動揺を隠せずにどよめく。

 カイネもまた衝撃を隠せずにいた――が。


「……落ち着きや。おれがなんとかする」

「で、でもッ!!」

「案ずるでない。一度でだめならば二度そうするのみ」


 カイネは淡々とした声で断じる。その甲斐あってか女たちは少し落ち着きを取り戻したようだ。

 一方、カイネの内心は疑問に満ちていた。


(……確かに殺したはず。だが、あの声は間違いなく……)


 ガストロ・ヴァンディエッタ――不死身と称された男の名が脳裏をよぎる。

 まさか正真正銘、掛け値なしの不死身とでもいうのか。首を落とし、死体も焼いたというのに。


「おれがやつらを引きつける。すまぬが、今しばしおまえさんらだけで進んでくれぬか。方角はこのままでよいはずだ」

「で、ですが……ッ!」

「このまま隠れてればいいんじゃないか!?」

「村で待ち伏せでもされたらおれの考えはご破算になる。たのむ」


 カイネがほとんど祈るように言う。

 時間の猶予はもはやない。

 女たちは互いの顔を見合わせ、カイネを見つめ――しかと頷いた。


「……感謝する」


 カイネは道端に荷物を下ろし、次の瞬間、翔ぶように走り出した。

 睡魔の名残りによる頭の重さが今一時は消し飛ぶ。ほとんど地と水平に駆け、太鼓の音に誘われるように木々の狭間から飛び出す。


「待ちや。おまえさんら」


 カイネは男たちの怒声に負けじと声を張り上げる。

 少女の目に入ったのは、広い道を並んで突き進む馬の列であった。


「あぁぁ~? 本当にのこのこ出てきやがったかぁ、カイネちゃんよぉ」


 先頭を行く男が馬首を返してカイネを見る。

 その顔は昨晩斬り捨てたはずの男――ガストロ・ヴァンディエッタのものだった。


「……斬られておいて、よう言いおる」

「はははッ、確かにそぉだ。やるじゃねえかぁ~カイネちゃん? 確かにてめぇの実力はガキにしちゃぁ~とんでもねぇ……」


 ガストロは黒髭をしごきながら笑う。彼の部下たちは自ら道の隅に退き、ガストロの行く道を空ける。

 ガストロは馬上からカイネを見下ろした。


「だがなぁ~関係ねえんだよそんなこたぁ。この通り俺はピンピンしてるぜ、てめぇに斬られようがなぁ。無駄なんだよ無駄、ただの剣ごときじゃよぉ~」

「団長はな、不死身なんだよ!」

「さっさと降伏しやがれってんだ!」


 カイネはつぶさにガストロを観察する。

 その姿はまさに彼そのものだ。


「……ならば、もう一度斬るのみよ」

「おいお~い、いいのかよ? 今度そんなことしたらなぁ~、今ここにいる全員で村の方に向かわせてやったっていいんだぜぇ?」


 ガストロはにやにやと口元に笑みを浮かべて言う。

 実力で敵わないのはすでに承知済みということか。


(……やれるであろうか)


 カイネは馬の列をぐるりと見渡す。

 総数にしてざっと三〇前後。

 止めようと思えば、いまここで皆殺しにするしか手はない。

 カイネはガストロを真っすぐに見据える。


「なんだァ、その目はぁ~? 捨ててみろよ、その剣をよぉ。昨日できたことが今日できねぇってこたぁねえだろ、ん? それとも諦めちまうのか、んん?」


 ガストロは本物の不死身か否か。

 斬り捨ててなお殺しきれぬものなのか。

 否とカイネは考える。


「言っとくが、俺を何回殺したって無駄だぜ。俺は冥府の女神と懇ろでよぉ、死ぬたびに帰してもらってるってわけだァ!」

「ぬかすな。不死身の男がおめおめと帝国から逃げてきたと?」

「――――ッ、てめッ……」


 痛いところを突かれたのか、ガストロは眉間に青筋を浮かべる。

 そう。彼が真に不死身であるならば、わざわざ王国に逃げのびる必要などありはしない。

 必ずや手品の種があるに違いなかった。


「……ちょぉ~っと口が過ぎるぜぇ、このメスガキがよぉ。そんなにぶち殺されてぇんなら――――」


 と、いうガストロの声をさえぎる音がする。

 それは道の向こう側から近づいてくる。

 重いものを牽く音。そして馬蹄が土を叩く音だ。

 ガストロ傭兵団の面々がそれに応じる時間の猶予は、なかった。


「――――おら退けクズどもッ!! 轢き殺すぞ!!」

「え」

「ちょ」

「ひいぃッ!?」


 二頭立ての魔獣〝一角馬〟に牽かれた馬車。

 通常の馬とは比べ物にならない力と速度を維持した質量が、足を止めていた馬の列に突っ込んだ。

 先頭にいた馬は角に突かれて即死する。


「うわあああ!?」

「ひ、あ、暴れっ……うわああああ!?」


 阿鼻叫喚とはまさにこのこと。

 馬とは繊細な生き物だ。

 まともに体当たりを受けた馬だけでなく、前方の煽りを受けた後方の馬群も大混乱に陥った。


「このクソッ、言うことを聞きやが――があああぁぁッッ!?」


 後ろから突っ込まれたガストロもまた馬から振り落とされる。

 無事なものは徒歩のカイネ――そして、一角馬の手綱を握ったまま巧みに操る男のみ。


「――ジョッシュ!」

「待たせたな、カイネ。……まさかこんなところで顔合わせするとは思わなかったけどな!」


 馬車の御者――

 ジョッシュ・イリアルテはカイネの声を聞いて安堵の表情を見せた。

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