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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
32/84

十一/一方その頃

 カイネが〝悪徳の大洞穴〟からの脱出を果たしたそのころ――――


「幸い、事態はさほどややこしくないようだね」

「……村の連中はかなりややこしいことになってたけどな」


 一晩の宿を村人たちに願い出たジョッシュは、思いのほか熱心な歓迎を受けた。

 おそらく、カイネの付き添いと認識されたためだろう。

 何があったか聞き込むために顔を出した集会場では、ひとりの若者が熱弁を振るっていた――――「あんな子どもが村のために身を挺してくれたのに、俺たちが今ここで立ち上がらずしてなんとする」と。


 そしてジョッシュとクラストは、余計な騒ぎから逃れるように空き部屋へと避難していた。

 彼らはこのまま夜が明けるのを待つという算段である。


「それで、ジョッシュさん。まだ君はカイネさんが無事だと思うのかい」

「無事じゃないと考える理由がないんじゃないか?」

「どこをどうしたらそういう考えになるんだい……?」


 村人たちを人質に取られ、裸一貫のまま拘束された挙句、敵本拠地に連れ去られた――というのが客観的な事実認識になる。


「拘束は厄介だけどな、逆に言えばそれさえ抜けりゃ何とかなる。しかも腕だけだ。得物無しでも簡単に人を殺せるような頭おかしいやつだぞ?」

「……とにかく、無事と考えないと君がどうにかなりそうだということはわかったよ」

「まァ、確かにそれもあるんだが……」


 ジョッシュはしぶしぶながら頷く。

 冷静になったとまでは言わないが、さすがに少しは頭も冷えた。


「それよりも、だ。クラストさんよ、問題の根本はあんたの親族のほうにあるんじゃあないか?」

「……そう、だね。その点は、確かに否定できないな」

「絶縁されたと言っていたな。……何があった?」


 ジョッシュは部屋の椅子に腰を下ろし、窓際に背をもたせかけたクラストに視線を向ける。

 クラストは深いため息を吐いて両手を上げた。


「こんな事態になったからには、だんまりというわけにもいかないか。……オーケイ、何から話せばいい?」

「最初に確認だが。あんたは呪術師ってことで間違いないんだな?」

「そう。まさにそこが問題になったんだな」


 どういう意味だ、とジョッシュは眼光鋭く視線を向ける。

 クラストは頬杖をついて顔を上げた。


「君は、呪術のことをどれだけ知ってるかい?」

「何も。そういうものがある、ってだけ」

「……わかった。ごく簡単に説明するよ」


 ジョッシュは魔術の専門的な訓練や教育を受けたわけではない。

 その知識量は魔術学院の生徒にも劣るだろう。

 

「呪術には四つに原理原則がある。知ってるかな?」

「いや全く」

「……えー、じゃあ細かいところは省くよ」

「要点だけ頼む。仮眠の時間は確保したいんでね」

「ルーンシュタット家は四つの原理原則のうちひとつ――『距離と同一性の相関』を突き詰めることで一個の技術を確立したんだ」

「……あー、すまんがわからん。どういう意味だ?」

「君の、それ」


 クラストはジョッシュの腰に帯びた軍刀を指し示す。

 ジョッシュは釣られてそこに目を落とす。


「こいつがどうした」

「君はそれを肌身離さず持ち歩いているはずだ。違うかい?」

「……まァ、俺の〝杖〟だからな。こいつが無けりゃ魔術も無理、戦いも無理の能無しだ」

「常に持ち歩いているものにはね、力が宿るんだよ」

「……力って、なんだ。魔力か?」

「ジョッシュさん、魔力には二種類ある。これは知っているね?」

「あァ」


 魔力というものは二種類ある。

 大気中に偏在する魔力を根源(マナ)と言い、生物の体内に宿る魔力を末流(オド)と言う。

 単に魔力と呼ぶ場合、その大半は末流を指す。

 根源とは人の手に負えるものではないからだ。


「この場合の力とは、根源のことだよ。末流を持たない人間が肌身離さず身につけていた物に不思議な力が宿る、という例もあるからね」

「つまり、なんだ。呪術ってのは……同じ魔力でも、根源のほうを操るってことか?」

「操っているわけじゃない。根源にも性質があって、それに合わせることで利用させてもらう……言うなれば、風の力を借りるために帆を張るようなものだよ。そのひとつが『距離と同一性の相関』――近いものは同じもの、という原理だ。魔術師が〝杖〟と認識するものには、この原理が強く働いていると考えられるね」

「……まァ、なんとなくわかった。たぶんな」


 ジョッシュは掌で額を押さえながら言う。

 クラストは満足げに頷いて言葉を続ける。


「この原理を突き詰めたのが、一族に伝わる術……〝感染霊域(ハーモナイズ)〟。平たく言えば、根源を宿した道具の創造と行使だね」

「へぇ。……あんたもそういう妙なもんを持ってるのか?」

「こいつだよ」


 クラストは自らの片眼鏡を指差す。ジョッシュは得心したように頷く。

 ジョッシュは彼を魔技師と判断したが、それとは似て非なるもののようだった。


「で、どうやら僕の父は……いや、僕の一族はずいぶん昔から技術を秘匿しているみたいでね。それが魔術の祖への誓いだ、と」

「それで。あんたはそのことに何か不満でもあったのか?」


 クラストはジョッシュの言葉にきょとんと目を丸くする。

 そして身を乗り出すように背中を丸めた。


「どうした。そんなマヌケ面晒して」

「……ジョッシュさん」

「ああ」

「なんでわかったんだい?」

「アホでもわかるわ」


 ジョッシュは呆れたようにため息をつく。

 クラストの表情たるや、この上ないほどの真顔であった。


「まぁその通り、僕は呪術という知識を広く報せるべきだと思ったんだ。後生大事に隠してたってしょうがない。魔術だってそういう風に発展してきただろう?」

「で、それを伝えた結果が今のざまと」

「……言い返す言葉もないよ」

「へたくそだな。そーいうのは実権握ってからやるもんだ。それまでは何食わぬ顔でご先祖様の言い伝えを大事にします、って言っときゃいいんだよ」

「……すごいな。どうしてそんなことを思いつくんだい? 今まで一度も気が付かなかった……」

「あんたに為政の才はなさそうだな……」


 もっとも、今の領主よりは馬鹿正直な彼のほうがまだしも良いか。

 クラストは表情をかげらせながら言う。


「とにかく、そうはならなかった。できなかったんだな。だから、なんとかしてここを出たかった」

「出てどうする気だ? 俺はカイネさえ連れ戻せたら、この地の現状を陛下に報告しなきゃならない」

「……考えてもしょうがないと思っていたよ。僕の手には余るからね――ただひとつ、気掛かりがある」

「気掛かりって、なんだ」


 ジョッシュが顎でうながすと、クラストは深刻そうな表情を浮かべた。


「僕の父――クライヴ・ルーンシュタットは僕を次期当主として育てていた。その僕がこのざまなんだけど」

「他にあては?」

「妹がひとり。……僕は絶縁されたっきり、顔を見たこともないんだけど――今どうしているか、正直、かなり心配だ」


 順当に考えるならば彼の父――領主の庇護下だろうが、安全な状況とは限るまい。

 クラストの証言が確かならば、クライヴ・ルーンシュタットは自領の治安をごろつきまがいの連中に委ねるような男なのだから。


「そうだな。事に寄っちゃ、あまり愉快じゃないことになるかもしれねぇ」

「……正直これは、僕なんかの力でどうこうできることじゃあないけれど」

「本当にそうかい?」

「……え」


 ジョッシュは椅子の膝へもたれかかり、寝転がるように深く腰掛ける。

 木目の天井を仰ぎ見る。

 窓の外に見える集会場からはいまだに灯火が絶えなかった。


「逃げ潜むだけで精一杯だったってのはわかるさ。だがね、それはその他のことができないってことにはならないだろ?」

「……やめてくれ。無責任なことを」

「そうさ、俺ァこの土地に縁もゆかりもねぇから好きに言える。どうなったって構いやしない――が、逃げるのも隠れるのも結構体力がいるもんだ。その体力、別のことに使ってみてもいいんじゃないかい?」


 ジョッシュはあくびを漏らしながら放言する。

 無関係の他人であるがゆえの無責任な一言。


「気掛かりを残してくのもそれはそれでありだろ。――で、それはあんたの望みかい?」

「……僕は……」

「別に答えを強いているわけじゃない。流してくれ。あいにく、考える時間はあまり無いかもしれんがね」


 ベッドに腰かけたまま沈思黙考するクラスト。

 ジョッシュはその様子を一瞥し、「寝る。日が出たら起こしてくれ」――とだけ言って目を瞑った。


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