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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
28/84

七/女囚

 ルーンシュタット辺境に横たわる山脈の一角に拓かれた洞窟――

 旧来の調査により地下四層にまで及ぶとされたこの場所を、三代前のルーンシュタット伯は〝悪徳(ヴェナン)の大洞穴〟とあだ名した。

 それはこの洞窟がしばしば山賊や盗賊に類する無法者がねぐらとして用いられたからであり、当時の領主は自戒としてこの名を与えたという。


 だが、しかし。


「団長だ!! 団長のお帰りだ!!」

「女だ! 女を連れてるぞ!!」

「いや、ありゃあ……ガキじゃねえか?」

「腕の立つガキって話だったか……ひひッ、素っ裸に剥かれてやがる!」


 そはまさに悪徳の都。悪魔の大口のような入り口を抜け、カイネは囚人のごとく内部まで引っ立てられる。

 幼い少女そのものの裸身はなおも晒されたまま。洞窟内で待機していた男たちの好奇の視線が浴びせられる。


「よ~ぉてめぇら、今日は大漁だぜぇ~しかも別嬪のおまけ付きよ! とくと見晒せや! どれだけ目に焼き付けたって商品価値は下がらねぇからなぁ~!」

「さっすがガストロ様だぜ! 話がわかるゥ!」

「いやしかし、ちょっとガキすぎねぇか?」

「あんなガキにのされたやつがいるってのか?」


 表層部に控えている男たちだけでもざっと30人は下らないか。

 カイネはガストロに縄を引かれながら周囲を黙々と観察する。

 洞窟の左右には等間隔でたいまつが置かれていた。日が届かない洞窟内部にも関わらず照明は夕刻よりも明るい。


「てめぇら~舐めるんじゃねえぞ。このメスガキはなぁ、俺の目の前で五人……ひとりでだ! ひとりで五人をあっさり倒しちまいやがったんだぜぇ?」


 ガストロの声が洞窟内部に反響する。ひそひそと囁く男たちの声がカイネの耳にも届く。


「五人を……?」

「まさか……いや」

「団長が言ってるんだ」

「まぁ、それでもガストロ様には勝てなかったってわけだ!」

「はは、ざまぁねぇな!」


 喧々諤々の反応――ガストロは満足げに頷き、ひとりの男を手招きする。

 彼は他の男とあからさまに異なる身なりであった。頭から爪先までを黒いローブに包み、胴の周囲に銀色の円盤をひとつ浮かべている。


「クベル、こいつを女牢にぶちこんでおけ。ち~っとばかし凶暴なメスガキだからよぉ~引っかかれんじゃねぇぜ?」

「おまかせあれ」


 クベルと呼ばれた男が顔を上げて応じる。

 やせ細った狐目の中年男。ガストロとは全く異なるタイプだが、彼の信頼を得ている様子がうかがえる。


「すぐに使用されますか?」

「いいやそいつは時間をかけて仕立てる、準備しとけ。きっちり高値で売っ払えるように仕込んでくれよ?」

「初花はいかがか?」

「んなこったぁ~構いやしねぇよ。そんだけチビならいくらでも誤魔化しが効くだろ、な?」

「かしこまりました」


 続けてふたりはカイネについての情報をやり取りする。

 すぐ隣にいる本人のことなど意にも介さない――あるいはあえて聞かせているのか。

「カイネちゃんのこたぁ任せたぜ」と、ガストロはクベルの肩を叩いて団員たちに向き直った。


「つぅわけでだァ~そのうちてめぇらにも順番が回るだろうから、そのつもりでいろよォ」

「団長最高ォ!」

「いやーあれはガキすぎて無理じゃねぇ?」

「あんだけ綺麗どころならいけんだろぉ」


 洞窟内のあちこちから下卑た笑い声があがる。

 続いて男たちは略奪した収穫物を運ぶ作業に移った。


(場所は……下か)


 カイネはクベルに手綱を引かれながら男たちの動向を視線で追う。

 と、その時だった。


「何を見ているのです? あなたはこちらです」

「……相分かった」

「気味の悪い子どもですね。……いや、子どもなのでしょうかね?」


 クベルはふと振り返り、カイネの顔をじっと覗きこむ。

 全裸かつ無手のまま拘束済み、見知らぬ場所、周囲には無法者の男たちがたむろする――

 という状況下でありながら、カイネはその表情を少しも変えなかった。


「すぐにそのような表情はできなくなりますよ。すぐにね」

「左様か」


 カイネは適当に頷いてクベルの後をついていく。

 洞窟内にも関わらず足元はやけに歩きやすい。

 まるで何代にも渡って誰かが住み着いていたかのように。

 迷路のように入り組んだ表層部から階段状の縦穴を三度降りると、周囲が急に薄闇に包まれた。

 同時にクベルの従えていた円盤が光を発して暗闇を照らし出す。


(……円盤型の〝杖〟といったところか)


 魔術を用いるには〝杖〟が必要だが、その形が文字通りの杖であるとは限らない。

 クベルは、魔術師だった。

 彼は光の導くまま直進し、不意に体ごと脇に向き直る。


「さぁ、ここがあなたの入る場所です」


 クベルが視線の先に掌をかざして言う。

 そこにあったのは、天然の巨大なくぼみに隙間なく敷設された鉄格子。

 そして――鉄格子の向こう側に囚えられた、20人ほどの若い女たちである。


 最も若いもので、十代前半の少女。

 齢を重ねたもので、三十代半ばの女。

 いずれも例外なく粗末な布の服を着せられ、暗い表情を浮かべている。


(……なんと、悪趣味な)


 洞窟に入ってから初めて露骨に眉をしかめるカイネ。

 クベルは見張り番をしていた男に会釈し、入り口の鍵を開けた。

 その一瞬、仮にも鍵が開けられたにも関わらず、女たちは誰ひとりとして入り口に近づこうともしない。

 寝そべっていたものは寝そべったまま――座りこんでいたものは座りこんだまま。


「さぁ、どうぞ。カイネさんとおっしゃいましたね?」

「……あぁ、うむ」

「なぜ中にいる方々がここから出ようとしないのか、疑問に思われましたかな?」


 クベルはカイネを見つめながら口元に笑みを浮かべる。

 目元は狐のごとく細められたまま、口元だけが笑みの形を描いている。

 牢の中の女が何人か、肩をびくりと跳ねさせた。


「別に」

「ははは、そう言わずにお聞きください。……彼女たちはね、ここから出たくないんですよ」

「なにを抜かす」


 牢内の女たちはひとりも拘束されていなかった。

 カイネは仏頂面のまま大人しく鉄格子の内側に踏み入る。

 クベルは鉄格子の戸をこれ見よがしにゆっくりと閉じた。


「食事時も、睡眠時も、用便の際にも牢から出る必要はありません。全てこの中で済ませることができます。ですから――彼女たちが牢内から連れ出される理由は、ただひとつしかありません」

「……もういい。言わぬでよい」


 カイネが制する。牢屋の中の少女がひとり、苦痛に耐えるようにきゅっと耳を塞ぐのが見えたから。

 クベルは言った。


「団員に〝使用〟される時です。それだけです。この牢から出されることは、すなわちそのことを意味するわけですなぁ」


 彼は歪んだ口元を隠すように掌をかざす。同時に、もう片方の手が鉄格子の扉にがちゃりと鍵をかけた。

 カイネは弓を引くように幼い背筋をたわめ、脳天を鉄格子に叩きつける。

 脳天から背筋に突き抜ける鈍い痛み。

 ごんっと鈍い音が響き、女たちのみならず鉄格子越しのクベルが驚きにのけぞる。


「はっ――ははっ。いったいなにをするかと思えば」

「おまえさん。安らかに死ねると思うな」

「……これはこれは物騒な。先に申し上げておきますが、この私、脱走者や反逆者などの処分も努めておりまして」


 クベルはそう言うとともに、見張り番の男に何事かを耳打ちした。

 数分後、団員ふたりがかりでひとりの男が連れてこられる。

 

「や、やめッ……! 離してください!! 解放してもらえるって約束だったじゃないですかッ!!」

「うるせえ!」

「黙ってろ!!」


 年の頃は三十歳ほどか。顔に血の跡や青あざが見受けられ、着衣はひどく乱れている。

 身なりは決して悪くないが、暴行を受けたあとであることは想像に難くなかった。

 

「……やめよ。なんのつもりだ」

「あなたのような生意気な娘も初めてではありませんでした――ですが、これを目にした後は大人しく素直な良い子になってくださったものです」


 クベルは団員ふたりに指示し、牢屋の向かい側に張られた鉄格子の奥に男を押し込む。

 あまりにも狭い部屋だった。人ひとりが寝転がることも難しい空間。

 鉄格子が閉ざされれば男は身動きすらもままならない。


「くそッ! なんで……やめろッ、出してくれッ!!」

「おまえはもう用済みなんだよ!」


 クベルは閉じこめられた男を一瞥して微笑する。


「カイネさん。あの男はね、行商人なのだそうです。そして彼は、通行許可証があるなどとのたまい我々ガストロ傭兵団をないがしろにしました。その対価は充分に払っていただきましたが、あいにく、もう彼の支払えるものは無くなってしまいましたもので」

「……おい、やめよッ! おまえさん、何を――――」

「こうするのですよ」


 クベルは鉄格子横に備えつけられた鉄輪を強く引っ張る。

 瞬間、極小の部屋内部は上下から噴射された紅蓮の炎に満たされた。


「――――うぎゃあああああああああああああッッッ!!!」


 絶叫が洞窟の地下深くに反響し、すぐに物言わぬ屍になる。

 男ひとりの身体を焼き尽くすにはそれなりの時間を要するが、命を刈り取るには一瞬で事足りた。

 ある女は目を背け、ある女は目をふさぎ、ある女を耳をふさぎ、ある女は無感動な目で虚空を見つめ――

 カイネは炎に取り巻かれた男の死顔を凝視する。


「……無体な」


 逃げ場のない鉄格子の奥に魔術を発する仕掛けがあるのだろう。

 さしづめ拷問部屋だった。


「少し加減が強すぎたようですね。すぐに死んでしまっては脅しにならないではないですか」

「……もうよい。充分だ」

「おや、そうですかな?」

 

 口元に愉悦の笑みを浮かべるクベル。彼は目を細めたまま振り返って言う。


「あなたも剣士の端くれでしょうに、カイネさん。同じ人殺しの分際で、自分を何か特別なものとでも?」

「剣に特別なものを見出だせぬならば剣などさっさと捨てておろう」

「ははは。これは潔い」


 クベルは真っ黒に焼け焦げた男の死体を団員たちに回収させる。


「もしあなたが脱走なさった暁には、弱火であぶるというのも良いでしょうね。あなたほどの美しさがあれば、顔の火傷にも値打ちがつく……」

「やめよ。気味が悪い」

「ははは、さすがに恐ろしいようですね?」


 カイネは仏頂面のまま目を眇める――焼死体なら戦場で嫌というほど見たが、捕虜を焼き殺すためだけの施設などという非効率なものに出くわしたのは初めてだった。


「では、これに懲りてめったなことは考えないようにお願いしますね――さぁ、一度引き上げますよ」

「うっす!」

「了解です、副団長!」


 クベルと団員たちは足並みを揃えて上の階に引き返していく。

 カイネは後ろ手に縛られたままがくりと頭を垂れた。


(……あれが、副団長であったか)


 傭兵団のものがいなくなったことで一気に疲労感が押し寄せる。

 だが一休みにはまだ早い。

 カイネは牢屋の中をぐるりと見渡す。


(目を合わせてもらえん――いや、それもそうか。おれのせいで怖がらせたようなものだ)


 牢内の四隅にはたいまつがあり、薄明かりほどの光度は確保されていた。

 カイネはひとりひとりの顔に視線を向ける。

 牢内の21人はひとりの例外もなく女だった。


(……気まずいというか、場違いという感があるのう)


 と、考えたそのときである。


「あの…………カイネさん、というのですか」

「……む。あぁ、そうだが」


 カイネは後ろからの声に振り返る。

 そこにいたのは女たちの中でも年長者と思しい女。

 彼女は自らの服に手をかけて言った。


「……よろしければ、私の服を」

「いや、よい。気にせんでくれ。むしろおまえさんに脱がれたほうが困る」

「それは……どういう……?」

「……おれはこのようななりだが、心は年いった男なのだ。だから、この格好はさほど気にならん」


 カイネは端的に事実だけを述べる。

 混乱を招くかとも思ったが、その点を隠すのはあまり気が進まなかったのだ。


「お……男……っ!?」

「……だ、大丈夫よ、姉さん。身体はまだあんな子どもなんだから……ね……?」


 姉妹と思しき年若い少女ふたりが囁き合う。

 この状況下では反発を受けるのも無理からぬ。

 カイネはちいさく肩をすくめて言う。


「おれはカイネ・ベルンハルトという。おまえさんは?」

「……ユーリア、です」

「ユーリア殿。よろしければ、この縄を解くのを手伝ってもらえぬか」

「……皆が良ければですが……良い?」


 年かさの女――ユーリアが言うと、彼女らは曖昧な肯定を示した。

 ただひとりを除いては。


「縄を解いて、どーすんだよ」

「おまえさん、名は?」

「……ヘレナ」


 そう名乗った二十歳前後の女はあぐらをかいてカイネを見上げる。


「どうする、とはどういうことか」

「どういう、って……縄を解いたって一緒だよ。どうせ逃げられやしないんだ。私らがやろうが、あいつらにやらせようが同じことだろ?」

「同じには、せんよ」

「……どういうこったよ?」


 カイネはすぅっと瞳をすがめ、名も知らぬ他の女のもとまで歩いていく。


「おまえさんは?」

「トリエラ……よ」

「おまえさんは」

「……アルロッテ」

「おまえさんは、なんという?」


 トリエラ。アルロッテ。レジーネ。ルトラウト。ヘルミーネ。エレザ。コルネスタ。イザベル。カミラ。ティアーネとティアンニの姉妹。ジークリト。ラヘルタ。ルベッカ。ビルギッテ。マルグネス。ヘロイーズ。レベッカ。パウラ。そしてユーリア。ヘレナ。

 牢屋の中にいる全ての女の名を聞いて瞑目する。


「……な、なんのつもりだよ?」


 ヘレナのいぶかしむような声。


「全員だ。おまえさんら二十一人、ひとり残らずここから連れ出すぞ」

「ばっ……ばか言ってんじゃない、おまえみたいな子どもが! 大体、いつそんなタイミングが――」

「今夜だ」

「……は?」


 ヘレナが――否、もはや牢内の誰もがカイネに視線を向ける。

 カイネは断固として言う。


「今夜のうちだ。ゆえに、いますぐ縄を解かねばならん。――――頼めようか?」


 実のところ、自分だけで縄を解く手段はいくらでも考えつく。

 その上でカイネは彼女らに申し入れた。

 ――――彼女らを巻き込むために。

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