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剣豪幼女と十三の呪い  作者: きー子
二章/辺境の地にて
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四/尋ね人

 村の集会場に設けられた一席。

 カイネとジョッシュは向かい側の老人に勧められて腰を下ろした。


「このたびは申しわけもありませぬ、カイネ殿。大変な行き違いがあったようで、申し開きのしようもなく」

「いやなに、それは構わぬのだが……」


 禿頭の老人――村長を名乗る男は深々と頭を下げて若い男の非礼を詫びる。

 カイネは少し意外だった。なにせカイネは十歳か、それにも満たない少女の姿なのである。


「この村は……いえ、どうやら周りの村も、ガストロを名乗る連中にやられておりまして。若い衆も過敏になっとるのです」

「具体的に話を聞かせてくれ。どういう連中だ?」


 ここで黙ってられぬのはジョッシュである。

 国王の目が届かない場所で無法者が好き放題やっている、というのは看過しかねる状況だろう。


「それがどうにも、これといった統一感のない連中なものですから……」

「伝聞でもかまわぬ。どのようなやつらで構成されておるか、できるだけ把握できたほうがよかろう」

「ああ。相手の戦力が把握できないと、応援を要請するのも難しい」


 カイネの第一目標は解呪師探しとしても、可能な限り対応策を講じるのはやぶさかでない。

 と、村長は神妙な面持ちで『ガストロ傭兵団』の情報について話し始める。


 ――いわく、彼らは数年ほど前からルーンシュタットの村々を渡り歩き、しばしば略奪を繰り返したという。

 防衛費としての作物の収奪。日用品や蒐集品の要求。あるいは、若い村娘を対象とした〝接待〟の強要。

 抵抗したせいで殺害にされた村人もいるため、ある時期は要求に従うほか無かったが、近ごろはもはや我慢の限界、強硬な抵抗も已む無しという意見が席巻しつつあるようだ。

 そして、肝心な相手傭兵団の構成員についてだが――


「まず……ガストロ、という男がこの村に姿を見せたことはありません。数十人ほどの下っ端連中が揃って押しかけてくるのです」

「この村に……ってことは、他の村には来たことがあるのかい?」

「……はい」


 村長がうなずく。ジョッシュはにわかに驚愕を示す。

 ガストロの名前を使っているだけ、という可能性は潰えたわけだ。

 あるいは偽名という可能性も無いではないが――


「他の村のことですがな。なんでもそこは、若い衆が二十人ほどで協力して下っ端連中を追い返したそうでして」

「……ふむ。下っ端の練度はたかが知れておる、と」


 食いっぱぐれたごろつき、盗賊、山賊のたぐいをかき集めたのだろう。

 水準で言えば魔術を使えるだけでも上等、といったところか。


「……ええ。ですが、そこにガストロを名乗る男が現れて……村の男たちをたったひとりで叩きのめしたあと、女たちを連れ去っていったと」


 カイネは眉をひそめ、ジョッシュに目配せする。

 ジョッシュはちいさく頷いた。


「ガストロ・ヴァンディエッタの可能性がかなり高い。帝国で似たようなことを繰り返してたって話がある」

「帝国……」

「なんだって帝国の連中がこの国に……」


 いつの間にやら卓の周囲に集まっていた村人たちは喉の奥から絞り出すように言う。


「……殺されては、おらんのか?」

「殺されたものは下っ端連中の手によるものです。ですが、やつは……やつだけは、痛めつけることだけを愉しんでいるようだったと」

「胸くそ悪い話だな――そんなところまでそっくりだ」


 他人の空似、という線は薄いか。

 カイネは深くうなずいて言う。


「うけたまわった。この地の窮状、余すところなくしかと王に伝えねばなるまい」

「ほ、本当ですか!?」

「国王が我々に、助けを!?」

「……確約はできんがな。しかし、とにかく伝えねば話は始まるまい――であろう?」

「ああ、違いねぇ。帝国の異分子に入り込まれてるなんて一大事だからな」


 ジョッシュはうなずく。

 これでひとまず話はまとまった。

 すぐに片付く問題ではないが、対策を講じないわけにはいかないだろう。

 ただ――


「ちと、気になったのだがな」

「は、はい。なんでしょう?」


 歓びをあらわにしていた村長はふと我に返って応じる。


「領主はどうしておる。まず対策に当たらねばならぬのはそちらだろう」

「……それが……」

「領主様は、奥方を亡くしてから病みがちでして。満足な兵を出せないようで……連中が姿を現すようになったのは、そのころです」

「……ふぅむ」


 偶然の一致と見るか、何らかの意味を見いだせるのか、あるいは。

 どこのものとも知れぬごろつきの言ったことだ、信憑性などありはしないが――


「相分かった。しからば、代わりにひとつ聞きたいことがあるのだが」

「はい、はい。なんでしょう、儂らに答えられることでしたらなんでも――」


 カイネは学院制服の懐から取り出した地図を卓上に広げる。

 その印に刻まれた場所はこの村のほど近くだ。


「この村のすぐ近くにおるという解呪師――呪術師を探しておる。心当たりはあるか?」


 カイネのいたいけな声が鋭く放たれたそのとき、対面の村長はにわかに押し黙った。


「言えぬか」

「い、いえっ! 決してそのようなことは……」

「なにも脅すような真似はせんよ。叶わぬならば自分の足で探すまで。ちと時間はかかるであろうがな」

「……あ、あなたは、その御方に何の用で……?」

「おれの呪いを解くためよ――――この外見(なり)も呪いのせいでな」


 カイネは端的に言う。

 集会場はまるで水を打ったように静まり返った。


「やむを得んか」

「……良いのかよ?」

「答えられぬわけがあるなら、それも良かろうさ」


 と、カイネはジョッシュの問いに応じて立ち上がりかける――

 そのときだった。


「お、お待ちくだされッ!」

「なんだ」


 村長の声に引き止められて振り返る。

 彼はためらいがちに、ゆっくりと言葉を続けた。


「……心当たりは、ございます。そなたには御恩がおります、お教えしましょう。ですが――――ですがどうか、彼には危害を加えんでくだされ」


 ***


 それは、深い森の奥であった。

 密集する木々にまぎれるようにして一軒の丸太小屋がひそんでいる。


「……ひでぇ立地だな」

「いやまったく。教えてもらえなんだらひどい目にあったのう」


 カイネとジョッシュは顔にかかった木の葉を払い、枝葉の影から小屋の様子を観察する。

 守衛や魔獣など、脅威に値するものは見当たらない。


「しっかし、妙な話だな。わざわざこんなところに住むもんかね」

「表に出られぬ身分、とは言うておったが……」


 関所の出入りにも難儀する身の上とは、果たして何者なのか。

 居場所を知っていた村人たちも、呪術師の出自や境遇などはとんと知らぬという。

 紋章入りの頑丈な道具を分け与えたよしみで村との関係が続いているのだとか。


「待遇の悪い魔技師が逃げ出したのかもしれねぇな」

「……魔技師?」

「あぁ、いや。単に魔術を道具制作なんかに転用できる連中のことさ。広い意味では魔術師だ、が……」

「魔術師であり、呪術師であるかも知れん――詳しい話は本人に聞いてみようではないか」


 と、カイネは茂みから踏み出して小屋に近づいていく。

 ジョッシュは慌ててその後をついていく。

 小屋の扉を前にすれば、その前面に星印の紋章が刻み込まれているのが見えた。


「失礼いたす。クラスト殿はおられるか」


 カイネのちいさな手がこんこん、と戸を叩く。

 反応はない。

 カイネは構わずに言葉を続ける。


「王都ロスヴァイセから参った、カイネ・ベルンハルトと申す。魔術師ギルドの仲介あってこの場所を」

「――――なんだって!?」


 バタァン!! と。

 扉が内側から壁に叩きつけられるような勢いで開かれる。

 これにはさしものカイネも目をきょとんと丸くした。


「ま、ま、魔術師ギルドと言ったのかい!? 君!? ほ、ほ、ほんとに!?」

「おちつけ」

「も……もしかして君のようにちいさな子どもが!? いやまさか、これは夢か!? 夢でも見ているのか!? ちょっと頬をつねらせてくれ!!」


 家の中から姿を現したのは、まだ若い学者肌の青年だった。

 長く伸びた金の髪と碧眼。神経質そうな顔立ちに片眼鏡をかけ、古びれたローブを羽織っている。

 彼はおもむろに指を伸ばし、カイネのやわらかな頬をむにゅりとつねった。


「自分のをつねれ」

「ぶへあッ!?」


 返礼と言わんばかりにカイネの平手が頬に飛ぶ。

 青年はその一撃をもろに受け、思い切り後ろにすっ転んだ。


「おい、カイネ。面白漫談してる場合じゃないぞ」

「したくてしとるわけじゃない」


 カイネは赤くなった頬を神妙に撫でながら幼い面差しをしかめる。

 玄関でひっくり返っている青年はまだ理解が追いつかないように目を回している。


「おい、おまえさん。この書簡を寄越した男に違いはないか」


 このとぼけた青年がそれとはあまり信じたくない、という気持ちがわずかに芽生えつつあったが――

 カイネが羊皮紙を突きつけると、青年は片眼鏡の焦点をあわせながら頷いた。


「あ、あぁ。間違いないよ。そいつを書いたのは僕だ。ということは、やっぱり君が……」

「左様か。ならば、この書簡に記された望みに変わりはないか?」


 書簡に記された望みとはすなわち、ルーンシュタットの地を脱すること。

 カイネの問いに、青年はふたたび力強くうなずく。


「同じだ。何も変わっちゃあいない。――――僕はクラスト。クラスト・ルーンシュタットだ。どうか僕を、この地から連れ出してもらいたい」

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